九章 反撃
1.
伝票を片手にトラックに積んだ、肉じゃがオムレツの数を、ゆうこが数え終えた。
「香川部長、これで最後、1000食です!」最終チェックをした香川が、配送伝票を、
運転手に渡した。
「運転手さん! よろしくお願いします!」
西島食品、従業員全員が整然と二列応対に並んでいる。
「帽振れ!!」タダ爺の声が響いた。
2015年3月11日、あれから4年、
全社員が帽子を振る中、被災地釜石に向け、高らかにクラクションを響かせ、トラックが出発した。 積み込みに立ち会った輝明も感無量であった。
夢ではないのだ! 丹波がポツリといった
ことが、現実のものになったのである。
みんな清々した気分でいっぱいだった。
社屋に消えた香川が慌てふためき、社長室に現れたのは、その直後のことだった。
「社長! 大変です! こんなものが……」差し出された封筒を見て、徹は目を疑った。
それは、広島法務局から送付されてきた登記変更受付完了証であった。
「何ですか! これは!!」
代表取締役である、西島徹が辞任したことになっていて、田島という人間が新たな代表取締役として登記されている。
株主総会が開催され、その場で解任されたというのであれば分かるが、そもそもこの会社の株主は、自分しかいない……
誰かが書類を偽造し、登記の申請をしたことは明らかで、そんなことって可能なのだろうか?
「まったく、どうなっているんだろうか? わけが分からない……」
中小企業の西島食品には、法律に詳しい弁護士などいるはずもないし、創業以来、初めてのことである。
香川が加奈子にいって、インターネットを使い調べた。
「関係ある情報でてきませんね……」
『偽造登記』というワードで検索したら、
それらしい情報が次々と表示された。
加奈子が内容を読み要約した。
「もちろん、犯罪となる行為ですね」
「当り前じゃないですか!」
加奈子から情報をもらい、駆けつけていた輝明だった。
大企業だったら一社員が社長室に、駆けつける事などあり得ない、
西島食品がいかに家族的な、会社であるのか物語っている。
「有印私文書偽造罪・同行使罪、及び電磁的公正証書原本不実記録罪、3ヶ月以上5年以下の懲役、50万円以下の罰金、
それを考えなければ、登記自体は、意外と簡単にできてしまいますね……」
加奈子が次々と情報を集めていく、
香川が感情に任せ、いいはなった。
「こんなことがまかり通って、良いわけないだろうが! それじゃぁ、やったもの勝ちじゃぁないか!」ゆうこがいった、
「うちの会社に、法律に詳しい人がいないのは究極の弱点ですね」
「料理のことは分かっても、法律のことは全然分からないからなぁ……」と、輝明、
ゆうこが思い出したようにいった。
「広島保護観察所の浅田さん……」
「そうか! 浅田さんか! 法務局の職員だよな!」輝明も思い出したようにいった。
今 ゆうこが、ここにいるのも、浅田のお陰だといっても過言でない、輝明を、ゆうこの担当保護司として出会わせたのが、広島保護観察所の浅田だった。
輝明は早速、携帯で浅田に電話をかけた。
「五百旗頭と申します。 処遇第一部門事件管理班の浅田さん、いらっしゃいますでしょうか?」
「五百旗頭様ですね?
しばらくお待ちください」
保留の渚のアデリーヌが、繰り返し流れている。 しばらくして、音楽に変わり先程の女性の声が聞こえた。
「申し訳ありません、浅田は、広島法務局の方へ移動になりました」
そういって、移動先の電話番号を教えてくれた。
輝明は、藁にも縋る思いで折り返し、その番号に電話をかけた。
「ご無沙汰しております。 五百旗頭です! その節は大変お世話になりました」
懐かしい浅田の声が聞こえた。
「これは、これは、五百旗頭先生お元気でしたか! 早いもので、あれから9年もたちますか?」
輝明は保護司を経験し、人間的に成長した事など、今までの事が頭の中を駆け巡る……
下山ゆうこ 及び、自分の近況について浅田に報告した。
「五百旗頭先生、知っていますよ!
『輝明と、ゆうこの肉じゃがオムレツ』ですよね!」
浅田の返答に、輝明は照れくさくて、仕方がなかった。
「僕はねぇ、有名人の、あなた達と知り合いであること、自慢で仕方がないんですよ!
局内でいつも、言いふらしているんですよ。それと肉じゃがオムレツ、最高に美味いで
すよね!」
その、肉じゃがオムレツというか、
西島食品が大ピンチなのである。
輝明は浅田に本題を切り出した。
「それが実は、法律関係の問題に巻き込まれ、困っているんです……」
「五百旗頭先生、法律関係の事と、申しますと?」
浅田の質問に対し、これまでの経緯を細かく話した。
話を聞いた浅田は、詳細に答えてくれた。
「登記を受け付ける法務局では、登記申請に必要な書類が形式的に整っているかを、審査するだけです。
本当に取締役の辞任・解任があったのか、提出された書類が本物なのか、偽造されたものなのかについては、審査しません。
法務局に行き、
『偽造だから登記手続をストップしてください!』と、いっても、
残念ながら法務局としては、形式的に書類が整っている以上、手続を止めることはできません」
浅田は、ストレートに答えた。
又、ダメ押しのように詳しく話した。
「法務局から、取締役の辞任登記が申請され、
『貴社の役員の辞任登記申請がなされました』という通知が届いていると思います。
先ほどもいいましたが、それを見て慌てて法務局にいっても、手続を止めることは不可能なのです」
「えっ! それでは、偽造登記申請が行われた場合、どうしようもないのでしょうか?」
輝明は言葉を失った…… 無言になった輝明に対し、浅田が助言してくれた。
「方法は一つです。 偽造登記申請だと結審させ、裁判所から登記申請無効決定書を法務局に、提出することで登記申請は却下されます。 五百旗頭先生、西島食品さんの顧問弁護士に、相談されては如何ですか?」
「顧問弁護士……? 西島食品にそのような人はいません!」
追い詰められている輝明に対し、浅田が、再度助け舟をだした。
「難しいかなぁ…… ヤツは変人だから…… 実は、学生時代の友人なのですが、剛腕弁護士が一人いるのですよ。
変わり者で、今まで弁護したことが数回しかありません、ただそいつが弁護し裁判に負けたことはありません!」
「五百旗頭先生、先ほど、変人で変わり者といいましたよね、自分が納得した物件しか、
受けないからなのです。 安芸高田市の高宮(たかみや)という田舎で野菜を作っています。
名前は、飯塚正(いいづかただし)携帯は持っていませんというか、番号は分かりません。
住所を教えますから尋ねてみられますか?」
薄明りだが、輝明にとっては光明だった。
輝明は教えてもらった高宮に向け、早速、赤兎馬を走らせた。
教えられた高宮は三次の手前の町で、段原から60km離れていて、県道37号線で、1時間かかった。
一面、田んぼと畑が広がる田舎町で農道には、水仙の白い花が咲き誇り、いい香りが漂っていた。 浅田に教えてもらった住所に近い畑に植えられている、トマトを見つけた。ガキの頃嗅いだ、懐かしいトマト臭さを思い出した。 品種改良なのか不明だが、スーパーに売っているトマトは臭いが薄い。
ニンジンにしてもそうだ。 気が付けば、輝明はトマトを手に取り、匂いを嗅いでいた。
「あんた、だれ!」麦わら帽子を深く被り、日焼けした男が近づいてきた。
「ザ・トマト! 匂いが強いですねぇ!」
「そりゃそうだ! ビニールハウスではなく自然の中で育てたトマトだからな! 食べてみるか?」そういうと、ぶっきらぼうに男がトマトを輝明に差し出した。
太陽の光を浴びたトマトは生ぬるかった。
「美味いです! なんて濃い味なんだろう!」ガキの頃の風景が鮮明に蘇った。
違う畝に植えてある旬のキャベツに、輝明
の目がとまった。
「広甘藍……
もしかして、これ広甘藍ですよね!?」
「あんた、広甘藍を知っているのかね?」
毎日、広甘藍をきざんでいる、輝明には、間違えようがなかった。
「実は私、広甘藍を使って、毎日お好み焼きを焼いています。 甘くて瑞々しく、これに勝るものはありません!」
「甘く瑞々しく虫がつくんで、高宮で栽培してるの自分だけだよ。 飲むか……?」
男は作業用ポットから、冷やした麦茶を、白いプラスチックのコップに注いでくれた。
「ところであんた、こんな田舎に、何しにきた?」
「実は、勤めている会社が、法律関係の問題に巻き込まれ、高宮の飯塚正さんという、
弁護士を訪ねてきたんですよ」
男は、不思議そうな顔をして輝明を眺めた。
「飯塚正という名前、だれに聞いた?」
「広島法務局に勤めている、浅田さんという人からです」
「あんた、浅田の知り合いか?」
輝明は、速攻で答えた。
「若輩者ですが、保護司をしていました」
男が遠くの山並みを見つめていった。
「ほぅー その若さで保護司、浅田、あいつ元気にしていましたか? お宅が探している、飯塚正とは、自分の事だよ!」
輝明は慌てて自己紹介をした。
「ビックリしました! 私は、広島市内の西島食品に勤めている、五百旗頭輝明と申します!」
輝明は肉じゃがオムレツの開発から、これまでの一部始終を飯塚に話した。
「小さな会社の西島食品は、裁判なんか初めてのことで、どうすれば良いのか八方塞がりなんです。
藁にも縋る気持ちでやってきました。
助けて下さい!!」
輝明は純粋な目をし、懇願しながら深々と頭を下げ続けている……
考え込むように俯いていた飯塚が、決断したようにいった。
「そういう分けか、ヨシ分かった! あんたの会社俺が弁護させてもらうよ、しかしこの物件は急ぐな…… 着替えてくるんで、直ぐ会社に連れていってくれ!」
飯塚が、何か獲物でも仕留めるような鋭い目をした。
「飯塚弁護士! 今からですか?」
予想もしない展開に輝明はたじろいだ、
「何か問題でも……?」そういうと飯塚は、赤兎馬の後ろに飛び乗った。 赤兎馬は元気よく西島食品に向け突っ走っていく、心地よい風が飯塚を歓迎した。
「ヤッホー 自然と一体になれるバイクっていいよなぁ!」
こどものように飯塚がはしゃいだ、
2.
「みなさん! 弁護士の飯塚さん、連れてきました!」
「えぇ! ッ……」
ほんの数時間前に輝明は、出たはずだ、
その声を聞いたみんなが、集まってきた。 香川が徹に変わり、一部始終を詳しく飯塚に説明したのち、純粋に質問をした。
「不法な登記申請が行われた場合、どうしようもないのでしょうか! 飯塚先生!」
飯塚は冷静に答えた。
「もちろん、もとの登記を復活させる訴訟を起こし、勝訴判決が確定すれば、判決書を法務局に持って行き、登記を戻すことはできます」
その事は浅田さんに聞きました。 輝明がそういうと飯塚は、現実的な説明を始めた。
「しかしこれでは手続に数ヶ月かかり、その間に、新しく代表取締役になった者が、会社の資産を廉価で売ってしまったり、
会社が借金をしたような書類を作り上げたりするなど、会社の財産を流出させてしまう可能性があります。 大半は、それが目的ですが、今回の場合、目的はそこじゃないでしょう……」
みんな飯塚の一挙手一堂に、注目している。
「まず行うのは訴訟ではなく、仮処分という手続で登記手続を一時的に止めます!」
みんなが話を聞き、うなづいている……
「仮処分とは訴訟に先立ち、短期間で、仮の決定を行う手続です。
数ヶ月かけ訴訟をやっていたのでは、手遅れとなってしまうという緊急の場合に用います。
ただしこの手続はスピードが命なので、一刻も早く申し立てる必要があります。
仮処分手続の流れですが、申立てから数日~1週間後くらいに、第1回目の審理の日が指定され審理が行われます。
特に問題が無ければ審理手続は1回か2回で終わり、仮処分の決定がなされます」
飯塚が念を押した。
「仮処分とは、あくまで訴訟に先立つ仮の手続です。 その後、訴訟し勝訴する必要があります。 一刻も早い対応が必要です!
そんな分けで、今から仮処分という手続を行います」
とにかく仕事が早い、みんな飯塚の仕事の速さに驚いている。 輝明は浅田がいった、
「飯塚は負けたことがない!」という理由が分かったような気がした。
3.
大阪では早速、浪速割烹 清川に集まり、これから先の悪だくみの打ち合わせが行われていた。 東条が余裕をかましいいはなった。
「酒が美味いなぁー 西島の田舎もの今頃は、さぞかし驚いとるやろな?」
「法務局から届いた『貴社の役員の辞任登記申請がなされました』ちゅう通知見て、腰を抜かしてるんと違いまっか!」
「ほんで、茂木さん、今後どない進めますかね?」東条が継がれた杯を一気に煽った。
「今回は、田島の腕にかかっとります!」
「さいでっか? それじゃぁ田島君に、頑張ってもらわんといけまへんね!
しかしこの魯山人の器見事やね、田島君この魯山人の器のようにシュッと決めてや!
期待しとります」そういいながら、東条は、田島のチョコに守破離を注ぎ入れた。
「東条社長、ここらで作戦内容を発表してもええでっしゃろうか? 田島、ワレもよぉ聞いとけよ!」話に呼ばれていた名川は、一人手酌で目立たないよう隅っこで飲んでいる。
茂木が自慢げに語りだした。
「先ずは田島が広島の西島食品に乗り込む、ええか、これはあくまで田島の単独行動というわけやで、田島という人間が新たな代表取締役として登記されとる。 法律上解任された西島はどないすることもできへん、赤子の手をひねるようなもの、ほんでや!」
その言葉を聞き、東条が茂木の言葉を遮るよう上目づかいでいった。
「茂木さん! 西島の資産を廉価で我が東条フーズに売ってしまいまっか?
取締役は、田島君やから好き放題やね!」
余裕をかまし小馬鹿にした表情で、金歯をちらつかせ東条が軽く鼻で笑った。
「まぁ、それもええんやけど、田島にはもっと効果的な仕事をしてもらいます」
勧められるままに飲んだ守破離が、だいぶ回ってきたようである。 赤ら顔した東条が、嫌みたらしくいった。
「茂木さん、それで効果的な仕事とは、なんでっしゃろ?」
茂木が田島に守破離を注ぎながら返した。
「まぁ、今回の『偽造登記』は、時間勝負ですわ、調理方法とか調味料の配合、世の中で一般化された物は、特許でしばれまへんのや、せやから、秘伝として隠すんですわ!
ええでっか、西島の代表取締は田島です。田島が西島肉じゃがオムレツの秘伝をゲロさせる。 それを名川工場長に教える。 名川工場長は、それをフル生産し、西島より数パーセント安く市場で売る。 これで東条の肉じゃがオムレツは市場に出回る。
西島は、生産量がグッと落ちる、結構な設備投資しとるでっしゃろ?
とたんに西島は、資金繰りに困るという分けですわ!」酒が回ったのか、調子に乗った、東条が手酌酒をしながらいった。
「面倒ですわ茂木さん、こうなりゃ西島には、とっとと潰れてもらいましょうや!」
それを聞き赤ら顔をした田島がいい放った。
「西島がなくなれば、肉じゃがオムレツは、こっちの独擅場ですね!」茂木は、気取った格好で盃を口に運びながらいった。
「田島! 甘いわ!」
鯛の塩焼をつつきながら東条が質問した。
「どういうことでっか? 茂木さん」
茂木は気障(きざ)ったらしく人差し指を立て左右に振った。
「目の前に、お宝を満載した敵の輸送車がおる。 果たしてそのまま破壊してしまうんが、
最善の策やろうか? どないや! 田島?」
「そりゃー お宝をごちになってから、たたき壊す! です!」
「だろーぅ? しかし田島、お前はまだぬるいわ!」茂木の目は、サバンナで獲物を見る目だ、
「西島は田舎の中小企業やけど、強力なライバルであるところ以外は、従業員の質の高さにある。
潰すには惜しい宝や。
せやさかい、痛めつけ死にそうになったところで助ける」
「助ける……」予想外の答えに田島が上の空のように口を開いた。
「ここは、よぉ聞いてや!」
そういって茂木は話し始めた。
「いきっとる西島の主力商品は、ズバリ肉じゃがオムレツや、調子に乗りめっちゃ、設備投資し腐っておる。 その肉じゃがオムレツが売れんようになったら、一気に資金繰に詰まる。
田舎者の西島は真坂、田島と東条フーズが結託しとるとは、夢にも思ってへん。
ほんで神様東条フーズの出番やがな!
うちが、資金の援助を申し入れる。
その代わりに西島は、株式の過半数を差し出す。 西島は東条フーズの傘下に入るってわけや! どや! このストラテジー」
「茂木さん、ストラテジーってなんでっしゃろ?」田島は初めて聞く言葉なんだろう、
「田島、ストラテジーとは、簡単にいうたら戦略のことや!」
「せやけど、そんな条件、西島が飲みますかね?」田島は疑問を抱いた。
「金が底をつき、従業員に払う給料も心細くなってくる。 仕入れ代金の支払い期日が迫り、金融機関からは借金の督促が来る。
このままいけば従業員が路頭に迷うってときにうちの救済案は神に見えるやろうな……
この餌に食いつかない魚はすでに死んどるって事や!」
「さすが茂木さん、考えることがちゃいますね!」そういいながら東条が拍手をした。
「東条社長、今までは法ギリギリのところをやってきましてん。 今回の『偽造登記』は、
違法性のある手段ですわ。 3ヶ月以上、5年以下の懲役、50万円以下の罰金、
そないな事で保釈金を速やかに払い、田島を自由にしてやって下さい。
よろしゅうたのみます」
「茂木さん、みなうまくいけば、報酬もたんまりとはずませてもらいまっせ!」
存在感がないように隅っこで、会話に加わらず、一部始終を聞いていた名川が立ち上がった。
「東条社長、ワシ用事がありますから、これで失礼します」
「何ですのあれ……?」
田島が不審そうな視線を送った。
名川は、黒い手提げかばんを大事に抱え、そそくさと部屋を出ていった。
「まぁ、名川の気持ちも分らんことないわ、総会屋を使い、会社を乗っ取ったんやから」
総会屋とは株主の権利を悪用し、対象企業から不当に利益を得ようとする集団のことで、
名川食品を倒産間近にまで追い込み、企業価値を大幅に下げさせたところで、東条フーズが乗っ取った経緯があった。 東条は、忠実にコツコツ働く名川を信用していた。
「茂木さん! そないな事は、おいといて、今日は前祝や! パット行こか!」
そういうと東条は手を叩き、女将を呼んだ。
4.
「竈門部長、将来のことを考え、今からAI食品加工の研究、進めておいた方が、良いと思うんですよ」
「確かにそうだね、ゆうこちゃん、早速、徹社長と予算取りの最大の壁、畑山経理部長を
説得しなきゃいけないなぁ……」
竈門は、カメラを使ってステンレスプレートに広げられている、薄切り牛肉の総面積を知ることにより、重量を基に平均的な厚さまで、瞬時に求めようとしていた。
最終的に使う肉の品種を選択し外気温・湿度を計測すれば、ランダムに焼く温度、時間が自動的に決まる。 成功すれば日本初というか、世界初の食品加工技術である。
AIについて補足説明をすると、処理方法が人間の脳に似た、ニューロネットワークという構造をしていて、間で何段もの偏微分計算を繰り返し、与えられた入力条件に対して、
目的の答えを出す仕組みである。
平たくいえば、千差万別で統一のない入力情報を整理認識し、正確な答えを出す技術である。
「ゆうこちゃん、技術的な内容を書いても、理解してもらえないので、
僕が今からいう順番で稟議説明書を作成してもらえないかなぁ……」
目的は、『日本初AIによる薄切り牛肉調理加工の実現』、効果は、『50名の輝明による自動調理』と銘打った。
予算は機材人件費含め500万円、直接的に利益を生みださないものに、西島食品は投資する余裕などない、
その事は竈門もよく分かっていた、中小企業庁の補助金制度、(補助率1/2以内、上限額500万円)必死になって、申請書を書き上げた。
結果、AI補助金として250万円勝ち取ることに成功した。
しかしこれは国民の血税である。
1円たりとも無駄にはできない!
まとめ上げた稟議説明書を持参し竈門と、ゆうこは社長室のドアーを叩いた。
「座ってゆっくり話しましょう!」徹は竈門と、ゆうこを応接セットに座らせた。
手渡した稟議説明書を一瞥し徹がいった。
「とうとう、ここまで来ましたか? 日本初AIによる薄切り牛肉調理加工の実現、夢のある目的ですね! 効果は50名の輝明君ですか!」徹が嬉しそうに微笑んだ。
「さてと、必要予算は500万円ですか?」
「最大で500万円です! ここまではかからないかと……」すぐさま竈門が反応した。
「うちの財務大臣を呼びましょう!」そういって徹は、経理部の畑山に電話をかけた。
畑山がニコリともせず、厳しい目で稟議説明書に目を通している……
ゆうこは、自分自身が観察されているようで落ち着かなかった。 眼鏡を下げ畑山がいった。
「正直500万円はきついですね、何とかなりませんか? ズバリいいます。
私の腹積もりは200万円です!」
それを聞き竈門がすかさず、中小企業庁の補助金が250万円交付される書類をだした。
「実質250万、必要ということですか? 社長どうしたもんですかね?」
畑山は儲けなしの予算(真水)であることに慎重になっているのだ、そんな畑山の肩を徹が叩いた。
「畑山部長、四井住友銀行の青木支店長も、いわれたじゃないですか!『夢のある会社ですね、ぜひこの広島の地から大きく成長してください!』と、日本中をアッといわせてやろうじゃないですか!」
しばらく考えていた畑山だが、徹にはなんだか吹っ切れたように見えた。
「やってやりますか! 徹社長!」
畑山は、稟議説明書を握りしめ強く頷いた。
「そういうことですので竈門部長も西島Lも頑張って下さい。 期待しています!」
徹が、爽やかスマイルを見せた。
西島食品の初AI食品加工はコードネームを1008AIとした。
こうして始まった、1008AI実験だが、半月経ってもまったく手探りの状態であった。
カメラで認識するプレート上に並べた薄切り牛肉の、面積出力誤差が大きいのだ、ここをクリアーしない限り、次の肉の厚さ算出は、できない……
何度、偏微分計算しても、ウエイトという係数値を決めることができないのである。
偏微分とは高校で習う微分とは違い、大学で習う立体的な微分算出のことだ、週に1回製造現場に顔を出し、装置の設定指導している輝明がやってきた。
「どうしたゆうこ? 精も根も尽き果てた顔をして?」
「何度やっても誤差が大きすぎて、そこから先に進めないの……」疲れ果てた表情で生気がなくゆうこが、かぼそい声でいった。
「そうか、こんなときは、いつまでやっても時間の無駄だ! 早く帰って熱い風呂につかりぐっすり寝ろ!
明日になれば妙案が浮かぶ、俺は何度もそういう経験をしてきた!」
「そうだね……」やけに素直である、肩を落とし、ゆうこが引き上げた。
熱めの設定にし蛇口全開で、ゆうこはシャワーを浴びている。 水圧が強すぎ片目しか開けることができない、その状態でシャンプーのボトルに手を伸ばした。
ボトルが簡単につかめない、クソーとシャワーを止めボトルをつかむ、
「あれ?」さっきつかめなかったボトルがいとも簡単に取れた。
ドライヤーで髪を乾かしている自分の姿をぼんやりと眺めていた…… 鏡に映った自分を見てゆうこは、なにげなく思った。
「なぜ動物には目が二つあるんだろう……?」
部屋に戻ったゆうこは、『動物に目が二つある理由』というワードで検索した。
「物体を立体的に見るため……」どのページを見ても共通した答えが書いてあった。
今まで当たり前だと思っていた事を、深堀した……
目はものを見るところだけど、目に物体が、映ったとき『目』そのものが感じるわけではなく、映った像が別の信号に変換され、脳に送られ「ものが見えた!」と感じる。
両目で見たとき、脳はそれぞれの目が見た画像を統合して1つの像としてとらえる。
その際、左右のずれを脳が認識し、奥行きを感じるようになっている。 目が2つあるために、遠くの物と近くの物を区別して立体的に見ることが出来る……
「んん……?」 日本語が複雑だ……
「ふたつの象を脳の中で一つにする処理がされ、全体の像が見えたと認識するわけか……
音も同じで動物には耳が二つある、右左音源のステレオは、だから音の広がりがある分けなんだ!」ゆうこは、ハッと! 気付いた。
薄切り牛肉の面積測定、理由はないが1つのカメラ測定に拘っていた。 測定するカメラを2台にして、ニューロ解析してみよう!
翌朝、ゆうこは生気に満ちあふれ出社した。朝だというのに竈門は、疲れ切った表情で、
サイエンスという雑誌を一瞥していた。
「おはようございます! 竈門部長!」元気な声に雑誌を閉じ竈門は、ゆうこを見上げた。
「なになに、ゆうこちゃん、やけに元気がいいじゃない?」
ゆうこは、動物が物を見る原理を説明し、カメラを2台にして、測定することを竈門に提案した。
「そうか! カメラ2台で測定か!」エンジンがかかったように、竈門に生気が蘇った。
「よし! わかった! 僕は2つの映像を、1つに変換するプログラムを、構築するよ!
ゆうこちゃんは引き続きニューロネットワーク解析するの、御願いします!」
絶対に上手くいく! 長年の経験から竈門は確信した。
2週間後、竈門が作成した変換プログラムと、ゆうこが作成したニューロネットワーク
プログラムの統合を行い、1008AIは、完成した。
測定開始の話を聞きつけた、徹、畑山、加奈子、輝明、そして営業の香川まで固唾をのんで見守っている。
竈門がこれから行う測定実験内容と、AIによる目標面積測定誤差が、2%以下であることを伝えた。
「それでは、1008AIの測定実験を開始します!」
ゆうこが最初の10万平方mmプレートを置台にセットし、祈りを込め、竈門がスキャン開始の緑釦を押した。 改良された二眼カメラがプレートをスキャンして行く、
ほんの5秒でスキャンは完了し、画面に測定値が表示された。 9・903万平方mm、誤差0・0097、緑の数値が表示された。
目標を超えたら赤で表示されることになっている。 1回目成功である。 安堵のため息と拍手がおこった。
0・012、0・0136……
「これは心臓にわるいな!」汗を拭きながら香川が漏らした。 竈門がいった。
「みなさん、これが最後の測定です」
ここまでは全てクリアーしている。ゆうこが、最後のプレートを置台にセットした。
「測定開始!」
竈門が祈りを込め緑色の起動釦を押した。
測定完了した画面には、98・13万平方mm 誤差0・0187緑の数字が表示されている。 誰も声を発しない、ゆうこが大きな声でいった。
「Experiment successful! 実験成功です!」
「よっしゃーっ!」香川が喜びを爆発させた。歓喜と共に誰彼なく抱き合う。 畑山は普段見せない感情を表し、ガッツポーズをしてみせた。
5.
田島が血相を変え、茂木のもとえ走り込んだ。 「西島の野郎! 田舎者のくせに行動が速いですわ! 広島地方裁判所に、登記申請の、異議を申し立て、『仮処分』が受理されました」
「なんやて!!」あまりにもの、スピードの速さに茂木も動揺している、
「一時的に、登記手続が止まっとります! 弁護士とか参謀がいるんでっかね?」
「田舎中小企業の分際で、そないなもんいるはずあれへん!」
十年以上、この家業をやってきた茂木には初めての経験だった。
「田島! こっちは、大山(おおやま)弁護士がついとんねん、安心せぇ!」
「さいですね、西島の野郎、痛い目にあわさんといけまへんねぇ」
茂木は急いで東条に連絡を入れた。
「東条さん、登記のことやけど、少しややこしい話になっとりますねん、大山顧問弁護士を、お借りしたく電話いれました」
茂木は、詳細を東条に説明した。
「そんなことかいな? たやすいことや! それはそうと真坂とは思うが、こちらのたくらみ漏れてへんやろうな?」
東条のたやすいという言葉を聞き、茂木は安心した。 大山は関西でも5本の指に入る切れ者弁護士だからである。
「大丈夫でっせ漏れていまへん! 予定より少し時間がかかりまっけど、ほな、まかせてもらいます」余裕をかませ嘲笑まじりに茂木は電話を切った。
6.
1週間に一度、輝明が出社する日であった、
赤兎馬を飛ばし西島食品の門をくぐろうとしたとき、一人の男が黒い手提げかばんを抱え、じっと社屋を見つめ、立ちすくんでいた。
「なにか用ですか?」呼びかけられたことに気づき、男は慌てて立ち去ろうとしたが、
不審に思った輝明が引き留めた。
「僕は、この会社に勤めている五百旗頭と申します。 怪しいものじゃありません! 何か御用があるように、お見受けしましたので、声をかけました」
腕をつかまれている男が渋々話しだした。
「実は、ここの西島忠則さんにお話ししたいことがあり、大阪から来ました」
「失礼しました。 忠則会長と、お知り合いの方でしたか?」輝明はつかんでいた、腕を急いで離し陳謝した。
「私、こういう者です」と、差し出された名刺には、東条フーズ関西工場長 名川敏一と書いてあった。
「ご無礼のほどお許しください、あの、東条フーズさんの工場長であらされましたか!」
名川が、ここを訪れたのは二度目で、去年工場見学をし、徹、香川、加藤ともに面識があった。
「自分は、週に1回しか出社しません、知らぬこととはいえ失礼しました。 少しお待ちください……」そういうと輝明は、加奈子に電話を入れ確認した。
「忠則会長も、徹社長もいらっしゃいます」
輝明は3階にある社長室に案内した。
「これは、名川工場長わざわざ広島までどうされましたか?」
徹が応接セットに案内をしたが、
何かを思い詰めたように表情の硬い、名川は、その場に立ちすくんでいる。
「大変申し訳ありませんでした! 知らぬこととはいえ鴇田住職の大事な、戦友を裏切る所でした!」
名川は、忠則に対しフロアーに土下座をし頭を床にめり込ませた。 只ならぬ空気に、輝明は、部屋を後にしようとしたが、忠則に呼び止められた。
「待ちなさい! 輝明! 名川工場長、鴇田住職といわれましたよね? 頭を上げソファーにお掛け下さい」
忠則は名川をソファーに座らせた。
「急にどうされましたか? 名川工場長」
緊張している名川に対し徹が優しく声をかけた。 名川はこれまでの、経緯一切を話し始めた。
「私は、神戸大空襲で肉親を全て失なった戦災孤児です。 浄徳寺という寺がありまして、復員された鴇田さんが後を継ぎ、孤児院を始められました。 有難いことに私は、そこに引き取られ、生きることができたのです」
神妙な面持ちで、徹が食い入るように話を聞いている。 それもそうである、徹も原爆孤児で忠則に拾われた身である。
神戸大空襲…… 火垂るの墓…… 輝明は以前、ゆうこに勧められ観たアニメを思い出した。 兵庫県神戸市と西宮市近郊を舞台に、戦火の下、親を亡くし、引き取り先の叔母と険悪な仲にあった、14歳の兄と幼い4歳の妹が、終戦前後の混乱の中を兄妹で独立し、
生き抜こうとするが、結果、誰にも相手にされなくなり、栄養失調で無残な死に至る物語だった。 映像を観て不覚にも号泣したことを鮮明に思い出した。 少し間を置き、徹が口を開いた。
「あなたもそうでしたか、
実は私も、西島忠則に育ってもらった原爆孤児なのです」
「えっ……」予想だにしない言葉に名川は、絶句した。 しばらく沈黙が続いたが、名川が話し始めた。
「西島食品さんが開発された、肉じゃがオムレツを一口食べ鳥肌がたちました。 4年前他界された鴇田住職に、孤児院で食べさせてもらった、肉じゃがの味だったからです。 住職はよく話されていました。 戦友である、西島忠則がつくる肉じゃがこそ、本物の味だと!」
「名川さん鴇田住職は、戦友ではありません。この私に駆逐艦雪風の肉じゃがを、いや!
料理を教えて頂いた上官です! ここにいる
五百旗頭が、その味を引き継ぎました。
だから、西島食品が開発した肉じゃがオム
レツは、鴇田烹炊長の味だったのですよ」
名川は、過去を思い出すように続けた……
「孤児院を出た私は、我武者羅に働きました。気がつけば従業員500人を超える名川食品の社長にまで昇り詰めていました。
しかし、悪どい東条フーズに、会社を乗っ取られてしまいました。 多くの従業員を路頭に迷わすわけにはいきません!
断腸の思いで東条フーズ、関西工場として続けているのです。 しかし、ヤツラは……」
「しかし何ですか? おっしゃって下さい!」異様な空気を察し、徹が体を乗り出した。
腹を決め、名川が話しだした。
「東条フーズは、西島食品を乗っ取ろうと、画策しています!」
「なんですって!」
めずらしく徹が興奮気味にいった。
最近不審な事が頻発している。 飯塚弁護士が仮処分申請をし不法な登記申請を止めているが、輝明はおかしいと思っていた。
「東条フーズが黒幕だったのか!」輝明は、飯塚の携帯に電話をかけた。
ふだん携帯は持ち歩かないといっていたが5コールで繋がった。
「ハイ!」名乗らずに返事が聞こえた。
「もしもし、飯塚弁護士の携帯は、そちらでよろしかったでしょうか?」
しばらく無音だったが、「だれ?」という憮然とした声が帰ってきた。
「突然申しわけありません、五百旗頭です!」
「なんだ! 五百旗頭君か? どうした?」冷静な飯塚の声が聞こえた。
「失礼ですが今、どこにいらっしゃいます?」
「街……」輝明は、高宮に一番近い街を想像した。
「街って、三次ですか?」
「違うよ! 俺でもたまに広島に法律の本を買いに出るんだ、えぇっと、ここは本通りにある金正堂だ!」輝明には奇跡に聞こえた。目と鼻の先だ!
「本通りの金正堂ですよね!? 詳しい話は後話しますが、最近起こっている不審な事の黒幕は、東条フーズみたいなんです。
今すぐ赤兎馬で迎えに行きますので、来ていただけませんか? 御願いします!」
「別にかまわんけど……」
飯塚は二つ返事してくれた。
「10分待ってください! 大急ぎでお迎えに上がります!」
「徹社長! 加奈子さんにコーヒーでも出してもらって、15分~25分待ってもらって
いて下さい。 運がいい事に飯塚先生、本通りにいらっしゃいます!」
そういうと輝明は社長室を飛び出した。
「こちらです! 飯塚先生!」息を切らしながら輝明が社長室のドアーをノックした。
日頃、農作業で鍛えている飯塚は、息一つ切らしていない、社長室ではタダ爺が海軍時代の鴇田烹炊長の事を熱心に語っていた。
輝明はこれまでの経緯を詳しく、飯塚に説明した。
「真坂とは思いましたが、あの東条フーズが黒幕みたいなんです!」
「了解しました。 五百旗頭君!」そういうと飯塚は名川と名刺交換を行った。
名川は、大阪の道頓堀にある、
浪速割烹清川での、悪だくみの一部始終を飯塚に話した……
「名川さん、よく話して頂けましたね、ありがとうございます!」そういうと飯塚は、話の内容を書いたメモを徹に渡した。
「西島社長、このメモを誰かにいってタイプアップさせて下さい。 アップできましたら、ページ最後に、供述者名・本籍・住所・氏名・印・弁護士登録番号、弁護士名・印・供述場所・日時、これらを書く項目爛を設けるよう伝えてください」
徹は加奈子をよび、飯塚にいわれたように、供述書作成を依頼した。
加奈子も仕事が速い、10分もしないうちにいわれた供述書を作成した。 作成された供述書を飯塚が読み上げた。
「名川さん、この内容で宜しければ、本籍、住所、氏名、印 を下さい」
躊( ちゅう )躇( ちょ )せず名川は、背広の内ポケットにしまっていた万年筆を取出し力強くサインをした。 確認した飯塚は、弁護士登録番号・弁護士名を記入し印鑑を押した。
飯塚が名川にいった。
「名川さん、この原紙を往復郵便で送りますので実印を押してもらい、印鑑証明1通添付して送り返して下さい。 コピーした物を返信します!」非の打ち所が無い処理に輝明含め全員が感服した。 飯塚が捕捉した。
「西島社長これさえあれば、こちらの主張が裁判所に認められます。 現在仮処分にて、処理を止めていますが、登記申請無効決定書を法務局に提出することで、登記申請は正式に却下されます」
名川がまだ何かいいたそうにしている。
「名川さん、まだ何かありますか?」うつむいている名川に飯塚が優しく話しかけた。
「実は……」と、か細くいった名川は、黒い手提げカバンから何かを差し出した。
それは、銀色に光るボイスレコーダーだった。
「これ再生しても良いですか?」
飯塚が再生ボタンを押した。
「再生された内容を聞き、全員が目を見開き驚愕している……」浪速割烹清川に集まり、東条初め茂木たちの話す悪だくみの一部始終が全て録音されていたからである。
名川が口を開いた。
「私は供述書を書いた事で、間違いなく東条の逆鱗に触れ解雇されるでしょう…… でもその覚悟はできています。 東条は茂木と結託し、あくどい手口を使い、次々と中小企業を買収し大きくなっていきました。
私もその被害者の一人ですが、西島食品さんを助けられたら本望です。 生かして頂いた亡き鴇田住職も、褒めてくれると確信しています!」それをいうと、名川は床に膝をつき泣き崩れた。
飯塚でさえ、話を聞き化石のように固まっている、輝明が声を振り絞りそんな飯塚に質問をした。
「飯塚弁護士、単純な質問です。 法律とは、何のためにあるのでしょうか……?」
飯塚は、輝明の目をしっかり見据えいった。
「一つの島があったとします。 人が一人も住んでいない無人島なら、法律なんか必要ありません、ある日、その島に二人の住民が住みつきました。 住民の名前は東条、もう一人は西島といいました。 東条は大きく腕力もあり、島にある、水、食べ物、好き放題むさぼります。 一方、西島は体も小さく力もありません、東条に対し何も抵抗できないのです。
果たして西島は、やせ細って餓死するしかないのでしょうか?」
みんなも真剣な目をして聞いている。
飯塚は、輝明の返答を待たず答を返した。
「餓死する必要はありません。 神の分身である人類は、そんな愚かではないのです。
そこで法律の出番なのです! 法律という秩序の力で西島の人権を守るのです!
私は、その為に弁護士の道を選びました。
又、野菜は正直です。 手をかけたぶんだけ答えてくれます、だから野菜を育てているのです」
ぐうの音も出ない答えだった。
それを聞いた輝明は、いや!
全員が感動した。
静まり返った部屋では、時を刻む時計の音だけが響きわたっている、
飯塚が冷静に話を進めた。
「これは歴とした刑事犯罪で、偽造登記申請なんて比になりません!
まずは、警察に被害届を提出します。
完全に勝訴するには証拠固めが必要になります。 誰か優秀な刑事さん、心当たりはございませんか?」
「飯塚先生、完璧な証拠のボイスレコーダーがあってもですか?」信じられないという顔つきで、徹がいった。
「ザコではなく、敵の総大将の首を打ち取ろうと思えば外堀を埋める。 つまり逃げ道を、完全に断つ必要があるのです」
「例えば、ボイスレコーダー以外に、必要な証拠ってなんでしょうか?」
輝明が具体的な質問をした。
「ボイスレコーダーに記録されている、東条、茂木、田島の音声鑑定、浪速割烹清川の利用伝票、これらをボイスレコーダーのセットとして裁判所が受理すれば、総大将 東条の首を取ることができます!
但し、浪速割烹清川の利用伝票は、個人情報保護法にてガードされていて、警察権じゃないと我々には入手できません……」
「優秀な刑事……」
輝明は、すぐに丹波の名前が浮かんだ。
「飯塚先生! 俺に心当たりがあります。
数日、時間いただけないでしょうか?」
飯塚が品よくいった。
「分かりました! 社会の為、『徹頭徹尾(てっとうてつび)』みなさん、東条いちみが二度と立ち上がれないよう叩きのめしましょう!」
完全に『流れ星の五百旗頭』に戻った輝明が吠えた!
「おんどりゃぁー 東条! わや(むちゃくちゃ)しゃあがって! 広島の西島食品を、舐め腐るんじゃぁなぁで! シゴウしちゃるけん首の皮を洗ろうてまっちょけ! 日本海溝7000mの底で潮干狩りじゃ!」
7.
早速、輝明は、丹波が所属する広島県警本部捜査第一課に電話を入れた。 外出はしていないようだが席空で繋がらなかった。
しかたなく、直接丹波の携帯にかけることにした。 10回以上コールしている、一向に丹波は出てこない…… 諦めて切ろうとしたとき、憮然とした丹波がでた。
「しつこい奴じゃのぅ! 誰なら?」
丹波は屋上に上がり煙草を吸っていた。
「丹波さん、五百旗頭です!」
「ワレか、どうしたんなら?」いつも通りの丹波である。 丹波の弱点は加奈子さん、秋葉加奈子である。 最初に西島食品の名前を出すことにした。
「丹波さん、西島食品が乗っ取られようとしています!」
「なに! 乗っ取られるじゃと?」計算通りの反応である。
「電話では長くなるので、お会いして相談に乗ってもらえないでしょうか?」
「えらい物騒な話じゃないか、待っちょるけん、すぐこいや!」秋葉効果は、絶大であった。 輝明は、中区基町の県警本部に向け、赤兎馬を飛ばした。
丹波は小さな面会室を準備してくれていた。輝明は、これまでの一部始終を丹波に説明をした。
「それにしても、五百旗頭! ワレなんで、飯塚弁護士を知っちょるんなら?」
「飯塚先生の事ですよね? 今回、うちの弁護をしてもらうことになりました」
「ワレ、今、うちといったよの? お好み焼き屋はどうしたんなら?」
「お好み焼き屋は、西島食品になりました。俺は店長をやっています」
丹波が「信じられない?」という、目をして輝明を見つめている。
お好み焼き屋が西島食品になったことも、そうだが、輝明から飯塚弁護士という言葉が、
でたことに驚いた。
「どうされましたか、丹波さん?」
不意を突かれた丹波が話しだした……
「飯塚弁護士ゆうたら、滅多に弁護は引き受けんが、引き受けたら最後、100戦100勝じゃ! 剛腕弁護士で検察にも名が通っちょる」
「丹波さん、今日はその飯塚弁護士に指示を受け相談に参りました」
そういって輝明は、名川が録音したボイスレコーダーの再生釦を押した。
大きく目を見開き丹波が聞いている……
「なんならこれは!! 完璧な証拠じゃないか! ちなみに聞くが東条って、あの大手の東条フーズの事か?」
「そうです、敵はあの東条フーズです!」
丹波が助言した。
「黒幕親分の尻尾を、つかもうと思うたら、物的証拠固めが必要じゃの?」
「飯塚弁護士にも、同じことをいわれました。だからこうして相談にやって来ました!」
輝明は、飯塚にいわれた外堀を埋めるため、東条いちみの音声鑑定・浪速割烹清川の利用伝票の事を丹波に伝えた。
「さすが剛腕弁護士じゃ! この3点揃ったら完全に東条の息の根を止める事ができる!
ワシらが動けるように、西島食品の管轄南署に被害届を直ぐに出せ!
優先受理するよう根回しをしちょく!」
「丹波さん何から何まで恩に着ます。
何卒よろしくお願い申し上げます!」
輝明は、深深く頭を下げた。
8.
平成28年6月18日(金)、東条フーズの株主総会は最後の議決、役員の新任項目に入っていた。 会場は、大阪市中央区難波にある難波御堂筋ホールである。
500名収容できる大きなホールだ、
「それでは、各役員の新任議決に入りたいと思います」
「異議なし!」次々と役員が信任されて行く、
「それでは最後、代表取締役社長 東条誠 新任に意義はないでしょうか?」
「異議なし!」司会が最後の承服確認を行なおうとした、そのときである。
会場中央にある大きな扉が開き会場中に、大きな声がとどろいた!
「objection!(オブジェクション)意義あり!!」弁護士の飯塚と丹波だった。
その声に驚き、新任を受けようとしていた、東条が立ち上がった。
「なんですのん? あんたらは! ここは、株主以外立ち入り禁止ですわ! どがいにして会場に入りはったんやろ?」そのときである。 口角を上げた丹波が、警察手帳を掲げ、逮捕状を広げた。
「広島県警の丹波だ! 東条誠、名誉毀損罪(刑法第230条)信用毀損罪(刑法第233条)威力業務妨害罪(刑法第234条)容疑で逮捕する! 文句があるなら裁判所で聞かせてもらおうか?」
株主総会は打ち切られ、手錠をかけられた東条は広島へ護送された。
裁判は、広島地方裁判所、第一法廷で行われた。 人定質問、第196条 裁判長が、検察官の起訴状の朗読に先だち、被告人に対し人違でないことを確めるため、東条を証言台まで呼び寄せた。
「被告人は前に!」手錠をかけられた東条は証言台に立った。
「氏名と生年月日は?」
「東条誠、昭和27年6月13日、生まれです」被告人が自分の氏名と生年月日を答えおえた後、本籍、住居(現住所)職業を訪ねた。
「これからあなたに対する、西島食品における威力業務妨害等、審議を始めます」
裁判長が内容を確認し審議が始まり、検察官が起訴状を朗読した。
西島食品の、被害届内容が読み上げられ、審議開始が宣言された。
大山の指事なのだろう…… 東条は検察官の質問に対し、頑なに黙秘している。
大山が挙手した。
「裁判長! 被告人に変わり私が冒頭陳述を行ってもよろしいでしょうか?」
「発言を認めます!」東条誠は、西島食品に対し威力業務妨等、まったく身に覚えもなく答弁できないことを述べ、証言者である、
名川の話にでてくる、茂木、田島とは、まったく接点はないこと、又、物的証拠もない事を強調して無罪であることを述べた。
「裁判長! よろしいでしょうか?」
西島食品の代理として、弁護士の飯塚がすぐさま挙手した。
「物的証拠はない? と、おっしゃいましたが、証拠1として、これを提出したいと思います」飯塚が手にしたのは、あの銀色のボイスレコーダーだった。
「提出を認めます!」飯塚が再生釦を押した。
法廷中に東条、茂木、田島の声がこだました……
「静粛に!!」裁判長の声が響き渡った。
「有得ない!」東条は眉を吊り上げ、大きく見開いた目は瞬きもしない、
「裁判長!」東条の弁護人大山だけが、冷静な顔をして挙手をした。
「発言を認めます!」
「今の技術では、合成捏造することが可能です。 故に、これは確たる証拠として認めることはできません。
原告側の謀略にすぎません!」
それを聞き東条は大きく頷いている…… しかし、その答弁は飯塚の想定の範囲だった。
「裁判長! 次の物的証拠を提出してもよろしいでしょうか?」
「なに!!!」思わず大山の声が漏れた。
「原告代表弁護人の証拠提出を認めます!」
「裁判長、これを提出します」
それは、広島県警刑事部、科学捜査研究所が作成した、声門鑑定書・浪速割烹清川から押収した利用伝票だった。
裁判長が、ガベル(木づち)を叩いた。
「これから1時間休廷します! 我々裁判官3人と裁判員6名、提出された証拠に基づき審議に入ります!」
「よっしゃー!」傍聴席で審議の一部始終を見守ってた徹、香川、畑山、加奈子、ゆうこ、そして、輝明が拳をにぎりしめた。
審議を終えた、裁判官と共に6名の裁判員が所定の席についた。
「これから西島食品に於ける威力業務妨害等、の判決を言い渡します。
「被告人は、前に」
両脇を刑務官に抱えられ、東条が証言台の前に立った。
「主文、被告人を懲役9年の刑に処す!」
執行猶予はつかなかった。
それを聞いた東条は床に崩れ落ち、飯塚は、裁判長に深く頭を下げた。
『タマシイレボリューション』
歌 : Superfly
作詞作曲:越智 志帆
リリース: 2010年
【ストーリー 9】 著: 脇 昌稔
【ストーリー 10】へ続く..
この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。