【blog小説】星降る夜に エピソード 5

使者あらわる

小っちゃな、"お好み焼き ふみちゃん"は、学生たちで席が埋まっていた。

ガラガラガラ、店の引き戸が開いた。

「只今、帰りました!」

ゆうこ だった。

仕込んでいたキャベツの量が残り少ない、

「ゆうこ 悪い!

一玉キャベツをきざんでもらえないか?」

実に吹っ切れた清々しい顔をしている。

「了解しました!」

ゆうこ が明るく笑顔で答えた。

一段落した輝明は、鉄板についた焦げカスを子下げながら、

細かい文字で顔に書かれたメッセージを、読み取ろうと ゆうこ の表情を見つめた。

ゆうこ の方から話を切り出した。

「輝明さん、この1年で想像さえできないほど私の人生は大きく変わり、

将来と言う道が初めて見えた気がします。

こんなこと、

生まれて初めてです......」

輝明には、ゆうこ が話そうとしている、その先のストーリーが手に取るように分かった。

表情を崩さずに ゆうこ が言った。

「これから先も、お世話になりますが、二十歳を節目とし、新たな人生に挑戦しようと思っています。

私、下山 ゆうこ は、

西島 ゆうこ になり、

大学で学び最終的に西島食品への就職を目指そうと思いますが、

許していただけますでしょうか?」

輝明としては、まったく持って想定していた内容であった。

輝明は頬を緩め言った。

「俺に反対する理由は全くない、

お前の人生だ!

お前が悩んで決めた事だ、

環境が少し変わるが、俺はお前が立派に成長する土になるつもりだ、

立派な大輪の花を、

俺に見せてくれよな!」

最初の涙がこぼれてしまうと、

滂沱と涙があふれ落ちた。

もうとめどなかった。

涙をふくことなく ゆうこ は、

輝明を見つめた。

もらい泣きしそうな輝明はグッと我慢をし、笑顔を作り ゆうこ に言った。

「娘を嫁に出す親父の気持ちってこんな感じかなぁ......

環境が変わるっていっても、お前が暮す松川町は大通り向こうの目と鼻の先だ、

加奈子さんに早速連絡しなければいけないなぁ、」

スマホを耳に近づけ、聞こえてくるコール音を数える。

「カチャ!」

繋がったと思ったら留守電の案内だった。

「はい、秋葉です。恐れ入りますが、ただいま電話に出ることができません。

改めてご連絡いたしますので、

お手数ですが、お名前、お電話番号、ご用件をお話しください。

または、”〇〇メールアドレス”宛に、メールでご連絡いただいても構いません。

すぐに確認の上、お返事させていただきます。」

輝明は、ゆうこ が、西島 ゆうこ になる決断をしたことを端的にまとめ、

携帯の画面上にある「送信」と言う文字をタップした。

間違いなく送信されたのだろうか?

いつも気にすることがないメーラーの「送信済」一覧を何度も確認した。

メッセージは午前中に読まれたようだったが、返信は夕方に届いた。

日中、多くの会議をしているのであろうと想像されるような沈黙だった。

加奈子は、徹 が話した内容を時系列に並び替え整理していた。

翌日の朝、天気も良く優しい木もれ陽が店の中に降り注いでいた。

「輝明君、いる?」加奈子だった。

「メール有り難うございました。

徹 社長がされた話を、まとめてきました。

この度は、ゆうこ ちゃん御英断ありがとうございます!

徹 社長も大変喜ばれていました。

それより、奥様の和子夫人は、躍り上がるように膝頭をたたかれ喜ばれていました。」

加奈子がよそ行きの口調で、西島家について話し始めた。

「西島 忠則(タダ爺)は、1927年(昭和2年)生まれ、

7人兄弟 (男4、女3)四男坊(末っ子)として群馬県山田郡広沢村(現 桐生市広沢町)に生を受けました。

高等小学校卒業後、海軍に入隊され 呉を母港とする駆逐艦雪風に乗艦する事になります。」

輝明が話を遮った。

「その事は、タダ爺、いや!

忠則 会長から聞きました。」

「分かりました、

それでは、奥様になられますが戦後、千代子夫人と出会わられ、徹 社長の和子夫人との結びつきについてお話しします。」

日頃から全く想像できない、加奈子の話し方に恐縮しながら耳を傾けた。

横にいる ゆうこ も正座をして聞いている。

「まず、千代子夫人と和子夫人の事から話させて頂きます。」

「ちょっと待ってください、加奈子さん。」

言葉を切った輝明が言った。

「長い話になりそうですね?

お茶でも用意します。」

気を利かせ ゆうこ がお茶をだした。

茶柱が立っている。

「これは縁起がいい!」

とろりとした甘みとツーンとした鼻をくすぐる香味から、玉露だと気づいた。

「話は63年前に遡った......」

昭和20年(1945)年8月6日午前8時15分、その日は晴天で朝から暑い日だった、

広島に投下された原子爆弾は、地上600mの上空で炸裂した。

原爆によって亡なくなった人の数は正確にわからないが、12月末までに約14万人(±1万人)が亡なくなったと推定されてる。

千代子、26歳のときだった。

爆心地から至近距離にあった、相生地区の街並みは一瞬のうちに消え去り、

祖父、祖母、兄弟4人、そして両親、未だに消息は不明、

輝明も ゆうこ も爆心地に近かった相生地区が、一瞬にして壊滅したことは平和学習により知っていた。

千代子は広島市立第一高等小学校の師範をしていて、段原山崎町に所在していた。

校舎は原爆投下により被爆するも倒壊を免れた。

2階の空き部屋にいた生徒たちを隣の部屋に集め、

「さあ国語にしようか、算数にしようか、」

授業を始めようとしたときだった。

一瞬、ピカ!っと光ったかと思ったら荒ましい爆風に見舞われ、爆心に向いた窓ガラスは砕け散り、顔から全身無数ガラ破片を受けた。

同じく倒壊を免れ、近くにあった広島陸軍被服支廠では、

「・・・水、水...... 水、」

全身が焼けただれ、水を求めるうめき声がいたるところから聞こえた。

救護所となり避難してきた多くの被爆者がここで息を引き取った。

輝明は子供の頃、何も知らず忍び込み遊んでいたが、何とも不気味な殺気を感じたことを、鮮明に思い出した。

被服支廠で治療を受けた千代子は、自宅のある相生地区を目指し、さ迷うように歩いた。

カメラが物体を光と影の混合物とし、機械的にフィルムに記録するのと同じように、千代子の大脳皮質には焼き付きファイルされてた、

隣にいる ゆうこ も瞬きをするのを忘れ聞き入っている。

途中では、真っ黒に焼けた遺体を無数に見た。

髪の毛がぼさぼさで着物の袖をたらし、さ迷う人と何度すれ違っただろう?

着物の袖と思っていたのは、垂れ下がった人間の皮膚だった。

三角州の広島は数多くの川がある、橋の上から見る川面は、数えきれないほどの遺体で埋めつくされていた。

相生橋は、全国でも珍しいT字状の橋である。米軍による恰好な原爆投下の目印になった。

そのT字状の橋先にあるのが、相生地区だった。

かっては繁華街で賑わう街であったが、現在は平和記念公園となっている。

千代子は目を疑った、街は跡形も消え去り瓦礫しか見ることができない。

いっぽう、駆逐艦雪風に乗艦し戦艦大和の最後を見取った忠則は、母港呉鎮守府で陸上勤務にあたっていた。

忘れもしない昭和20年8月6日(月)晴天、早朝より真夏の太陽が照りつけていた。

午前7時50分頃、突然、空襲警報発令、一旦防空壕に避難、午前8時5分頃、

「空襲警報解除 ただし広島の上空には敵一機が旋回しており警戒せよ!」とのこと、

ピカ!周りがフラッシュを焚いたように光った。数人が指さしている。

「何だ?あの雲は!?」見ると真っ黒い巨大なキノコ雲が、

広島方向の山並みから空高く立ち昇っていた。

忠則も戦艦大和が爆沈したときに見た、キノコ雲の大きさに言葉を失ったが、

比べ物にならなかった。

原爆のキノコ雲は、呉市から撮影した写真を基に算出され、

「雲頂高度8080m、横径約4500m」と推定された。

「広島が、やられたらしいぞ!」

しばらくし、緊急命令が下った。

すぐさま、忠則は広島に支援に入った。

どこもかしこも、言葉に表す事の出来ない状況が目の前に広がっていた。

新型爆弾により壊滅的被害を受けた、爆心地付近の被害状況を調査しているときだった。

忠則の目にボサボサ頭でホコリだらけの恰好をし、包帯を巻きいつまでも橋の向こう側を眺め続け、

今にも川に身を投げそうな、女性の姿が目に飛び込んできた。

「どうされましたか?大丈夫ですか?」

それが、千代子との出会いだった。

1947年、雪風による復員輸送任務を解かれた忠則は、2年前に出会った千代子の消息を探した。

探し始めて1年が過ぎ、あの日の暑い夏がやってこようとしていた。

千代子には夫がいたが、南方戦線にて戦死していた。

夫婦との間には、和子と言う6歳になる女の子がおり1945年8月6日は、

市外地の向原に疎開しており無事だった。

千代子は向原の田舎で和子と身を寄せ合って暮らしていた。

ちいさな畑で農作業する千代子の周りを、大きなフキの傘を被って遊ぶ子供がいた。

和子、9歳であった。

忠則を見つけた和子は、真っ黒い瞳で興味深そうに、

「おじちゃんだれ?」と見上げて言った。

忠則は子供のころ読んだ、「風に乗ってくるコロポックル」と言う小説を思い出した。

コロボックルとは、北海道アイヌの伝説に出てくる小人で、

〈フキの下の人〉の意、竪穴の住居に住み,漁を得意としアイヌに友好的な人びとと言う。

忠則は進駐軍の食堂で働いていた。鬼畜米英と教わった彼らは、紳士的で優しかった。

料理長のマークは、配給でもらったチョコレートをいつも分けてくれた。

大きなフキの傘をさしている、和子と目線の高さが合うようにしゃがんだ忠則は、

「ハイ!これ!」

満面の笑みを浮かべ、マークからもらったチョコレートを和子に渡した。

受け取ったチョコレートを千代子に見せ、

「これ、おじちゃんにもらったよ!

食べてもいい?」

千代子に懇願するように視線を送った。

「僕、進駐軍の食堂で働いていまして、料理長のマークからもらいました。決して毒など入っていません!」

つぶらな瞳をした和子がチョコレートを手にし、千代子をじっと見つめている。

それまで厳しい目をし、農作業をしていた千代子が微笑んだ。

「おじちゃんが、遥々、呉から持ってきたチョコレート捨てちゃぁいけんね!」

「母さん、もろてもええんよね!?」

それを聞いた和子は、大きなフキの傘を上下させ全身で喜びを表した。

一口食べ和子は、息を弾ませて言った。

「わぁ~チョコレートって、こんなに甘く美味しいんじゃ!生まれて初めて食べた!!」

口の周りにいっぱいチョコをつけ、和子の屈託のない微笑みが広がった。

戦後食糧難の時期、チョコレートなど夢のまた夢の話だった。

手に入るチョコレートといえば、練り歯磨きのようにチューブに入っていた時代である。

お茶を飲みほし加奈子が言った。

「こんなことが続き......2年後、千代子夫人と忠則 会長は結婚されました。」

針一本落としても聞こえるほど静まり返っている。

何か言おうとしている輝明を、制するように加奈子が続けた。

「じつは、

この話には続きがあります......」

「続きがある?」

輝明が思わず身を乗り出した。

「徹 社長ですが、

忠則 会長と千代子 夫人の養子です。」

一階の茶の間には。時を刻む柱時計の音だけが響いている、養子と言う言葉に ゆうこ は無言で反応した。

(民法第734条)

直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。

ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。

「相手が養子になり、戸籍上親族関係になっても結婚が認められます。

徹さんの妻は、和子夫人です!」

「と、言う事は、タダ爺と 徹 社長、和子さんは、赤の他人だと言うことですよね!?」

目を大きく見開き、輝明が加奈子に確認した。

「ハイ!その通りです。だから、徹 社長も ゆうこ ちゃんを養女として、向かい入れる決心をされたのでしょう。」

話を聞いた ゆうこ が再確認した。

「徹 社長は千代子夫人も含め、西島家とは何の関係もない、赤の他人だと言うことですよね?」

「その通り、徹 社長は、肉親がまったくいらっしゃらない原爆孤児です。

だから、ゆうこ ちゃんも施設で暮らしたことで、少しも後ろ向きの考えをする必要はないのです。

未来を決めるのは、今、この時です。幕末の志士、坂本龍馬の言葉に、こんな言葉があります。

未来を変えるのは今日の行動、今日の行動を変えるのは今、この瞬間の決断ぜよ!

ゆうこ ちゃん!

今からは、私たちと一緒に歩みましょう、だから安心して西島家の養女になって下さい!」

ゆうこ は、夕立の後のような清々しい眼差しで、一気に不安が消え去った表情をみせた。

輝明も必ず立派な大輪の花を咲かせてやろうと、再度心に誓った。

新たなる門出

「ゆうこ 必要な物は段ボールに詰めたか?」

輝明は、ゆうこ のいる二階から店先まで引越の段ボールを運んでいる。

「多少、忘れ物があってもいいっしょ!?どうせ毎日、昼までは店に来るんだし......」

本当に、こう言う所は典型的なB型だ、

「10時に荷物を取りに来るって、言っていたよな?そんなことで大丈夫か?」

「まぁ、地球が亡びるわけでもないし、そう気にしなさんなって!」

予定通り、西島食品のロゴの入った軽トラがやってきた。降りてきたのはカマエツだった。

「カマエツさん、仕事の方は、大丈夫ですか?」

首にタオルを巻いたカマエツが答えた。

「大丈夫です!それと大型家具や家電などはないので、これしきりの段ボールなんかへっちゃらです!」

段ボールの数は10箱くらいだが、貴船原少女苑を退院したときは、ピンクの手提げカバン一つだった。

確実に物は増えている。

たった1年ではあるが、物が増えたという事は、成長した証でもある。輝明は、そんな些細な事が嬉しかった。

荷物を固定しているカマエツに言った。

「赤兎馬に ゆうこ を乗せ、俺も後を追いますから!」

松川町2丁目にある 西島家とは、目と鼻の先で5分足らずで着いた。

門から玄関まで30mはある。しかし豪邸だ!両腕を組み輝明は圧倒された。

「ゆうこ 今日からお前は、ここに住むんだよな?」

「輝明さん!ゆうこ ちゃん、こっちこっち!」

一足先着いていたカマエツが、荷台のロープをほどきながら手を振った。

それにしてもドデカい玄関だ、玄関だけで"お好み焼き ふみちゃん"ぐらいはある。

玄関を入ったら二人が着くのを待っていた加奈子が、書類をはせたバインダーを ゆうこ に渡した。

「ゆうこ ちゃん、これ戸籍移動に必要な書類、処理は全て私が行います。

住民票の写し取得も含め ゆうこ ちゃんの委任状が必要です。これらの書類に名前を書いて印鑑を押して下さい。」

「印鑑?」そんなもの ゆうこ は持っていなかった。

呆然とする ゆうこ に言った。

「新しく、下山・西島印を作りました。それじゃぁ、印鑑登録を行いましょう。

南区役所は皆実にあります。私が案内します。」

そういって、西島食品のロゴが入った社用車に乗り込んだ。

「カマエツさん、輝明君、こっちは御願いね!」二人を乗せ車は走り去った。

カマエツが輝明に言った。

「ゆうこ ちゃんの使う部屋は、二階になります。部屋の鍵を預かっています。

こちらになります。

エレベーターを使いましょう!」

「エレベーター!?」輝明は個人の家に、エレベーターなどあるのを初めてみた。

なんと12畳もある洋室だった。

ゆうこ は広すぎて寝れないんじゃないのかな?と心配になった。

ビックリしたのは50インチの液晶テレビがあり、縦 62.3cm、横 110.7cm もあった。

段ボールを全て運び終え、カマエツが言った。

「ここにある家具は ゆうこ ちゃんの好きなように使って下さいと聞いています。

加奈子さんと ゆうこ ちゃんが戻ってきたら、そこら辺は加奈子さんが説明するはずです。」

「しかし何もかもスケールが違いすぎる、ゆうこ はビビるんじゃないか?」と輝明は思った。

カマエツが言った。

「今日の親睦会は19:00からとなっています。忠則 会長が手料理を振舞われるとのことです。

輝明さんは19:00前に再度来ていただければと思います。

今日はご苦労様でした!」

カマエツが軽く御辞儀をした。

歓迎会食会

「背広は一着しか持っていないし、礼服に白のネクタイってのも結婚式のようだしなぁ......

あっちゃ~手土産を買うの忘れてた!

今からじゃ間に合わないし、」

悩んだあげく手土産は広甘藍にした 又、服装は、礼服に白のネクタイに決めた。

時計は16:45を回っていた。待たせていたタクシーに乗り込んだ。

「まぁここから5分も有れば行ける、

運転手さんワンメーターで申し訳ないです。

松川町2丁目まで御願いします!」

輝明が到着したのは16:50分を少し回っていた。輝明は敷地入口にあるインターホンを押した。

「ハイ!西島です。」声の雰囲気から察しがついた。82歳 最年長、千代子の声がした。

「私、五百旗頭 輝明と申します。この度は ゆうこ が大変お世話になります。」

「よくいらっしゃいました。お待ちしておりました。」

先ほどのドデカい玄関の扉が開いた。

「アウト!!!!」

上品に微笑んでいる千代子の横で、前掛けをしたタダ爺だった。

「日本海軍は予定の10分前集合が決まりじゃ!

これが戦時中だったら、お前は"これでもか!"と海軍精神注入棒でケツを叩かれた!」

恐縮した輝明にタダ爺が言った。

「冗談じゃよ......

今日はワシが作った海軍料理を食べてくれ、戦艦大和で出された来賓用のメニューを用意しちょる!」

輝明は、両手に下げ広甘藍が入った袋をダダ爺に渡した。

「これは、これは......」と言うタダ爺の後ろから ゆうこ がぴょこんと顔をだした。

「輝明アウト!!」

「絶対にコイツは、恐怖のB型だ!」

本心からそう思った。

「まぁまぁ、ごゆっくりしていって下さい、」気品高く千代子夫人が笑顔で言われた。

一階のロビー横にある部屋に案内された。3mはあると思われる両開きのドアーが開かれた。

これまたビックリ!20畳以上は、あると思われる豪華な洋室だ!

絵の良し悪しは分からないが、正面には大きな絵画が飾られていて、床は大理石が敷き詰められている。

又、照明がすごい、18灯の直径が1.2mあると思われる3段のクリスタルシャンデリアが光を放っている。

入口に最も近い下座には、スーツを着たカマエツと加奈子がすでに座っていた。

いちばん奥の正面は、タダ爺(忠則)、奥右側は、千代子夫人、その隣に ゆうこ 奥左側は、徹 社長、その隣に 和子夫人、隣が 輝明の席だった。

「なんか緊張するなぁ......」

輝明は心の中で思った。

ところがどうだ!千代子夫人の隣に座っている ゆうこ はこっちを向きピースサインをしている。

「コイツ絶対に大物になるわ!」と続けて思った。

ダダ爺が言った。

「秋葉 君、今日のメニューを皆さんに配って下さい。」

「・・・下さい?タダ爺ってまともな言葉が使えるんだ?」と輝明は思った。

加奈子が二つ折りにしたメニューを配った。

MENU

カボチヤクリームスープ
伊勢海老サラダ
ヒラメのムニエル
牛フィレ肉のポワレ 黒胡椒のソース
オムライス
苺ジェリーパイ
桃のアイスクリーム
雪風の戦闘食(とろろこんぶ巻)
赤飯の握り飯

メニューを開き、ビックリして輝明が言った。

「忠則 会長、これら現代でも高級ホテルで出されているメニューその物じゃないですか!

戦艦大和でこれらの料理、出されていたんですか?」

ゆうこ も、カマエツも、メニューを配った加奈子もそう思っていた。

「忠則 会長じゃない、タダ爺と呼んでくれ、」そう前置きをしタダ爺は話し始めた。

「これらメニューは、戦艦大和で出さていたものに間違いない、

烹炊所(調理場)は後部の右舷と左舷にあり、右が兵員用の烹炊所、左が下士官級以上の烹炊所じゃった。

兵員用の烹炊所では主計兵たちが調理するが士官級以上の烹炊所では、民間の調理人を雇って調理しちょった。

又、連合艦隊の旗艦である大和には、来賓用の食事もここで調理され、高級料理が臨機応変に作られた。」

どうりで、タダ爺が作るメニューも、高級ホテルで出されるものと、変わりないと輝明は思った。

「タダ爺とよばせていただきます。どのようにして、戦艦大和のメニュー調理法を学ばれたのですか?」

タダ爺は思い出すように話し出した。

「戦艦大和から雪風に 近道 主計長(中尉)艦移動になられた。海軍経理学校出身のインテリじゃった。

ワシらのような年少兵が戦艦大和にも乗艦しよってのぅ、

ことあるごとに"死ぬんじゃないぞ、絶対に生きて帰れよ!"と言っておられたそうじゃ。

それが幹部の耳に入り、最前線の足軽、雪風に左遷(させん)になったそうじゃ、」

「そんなことくらいで、」と三人とも思った。

しかし、運命はどう転ぶかは分からん、不沈艦といわれていた大和は沈み、

足軽として真っ先に沈むはずだった雪風は生き残った。

左遷されたことで 近道 主計長は戦死をまぬがれることになった。

「その、近道 主計長の部下として共に雪風に乗艦されたのが、左腕、鴇田 烹炊長じゃった。」

タダ爺は、皆の顔を見渡し言った。

「鴇田 烹炊長は、一兵卒からのたたき上げじゃったが、

調理のセンスは高く、先ほど言った民間の調理人より腕は確かじゃった。

それとの......」

「......それと、なにですか?」輝明が話に割り込むように言った。

「まぁ、そんなに焦りなさんな!」と前置きをしタダ爺が話をつづけた。

「鴇田 烹炊長は、一兵卒からのたたき上げじゃったが優しい人で、

素人のワシに分かりやすく戦艦大和で出されたメニューの調理方法を教えてくれた。

田舎者のワシにとって、全てが初めて耳にするものばかりじゃった。

輝明、ちなみに聞くが、"ムニエル"って何のことか分かるか?」

「ムニエル......

意識して考えた事はないなぁ、」

タダ爺は、同じように考えている、カマエツ、加奈子、ゆうこ を眺め微笑みながら言った。

「フランス料理の調理法じゃよ、

ちなみにムニエルとは、フランス語で"粉屋"と言う意味らしい、

素材に下味をつけ、小麦粉をまぶし、バターでこんがり焼いた調理法じゃ、」

「焼くことには変わりないが、言われてみれば焼き魚などとは違いますね。」

輝明が言った内容を、捕捉するようにタダ爺は話した。

「確かに焼き魚は、焼く事で細胞内に含まている臭み成分を外に流し出す。

ムニエルは焼く前に香草で、又、ソースにて臭み成分を消し、うま味成分が逃げ出さないように小麦粉をまぶし、

バターでこんがり焼く調理法じゃ、ヒラメをムニエルしたものを用意しちょる。焼き魚との違いを比べながら食べて欲しい、」

加奈子が温めた"ヒラメのムニエル"を全員に配膳した。一口食べ ゆうこ が真っ先に言った。

「このソース酸味、レモンですね?バターソースにレモンを加える事で、魚の臭み成分を中和してるんだ!」

カマエツが言った。

「魚の臭みは、トリメチルアミンのアルカリ性だから、レモンの酸性で中和しているんですね!?」

口には出さなかったが、ゆうこ もその点は熟知していた。

「こりゃ、うまいや!小麦粉でうま味成分が逃げ出さず濃厚な味ですね!」と輝明、

加奈子もみんなが言っていることが理解できた。

一方、ダダ爺の料理をいつも口にしている、西島夫妻は話をニコニコ聞いていた。

「さて、今回のメインディッシュ!

牛フィレ肉のポワレ 黒胡椒のソース を食べて下され、」

ゆうこ が真っ先に質問した。

「タダ爺、ポワレってどう言うこと?」

「ポワレってこれもフランス語ですか?」

輝明が質問につけ加えた。

これ以上、質問がないと判断したタダ爺が説明した。

「そう、フランス語じゃ、下味をつけた素材を、適量の油でカリッと焼く調理方法を "ポワレ" と言う。

フライパンを使用し素材をできるだけ動かさず、高温で手早く焼くのが基本じゃ。

この度は牛ヒレ肉をポワレした。ソースはシンプルに黒胡椒のソースじゃよ。」

「西島 会長、私から質問してもよろしいですか?」

加奈子だった。

「黒胡椒のソースって、そうとう刺激的なんでしょうか?」

カマエツ含め四人を見渡すようにタダ爺が言った。

「そうじゃのぅ......

作り方の説明を聞いて食べれば一発で分かるじゃろうて、」

何度も食べたのだろう。西島夫妻も首を縦に振りうなずいていた。

ダダ爺が話し始めた。

「とにかく基本なことは、焼く前に肉を常温にしておくことじゃよ、」

「常温にしておく理由はなんですか?」数値化に拘る ゆうこ が質問した。

カマエツも同感だった。

「オーブンで130度で12分焼くんじゃが、外はカリッと、肉の中心部は60度にしたいからじゃよ。

肉が冷たいと焼く温度・時間を長くする必要が有る、長くなると中心部意外に熱が入りすぎ硬くなるんじゃ、

偉そうに言っておるが、鴇田 烹炊長に教わった。」

輝明と加奈子は、漠然としか分らなかったが、数値を追求する ゆうこ と カマエツには十分理解できた。

タダ爺が作り方の説明を始めた。

「まずは、常温にした牛ヒレ肉に軽く塩を振る。次に粒黒コショウを軽く潰す。

細かく潰しすぎると辛くなる。肉の水分をふき取り軽く潰した黒コショウをまぶす。」

いつもの癖なのか、真剣に ゆうこ がメモを取っている。書き終えたのを見計らいタダ爺が続けた。

「フライパンに油をなじませ温める。温まったらゆっくり焼いて行く」

メモを取りながら、新聞記者のように ゆうこ が質問をした。

「どのくらいの油の量で、どのくらい焼きますか!?」

精確に油の量や時間を計った事は無い、タダ爺は答えられなかった。

体で覚えて調理する輝明には、答えられない理由がよく分かった。

「調理は職人技だ!体で覚え、いつ誰が食べても同じ味にするのが修行なんだ!

ダダ爺が調理するのを録画し、後でゆっくり分析するのがいいと思うぞ、」

ダダ爺も、納得している顔をしている。

カマエツが言った。

「輝明君の言う通り、僕も調理内容を録画し何度も繰り返し分析しています。

それがベターなんだよ、

ゆうこ ちゃん!」

「調理方法を録画して分析か......

その通りだね!」

ゆうこ が、「そっか!」と納得したようにうなずいた。

一部始終を見ていたタダ爺が、目を細め言った。

「そんなこともあろうと、

今日作った調理内容は全て録画しちょる!

それでは続きを、話しても良いかの?」

タダ爺が話しを続けた。

「場所によってフライパンの温度は違う。裏表場所を変えじっくりと焼いたら取り出す。

最終的にオーブンで火を入れる。フライパンにはうま味成分が付着しちょる。赤ワインを注ぎ入れデグラッセする。」

「デグラッセ?」輝明の声が聞こえた、タダ爺が答えた。

「デグラッセとは、ワインを加えフライパンに残っている旨み成分をこそぎ取ることじゃよ、ワインでなくても水でもいい、」

「両面を焼いたら、取り出し、

赤ワイン、デグラッセ......」

ゆうこ がメモをした。

「ワインを入れたら1/10になるまで、こそぎ落としながら煮詰める。

こうすることでワインの酸味が飛び旨味成分が凝縮され黒コショウの風味がつく、

そうしたらフォンドボーのスープを注ぎ入れる。」

「フォンドボーのスープ?」

輝明も ゆうこ も初めて聞く名前だった。

これに関してはカマエツが答えた。

「フォン(土台)は子牛の肉や骨でとった、だし汁のことです。フランス語で,ボーは(子牛)のことで、

子牛のすね肉や骨と,タマネギ,ニンジン,セロリ,トマト,ニンニクを大きく切って色づくまで炒めます。

水を注ぎ,ブーケガルニとタイム、

ひとつまみと塩少々を加え、あくと脂をすくいながら弱火で長時間煮ます。

これをこすと茶色いフォンが完成し煮込みやソースの土台にします。」

「簡単には作れませんねぇ......」

輝明が神妙な顔をして言った。

「その通りです!一般家庭で簡単に作ることはできません!」

カマエツは勝ち誇ったように、瓶底眼鏡を持ち上げ自信満々に言った。

「そこでです!」

「そこでです......?」

輝明と ゆうこ の声が合った。

「我が西島食品は、フォンドボーの顆粒を製品化しました!

水で溶くだけで本格的なフォンドボーが完成します。

どうですか?輝明さん、ゆうこ ちゃん!」

西島夫妻も加奈子も笑顔でカマエツの話を聞いている。

「それは、すごい事です!」

輝明とゆうこ の声が重なった。

ニコニコしながら聞いていたタダ爺が話し出した。

「フォンドボーのスープを注ぎ入れたら、同じように1/10くらいになるまで煮詰める。

煮詰まったら火を止め塩を加え味を調える。最後にバターを溶かしたらソースの完成じゃ!

ここまでは良いかな、ゆうこ ちゃん?」

タダ爺は、ゆうこ に確認した。

「そしたら、取り出しておいた肉を最初言ったように、オーブンで130度で12分焼く、

焼き上がったらソースを回しかけたら、"牛フィレ肉のポワレ 黒胡椒のソース"の完成じゃ!

付け合わせは、クレソンにした。秋葉 君、みなさんにお出ししてください。」

「それでは、少しの間、お待ちください!」

そう言い残し加奈子は厨房に消えた。

聞いただけで美味そうだ、輝明も ゆうこ も、初めて食べる

「牛フィレ肉のポワレ 黒胡椒のソース」に興味津津(きょうみしんしん)だ、出てくるのを首を長くして待った。

しばらくすると、加奈子がワゴンに乗せた運んできた。

「国際線の機内食と同じ、指定された加熱時間、電子レンジで温めました。」といいながら各人のテーブルの前においた。

徹 社長が言った。

「僕も久しぶりに食べます。柔らかく味が濃く絶品です!

みなさん遠慮なくお召し上がりください!」

「特別な肉は使用しちょらん、どこでも手に入る国産牛のヒレ肉じゃが、

煮詰めてうま味を凝縮した赤ワインとフォンドボーのソースが、いい仕事をしちょる!」

タダ爺が付け加えた。

限りなく黒に近い赤、中央に窪みのある真っ白な皿、それにクレソンの緑、コントラストは見事としか言いようがない、

ミディアムレアの焼き加減もちょうどよく、口の中にいれ一噛みすると、肉汁がぱっと口中に広がった。

煮詰められ美味が凝縮し、ほのかに香る黒胡椒の風味、バターのコクがソースに止めを刺している......

とても普通に手に入る国産牛のヒレ肉とは思えなかった。

ゆうこ も「ひと噛みひと噛み」味を確かめるように味わっている。

下座で味わっていた加奈子が言った。

「美味しすぎて、

飲み込むのが、もったいない......」

その一言が全てを表していた。

その光景を目にし、満足そうにタダ爺が言った。

「確かに手間と時間さえかければ美味しい物は作れる。ただ、思い出にかなう味は無い!」

「......思い出にかなう味は無い!?」輝明は、その意味が知りたかった。

それを察するようにダダ爺が言った。

「思い出の味、例えば、おふくろの味、婆ちゃんの味、などそれにあたる。

ワシにとっては、戦友と食べた雪風のオムライスがそれにあたる。

そんなわけで、今日は駆逐艦雪風のオムライスを準備した。」

「オムライス!大好物!!」

ゆうこ が子供のようにはしゃいだ。

「そうか、大好物か!じゃが、(だけど)普通のオムライスじゃ、さっき言ったように

"思い出うま味エキス" を加える必要が有る。」

そう言うと、タダ爺は思い出を語り始めた。

「チキンライスと言う食べ物は、海軍に入隊て初めて口にしたものも多く、

ワシら田舎者兵員に人気のメニューじゃった。」

今のようにフライパンで炒める方式ではなく大量に作るため、

ご飯を炊くときに具材やケチャップを入れ炊き上げ、炊き込み御飯のように作られていた。

しかし乗員の少ない雪風は違った。

鴇田 烹炊長の指示で全員でフライパンを煽り作った。

メイラード反応、ケチャップの焦げた香ばしい香りが最高じゃった。」

ゆうこ が言った。

「今日のメニューは、チキンライスじゃなくて、オムライスですよね?」

想定通りの反応だった。

「上官級以上に人気で、ワシら兵員に憧れだったのが、

オムライスなんじゃ、

今と同じくチキンライスを卵にくるみケチャップをかける、

上に乗せるグリーンピースは、"艦が割れないように" と縁起を担ぎ必ず奇数個と決まっちょった。

又、上官級以上では、雪風と同じようにフライパンで炒めてチキンライスは作られていた。

さて、ここらで思い出のうま味エキスの注入としよう。」

「タダ爺、待ってました!」

元気の良い輝明の声だった。

オムライスは、中学入学の学生服を買うとき、八丁堀にあるデパートの食堂で食べさせてもらい、あまりの美味しさに感動したのを思い出した。

輝明は言った。

「タダ爺、オムライスは、俺にとっても思い出の味です!」

「それはよかった!」

満足そうに言いタダ爺は続けた。

「1943(昭和18年)トラック諸島に停泊していた、戦艦大和に鴇田 烹炊長に連れられて見学にいった。

1時間に400Lもお茶が沸かせる茶湯製造器、電気式巨大オーブン、蒸気式保温棚、大型食器消毒器、巨大な冷蔵室には肉、魚、野菜が分けて貯蔵され、

食料貯蔵庫は、上、中、下、最下甲板、計40か所あり、米、麦、味噌、醤油、塩、砂糖、油、などが3か月分蔵置されていた。

又、電動リフトで烹炊所のある上甲板まで運ばれるようになっちょった。

これだけの食料が保存でき、高機能で巨大な調理器具を使った大和では、豊かな食生活が送れた。」

「ええええ......」目を見開き輝明がうなった。タダ爺は続けた。

「それだけじゃない、ラムネやアイスクリームの製造機、納豆、豆腐、こんにゃく など作れる設備まで完備しちょった。」

ゆうこ も、驚いてきょとんとしている。ビックリした輝明が言った。

「まるで現代の高級ホテルと、変わりないじゃないですか!」

「その通り!ワシらは大和ホテルとよんじょった。

しかも艦橋へ上るエレベーター、寝るのはハンモックじゃなく寝台、雪風では想像もできない事ばかりじゃった。

大和に乗艦されていた鴇田 烹炊長は、人脈も広く雪風の皆に戦利品を持ち帰った。」

興味深く輝明が聞いた。「どのような戦利品、ですか......?」

タダ爺は、誇らしげに親指を立て言った。

「卵、400個じゃよ!」

「卵......ですか......」

鶏卵

今でこそ、"卵は価格の優等生"と言われ安価だが、オートメーション化され、大量に生産されたからである。

「その日の夕食、雪風に乗艦する兵員全員にオムライスが提供された。近道 主計長が艦内放送で号令をかけた、

"総員、オムライス食い方用意!"と冗談交じりの号令じゃった。兵員みんな、爆食した。

それが、思い出のオムライスじゃよ、」

テーブル右奥に座られていた、千代子が微笑みながら言った。

「それが、思い出のうま味エキスですか?」

「そう!それが思い出のオムライスじゃ、秋葉 君、みんなにお出ししてくれるかのぅ、」

加奈子がキッチンワゴン三段に積まれた、オムライスを各人に配膳した。

硬めに焼かれた卵に包まれ、トマトソースがかかり、緑が鮮やかなグリーンピースが3コ乗っていた。

タダ爺が笑いながら号令をかけた。

「総員、オムライス食い方用意!」

「タダ爺、美味しい!」

一口食べ ゆうこ が言った。

あっ、と声を出してしまいそうなほど美味しい、

「トマトソースの香ばしさがたまらないですね!」

輝明が言った。

「そうじゃろ?トマトケチャップに醤油を加え焼き酸味を飛ばし、焦げ醤油の香ばしさを引き出しちょるからな、決め手はウスターソースのパンチじゃよ!」

輝明は、6年生のとき、お袋とデパートの食堂で食べた、香ばしいオムライスの味を思い出した。

貧乏だった。お袋がコツコツ貯めた貴重なお金のエキスが加わった、オムライスの味は忘れられない、

なんでオムライスを食べたでけなのに、涙が出るんだろう?

輝明は言った。

「タダ爺、今日食べた中でこのオムライスが一番うまいです!」

「そうじゃろう!?金に糸目を付けない料理は確かに美味い、

しかし愛情と言うエキスが加わった料理には絶対に勝てん!

西島食品が目標としちょるのは、その愛情と言うエキスが入った食品じゃ!のう、徹、」

ふたつ折りにしたナプキンの内側を使い口を拭き 徹が話した。

「忠則 会長が目標としている食品を加工製造し、全国の家庭で愛用されるよう西島食品は味を追及しています。

広島弁で言わせてもらいます。ゆうこ ちゃん、輝明君、やっちゃろうや!」

輝明は、興奮し胸がぞくぞくと躍った。

「ゆうこ やっちゃろうや!」

「目指す目標が一致しましたね!」

徹は、拳が白くなるほど手を握りしめた。

満足そうにタダ爺が言った。

「千代子、用意しちょった手提げ袋を持ってきてくれ、」

千代子が、手提げ袋を4つ持ってきた。思い出すようにタダ爺が言った。

「戦闘配備が敷かれるとワシら烹炊員は、食管に竹の皮に包んだ戦闘食を詰め込み、鉄兜を被り各持ち場に配った。

腹が減っては戦にならん!

輝明、秋葉、竈、そして ゆうこ ちゃん、雪風の戦闘食(とろろこんぶ巻)じゃ、

小腹がすいたたら食べてくれ、

それと......」

タダ爺が言葉に詰まった。

「それと......何ですか?」

重苦しい表情をしているタダ爺に輝明が言った。

「昭和20年(1945)4月7日 14時23分、不沈艦と言われていた戦艦大和は、

乗組員3332人と共にワシの目に前で海に沈んで行った。

生存者はたったの275名......」

ダダ爺は、打ちひしがれたように、じっと目を落としたまま黙り込んでいた。

しばらくし、声を振り絞るように言った。

「4月7日、その日だされるハズじゃった。夕食のメニューが赤飯なんじゃよ、赤飯を握めしにした。」

タダ爺は、一人づつ希望を込め、

手提げ袋に入った雪風の戦闘食(とろろこんぶ巻)と赤飯の握り飯を渡した。

威圧されたのか、輝明とカマエツは敬礼をし受け取った。

片づけを終えた ゆうこ がよび止められた。

「ゆうこ ちゃん、少しいいかな?」

徹だった。

「ゆうこ ちゃん、そこに座ってください。」3人掛けソファに案内された。

徹はローテーブルを挟み、向かい側の3人掛けソファの真ん中に腰を掛け、左隣に和子が座った。

コーヒーの良い香りがした。

「コーヒーでもどうぞ。」

コーヒを運んできた千代子が徹の右側に腰かけた。

ゆうこ を正面にテーブルを挟み、左側に和子、中央に徹、右側に千代子と言う形だ、

一口、コーヒーを啜り、徹が話し始めた。

「私は、和子と同じ9歳のとき原爆で家族を全員を失いました。

育ったのは"広島戦災児育成所"です。

育成所は被爆から3カ月後、孤児たちの様子に心を痛めた僧侶の山下義信氏によって創設されました。

原爆で親を奪われた"原爆孤児"は、2000人いたとも6500人いたともいわれています。

頼る親戚もなく、たばこの吸い殻を拾ったり、靴磨きなどをして暮らしました......

育成所は多くの孤児を抱え、食糧の確保が最大の悩みでした。

貝掘りなど、できることは何でもし、食べられるものは何でも食べました。」

無言で凝視している ゆうこ に続けて言った。

「ゆうこ ちゃんは、施設で暮らし19歳まで貴船原少女苑に居たのですよね?

戦後の食糧難は、荒ましいものがありました。餓鬼のように食うことばかり考える毎日でした。

私は生きるためになんでもしました。」

徹の記憶が、昨日の事のように鮮明によみがえった......

腹が減りたまらなかった徹が、

露店に売られていたリンゴを盗み、貪るように齧っていたときだった。

正面のベンチにすわり、

美味しそうな握り飯を食べている、叔父さんと叔母さんがいた。

あっけないほど、あっと言う間にリンゴを平らげた徹は、指をくわえ握り飯を見つめていた。

そんな徹に気づき、叔父さんが手招きをした。

「そうとう腹が減っちょるんじゃの、ほら食え!」

ゆうこ は、夢中で聞いている、

私の頭をポンポンと叩き,叔父さんが握り飯をくれました。取られてはいけない!私は握り飯を口いっぱいに押し込みました。

それを見ていた叔母ちゃんは、「ここにもあるけん、ゆっくり食べんさい!」と優しくし言ってくれました。

私は握り飯を食べながら、3日飯を食っていない事、これまでの一部始終を叔父さんに話しました。

着てる服はボロボロでシラミだらけでした。

「シラミ?」

ゆうこ は初めて聞く名前だった。

「そうだよね、ゆうこ ちゃんには分からないか?」

徹はシラミについて話した。

「糸の縫目に白い埃(ほこり)のように、じっとかくれていて体長が4mmくらい、

色が灰白色、血液を吸って生きています。

衣類などの身の回りの品を共有することで、人から人に簡単に感染します。

蚊のように血を吸われると寄生した部分に強いかゆみが生じますが、

清潔にすればいなくなります。」

薄気味悪そうな顔をしている ゆうこ に徹が言った。

「ゆうこ ちゃん、今の時代、見かけることはありません。本題に戻りましょう......

しばらく考え、私と同じ目線に腰を落としニコリとして叔父さんが言いました。

......そうか坊主、ワシの家は、呉なんじゃが呉で一緒に暮らすか?

千代子エエよの!」

天涯孤独の 徹にとって忠則は、神のように映ったに違いない。

「ゆうこ ちゃん、その叔父さんこそが 、

西島 忠則 だったのです。

叔父さんの家は、呉海軍病院に近い高台にあり、私は着ている衣類を全部脱がされ、熱湯でシラミの撃退から始まりました。

夢にでてくるぐらい毎日、芋ばかり食べました。叔父さんがタマに持って帰る牛肉の缶詰は最大の御馳走で、

そのときは、じゃがいもを使い駆逐艦雪風の肉じゃがを作り食べさせてくれました。」

隣にいる和子と目を合わせ、徹が思いを込め言った。

「私たちの思い出の味は、

駆逐艦雪風の肉じゃがです!

昭和31(1956)11月、呉から進駐軍は撤退したのを気に、

私たちは広島市に移り住みました。当時、広島市内は原爆で倒壊した建物が

そこら中にあり、道路も舗装されていませんでした。」

ゆうこ は、自分の境遇は、ひどいものだと思っていたが、レベルが違うとつくづく思った。

「焼き尽くされ、打ちひしがれた広島の娯楽と言えば、唯一の市民球団、広島カープでした。」

徹が苦笑いをしながら、話をつづけた。

「弱くて弱くて、負け続けました。

広島市に移り住んだ翌年、広島市民球場が完成しました。中国地方初のナイター球場です!」

徹は胸の詰まる思いで感傷に浸った。

「球場の建設予定地とされた基町には、原爆で住む家を失った人たちに緊急住宅対策として、

通称 "十軒長屋"と呼ばれる市営住宅が作られていました。住人達は、

"自らの住む住宅を潰してまでナイター球場を作るのは不当だ!"

と激しく反発......」

「生活がかかってるんですから当然ですよね、でも、市民球場は存在しますよね?」

ゆうこ は、球場を作った解決内容が知りたかった。

「ゆうこ ちゃん、答えは......」

そう言って徹は、口をつぐんだ。

徹は西島商品についても、話そうと思っていた。

「徹 社長!?」

催促するように ゆうこ が言った。

考え込んでいた徹が話し始めた。

「解決策は、

今の市営基町高層アパート群です!」

「基町にある高層アパート群?」

基町は、広島城城郭内に当たり、近くには原爆ドームがある。原子爆弾投下で壊滅的な被害を受けた。

戦国時代末期に毛利輝元が広島城を築くにあたり整地された地区である。

原爆スラムと呼ばれ、住宅密集地、基町不良住宅街、多くの火災が発生し、

路地が細くて消防車が入りにく大火事が多発した。

徹が思いをたどるように話し出した。

「目標は不良住宅街の撲滅でした。朝鮮戦争特需に始まり戦後、日本の高度成長期、

多数あった掘っ立て小屋含め取り壊し、構想から10年をかけ目標は達成されました。」

徹が顔を伏せた。目には光るものがあった。顔を上げた徹は、涙声で言った。

「ゆうこ ちゃん、広島市民球場は、復興のシンボルなんです!

家族全員被曝し疎開していた私だけが生き残りました。ダダ爺と巡り合ったのがこの場所なんです。」

ゆうこ は、野球観戦に何度か広島市民球場を訪れたことがある。

市民球場が復興のシンボルだということを初めて知った。何も知らなかった自分が腹立たしかった。

「カープが結成された時、谷川昇 衆議院議員会長は、

"カープは県市民のものであり、成長に伴って立派な衣装をつけたい、"

と言われたましたが、

実現し谷川さんも草葉の陰で、喜んでおられると思います。」

ゆうこ は負け続けても、市民が応援する理由が分かったような気がした。

「7月22日の照明点灯式は、感慨ひとしおでした。昼間のように明るく照らされた照明は、

完全に広島が原爆から立ち上がったんだ!と心の底から思いました。」

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55年の使命をまっとうした。

話を聞いた ゆうこ は、万感の思いだった。

「さて、西島食品ですが......」

コーヒーを飲みほし、徹がゆっくりと話しだした。

「翌年、昭和32年、西島 忠則は瀬戸の小魚と海苔を使い、味噌を基本とし味付けした、

"ふりかけちゃずけ"

を作り家族全員で売って回りました。」

「ふりかけちゃずけ?」ゆうこ は初めて耳にする名前だった。

徹が作り方の説明をした。

「基になるのは、乾燥させた鰯(イワシ)と"あおさ"そして、玉葱です。」

「乾燥させた玉葱ですか?」

ゆうこ が興味深そうに言った。

徹が玉葱を乾燥させる理由を説明した。

  1. 体に良い。
  2. 旨味と抜群に甘味くなる。
  3. 調理時間が短縮できる。
  4. 保存が効く。
  5. ツンとした刺激が無くなる。

「干せば体に良い?」

ゆうこ が不思議そうに言った。

「干すことにより、玉ねぎの成分の一種ケルセチンが増加します。一番期待できるのは、血流の改善です。」

いつもの癖で、ゆうこ はメモをとろうとした。横で聞いていた和子が言った。

「ゆうこ ちゃん、メモしなくても西島食品のレシピに登録してありますよ、」

徹が続けた。

「最大の目的は甘味、砂糖の代わりに使う!です。

いちごより甘くなります。」

ゆうこ も熱を加え水分を蒸発させることで、糖分が凝縮し甘くなることは知っていた。

「当時の食糧事情はまだ悪く、砂糖は高価でした。

一般家庭では、米、麦 7:3を主食とし食べていました。」

「麦ご飯と言うやつですね?」

以前、輝明から聞いた事があった。

徹が自信ありげににっこり笑った。

「干すことでツンとした刺激、硫化アリルが分解され、うま・甘味 調味料になります。

又、味噌味は麦ご飯と相性抜群なんです。

価格も安く栄養価が高い、"ふりかけちゃずけ" は飛ぶように売れました。

高度成長の流れに乗り、西島食品は大きく成長しました。」

それを言い終え、徹がズバリ言った。

「千代子叔母さんの連れ子が、ここにいる和子です。」

和子が親しみを表わすように黙ってお辞儀をした。

「私たちにとり、西島 忠則は、情けをかけ、力になってくれた人、

命の恩人なのです。

今度は私たちが恩返しする番です。ゆうこ ちゃん力を貸してください!」

ゆうこ は、なぜこれほど期待されているのか、理由が全く分からなかった。

だだ一つ言えるのは、徹、輝明、そして自分、天涯孤独の同じ境遇だと言う事である。

挑戦

カマエツは、ゆうこ を講師をしている県立広島大学、

略して県大(けんだい)の中央に位置する中庭に連れてきた。

「ゆうこ ちゃん、

ここが君が目指す県大だ、

この広い中庭は緑がたくさんあり、リラックスできる。」、

ゆうこ は、正面の鼓(つづみ)のような円形の形で四階建てと思われる、特徴のある建物に目が留まった。

「カマエツ先生、正面の建物は何ですか?」

カマエツが少し、じらすように言った。

「何だと思う?」

しばらくしてカマエツが答えた。

「この建物は県立広島大学付属図書館です。丸いことがこの図書館最大の特徴です。

丸い図書館といえば、大英博物館図書館の壮大な閲覧室が有名だけど、

狙いはぐるり360度を本に囲まれ、知の泉の中に身を置くような空間演出です。

又、敷地の狭さから圧迫感を軽減するため、円形を選択したと聞いています。」

ゆうこ が興味津々で聞いている。

「ブレース(筋交い)の構造をそのまま見せているのも外観上の特徴です。

このブレースは、PC(プレキャストコンクリート)で、

5.5トンほどのユニットを各階30個接合し、形成されていると聞いています。

ゆうこ ちゃん、中に入って見ましょう!」

「入ってもいいんですか......?」

ゆうこ が恐る恐る聞いた。

「安心して下さい。広島県立ですから学生以外、広島県内に住んでいれば利用できます。

又、県外の人でも広島県内に通勤・通学していればOKです。」

そう言えば、カマエツに健康保健所を持参するように言われていた。

「早速、"一般利用申込書"に記入し利用者証を作りましょう。

本人照明に使う健康保健所と一緒にカウンターへ提出すれば完了で、

電子利用者証のカードが発行されます。」

カマエツが注意事項を伝えた。

「利用者証の有効期限は1年間です。

更新の場合は、改めて利用の手続きを行う必要が有ります。

本を自宅に持ち帰る場合、原則5冊2週間借りることができます。

貸出予約がなければ1回に限り貸出期間の更新ができます。

つまり、4週間借りることができます。」

「利用者証の有効期限は1年間ですか?」ゆうこ が再確認をした。

「利用者証の有効期限は1年間ですが、受験勉強に利用するのは1年です。問題ないかと......」

カマエツが ゆうこ にプレッシャーをかけた。

「ゆうこ ちゃん、県大の学生証があれば、いちいち利用者証をもらう必要はありません。

合格しましょう!」

ゆうこ にとって、何もかも初めてで新鮮だった。

「本を読んでいたら複写したいことが多々あります。

"文献複写申込書"をカウンターに提出すれば、図書館所蔵の図書等資料は、

著作権法の範囲内で複写することができます。」

カマエツが歩きながら話した。

「建物は4階建てで、閲覧室・書架は2~4階に設けられています。」

お城の天守閣に入る扉を思わせるような、黒を基調とし細い臙脂色(えんじいろ)が横縞模様になった自動戸が開き、

二階へと上がるるコンクリート階段が姿を見せた。ゆうこ はカマエツの後を追い二階へと上がった。

解放感が半端なかった。

床は白い大理石が敷き詰められ、黄色いオブジェが立ち並んでいる、

四階まで吹き抜けで各階の閲覧室が取り囲んでいる。

白を基調とした室内は明るく、建物を覆うPC筋交いからは木漏れ日が漏れていた。

大きく目を見開き見渡している、 ゆうこ にカマエツが話した。

「特徴は建物だけじゃありません、30万冊以上の蔵書があり、

広島でも屈指の図書館となっています。

又、学習スペースやコンピューター設備も充実しています。」

「・・・すごすぎる、」

「私は、週一回、このキャンパスに来て、講義を行っています。

松川町からも約3kmと近いです。ここを学習の拠点としましょう!」

『はじまりのとき』
歌 : 絢香
作詞・作曲:絢香


リリース: 2012年

【ストーリー 5】 著: 脇屋 義直
【ストーリー 6】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

戦艦大和に関しては、
大和ミュージアム見学により、
執筆しました。

先の大戦で亡くなれた先人の方々に、
心より哀悼の誠を捧げます。

原爆被災された方々には、
心から哀悼の誠を捧げます。

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