【blog小説】星の流れに エピソード 7

七章 販

1.

2013年5月31日、N1008プロジェクトが終わろうとしている。

ゆうこはN1008試作品を手に、部長以上を招集し説明を始めた。 功労者特別ゲストとして輝明が招待されている、

「N1008プロジェクトが滞りなく終了しましたのも、五百旗頭様のおかげです」

ゆうこが、いい終えるとすぐさま徹から、拍手が送られた、それを皮切りに評価会場が拍手喝采につつまれた。

客席にポツンと座っている輝明はというと、ゆうこの顔を見て、

「この俺?」とジェスチャーをしている。

その滑稽(こっけい)さが無性におかしく、吹き出しそうなところをグッとこらえた。

試食会場が、オタフクソースの甘酸っぱい良い香りに包まれている、

「こりゃ美味そうじゃわ!」

総務部長の沖田が早速口に放り込んだ。

「この薄切り牛肉、香ばしく凄く柔らかい、それと、今までのレトルト食品と完璧に違うんは、肉の缶詰ぽさが全くない事じゃ!

料理屋で食べるのと全く変わらん!」

沖田の言葉が、目指したところを全て語っている。

営業部長の、香川哲雄(かがわてつお)が口を開いた。

「ほんま(本当)にぶち美味い! これをつまみながら、ビールを飲んだら最高じゃろうね? もしこれが売れなかったら、営業部私たちの責任です!」

香川はそこまでいってくれた。

ゆうこと竈門は、その言葉が嬉しくてたまらなかった。

「100点満点美味いです! 開発費資金集めに走り回ったかいがあります!」

めったに褒めない、経理の畑山部長も絶賛した。 全員の視線が徹の口元に集中した。

「確かに美味いです。

思いで雪風の、肉じゃがの味が見事に再現されています。

プロジェクトチームのみなさん、本当にご苦労様でした。 竈門部長やりましたね!

さて、ここからが私たちが試されるばん、これをいかにして売るかです。

ボールは。私たちに移りました!

森嶋部長、早速ですが正確なピースコスト(商品単価)と、損益分岐点を算出して下さい」

少し顔を曇らせ、竈門がいった。

「徹社長、N1008には、一つだけ宿題があります」

「……宿題って?」

その言葉に全員の目が竈門に集まった。

「徹社長、すぐのことではありません……」慌てて竈門は、そういいおきし、話しを続

けた。

「薄切り牛肉を滅菌するのですが、高圧蒸気滅菌した後、焼き目をつけます。

そこが輝明君の職人技であり、その日の気象状況に合わせ、焼き時間など微妙に変化します。

私たちは、膨大なデーターを集め設定値を数値化しましたが、あと一つ数値化作業が残っています」

「一つ残っている数値化作業とは、具体的にどのような数値ですか?」

心配そうな目をして徹がいった。

「徹社長、先ほど申しましたが、緊急的に心配をする事ではありません。

もしN1008が爆発的に売れ、異なる地域、異なる作業員で調理加工するようになった場合、解決する必要性があるのです」

緊急的な宿題でないということに、徹はホッとした。

「竈門部長、一つ残っている数値化作業とは、難しい事なのでしょうか?」

竈門が徹の目を直視していった。

「一つ残っている数値化作業とは、ズバリ!

AI食品加工技術です」

「AI食品加工技術?」

試食会場のあちらこちらがざわついた。

竈門が口を開いた。

「問題は、どこの工場、どこの地域で加工しても、同じ品質調理ができるようにすることです。

遠回しないい方をして申し訳ありません。

どこの地域で加工しても、同じ品質調理をするためには、湿度、温度以外に、焼き上げる肉の面積を知る必要があります。

現在、輝明君は熟練の勘で火力量時間を、調節しています。

この工場であれば使う設備等、データーが充実しているため、誤差の範囲内で対応できます。

具体的にいうと広島以外、全く違う工場人員でN1008を量産するようになった場合、

調理対象(肉)の面積を、知ることが重要になってきます」

総務部長の沖田が口を開いた。

「わしゃー 難しい事は分からんが、牛肉は統一性が無く、バラバラに並べられちょって、

焼く面がどれだけあるか、知らんといけんという事よの?

それが全く違う人、工場、地域で加工する場合重要じゃと……」

竈門がいいたいことは、ズバリその通りだった。 徹が再確認した。

「その面積を数秒で知る必要があり、それがAIだという事なのですね?

竈門部長の言いたいことは分かりました。

当面の大目標はいかにして、N1008を販売するかという事です。

みなさん頑張りましょう!」

2.

5月第3週、ここは、エオンの傘下にあるメックス西日本株式会社である。

「今日はアポもなく、お邪魔して申し訳ありません」

「これはこれは、同じ段原に本社がある西島食品営業部長の香川さんが、直々にお見えになるなんて、どういうことですか?」

矢崎真一(やざきしんいち)は、上から見下ろすようにお世辞をいった。 同じ段原でも、資本金が1/2以下の西島食品を小ばかにしているのだ。

青いパーテーションで仕切られた、来客用ブースは、4人がけのテーブルがあるだけで質素だった。

矢崎は、メックス購入部第一調達課の課長だ、

「この度、西島食品が一丸となり、開発した商品を紹介したく、お邪魔致しました」

香川は手提げカバンの中から、肉じゃがオムレツの試供品をとりだし、テーブルの上においた。

「西島食品さんが一丸というから、何かと思えば、レトルトオムレツですか?」

「全員が一丸となり、必死に開発した物を、舐め腐って!」グッとこらえ香川はこぶしを握り締めた。 矢崎はまるで関心がないように、パッケージを眺めている。

「それで香川さん、これを弊社に、いくらのピースコストで卸したいと思っているの?」

損益分岐点は138円だ、

「これを開発するのに設備も一新しましたし、

完成するまで1年要しました。 220円といったところですか……」

眺めていたパッケージを、机の上に放り投げ矢崎が大笑いした。

「香川さん、それ本気でいっておられます? 悪いいい方をしたら、設備を一新しようが、

開発するのに長くかかろうが、弊社には全然

関係のないことですよね?」

心なしかふんずり返り矢崎は、完全に侮蔑(ぶべつ)した態度だ、

「そもそも具材は、惣菜調理し170円で、売っている肉じゃがですよ?

しかもレトルトの量産品、最大頑張って、120円、いや! 100円以下じゃないと、話になりませんねぇ……」

なにしろ、業者虐めといえる厳しいコストダウンで知られたメックスだ。

大量に買ってやるから心配するな、微々たる利益さえ平気で毟( むし )っていく。

そのやり方は悪評が高く、油断も隙もあったものではない、

「ほら、御社の主力商品『瀬戸の味』

商品を陳列棚に並べ終えたら梱包段ボール、引き取って下さいって、いってますよね?」

メックスは商品を納入させ、陳列棚に並べるところまで納入業者にやらせる。

よくいえば経費削減だが、こちらとしては、手間がかかり、たまったものではない、

「この前、梱包段ボール忘れていましたよ、弊社はゴミ捨て場じゃないんだから、空箱は引き取ってもらわにゃきゃぁ……」

「それは、ご迷惑おかけしました。

担当の物によくいっておきます」

月1000パックは、買ってもらっている。香川は頭を下げるしかなかった。

「それと先ほど紹介して頂いた、肉じゃがなんとか……

検討して頂き、卸で120円以下になったら、お越しください。 話はそれからです!

今日のところは、そういう事なので」

5月も後半になると、気温が上がり暑い、駐車場に止めておいた、車のドアーを開いた瞬間、ムワーと熱気が襲ってきた。

「クソー 矢崎の野郎、舐め腐って!」

香川は、煮えくり返った気持ちを隠すことなく、次の商談相手のところに車を走らせた。

取引のある店舗はすべてまわった。

話さえ聞いてもらえないところもあった。惣菜でも売っている肉じゃが、賞味期限は

1年以上あるが、量産品のレトルトなのに、高いのである。

どこにも、相手にしてもらえない香川は、ぬいだ背広を右手にかけ、肩を落とし、昔からある商店街を歩いていた。

実家はここの商店街に近い、子供の頃は、クリスマスケーキを、いつもここで買ったものだ。

街にあった大学が移転してから、すっかり人通りが少なくなっていた。

(時代の流れ、ここもシャッター通りになってしまったなぁ……)

そんなことを思いながら香川は、飲み物を買うため、店舗先のテントに書かれている、

『スーパーシタノ橋』という文字がかすれ、何とか読み取れる小さな店に入った。

お客は香川一人だ、レジには椅子に腰かけ70歳は、すぎているのじゃないかと思われる、お爺ちゃんがポツンと座っていた。

「お爺ちゃんこの商店街も、めっきり人通りが少なくなったね?」香川は、缶ジュースをレジにおきながらいった。

「大学のあった頃は学生など、人通りが多くにぎやかじゃった。

今は日に20人もお客さんが来てくれたら多いほうじゃよ、まぁ婆さんと2人、年金をもらいながら、何とか商売させてもらってます」

電気代とか、固定費を考えたら、やっていくのギリギリじゃないのだろうか? と思った。

「この年になっても体が動き、商いさせてもらっちょる事に感謝しとります」

先ほどまで、冷たく門前払いされ続けられた香川は、その純粋さに心が打たれた。

「ほいであんたぁ、見かけん顔じゃが、この時間、歩き回っちょるという事は、どこかの営業マンさんかいね?」

そういえば、シタノ橋商店街に来るのは、何十年ぶりだろうか?

「お爺ちゃん、私、段原にある西島食品という会社で営業マンをしています」

「西島食品といったら、忠則さんの会社か? あの人はできた人じゃ! ほうですか、あんたはエエ会社で働らいちょるんじゃねぇ……」

そう言って、お爺さんは手放しで褒めた。

「ほいで、何を売って回りょうるん?」

香川は苦笑いをし頭をかきながら、新開発した肉じゃがオムレツを、カバンから取りだした。

「実はこれ、新開発した肉じゃがオムレツなんですが、高すぎてことごとく断られました」

「ちょっと待ってよ? どれどれ……」と、いいながら首につるした老眼鏡をかけ、箱のパッケージを眺めている、しばらくしてお爺ちゃんがいった。

「ほいでこれ、なんぼ(いくら)なん?」

「完成させるまで試行錯誤して1年かかりました。 220円です……」

しばらく眺めていたお爺さんが口を開いた。

「作り上げるのに苦労したんじゃね? 忠則さんのところなら間違いない、えっと(たくさん)買ってあげられんが、5つもらおうかね?」

「買ってもらえるんですか!?」

初めて買ってもらえたことに、香川は感動した。

「すごく嬉しいです! 220円ですが、200円でけっこうです!」

「ほうね、頑張りんさいよ! あんたの気持ちを買わせてもろうた」

そういってお爺さんは、1000円札を、香川に渡した。 初めてN1008が売れたことに香川は万感の思いだ。

営業をして30年以上になる。 今日は、悔しい思いをずいぶんしたが、香川にとって一番うれしい日となった。

3.

月日が経つのは早いもので、6月が来ようとしていた。

「社長、申し訳ありません!

営業部全員、一生懸命市内の店を回っているのですが、成約は、一軒も取れていません、情けないです。

売れたのは、たったの5個です……」

「香川部長、毎日ご苦労様です。

『短気は、損気』

必ず潮目が変わるときが来ます。

それを信じ頑張りましょう!」

徹はそういったが、他のレトルト食品と比べ、明らかに販売単価が高い、とはいえ損益分岐点以下の価格で売るわけには行かない、それは作るだけ赤字が増えることを意味する。

何とか乗り越えた3月の決算から、3か月、経とうとしていた……

徹は経理部の畑山に電話をいれた。

畑山は元銀行員で途中入社である。

「畑山部長、今年の見通しは、如何でしょうか? 申し訳ありません社長室まで来てください」

しばらくすると、扉をたたく音がした。

「畑山です」徹は畑山を部屋の応接セットに案内した。

徹の正面に腰かけた、畑山が資料をチェックしている。

「N1008に投資した1億2千万円ですが、

未だに売上1000円が響いていますね……」

なんとか肉じゃがオムレツの良さをアピールする方法は、ないものだろうか?

瞼( まぶた )を閉じ眉間を指でつまんだ徹に、

「あの……」と、畑山が遠慮がちに声をかけた。

「こんなときに、いいにくいのですが、積立金を取り崩しましたし、今のうちに資金繰りの確保しておきませんと」

徹にさらなる足枷(あしかせ)をする話が出た。

「広和信用金庫(こうわしんようきんこ)に行ってこようと、思いますがどうでしょう?」

「頼みます。 それでいくらぐらい必要になりますか?」

生真面目な顔をし、電卓を叩いた畑山は、

「そうですね? ここは、4億円ほど……」と、簡単にいった。

「そんなにですか! で、借りられますか?」

「すでに5000万借りていますから、揉めるというか、難しいでしょうね」

畑山は新規食品開発をする事により、必ず返済をすると確約し5000万借りた。

それが未だに利益さえ出せずさらに4億円だ、預金も3憶6千万しかない、

今は金融庁の指導が厳しいが、一昔前まで預金といったら入れたら最後、運転資金を、借り入れる担保としての扱いが常識だった。

それを7000万解約したうえ、預金以上の借り入れをしようとしているのだ。

「畑山部長、今回の件は全責任が私にあります。 資金繰り交渉には私も動向します」

4.

もう梅雨に入ったのじゃないかと思うように、朝から長雨がつづく日であった。

「西島社長、お話は畑山さんから伺っていますが、4億円というのは、正直なところ厳しいですよ」

松井孝明(まついたかあき)は厳しい表情を徹に向けた。

広和信用金庫段原支店の融資担当で肩書きは課長だ。

松井は融資課ナンバー1であり、

発言力が違う。

「金額を減らした方が、いいのでしょうか?」徹は小声で畑山に尋ねた。 畑山はキッパリいった。

「開発商品の売り上げ予想は分かりませんが、安全を見越したら、どう見積もっても4憶は必要です!」

松井は硬い視線を徹に向けた、

「問題は、御社のフォーキャストだと思うのですよ!」

「なんですかそれは?」と、隣にいる畑山に視線を送る。

ふだん感情を表に出さない畑山が、強い口調でいった。

「要するに弊社の見込みが甘い! とおっしゃりたいのですね?」

「まず、動かせるキャッシュに対し借入金が多過ぎる。

しかも、開発した商品の売り上げ実績が、いまだにないといっていい……

それでは、うちも困るんですよ!」

皮肉を込め、遠回しに松井は、預金を取り崩したことをいっている。

畑山がめずらしく興奮している。

「預金で企業活動を縛る事は、金融庁でも。厳しく指導されてますよね!?」

「畑山さんめっそうもない! そんなこと、一言もいっていませんよ!」

松井は茶を濁すように、手のひらを開き、大きく振った。

「松井さんちょっといいですか?」

徹は鋭い視線を松井に送った。

「弊社の見込みが甘い! とおっしゃりますが、先の事は分からないじゃないですか?」

庶民の味方であるはずの、松井の態度には腹が立つ、

「御行とうちの取引は、先代からですよ? 何か頼まれれば協力してきた、お互い信頼関係があっての取引だったじゃないですか! 松井さん!」

松井は、突き放すようにいった。

「融資っていうものはそんなものじゃない!」

「じゃぁ、何ですか!」

徹もめずらしく興奮している。

なだめすかすように松井がいった。

「仏の融資をしていたら、途端に不良債権の山だ! たまったもんじゃない、企業営利活動ですよ……」

湧き上がる怒りを抑え、徹は決断した。

「おたくのスタンスは、よーくわかりました。

融資の御願いは、こちらから取り下げます。畑山部長、帰りましょう!」

車の車窓から、橋を渡る路面電車が見えた。そのとき助手席の畑山がポツリといった。

「本当に新商品うれるんですかね……」

徹は車を止め畑山を見つめた。

目線を落とし思い詰めた表情が、そこにはある。

「噂ですが、未知のAI食品加工技術にも、取り組もうとしてるみたいじゃないですか?

正直な話、理解している者は少数です。

このままだと会社が散りぢりになってしまいますよ!」

畑山を凝視したまま、徹は言葉を失った。

不思議だ、怒りは全く感じない……

畑山の濁りのない言葉に、なぜか心が落ち着いていた。

徹が畑山に、ゆっくり話し始めた。

「畑山部長、忠告ありがとうございます。 私の決意は甘かったようですね……」

畑山が普段目にする、温和で毅然と冷静な徹とは違っていた。

「畑山部長、広和信用金庫にある、我が社の預金、全て解約して下さい。

たちまち、それで凌ぎましょう。

もしそれでも行き詰ったら、自宅を売却します。

私は原爆孤児で、誰一人血縁者のいない、天涯孤独の身です。

なーんたってことはありません!

今回開発した新商品が、絶対に売れる事を確信しています。

畑山部長、一つぐらい夢があっても、いいと思いませんか?」

長距離運転している車に、残量警告灯が、クッキリと点灯している状態である。

ガソリンスタンドをみつけ、一刻も早く燃料を給油しなくてはガス欠、つまり倒産する。

しかし、いくら探しても給油所が見つからない、徹は覚悟を決めているのだ、徹に対する畑山の態度が、完全に変わったのはこのときからだった。

広島は川の多い街だ、すっかり雨も上がり夕日に光る、猿猴川(えんこうがわ)の川もがまぶしい、川の流れは最終的に大きな海にたどり着く、その途中では浅瀬に乗り上げ停滞することもある。

「今が停滞しているときなんだ!」と、徹は自分にいい聞かせた。

畑山はいった。

「たちまち銀行回りをしてみますが、あまり期待しないでください、

銀行業界では、会社の危機は、主力銀行が救うものという暗黙の了解があります。

我が社の場合、それは広和信用金庫です。その広和が融資を行わないとなると、他行

で融資を受けるのは非常に難しいです。

それと我が社のような中小企業は、信用金庫、又は、地方銀行しか相手にしてくれないのが、閉鎖的な日本社会の事実です」

徹が寂しそうにいった。

「銀行業界では、今の時代でも、身分制度があるのですね……」

「雨の降る日には傘を貸さない、晴れたときに傘を貸すのが、日本の銀行ですから!」

畑山が毒づいた。

「何とかヤツラを、ぎゃふんといわせたいものです!」

5.

「うちの会社やばいらしいぞ!」

秋になると、そんな噂が社内を飛び交った。ことあるごと、徹に確認するのだが、

「営業部も経理部も、みんな頑張っている。

ゆうこちゃんたちは、心配することないんだよ!」その言葉の一点張りだった。

世捨て人の会長タダ爺はというと、そんなことお構いなし、ホームレス仲間と海軍料理を肴に宴会ざんまいだった。

新メンバー浩美を加え、久々に4人がお好み焼きふみちゃんに集まり、心馳せながらの食事会を行った。

しかし、みんないつもの元気がない……

西島食品の将来を心配しているのだ。

ゆうこが真顔でいった。

「加奈子さん、知っている事は全部私たちに教えて下さい!」

輝明も加奈子を煽るように見つめた。

「じつは……」

「……じつは、なんですか!?」

輝明が食い下がる、しばらく無言が続いたが、諦めたように加奈子が語りだした。

「毎年、3月に決算があるんだけど、それまでに資金繰りが何とかならないと、不渡りが出てしまうと、香川部長が話していたのを、耳にした」

「不渡りって購入した代金が、払えないって事ですよね!」と、ゆうこ……

加奈子は、みんなと目を合わせないように口を開いた。

「会社更生手続を行う事になります。

従業員は即失業とはなりませんが、株主である社長初め、事業の経営権がある人は、財産を差し押さえられ整理され、法律に基づき被害を受けた全員に分配され、会社は消滅します」

「それで加奈子さん、3月までに必要なお金はいくらですか?」

血の気が引き、青ざめた顔をして、輝明が質問した。

「定かではありませんが、

4億円と耳にしました。

社長を筆頭に経理の香川部長はじめ、

あたる所は全てあたったそうですが、利益にならない、うちのような中小企業に融資するところなどないそうです……」

輝明が悲痛な顔をしていった。

「よ、4億円!?」

天文学的な数字に、輝明は気が遠くなった。

もちろん、あてなどあるはずがない、

そんなことをよそ眼に、ゆうこは、真剣な面持ちで携帯を検索している。

「ゆうこ、こんなときに何してんだ? 本当にお前は自己中といわれる恐怖のB型だよ!」

やれやれ…… という顔をし、繊細なA型人間の輝明がいった。

そんな事はおかまいなし、ゆうこは瞬きもせず必死になって何かを検索している、

「あった! 一か八かの方法が一つだけあります!」

「えっ!!」

みんなの視線が、ゆうこにあつまった。

「何で気づかなかったんだろう、

クラウドファンディングですよ!」

「ゆうこ、クラウドファンディングってなんだ!?」

聞いた事のない言葉に、すぐさま輝明が反応した。

ついさっきまで、奈落の底に落とされたような表情をした加奈子の顔に、生気が蘇った。

「そうか! クラウドファンディングか!

クラウドファンディング = アメリカンドリームのことだね! ゆうこちゃん!」

ゆうこが、クラウドファンディングについて説明を始めた。

「クラウドファンディングという言葉自体、比較的新しいんだけど、人々から資金を募り、

何かを実現させるという手法、

資金を募るということは、古くから存在していて、例えば寺院や仏像などを造営修復するため、庶民から寄付を求める寄進などがそれにあたる」

生気を取り戻した輝明が続いた。

「そうか! 比治山神社にも、寄進した名前入りの石柵がぐるりと立っているよな!」

ついさっきまで、静まり返っていたのが、嘘のようだ、持ち前のエンジンが、かかってきた。

ゆうこは詳細にクラウドファンディングについて、説明を続けた……

「インターネットの普及に伴い、2000年代に米国で先駆的な、ウェブサイトが続々と

開設され市場が拡大していった。

日本では、2011年に初めての、クラウドファンディングサイトが、サービスを開始し、認知も徐々に広まりつつある!」

「それで、ゆうこクラウドなんとかで、どのくらいの金額を集めることができるんだ?」

興奮気味に輝明がいった。

ゆうこが、いとも簡単に答えた。

「まぁ、期間と出資する内容にもよるけど、一口3000円で10万人が出資してくれたら、半年もあれば3億はいくんじゃない?」

「なに! 3億だと!!!」

輝明はたやすく、ゆうこがいったのには、驚きを隠せない、そんな輝明に、ゆうこは、更に余裕をかませた。

「クラウドファンディング後進国の日本で、3億、アメリカでもクラウドファンディングを募れば、合わせて10億近くは行くんじゃないかな?」

「ゆうこ、それ正気でいってるのか!?」

狐( きつね )につままれたような話と、あまりにもの金額に輝明は目をむいた。

「もちろん正気!」

ゆうこが自信満々にいってのけた。

加奈子が冷静にいった。

「問題は、いかにして売ろうとしている、肉じゃがオムレツが魅力的な商品で、将来性があり、社会に貢献できるかのアピールにかかってるね!」

「加奈子さん、いまの県大は、広島女子大の時代とは全く違って、クラウドファンディングとか、国際的な企業の経済活動について、地域創生学部の最も得意とするところです。

日本でも、屈指の教授も数多くいらっしゃいます。

どのようにアピール構想していくか、OGである私に任せてもらえませんか?」

ゆうこの発言に対し、理由はわからないが、加奈子は確たる手応えを感じた。

「分かりました。 未知のものも多く大々的に動けませんが、企画の森嶋部長を巻き込んで水面下で動きましょう。

不死鳥フェニックスの文字をとり、『PX作戦』とよんだら、どうでしょうか!?」

さっきまで落ち込んでいた輝明が、息を吹き返しいった。

「PX作戦ですか! これは面白くなってきたぞ!」

「あのぅ……」

一部始終を聞いていた浩美が口を開いた。

「生田分隊長に輝明さんの自慢話を、いつも聞かされています。

族上がりの、流れ星の五百旗頭、あいつは大したものだよ!

日本最年少で保護司になり、立派に人を更生させたんだからなぁ……」と、

ゆうこは絶え間なく移り変わる環境の変化を理由に過去のことをすっかり忘れていた。

悟ったようにゆうこがいった。

「浩美ちゃん、ありがとう!

『初心忘れべからず』だね!」

かしこまり、ゆうこが輝明にいった。

「施設で育ち、中卒の私が傷害事件を起こした、貴船原少女苑を退院し、族あがりの流れ星の五百旗頭という保護司に出会い更生させてもらった……

肉じゃがオムレツを開発するまでのストーリーを正直にネット公開しても、よろしいでしょうか!?」

輝明は表情を崩し、ゆうこの質問に対し、全く関係ないと思える言葉を返した。

「俺いつも思うんだけど、吉本興業の芸人さん凄いよ、毛が薄いとか極端にアゴが長いとか、隠したい欠点を逆に武器にしてるもんなぁ……」

輝明は、お世辞ではなく吉本興業の芸人さんを尊敬していた。

「ゆうこ もちろんOKだ!」

ゆうこのPX作戦構想は巧妙だった。

人の興味を引く書き出しは、浩美がいった内容にしよう……

県大地域創成学部の長谷部淳(はせべじゅん)教授に、教えを扇ぐことにした。

長谷部は、ビジネスモデル論、ベンチャー企業論/コンテンツ作業論、日本でも屈指の教授だ。

「2013年に健康科学コースを、卒業した西島と申します。 現在食品開発にたずさわっています。

弊社は企業規模も小さく、残念ながら資金がありません、新開発した食品を普及させるため、クラウドファンディングに関し教授に、ご指導が頂ければと参りました」

長谷部に、ゆうこは深深く頭を下げた。

「講演会や学会への出席などで、月の1/3は、広島を離れていて、昨日、広島に帰って来たばかりです」

真剣に相談するゆうこに対し、長谷部は、表情をくずしアドバイスしてくれた。

「肉じゃがオムレツ開発の経緯、

開発した種子、

クラウドファンディング目標金額、

及び活動期間、

肉じゃがオムレツの将来目標、これらをどの世代色んな職種の人が読んでも、分かりやすい文章にする事が大切です。

心理学的に人間は、文字だらけの長文を読もうとしません、そこで大事な事は、まずは『読んでみようかな?』と、思わせること、曲でいうイントロ部、極力ビジュアル的視覚に訴える事、肝は肉じゃがオムレツに対する、あなた達の熱意です。

読み終え無意識にファンディング釦を押していた……

このような内容に、まとめ上げる事です」

5.

肉じゃがオムレツが開発されるまでの時系列、及び、開発した種子まで鮮明にまとめられていた。

施設で育ち、中卒だった幼少期から始まり、傷害事件を起こし、貴船原少女苑に送致されたこと、

元暴走族上がりで流れ星の五百旗頭と名を鳴らした日本最年少の保護司とであい、気が付けば大学まで卒業していたこと、

輝明は、ゆうこが成長していく事で、自分自身、大きく成長したこと、多くの人に支えられ感謝でいっぱいであること、

そんな社会に恩返ししたいこと、

生活の三大要素『衣食住』食の道を究め、世界の人を幸せにしたいこと、

思い出の味、愛情という、最強のエキスを注ぎ込むことに拘り、旧日本海軍駆逐艦雪風の肉じゃがを基本に、オムレツ風に仕上げたこと、

開発は簡単なことではなく、何度も挫折したこと、

それを、全国いや全世界に広めたいこと、

一番の目標は、西日本大震災の避難所でも

簡単に作ることができ一人でも多くの被災者に届けたいこと、

将来の夢は、AI技術を使った食品製造に挑戦したいこと……

ゆうこは、日本語版と英語版、それらまとめた書類を持ち、加奈子と一緒に1階にある

企画、森嶋のもとに向かった。

表紙には大きく『PX作戦』と書いてある。

「美人が二人そろって、僕に内密な相談があるってなに? 少し待ってくださいよ……」と、いいながら森嶋は急いで、机の上に溜まっていた伝票に印を押した。

「森嶋部長、11会議室を取っています。

ご相談よろしいでしょうか?」

会議室の窓からは、もみじの葉が鮮やかに紅葉し、秋風に吹かれて心地よく揺らいでいる……

4人が対面に座れるよう、加奈子がテーブルのレイアウトを変え森嶋にいった。

「森嶋部長、お座りください。

今日は極秘の相談がありまして、ご足労いただきました」

「極秘の相談……」

つぶやきながら森嶋が腰かけた。

「まだ海の物とも山の物とも、つかない話しで大掛かりに動けず、森嶋企画部長に内密に相談させていただきます。

森嶋部長も新開発した、肉じゃがオムレツの販売不振で業績が悪く、不渡りを出すんじゃないかと公言はされていませんが、周知されていると思います」

その話を聞き、ついさっきまで温和だった森嶋の表情が、明らかに険しくなった。

加奈子がズバリいった。

「来年の3月決算までには、資金繰りのため4億円必要だと情報を得ています!

肉じゃがオムレツを開発した、私たちも、大いに責任を感じています」

見た事のない、ゆうこの厳しい表情を見て、森嶋は頑なに沈黙を続けた。

会議室はしばらく水を売ったように静まり返った。 観念したかのように森嶋が重い口を開いた……

「4億円という具体的な金額は承知していませんが、社長を筆頭に経理の畑山部長、営業の香川部長、全力で当たられている事は承知しています」

ゆうこが真剣な表情を崩さず、テーブルの上に作成したレポートを広げた。

「森嶋部長、これは、私たちが資金繰り構想をまとめた企画書です。

資金を集める方法は、クラウドファンディング! 不死鳥フェニックスの文字をとって、PX作戦です。

ネットを使い国内と米国で、ファンディングを行なおうと考えています。

目を通して頂けないでしょうか?

又、私たちの代表として動いていただけないでしょうか!?」

真剣な顔をして加奈子と、ゆうこはテーブルに手を付き、深深く御辞儀を続けている、

森嶋は一字一句のがさず、ゆうこが作成したPX作戦の企画書を眺めている……

一通り読み終え森嶋が質問した。

「二人とも頭を上げて下さい。

種子は、よーくわかりました。

素晴らしい企画だと思います。

一つだけ確認しても良いでしょうか?」

「何でも答えさせていただきます!」

肩の重しが取れたように、ゆうこがいった。

「実質来年の3月まで、5か月もありませんよね?

果たしてこの短期間の間に、目標金額が、集められるのか、残念ですが、1%も可能性がないと思います」

「森嶋部長、0%じゃないんですよね!」

ゆうこの大きな声が、会議室に響き渡った。横で聞いていた加奈子がいった。

「この内容で西島食品の、ファンディングページを開設しようと思います。

具体的にはサーバーをレンタルし、Wordprssというアプリを使い作成します」

「それで、経費はいくらかかりますか?」

この質問には、ゆうこが軽やかに返答した。

「借りる容量にもよりますが、私たちが作ろうとしている内容でしたら、1500円/月もあれば、お釣りがくるかと……」

「たった1500円/月でいいんですか? それくらいなら、僕のポケットマネーで、

どうにでもなりますよ!」

森嶋は思っていた金額より、はるかに安価

な事に驚きを隠せない、

「ホームページの作成方法は、県大で習いました。 ただ、ページの中にふんだんな写真画像を、これでもか! と、散りばめる必要があります。

社内での写真撮影には許可が必要です。

そこで森嶋部長、ご協力していただけないでしょうか?」

『夢をあきらめるのは一瞬じゃけんど、後悔するのは一生ぜよ!』

森嶋は『竜馬がゆく』にでてきた、言葉を思い出した。

「西島L、加奈子さん、僕も全面的に協力します。 これは平成の神風です!

みんなを、あっといわせてやりましょう!」

6.

「竈門部長、西島食品のホームページを作ります。

開発部にある、全ての測定器の写真を撮らせて下さい!」

「どうしたの? ゆうこちゃん加奈子さん、急にホームページ作成だなんて?」

『撮影許可』という腕章をつけた、ゆうこと加奈子は片っ端から写真を撮っていく。

「竈門部長、インタビューよろしいでしょうか?」

あっけに取られている竈門に、加奈子がインタビューする。

「竈門部長、日頃どんなことを心掛け開発にあたられていますか?」

「……僕は頭の中に、常に消費者様の笑顔が浮かんできます。

食は人を幸せにできると僕は信じています。その食を開発できること、それこそが僕を

含め、開発部全員が胸にしまっている魂です。こんなものでよろしいでしょうか?」

「OK!」ゆうこが絞めた。

「えぇっと…… 加奈子さん、次は経理部の畑山部長です」

ゆうこが終わった部署をチェックしている。

経理部はいつも静かだ、

「畑山部長、お忙しいところ誠に申し訳ございません。

10分くらいでいいのですが、インタビューよろしいでしょうか?

ゆうこと加奈子は、二階フロアーにある、雑談コーナーに畑山を案内した。

「今日は何事?」という畑山に加奈子が早速インタビューを開始した。

「我が社のホームページを、急いで作っています。

早速ですが畑山部長、経理部の方針を教えて下さい!」

「1円でも合わなかったら大問題で、経理部としたら計算ミスは命取りです。

ヒューマンエラー人間は必ずミスをします。そんなわけで金額の大小関係なく、コンピ

ューターにて重複計算をするとともに、同じ処理を必ず2人で行い、算出確認を行っています」

加奈子が切り込んだ、

「会社にとって、経営の健全性を知るためにキャッシュフロー(お金の流れ)の、管理が重要だと思いますが、どのようにされていますか?」

「加奈子さん、ホームページ制作ですよね? それとキャッシュフローの話は、全く関係ないと思うのですが!」

急に畑山が冷たくなった。

「おっしゃる通りです。 我が社は株式を、公開している上場企業ではないので、キャッシュフローや営業利益、経常利益含め公開する必要はなく、全く関係のない話です!」

加奈子が釘を刺した。

「ただ、一ついえる事は、西島食品で働き、生活している一般社員も、今から作成する、

ホームページを見ることになります。

まさか、持ちも下げも出来ない状態になって、『実は……』という事はないですよね?

畑山部長?」

畑山は加奈子を睨みつけ、何にもいわない、

「畑山部長、お忙しいところ申し訳ありませんでした。 ゆうこちゃん行きましょう!」

加奈子はそういい残し、最後営業課のある1階、香川のもとに向かった。

「香川部長、毎日毎日の外回り…… 私たちが開発した売れない商品の営業、ご迷惑をかけ本当に申しわけありません!」

ゆうこが涙を流しながら謝罪した。

フロアー中の視線が香川に集まった。

「まいったなぁ…… ゆうこちゃん俺が泣かせたみたいじゃない!

開発説明会のときにいったでしょ?

もしこの商品が売れなかったら、俺たち営業の責任だと!

俺は全然気にしていないよ」

そういって香川は、ゆうこの頭を大きく撫でた。

ゆうこの姿を目にし、もらい泣きしそうなのをグッと押さえ、加奈子が口を開いた。

「香川部長、前からずっと気になっていたのですが、一ついいですか?」

「何ですか? 加奈子さんまで改まって、

遠慮なくいってよ」

香川は微笑みを浮かべいった。

「香川部長が、外回りされてる営業先って、1円でも安く売ることが基本のスーパーばかりですよね? この度開発した肉じゃがオムレツを購入する客層は高級デパートとか……

つまり、ターゲットが違うんじゃないか? と、以前から思っていました」

「狙う客層(ターゲット)が違う?」

7.

一月は、いく、2月は、にげる、月日が経つのは早いもので、2014年2月も終わろうとしている。

西島食品は問題の3月の決算を迎えようとしていた。

社長室では、徹と畑山、2人応接セットに深く腰掛けている。

時計のきざむ音だけが、むなしく響き渡り静まり返っていた。

口火を切ったのは畑山だった。

「徹社長、申し訳ありません! 私の力不足です。

鋭意努力をしてきましたが今もって、我が社への融資先は見つかりません、来月の支払いは債務不履行……

不渡りをだしてしまいます」

今期の売上高から、売上原価を、差し引いた粗利の水揚げ額は、西島食品始まって以来少ない。

確実に新開発したN1008の販売不振が響いている。

売上総利益÷売上高で求められる売上総利益率は、下限値の6・3%に対し1・4%とレッド値である。

企業が活動していく資金の流れ、キャッシュフローが滞っていることを示している。

わずかな粗利から、固定費、新規導入した機器の支払い、税金と真っ赤な血が流れだしていく……

治療方法として、直ぐに行わないといけないのが輸血、最低でも1億8千万必要である。

次に行うのが止血、販売不振から脱却し、売り上げを伸ばすことである。

ただ、止血している間にも真っ赤な血液が流れ出る。

それを想定すると、1億8千万+2億2千万、運転資金として4億は必要なのだが、畑山は、

「万策尽きた!」と、いっているのである。

西島食品で共に働いている従業員は、家族を養っていかなければいけないし、住宅ローンだってある。

路頭に迷わすことだけは、絶対にしてはいけない、徹の腹は決まっていた。

「私の自宅を売却し、従業員の救済に当てて下さい!」

畑山は、市内にある不動産会社に見積依頼をした。 それが命取りになった。

直接、徹の携帯に連絡が入った。

「西島社長、自宅を売却しようと、動いているそうじゃないですか!?」

広和信用金庫の、玉井支店長からであった。

「うちの外回りの者が取引先の不動産会社で、偶然耳にしたそうですが、当行に口座がある取引企業が、こんなことを秘密裏にされては、困るんですよねぇ……」

「ちょっと待ってください! 玉井支店長、何かの勘違いですよ、自宅売却実行するため動いてはいませんよ!」

そう徹は話を濁したが、

人の言葉尻をとり、偉そうに語るのを得意としている玉井茂(たまいしげる)は取り合わない、

「いずれにせよ明日、おたくの畑山さんと、来店してもらえませんか?

そうですねぇ…… 明日、15:00という事で、西島社長よろしいでしょうか?」

不動産売却となると直ぐに現金化できない、畑山は先行して、売却金額の見積依頼した

わけだが、それが仇となり跳ね返ってきた。

「社長、すいません!」

畑山は、社長室のフロアーに正座し、

土下座した。

玉井は腰巾着(こしぎんちゃく)の松井を引き連れ、広和信金の会議室に現れた。

椅子に踏ん反り返るように腰かけ、玉井がいった。

後ろにころげないよう、つっかえ棒に杖が2~3本必要だ!

「西島社長、おたくが倒産したらうちも被害を被る分けで、債務整理は平等にしましょうよ。

秘密裏に、汚い事をしてもらったら非常に困るんですよ」

「つまり、自宅でもなんでも売却して、最優先に広和の債務返済にあてろと!」

畑山が血走った眼をしていった。

「おーこわ、畑山さんそんな感情的になられない方が良いと思いますよ!」

腰巾着の松井がそういうと、玉井が口を開いた。

「これは提案なのですが、今の間に、当行の債務を一括返済して頂き、御社との口座を閉めたいのですが、御願いできますかね?」

玉井は、徹の目を見据えるようにしていった。

「債務を一括返済? 得意の貸しはがしですか? 貸しはがしに関しても、金融庁が指導されていますよね?

それと、まだ問題も発生していないのに、銀行さんの方から口座を解約しろと……

めったに感情を表に出さない畑山が、

肩を震わせながらいった。

「畑山さん、勘違いされては困りますよ。

これはあくまで当行からの提案ですよ!」

無言で聞いていた徹が、

何かを決断したようにキッパリといった。

「広和さんのスタンスは、よーくわかりました。

御望み通り明日にでも、口座を絞めましょう、御行との取引は、これで終わりにしたいと思います!」

会社に戻っても畑山は怒りが抑えられない、

「くそっー 自分たちの都合のいいときばかりペコペコしやぁがって!

絶対にあいつらを見返してやりたいです!」

「畑山部長、断腸の思いです。

もはやこれまで! 裁判所に『会社更生法』の申請を行います。 今から部長以上を緊急招集し、この事を話したいと思います」

そういうと徹は、秘書の加奈子に部長以上、緊急招集するよう、電話をかけた。

8.

緊急会議は二階の24会議室で15:00から行われる。

企画部長の森嶋が、ゆうこに連絡を入れた。

「ゆうこちゃん、15:00から24会議室で緊急会議が行われます。

この席でPX作戦の公表を行います。

ご足労ですが、私が呼ぶまで待機してもらい発表して下さい、お願いします!」

ゆうこは森嶋が電話を握りしめ、頭を下げる気配を感じた。

もしこれが500年まえだったら、

「時は熟した! いざ、24会議室へ!」と、いう事だ、

「パソコンヨシ! 資料ヨシ!」ゆうこは、指差呼称をして気合を入れた。

今日は晴れていたと思ったら、雨が降りだしたり、今はどんより雲に覆われている。

24会議室も予想通り、重い空気が立ち込めていた。 みんな、どんな発表があるか熟知しているのだ。

製造部長の加藤がポツリといった。

「駆逐艦雪風…… 会長がよくいわれた戦艦大和と共に、沖縄特攻する乗組員の心境は、こんなものだったのかも知れんな?」

正に帝国海軍の足軽駆逐艦雪風と同じ、

西島食品も同じく、中小企業である。

ただ歴史は面白いものである。 沖縄特攻で運命を共にするはずの、雪風は生き残ったのであった。

24会議室の扉が開き、徹と畑山が部屋に入ってきた。

話は、徹の第一声から始まった。

「みなさん、今日は緊急に集まってもらい、申し訳ありません。

我が社における財務状態に関し、畑山部長から報告してもらいます。

それでは畑山部長、よろしくお願いします」

「経常利益は、資金調達など営業外活動も含め、会社の収益力を示す指標です。

算出式は、売り上げ総利益(販売費+一般管理費用)となります。

経営するのに重要なのが資金調達です。

社長直々、思いつく銀行は片っ端からあたりましたが、我が社のような食品中小企業に、融資してくれる銀行は一行もありません、

メインバンクである広和信用金庫からは、遠回しに預金を解約したことを理由に、今後一切取引することを断られました。

心底悔しいです……」

それまで大人しく聞いていた、営業部の、香川が机に頭をめりこませた。

「資金調達の問題じゃぁありません!

偏( ひとえ )に我々営業部の能力不足!

全ての責任は、私にあります!」

そういうと、香川は用意していた辞表を、徹に手渡した。

「そこまで西島食品のことを思ってくれて、ありがとう! 香川部長……

ただ、これは受け取ることはできません。私たちが伝統工芸のよう頑なに拘り続けた

販売ルートの問題だと思っています。

身を引くのは社長であるこの私です!

いいですね?」

徹は、受け取った辞表を破り捨てた。

「夢をかけ、苦労し開発した新商品を、世に出せなくて、悔しくてたまりません……

従業員119名の保身は全力で守ります!

畑山部長には、私の自宅を処分してもらうよう正式にお願いします。

その後、債務を整理し、経営を立て直していくため『会社更生法』の申請を、来月おこなうつもりです。

天地万有(てんちばんゆう)、私の力不足!」

徹は椅子から立ち上がり、

深々と頭を下げ続けた。

会議室は、静まり返っている……

静聴し、聞いていた森嶋が手を上げた。

「畑山部長、必要な金額は確か4億円でしたよね?

もしもですよ、その4億円があったら、

今までの話はどうなりますか……?」

「そんな夢のような話はないと思いますが、我が社は息を吹き返します!」

もう半年以上、悔しい思いをしながら金策に駆け回ったのだ、畑山はそう思った。

森嶋がポケットからPHSを取出し、どこかに電話している。

「ゆうこちゃん出陣だ! 今すぐ24会議室に来て下さい!」

しばらくすると、会議室の扉をたたく音がした。

「待ってました! お入りください、ゆうこちゃん!」

「失礼します!」心なしか息を切らし、手提げ袋にパソコンと資料を持ち、ゆうこが入ってきた。

森嶋が電子黒板を最前列一番端に移動し、横で、ゆうこが説明できるようレイアウトを変えた。

「すいません! 徹社長、畑山部長、最前列の中央に席を設けました、こちらに移動してもらえませんか?」

「これは何事ですか?」

森嶋を除き、今起こっていることを、全くもってみんな理解できていない……

レイアウト変更と共に、会議室の空気が、一新された。

先程までの重苦しい空気はない、

「これから、ゆうこちゃんに、我々が去年の秋から、水面下で行っていたPX作戦につき、報告させていただきます。

それと内々に行っていたのは、海の物とも、山にものとも、得体のしれない事でして、

みなさんに公表しませんでした。

ご理解のほど、宜しく御願い致します」

ゆうこが電子黒板と、パソコンをつないだ画面には、PX作戦と大きく表示されている。

「PX作戦?」あちらこちら、ざわついている。 ゆうこが説明を始めた……

「PX作戦を始めた経緯について、話をさせて下さい。 私たち従業員レベルでも、会社の状況が思わしくないんじゃないか?

口には出しませんが、みんな心配していました。 会社の経営を弱体化させた根源は、自分達が開発したN1008です。

微力でも力になれないだろうか?

考えついたのがPX作戦だったのです」

「申し訳ないゆうこちゃん、PX作戦ってなんね?」

総務部長の沖田だった。

「PX作戦とは、西島食品が蘇るようにと、不死鳥フェニックス(phoenix)の文字からつけました。

どうしたら4億円もの大金が集めることができるか?  考えました……

私は、県大の地域創生学部で学んだ、クラウドファンディングのことを思い出しました」

「そうか! その手があったか!」

話を聞いていた竈門が叫んだ。

「そのクラウドなんちゃらって何ね?」

沖田が再度質問する、

興奮気味に竈門が答えた。

「インターネットが、ここまで進歩したからできる事です。

沖田部長、クラウドファンディングとは、そのネットを利用し多くの人から寄付をつのる事です!」

「ただ……」竈門のトーンが急に落ちた。

「全く無関係の人に、寄付を御願いするわけですから、やれそれと寄付など、集まりません……

だから、自分達が出資を募ろうとしている物が、いかに素晴らしいものであり、どれだけ、社会に貢献でき、夢があるのか?

人を感動させる必要があります。

甘くはないのです……」

製造部長の加藤が口を開いた。

「そうだよな? 映画でも面白いとか価値がなければ金を払って観ないもんなぁ」

「去年、私と加奈子さんが写真をとりまくってみなさんに、インタビューしたでしょう?

実はあれ、クラウドファンディングのホームページを作っていました。

内容をどう更生するかに関し、日本でも屈指の県大創成学部の長谷部教授に指導を仰ぎました」

創成学部の、長谷部教授といったら、日本においてクラウドファンディングの先堀者だ、これはすごく期待が持てる!

竈門はそう思った。

ゆうこが、ホームページの核心部分を語りはじめた。

「いかにして共感を生む物にするか?

凄く悩みました。

時は経つばかりで、一向に良いアイデアが浮かんできません……

不幸にも未曾有の、東日本大震災から、3年、復興の最中であり私たちの記憶に鮮明

に残っています。

共感してもらうことが一番大事です。

我が社が開発した肉じゃがオムレツを最大にアピールするワードは『これだ!』でした」

続いて企画の森嶋が話を受け継いだ。

「秋葉君、ゆうこちゃん達が、作成した企画書を私に見せてくれました。

これは平成の神風だと…… 読んで正直、体が震えました。

私は彼女たちに、全面協力することを約束しました。

クラウドファンディングは、米国と比較し日本は周回遅れです。 だから日本と米国で、ファンディングする事にしました。

これから皆さんに、ファンディングに使ったページを見ていただきます。

ゆうこちゃん、お見せして!」

「ページ数が多くては、見てもらえません。最大だといわれる5ページにまとめました」

ゆうこがページをめくり、内容を説明するたびに、驚きの声が上がった。

英文で書かれたページも見せ、同じ内容であることを説明した。

みんな関心しきりである、

最後のページ下に設けた、ファンディングするための、説明に入った。

「これが寄付を募るページになり、入金方法は、クレジット支払いになります。

クレジット番号を打ち込み必要項目記入後、『募金する』という釦を押せば、終了となります」

興奮の冷めない畑山が質問した。

「西島L素晴らしい、脱帽です! 私なんか、今まで何をやっていたのか情けない……

それで募金する金額は、どのように決めますか?」

「一口が3000円で、何口募金するか決めていただき、釦を押してもらうことになります」

『なるほどこれは簡単だ!』と、畑山は思った。 ゆうこが付け加えた。

「募金金額も、0・1口(300円)単位から気軽に行えるようにしました。

それと手間がかかったら、途中で募金することを考え直す人も出てきます。

スピーディーな入金、これが肝です」

「西島L、不躾(ぶしつけ)な質問ですが、今までにどのくらいの寄付が、集まりましたでしょうか?」

質問したのは購買部長の上田和雄(うえだかずお)だ、会議室が水を打ったように静まり返り、全員の目がゆうこに集中した。

一挙一動に固唾をのんで見守っている、

ゆうこは、サラリといった。

「正式には、2月28日募金は終了しますが、

3000円換算で現時点で日本が102148口、米国では、210748口集まっています」

すぐさま、購買の上田がスマホの電卓を叩いた。

「一、十、百、千、万、十万、百万、千万、億……」

上田は大きく目を見開き、電卓に表示されている桁を何度も数えている、

「上田さん、どうした!?」

製造部長の加藤の質問に対し、声を震わせながら上田がいった。

「国内で3憶6百万円、米国で6憶3千2百万円、合わせて9憶3千8百万円……」

「なんだと!!」加藤が上田のスマホを覗き込んだ! 上田に、ゆうこがいった。

「色んな額の、募金を頂きました。

総額は、9憶2千4百万300円です!

これだけあれば税金を引かれても、間違いなく4億円は残りますよね? 畑山部長!」

「もちろんです! ゆうこちゃん君たちは西島食品のヒーロー、いや神だ!

そうですよね、西島社長!!」

これまでの一部始終を、目の当たりにした徹は、興奮し涙ぐんでいるように見えた。

「秋葉君を含め、県大コンビには脱帽です。本当に君たちは西島食品にとって神です!

この世に生を受け、今日のように感動したことはありません。

忠則会長が、いつもいわれておられます。『同じ空間にそれぞれ異なる価値観を、もった人が集まっているのが会社だ、それらの人を、どうやって同じ方向を向かせるか?

それが社長というリーダーの役目だ!』

情けないことに私の器では力不足でした。しかし、ここにいる各部長、一般社員の皆

さんに、私は助けられたのです。

西島食品は何て良い会社なんだろう…… 原爆で戦災孤児になった私は、忠則会長に

助けられました。 人生二度目です!」

製造部の加藤なんか、溢れ出る涙がこぼれないように、上を向いて聞いている、

「ただただ、感謝しかありません……

西島食品は、完全に息を吹き返しました。

みなさん、やってやろうでは、ありませんか!」

「ウォー!!!!!!」

24会議室が歓声につつまれた。

抱き合って喜びを表している、営業の香川の肩をそっと、ゆうこが叩いた。

「ちょっといいですか? 香川部長」

「なに! なに! ゆうこちゃん!」

超ご機嫌で舞い上がっている香川に、ゆうこが耳打ちした。

「実は今回のファンディングに、100口も募金してくれた会社があるんです」

「100口、えっと3000の100倍だから……  30万円も!?」

驚いたように香川が、ゆうこを見た。

「それ、どこの会社か分かる?」

「確か、四越伊勢丹ホールディングス、だったかなぁ?」

売上高8000億、資本金500億、従業員1万人、もしかと思うが、あの四越伊勢丹ホールディングスなのか?

香川は耳を疑った。

「香川部長、その四越なんとかという会社、うちの肉じゃがオムレツに興味があるみたいで、藤木さんという名前だったかなぁ、試供品が欲しいということで、10パック送りました。

東条フーズにも似たような、肉じゃがオムレツがあって、コンペ(competition)で優劣をつけたい旨のコメントが記入してありました。

一度訪問されてみては、如何ですかねぇ?」

大阪に本社がある東条フーズとは、西島食品と規模が全く違う一部上場企業である。

ゆうこは、徹が中卒の自分を養女に向かい入れ、ここまでしてくれたことに感謝しかなかった。

「いつか恩返しがしたい!」

それが紛れもない夢であった。

その夢が叶おうとしているのだ、今日は、おかしな天気である、雨もすっかり上がり、今は薄日がさしている。

「わー綺麗! 見て下さい。

森嶋部長! 香川部長!」

24会議室の窓からは、生まれて数回しか見た事のない大きな虹が見えた。

確実に、潮目が変わり始めている……

『虹』
歌 : 菅田将暉
作詞・作曲:石崎ひゅーい


リリース: 2020年

【ストーリー 7】 著: 脇 昌稔
【ストーリー 8】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

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