【blog小説】星降る夜に エピソード 4

才幹

ゆうこ には、一人暮らしができるアパートを見つけてやろうと思ったが”お好み焼き ふみちゃん”がいいという事で、お袋が使っていた二階の部屋をあてがった。

お好み焼きの修行がしたいと達ての希望から正式にお好み焼きの焼き方を教えることにした。

平たくいうと、”お好み焼き ふみちゃん”に住み込みで働く事になった。

何事にも興味をしめし好奇心が強く、多岐にわたる知識を片端から効率よく吸収していった。

料理を作るセンスは、足が速い・歌がうまい・絵を描くのが上手..etc などと同じで先天的な要素で決まる。

嗅覚、味覚が優れた ゆうこの作る料理は、口にする度、想像を遥かに超える味だった。

お客さん相手に食べ物を提供する鉄則は、いつ食べてもクオリティーが高く同じ味が提供できること。それがプロというものだ、

ゆうこは、それを崩さないよう、気温・湿度に対し 焼く火力・時間の関係をグラフ化し、味のムラが無いよう記録に残していった。

俺は、それを ゆうこ カーブとよんだ。

俺には逆立ちしてもそんな事は思いつかない。時間をかけ体で覚え出来るようになったにすぎない、

家庭で重宝されるものに電子レンジがあるが、加熱時間の式を作ったのには驚いた。興味のあるものには時間が経つのを忘れ没頭するが、興味のないものは端から相手にしない、

典型的なB型人間だ。ゆうこが言った。

「そもそも電子レンジって、どんな原理で食材を温めているのか調べたんだ、

するとね!

マイクロ波というのを食材にあてると、中の分子のプラスとマイナスが高速で入れ替わる運動エネルギーで、熱が発生していると本に書いてあった。」

俺は電子レンジとは、単純に温める道具だとしか考えた事しかない......

ゆうこが続けて言った。

「電磁波の強さが〇〇Wっていうじゃない?

それだったら、あてる強さにて温める食材の種類・量に対しどれだけの時間あてたら、どのくらい温度が上がるのか結構正確に出せるんじゃないかと思ったわけ、

それで調べた。するとね、思った通り正確に出せるという事が分かったんだ!」

そこから、どうやって数式にするのか?輝明には全く想像もできない、

「夜学の高校へ通ってる俺も中卒だ、分かるように説明して欲しい、」

「水1gを1℃温めるのに必要なエネルギーは、1カロリーっていうの、

単純なよびかたの違いだけど、中学校の理科で習ったジャン!1カロリーは4.2J(ジュール)っていったよね?」

「・・・そうだったっけ?」全く記憶がなかった。

「なぜ、J(ジュール)の話をしたかというと。

J=W ✕ 時間(s 秒)で計算できるジャン?という事はだよ、

W ✕ 秒 = J ÷ 4.2 = 1カロリー (水1gを1℃温める)っていう事だよね?

じゃぁ 600Wで水200gを40度上げるには? 200 ✕ 40 ✕ 4.2 ÷ 600 = 56秒 じゃない......」

「なんだか、テレビ番組の平成教育委員会みたいな問題だなぁ、」

ゆうこの頭の回転の速さについていけない、理解力があると言うか、俺なんかの数倍は賢い。

「続き、しゃべってもいいかなぁ......」

「・・・あぁ」

遠くを凝視している輝明を見ながら ゆうこが言った。

「結論なんだけど、加熱時間は、重さ✕上げたい温度✕4.2÷電磁波の強さ(W)じゃないかと思って試したんだ、

すると予想した計算通りになるジャン!」

しかし食材により誤差があった。

「何と関係するんだろう?」

そうだ!電子レンジは2.45GHz付近の強力な電磁波が出ていて、電磁波は水分子を振動させることができる、と書いてあった。

食材に含まれる水分量と誤差時間は、比例しているに違いないと ゆうこは思った。

【水分%】

きゅうり 95.4%
だいこん 94.8%
なす 94%
キャベツ 93.9%
たまねぎ 90.1%
にんじん 90%
しいたけ 89.6%
じゃがいも 78.8%
にんにく 63.9%

伝伝......

野菜に含まれている水分量と、加熱時間の誤差が比例した。

ゆうこが導き出した計算式

加熱時間 = 食材料の重さ(g)✕ (目標温度 - 食材の温度)✕ 4.2 ✕ 1÷食材の水分量 ÷ 電子レンジW

浅田が言った再犯防止に必要なもの3点の一つ、「出番の提供(才能の発見と活用です。)」の言葉を思い出した。

この子は限りない可能性を秘めている!ゆうこがつけ加え言った。

「電子レンジに赤外線センサーか何かを取付、食材の温度を測る機能と重さを量る機能を付けたら、いちいち人が設定しなくても、材料を放り込むだけで自動で加熱すればいいって事!」

ゆうこが満面の笑みでピースサインをした。

「絶対コイツは天才だ!」輝明は思った。

新年

輝明は、ほろ酔い気分で火燵(こたつ)に入り紅白歌合戦を観ていた。コブクロ が 風 を歌い終わった。後、3組が歌ったら今年の紅白歌合戦も終わろうとしていた。

「おい!ゆうこ、お前の好きな 倖田來未 愛のうた が始まるぞ!」

新年会に使う食材の準備をしていた ゆうこ がすっ飛んできた!

クリスマスではクリスチャン、大晦日除夜の鐘では仏教徒になり、新年は初詣で神道となる、年末年始はイベントが目白押しで慌ただしくてウキウキする。

「日本は平和だなぁ~」

輝明は、つくづく思った。

優勝は前回に続き白組。対戦成績は紅組28勝・白組29勝となり、白組の勝ち越しとなった。

ゆく年くる年の中継が始まった。「ゆうこ そばを食ったら赤兎馬で宇品の千暁寺(せんぎょうじ)まで除夜の鐘をつきに行くぞ!」

輝明は年越し蕎麦を作り始めた。10時からは 加奈子、村品と初詣にいくことになっていた。

初詣は、近くの比治山神社に詣でるのが毎年の行事になっている。

比治山神社は、段原2丁目から徒歩8分のところにあり、原爆を乗り越えてきた神社で、新年は本殿から電車通りの歩道まで、参拝の行列ができ賑わい、幟が立ち厳かな気分になる。

御祭神は大国主命はじめとする5柱、縁結び、商売繁盛、家内安全などに御神徳ありとして市民の崇敬を集めている。

初詣といっても、"お好み焼き ふみちゃん"に飾る破魔矢を買い、お賽銭を投げ入れ、お参りをし、おみくじを引き、結び所に結んでしまえば、終わりだ。

しかし、今年の初詣は違う。

輝明・ゆうこ・加奈子・村品、4人で初詣の後、新年会を"お好み焼き ふみちゃん"で行う事になっていた。

車海老の雑煮、焼き牡蠣・赤なまこ・オコゼの刺身・オコゼの唐揚げ・牡蠣飯、酒は郷土呉の"雨後の月"だ、

それと村品さんのギーター伴奏で歌い、盛り上がることになっている。楽しみでしょうがない......

ルンルン気分全開の ゆうこ が言った。

「こんなに楽しい元旦を迎えるの、生まれて初めてなんだ!夢じゃないよね!?」

今までの人生を考えると、想像すらできない、「夢なら冷めないで欲しい。」と願った。

【初詣】

新年明けましておめでとうございます。

2007年、元旦(曇) 4人そろって比治山神社に向かった。

比治山神社と書かれた看板が立っている歩道から、本殿まで参拝の行列ができていた。少しづつ前に進む、もう少しだ、この6段の石段を上ったらお参りができる。自分たちの番だ、"いいご縁がありますように。115円、"本殿前に白い布をしき設けられたエリアに賽銭を投げた。

2礼2拍手1拝、横で手を合わせている ゆうこ は、何をお願いしているのだろう?

後ろを振り返ったら、さらに長蛇の列が伸びていた。拝礼した左側にある授与所で、破魔矢とおみくじを買った。

ゆうこ、加奈子、村品も、おみくじを買っていたが、御朱印を集めるのが趣味だという村品は、初穂料を払い購入していた。

村品が言った。

「比治山神社の御朱印は毎月変わるんです。季節感がいいんだよなぁ~去年5月に買った御朱印を、持っているんだけど、鯉のぼりと赤ヘルのスタンプが押してあるんですよ!

おみくじの内容は、【吉】でした!

【吉】

明るい兆しが射し、何かが芽生える兆しあり、新しいことを始めるといいでしょう。

(願望)焦ることなかれ 機はくる。

(恋愛)年齢などにとらわれる必要無し

(学問)伸びる時期 努力せよ

(商売)新しいことに利多し

(病気)異変を感じたら迷わず休め

でした。今まで【末吉】ばかりだったから、今年はいいことがあるかなぁ......

皆さんはどうでした?」

加奈子が言った。

「私も同じく【吉】でした。輝明君はどうだった?」

「俺は【中吉】でした。

【中吉】

憂うことがあっても 身を慎んで過ごせば 前に進むでしょう

(願望)力を合わせばきっと叶う

(恋愛)良い人は すでに近くにいる

(学問)集中力が切れたときは ひと休み

(商売)良き取引先に恵まれる

(病気)心穏やかに過ごせば 快方に向かう、

ところで ゆうこ はどうだった?」

食い入るように おみくじを見入っていた ゆうこ が口を開いた。

「私【大吉】だった.......

【大吉】

心静かにすごすべし 流れに身を任せば 全て吉報へ向かう

(願望)多くを望まなければ、叶う

(恋愛)迷うことなかれ 心に決めた人が最上

(学問)努力しただけ 力になる

(商売)今は苦しくとも 機を待てば流れがかわる

(病気)気になる箇所は早めに医師にみせろ

輝明さん、今後ともよろしくお願いします。」

ゆうこ は真剣な顔をして頭を下げた。なんだ、この焦りは?動揺を隠しながら輝明がいった。

「おみくじを結び所に結び、"お好み焼き ふみちゃん"で、パッ!といきましょう!!」

ゆうこ は【大吉】のおみくじを、結び所に結ばず大切に持ち帰った。

「ゆうこ ちゃんこれ......」

加奈子が手提げバッグからノートを取り出し ゆうこ に渡した。

「今は県立広島大学となっていますが、私の時代は広島女子大学とよばれていました。家も近いことから文学部で学んでいました。

授業で教わった、大和言葉をリストにまとめました。響きの美しさ、意味の奥深さ、日本古来からある言葉で柔らかく温もりがあり優しい言葉です。

ゆうこ ちゃん、レディーになりましょう!」

【大和言葉】

<心待ちにする>

待ち望んでいる、期待してまっている

<思いのほか>

思っていた以上に

<このうえなく>

この上がないほど最高に

<お手すきのとき>

相手の時間に余裕のある時に(相手に対し配慮した言葉)

<おおむね あらまし>

おおよそ だいたい

<御遠慮なく>

こころ置きなく

<胸を打つ>

強い感動

<うまずたゆまず>

一生懸命

<胸に染みる>

感動、印象に残る、感銘を受ける

<お引き立て>

お世話になっている

<恋蛍(こいぼたる)>

恋している

<心配り>

気遣いや配慮

<お力添え>

目上の人からの援助や協力

<空の鏡>

月のこと

<花笑み>

ひとがほほえんでいるのを咲いた花に例え

<千歳>

千年、長い年月のこと

<爽籟(そうらい)>

爽やかに吹き渡る秋の風

<春告げ鳥>

うぐいす

<空蝉(うつぜみ)>

この世に生きている人間のこと

<泡沫(うたたか)>

消えやすくはかないたとえ

<紅差し指(べにさしゆび)>

口紅をつけるのに用いた薬指

<花明かり >

桜の花が満開で、闇夜がほのかに明るく感じられること

<玉響(たまゆら)>

ほんの少しの間

<風光る>

春の日差しの中を吹き渡る風

<うららか>

晴れ晴れとして明るい様子

<せせらぎ>

浅瀬を流れる水の音

<奥ゆかしい>

慎み深く魅力的

<むべなるかな>

もっともなことである

<心を寄せる人>

好きな人

<おもいそめる>

恋の始まり

ゆうこ は、穴のあく程、凝視していた。

【新年会】

ガラガラガラ......

店の引き戸が開いた。

「お待たせしました!」村品がギターケースを片手に現れた。

「さぁ!始めましょう!!村品さん、そっちをさげて下さい。」

広島弁でさげるとは下げる(降ろす)のではなく、持ちあげる事を意味する。店にあるテーブルをくっ付け長テーブルにした。

ゆうこ が用意していた なまこ、おこぜの刺身、唐揚げをテーブルの上に並べた。少年のように目を輝かせ、村品が言った。

「おこぜ なんか長く食べていないなぁ......」

呉は全国有数のオニオコゼの産地。おこぜ は晩春から夏が旬だが、魚自体の旨みは冬にのる。

「おこぜの刺身は、4匹まるごと使っています。背びれに毒があり皮はゴムのように硬く捌き(さばき)にくいので、3枚におろしてもらい、ゆうこ が薄造りにしました。胆は炙りました。又、胃袋、皮のコリコリした食感も楽しんでください。」

輝明は冷蔵庫から冷やした雨後の月を出した。

黒いボトルに三日月ラベルの高級感があるデザイン、みんなの "冷感 桜 グラス" に注いだ。

次の瞬間、冷えた酒の温度に反応し桜の図柄が浮かび満開に咲き誇った。ゆうこ が思わず声を漏らした。

「わぁ~奇麗!」

「おこぜには、雨後の月の中でも"月光"が非常に合います!皆さん、今年もよろしくお願いします。乾杯!!」

グラスを口に近づけると、リンゴや梨のようなフルーティーな香りがした、口に含むと芳香を伴った旨み・甘みが広がる。

みずみずしく透明感のある味わい...... 加奈子が目を閉じ酔いしれていた。

村品が、おこぜの切り身を小葱に巻つけ、紅葉おろしをのせ 柚子ポン酢つけ口に運んだ。

「これ、ゆうこ ちゃんが薄切りにしたんだ!?食感がたまらないなぁ~」

立てかけていたTAKAMIEとかかれたギターケースを手にし、大事そうにギターを取り出した。

「これ、オーダーメイドで作ってもらったギター・・・僕の宝物、実は、ゆうこ ちゃんを創作し作った曲ができました。

新年会には向かないマイナーな曲だけど、聴いてもらえるかなぁ......」

去年4人でライブハウスに行ったとき、見かけの印象では想像さえつかない村品の演奏技術、美声には驚かされた。

「是非、聴かせてください!」目を輝かせ ゆうこ が即答した。村品はギターのベルトを肩にかけた。

「曲名は、"ゆうこ"と言います。」

『ゆうこ』
歌 : 村下孝蔵
作詞・作曲:村下孝蔵


リリース: 1982年

ゆうこ は、目を閉じ聴き入っていた。「どうかな ゆうこ ちゃん?」眉毛が少しあがり上下のまぶたがゆっくりと離れる。ゆうこ は、惜しみない拍手を送った。

輝明はというと、月光を口に含みフルーティーな香りと村品の美声に酔いしれていた。

「村品さんの歌を、俺たちだけが独占するのは、もったいないことですよ。加奈子さんもそう思いませんか?」

輝明がきくと、加奈子も「本当にその通り!」と共感した。弦をつま弾きながら、八の字眉毛をさらに下げ笑顔で村品がいった。

「気に入ってもらい嬉しいです。料理も絶品だし、パッといきましょう!ゆうこ ちゃんも、加奈子さんも、輝明君も、リクエスト曲伴奏できるように練習してきました。どしどし言ってください!」

カラオケマシンで歌うのと全然深みが違う。それに増して村品のギター演奏技術には目を見張るものがあった。

「ゆうこ!トップバッターだ、歌ってみろ!!」輝明がこの上ない笑顔でいった。ゆうこ も上機嫌だ、

「じゃぁ、村品さん!倖田來未の 愛のうた ヨロシク!!」

『愛のうた』
歌 : 倖田來未
作詞 : 森元康介・倖田來未 作曲:森元康介


リリース: 2007年

「初めて ゆうこ の歌を聴いたが、結構うまいジャン!」と輝明、「ゆうこ ちゃん!歌、上手いんじゃ?歌手になったらエエんじゃない!?」”ルックスといい芸能界で仕事をするのもいいかもしれない......”と、お世辞抜きで加奈子は思った。

二十歳になり始めて日本酒を口にした ゆうこ が、桜グラスを両手で持ちいった。

「最高の気分、十八番じゃけん! 牡蠣こまち!牡蠣こまち!輝さん、焼き牡蠣が食べたい!!」

牡蠣こまちとは、広島県で新たに生育法が開発された殻付き牡蠣で、大粒に育つよう夏の産卵を抑え、専用のカゴに入れて丁寧に育てた牡蠣だ、殻の大きさは通常の殻付き牡蠣とあまり変わないが、身の大きさが格段に良く、しっかりとした大粒の牡蠣を堪能できる。又、牡蠣の身のほとんどが内臓で、旨み成分のグルタミン酸がとても多く含まれている。

「よし!焼き牡蠣を食べるか!?」

輝明は、冷蔵庫から超特大、大人の手のひらサイズの殻付き牡蠣を取り出し、鉄板の上に並べドーム型のカバーで覆った。

「......そろそろいいかなあ?」

カバーを開けると海の香りが立ち、部屋中に磯の香りが広がった。しかし、潮の香りが強すぎたり生臭かったりすることはない、

「焼けたぞ!ゆうこ 食べてみろ!!」

頬張った焼き牡蠣がよほど熱かったのか、ゆうこ はフハフハと喘いで般若そっくりの顔になった。「鬼うま!」ゆうこ は無心で食べ続けている。

「加奈子さん、村品さん 焼けましたよ!」殻が開き熱々の牡蠣こまちを皿に乗せ差し出した。

このおいしさは否定しようがない。「ウン、ウン!」と肯定するよりほかはない。村品は熱々の牡蠣こまちを堪能した。

「加奈子さん 美味いですよね!」

「広島に生まれ、最高です~!」上機嫌の加奈子の大きな声が響いた。

「加奈子さんの歌を聴いたことないなぁ?是非、聞かせて下さいよ!」

輝明は続けて牡蠣こまちを焼きながらいった。

「高校は近くの皆実(みなみ)先輩には、吉田拓郎・奥田民生さんがいま~す!村品さん、葛谷葉子のサイドシートという曲、伴奏できますか?」

「任せて下さい!練習してきました。」にっこり笑い、村品はサムアップした。

葛谷葉子?知らないなぁ......どんな曲か輝明は興味津々だった。村品が軽快なエイトビートで曲を弾き始めた。

ノリノリの加奈子が歌い出した。

『サイドシート』
歌 : 葛谷葉子
作詞・作曲:葛谷葉子


リリース: 2001年

「なんと爽快な曲なんだ、ゆうこ この曲しってたか!?」

3歳の時の曲だから聴いたことはなかった。古い曲でも初めて聴く曲は新曲、

「ノリノリでウキウキする曲だね!」

月光でほろ酔い気分の ゆうこ が輝明にいった。

謡い終わった加奈子が言った。「今度は、輝明君の歌、聴かせてよ......」

「聴かせて聴かせて!」ゆうこ が加勢した。

「じゃぁ、村品さん、奥田民生さんの”さすらい”って曲、弾けますか?バイク乗りの俺としては好きな曲なんですよね!」

「待っていました!民生先輩の”さすらい”!」加奈子が両手を叩いていった。

「もちろん弾けるように準備してきました。天才、村品には不可能と言う文字はありません!」

日頃、おとなしい村品もノリノリだった。

『さすらい』
歌 : 奥田民生
作詞・作曲:奥田民生


リリース: 1998年

「かき回し」というのは、曲が終わるときに、ドラムを「ドカドカバシバシ…ジャーン!」とフリーにたたいて場を盛り上げるが、村品はそれをギターを使い見事に表現した。

伴奏を終え、村品がギターを弾奏しながら真剣に言った。

「"初恋"......この曲は、去年みんなで4.11ライブハウスに行ったとき、"是非オリジナルの曲を作って発表して下さい"と頼まれ、何度も何度も作り直し完成させた曲です。これも ゆうこちゃんを想像し作りました。新年のライブで披露しようと思っています。みんなどうかな?」

村品の曲としては、テンポのいいメロディーが響いた。

『初恋』
歌 : 村下孝蔵
作詞・作曲:村下孝蔵


リリース: 1983年

輝明が目を閉じ、右足でビートをきざんでいる。

「村品さん、すごくいい曲ですね!この曲、ブレイクするんじゃないかなぁ?」

ゆうこ も、加奈子も同感だった。

「何度もいいますが村品さん、"初恋"という曲、すごくいい曲です!だれにでも響く曲だと思います!!」

加奈子が付け加えた。

「青春時代、うちあけることができずそっと彼女を追っている、初恋の純粋さがひしひしと伝わってきます。」

輝明がいうように、非のつけどころが無い完璧な曲だった。あっと言う間に全国で火が付き、あれよあれよと言うまもなく、村品はメジャーになっていった。そんな村品と一緒に過ごせたことが自慢でならなかった。

【創作雑煮】

「今日は元旦、車海老で雑煮を作りましょう!非常に甘味が強く旨みのある海老で、大崎下島で育てた車海老を使います。」

車海老を酒に蒲刈の藻塩で味付けしたボールに豪快に投入し、すぐさま蓋で覆った。

あれだけ跳ね回っていた海老は数十秒で静かになった。

3人は、一瞬でも目を離すのが惜しいという風に無言でじっと見つめている......

輝明がいった。「こうする事で海老の臭みが取れると共に、おとなしくなるんですよ!」

「そうだ!本で読んだことがある!お魚の臭み成分は、確かトリメチルアミンで、こいつを、撃退 すればいいんだ!

トリメチルアミン は、アルカリ性......」小学校 4年 の頃に理科で習ったpH (ペーハー)を思い出した。ゆうこ が続けていった。

「水は、中性 で、pH は、7 それより数値が大きくなるとアルカリ性で、それより数値が小さくなると、酸性 だったよね。お酒の pH は、4.2 ~ 4.7 の 酸性、だから中和させて臭みを消すんだ!」

生きたまま海老の頭を取り、皮をむき背開きにし、背ワタを取り除きながら輝明がいった。

「酒を振ったら生臭さが消える事は知っていたけど、なぜ消えるのか初めて知った。本当に ゆうこ には勉強さされっぱなしだ!」

「補足!」ゆうこ が付け足すように元気よくいった。

「蒲刈の藻塩を加えたのは、浸透圧 により、臭み成分(トリメチルアミン)を、細胞の中から出すのと、平均化を利用して藻塩の旨味を染み込ませるためなんだよね!?」

取り除いた車海老の頭をバーナーで炙りながら輝明が言った。

「ゆうこ 平均化って何なんだ?」

「いつも、体験してる事だよ!外は寒いよね、当たり前のことだけど、窓が閉まっているから部屋の中は暖かいジャン、

しかし、窓を開けたら寒くなるよね?

これは外気温と部屋の中の温度が、同じになろうとするからなんだよ、

その事を"平均化"ってよんでる。

車海老では塩分によって細胞の浸透膜(窓)が壊され中にある臭み成分と外の藻塩の成分が同じになろうと平均化が起こる。

結果、臭みがぬけ藻塩の旨味成分が染み込むっていうわけ!

そして、ノコノコでてきた臭み成分を、お酒で中和し撃退する......」

「お前には、参ったよ、」輝明は作業を続けた。

お椀に焼いた餅をしき、手を加えた身を上に乗せ、香ばしく焼いた頭をそえた。タイミングよく電子レンジの完了音が響いた。

牡蠣の産地・広島では、「福をかき寄せる」という縁起担ぎから雑煮に牡蠣を入れるが、車海老の雑煮は、3人とも初めてだった。

常温に冷めた菠薐草を一口大に切り、輪切りにした酢橘をそえいった。

「みなさん!ショーの始まりです。」

3人は、瞬またたき一つせずに、見惚みとれている。前に並べられた椀に熱いだし汁がかけられた。

中の車海老の身がほんのり白く変わった。

「だし汁は、水に対し1%の昆布を3時間寝かせ旨味を抽出し、おこぜ のアラを加え抽出しました。

味付けは、シンプルに蒲刈の藻塩だけです。

"お好み焼き ふみちゃん"の車海老雑煮です。召し上がって下さい!」

一口啜り、村品の口から声が漏れた。

「衝撃的な味です!僕はこんなに旨味のある雑煮なんか食べた事がありません!」

淡白で具材一つ一つの味が伝わってくる。加奈子も目を閉じ味を堪能している、

「表現する言葉が見つかりません!只々、それだけです......」

自己主張しなく具材の旨味を引き出す淡白な出汁、程よく火が入り甘味がありプリっとした食感の海老、炙った頭の香ばしさ磯の香、

又、酢橘の酸味がいい仕事をしている......

お椀を抱え ゆうこ がいった。

「輝さん!絶対これ、数値的にまとめる!使った材料、調理の一部始終、教えて!」

輝明はいった。「何も特別な事はしてないよ、使う素材、 素材さえよければ調理なんか必要ない、」

調理した牡蠣飯をパックに詰めながら続けていった。

「郷土料理の牡蠣飯を作りました。持って帰れるようにパックに詰めます。夕食に食べてやってください!」

パチパチパチ......

牡蠣が大好物の加奈子が拍手をした。

「加奈子さん あえて冷凍した加熱用牡蠣を使いました。牡蠣の汚れは表面に付着しています。

表面だけ解凍し汚れを落とし炊飯しました。

凍った牡蠣を入れる事で、米が炊きあがるまでの時間を長くし、じっくり炊き上げることで、デンプンがしっかり糖分に分解され、甘みがある美味しいごはんになります。

それと牡蠣が御飯粒と分離するようバターを加えコーティングしました。

冷えても美味いです。刻んだ大葉、海苔をトッピングして召しあがってみて下さい!」

「聞いただけで美味しそう!ねぇ村品さん!!」

横で聞いていた村品も満面の笑みで大きくうなずいていた。

再開

「良い年になりますように!」輝明は比治山神社で買った破魔矢に一礼をした。

ゆうこ は【大吉】のおみくじを握りしめ手を合わせた。

「新たな年の始まりだ、今日から"お好み焼き ふみちゃん"の店を開けるぞ!」

輝明は鉄板のガスコンロに火をつけ、ゆうこ は広甘藍をきざんでいた。

店の引き戸を叩く音がした。

「ハイ~!」包丁を置き、ゆうこ が引き戸を開けた。

ホームレス姿をしたお爺さんがレジ袋を持ち立っていた。

「まだ準備中で、お店は10時からです......」

奥に立っていた輝明がダダ爺を見つけて言った。

「誰かと思ったら、ダダ爺じゃないですか!どうぞ中に入って下さい。」

初対面の ゆうこ はキョトンとしている、

「そうか!ゆうこ は初対面だったな!?この人は俺の大事な人生の師匠だ、お前の保護司として、今、俺がいるのもこの人のおかげなんだ。」

ゆうこ はぺこりと頭を下げた。

ダダ爺はレジ袋を輝明に渡した。

「保護司とのぅ?ワシが言った"自分以外の物を、生かすために生きる!"ということを理解したようじゃのぅ?

それにしても可愛らしい娘さんじゃないか、

何度も言うが、この子の喜びが自分の喜びに変わったとき、お前は生まれ変わる事ができる!

実はのぅ新年早々、仲間に雪風の肉じゃがを食べさせたら好評で、お前にも、せひ味わってもらおうと、こうして材料を持ってきた。広甘藍の御礼じゃ!」

レジ袋を開けると、じゃがいも、たまねぎ、薄切り牛肉、しらたき が入っていた。

「調理場を借りるぞ、」

タダ爺は作り方の説明をしながら調理を始めた。

「じゃがいもは、あきつ美人じゃ!」皮をムキ、大きく2つ割りにし水に漬けた。

横に立ちじっと観察する輝明にいった。

「水にさらすのは、変色を防ぐため、デンプン質を洗い流すため、主に2つの理由がある。たまねぎを仕込ませてもらうぞ!」

ネットに入り売っている玉葱とは違っていた。

「玉葱の色が濃いですね、」

「この玉葱は、日陰で半年かけ乾燥させたものじゃ、こうする事で水分が抜け成分が凝縮する。」

乾きった外側の皮はペリペリと音を立て簡単に剥がれ落ちた。上の部分を切り落とし下根っこの部分をえぐり取り、皮をむいた玉葱を縦四つ切りにし、タダ爺がいった。

「これから串切りにするんじゃが、このまま切ると大きさにバラツキが出る。こうして中心部、3枚を取り除き串切りにするんじゃ。」

最初に剥ぎとった中心部と、後から串切りにした玉葱の大きさがそろった。

「なるほど!」輝明が身を乗り出す。乗り出しすぎて、前につんのめりそうになった。

「糸こんにゃくは、灰汁の抜きかたが大事じゃ!こんにゃくのアクの正体は、含まれているシュウ酸カルシウムや凝固剤として使った石灰(水酸化カルシウム)をが合わさったものじゃ。

これらがこんにゃくのえぐみや臭みになる。

食べやすい長さに切り塩もみをする。こうする事で中の灰汁が外に出る。これを3分ほど茹でたら灰汁抜きの完成じゃ。」

最後に薄切り牛肉を食べやすい大きさにカットした。全てにおいて理屈がとおっている、ゆうこ は一言も聞き漏らすまいと必死にメモをした。

「ここから、調理に入っていく。まず牛肉の片面に焼き色をつける、全面焼くと肉が薄くタンパク質がちじみ硬くなる。それと、今から作る肉じゃがはフライパン一つで作る。」

油を引き強火で加熱されたフライパンに1枚づつ牛肉をならべ、表面から赤い肉汁が出たものから取り出していった。肉を焼きながらタダ爺がいった。

「焼き目をつけることでメイラード反応がおこる。人間は醤油が焦げた香りや、肉を焼いた香ばしい香りが美味いと感じる。それがメイラード反応じゃ。ここで完全に火を通してはいけない!余熱で火が入るし最後に戻し入れ火を入れる。」

隣で聞いている ゆうこ は一言一言に、うなづきながらメモをとっている。

肉を焼き終えたフライパンに下準備した具材をぶち込み軽く油を絡め、砂糖、顆粒だしを加え全体を混ぜ合わせ、醤油、味醂を加え、ふたたび全体を混ぜあわせ、フライパンに蓋をした。

「艦による戦闘航海では水は貴重じゃ!野菜から十分に水が出る。水は使わん!それと水が出るときに味が入っていく、」

ゆうこ が思わずいった。

「味の平均化現象ですね!」

タダ爺は蓋を開け、軽く全体を混ぜあわせた。

「お嬢ちゃんの言う通り平均化じゃよ、短時間で塩分濃度が高い方が早く味が入る。いつ戦闘状態になるか分らん雪風では、この方法で肉じゃがを作った。」

時間にして中火で10分ぐらい加熱し、蓋を開けじゃがいもに串を刺した。

串はスーッと入った。

タダ爺は、ここで取り出していた、牛肉を加え全体を再度、混ぜあわせ火を止め蓋を被せた。

「このまま、肉を5分余熱したら完成じゃ!」

手際よさと言い全てが理にかなっていた。完成した肉じゃがを皿に盛りつけタダ爺が言った。

「さぁ、食べなされ、これが駆逐艦雪風の肉じゃがじゃ!」

今まで食べた事のない肉じゃがだった。何だこの深い味は、しかも牛肉が香ばしいのに凄く柔らかい、それと味が染みているのにホクホクとしたじゃがいも、

「う・美味いです......」

輝明にはそれしか言いようがなかった。言葉が見つからない、ゆうこ も口に運ぶたびに、うなずきながら無言で食べていた。

「この作り方は、烹炊長に全て教わった。雪風の烹炊所(調理室)では6人で、200人分の食事を作った。」

目を細めタダ爺が言った。

「この先は、お前たちが"お好み焼き ふみちゃん"の海軍料理としてアレンジ進化させてくれ、楽しみにしちょるぞ!

そうそう、言い忘れた。料理は食材で決まる。あきつ美人さえ使えば誰だって美味い肉じゃがを作ることができる。

ワシには特別に仕入れるルートがある。入用になったらいつでも言ってくれ。また寄らせてもらうよ!」

満足そうに顔をほころばせ、タダ爺は帰っていった。

挑戦

加奈子が高校の時の同級生だと友人を連れてきた。頭は7:3に分けやせ形で、瓶底のような分厚い眼鏡をかけた生真面目そうな男性だった。

「私、竈門 悦明(かまど えつあき)と申します。皆実高校で加奈子さんとはクラスメイトでした。大学院まで進み、西島食品の食品開発部に席を置いています。

又、月7日程度、加奈子さんの母校である 広島県立大学地域創生学部 で非常勤講師も行っています。加奈子さんには"カマエツ"さんとよばれています。」

鉄板の前に座った加奈子が言った。

「カマエツさんの仕事は、調理を自動調理工程で量産できるよう数値化することです。」

「つまり、俺が無意識に調理している内容を数値化することにより、機械で調理できるようにするという事ですか?難しい事をされてるんですね......」

鉄板の前で両手に小手を持ち立ちすくんだ輝明がいった。

「数値化するには多くのデーターさえあれば、解析するにはそんなに難しくは有りません。基になるデーターの着眼点と、それを集める根気が勝負なんです。」

加奈子がいった。

「うちの会長がね、"お好み焼き ふみちゃん"で使っている広甘藍を入手してきて、それを分析してくれって言うからカマエツさんが分析したのよ......」

「食品開発部の食品中の栄養成分分析装置『2600XT-R』で分析した数値がこれです。」

胸ポケットから手帳をだし広げた。

【広甘藍 100g】

エネルギー 21Kcal
水分 92.7g
タンパク質 1,3g
脂質 0.2g
炭水化物 5.2g
灰分 0.5g
カリュウム 200mg
カルシュウム 43mg
マグネシュウム 14mg
糖質 3.4g

「これからいくと、100gの糖質は3.4gですから キャベツ1/4 玉は、約300g、可食部は約255gですからカロリーは54Kcal、糖質は8.7gということになります。」

何を言っているのかチンプンカンプン、輝明には別世界の話しだ......

カマエツが指で瓶底眼鏡を押さえながらいった。

「広甘藍は、100g中、水分が 92.7g、ほとんどが水で出来ています。輝明さんはこれに熱を加え水分を蒸発させています。水分が蒸発すると当然、重量が減っていくわけで暈が1/2、いやもっとかなぁ?になるとともに糖質の占める割合が多くなるわけですから、とうぜん甘くなります。」

何が言いたいのか全く分からない、輝明は長く息を吸い込み吐き出した。

「そこでです!どれくらいの大きさできざみ、いかほどの量の広甘藍を、どれくらいの温度と時間をかけ加熱し、甘さを引き出されているのか、データーを取らせてはもらえないでしょうか?」

カマエツが言いたいことが、分かったような気がした。輝明がカマエツに確認した。

「つまり、言っておられることは、俺がどのように焼いているのか、数値化したいっていうことですよね?」

「その通りです!!」

カマエツは大きく頷いた。隣にいる加奈子も心配そうな顔をし、輝明の表情を伺っている。

「日頃、お世話になっている加奈子さんの頼みですが......」

硬い顔をしていた輝明が表情を崩しいった。

「そんなことですか!実はここにいる ゆうこ が数値化しているんですよ、ゆうこ お前がデーターを集め、数値化し、グラフにしたノートをカマエツさんに見てもらえ!」

「まだ、数式まではしてないんだけど......」と言ってカマエツにノートを渡した。

カマエツは目を大きく見開き、瞬きをするのも忘れ食い入るようにページをめくっている。

「こ・これ......君が分析したの!?」

気温・湿度に対し 焼く火力・時間の関係をグラフ化した内容を見て、思わずカマエツが言った。

「What an amazing! なんてすごいんだ!それで君は、どこの学校でこの手法を学んだ!?」

やっと聞き取れるような声で ゆうこ が言った。

「中学校......」

「言ってる意味が分からない?分かるように言って欲しい、」

ゆうこ が恥ずかしそうに言った。

「My educational background is junior high school!中学までしか行っていません!」

言葉を忘れたカマエツが、何度も何度もノートと ゆうこ を見比べている、振り絞るようにいった。

「君は大学まで進み、この能力を企業の研究室、いや!社会の為に発揮すべきだ!」

以前から ゆうこ の持っている才能には、感じるものがあった。真剣な顔をして輝明も言った。

「ゆうこ 今からでも決して遅くはない!大学まで目指し奥に秘めた能力を開花させろ!」

様子を見守っていた加奈子が口を開いた。

「ゆうこ ちゃん、大学を受験するためにはまず、高等学校卒業程度認定試験、略して"高認"に合格する事ね。高認とは文部科学省が主催する国家試験のことです。

合格することで高校卒業と同等の学力があると認められます。つまり、高校卒業と同じように大学・専門学校への進学、就職、資格の取得ができる資格です。」

「ゆうこ ちゃんの能力があったら間違いなく、半年もあれば高認に合格する事ができます!」カマエツが力強く答えた。

加奈子が提案した。

「私も出来る事は協力します!どうでしょう?カマエツさん、ゆうこ ちゃんに高認の勉強、教えてはもらえないでしょうか?輝明君もバックアップ御願いします。」

「望むところです!」椅子に座っていた輝明が立ち上がった。

「僕もまったく問題ありません!」カマエツが力強く両手をにぎりしめた。

どんどん話が進んで行く......

当事者である ゆうこ は、まるで他人事のように、キョトンとした顔で話を聞いていた。

【助言】

アルミの引き戸が開いた。「邪魔するよ!」タダ爺だった。

「輝明!忘れ物をした、肉じゃがを作ったときに外した愛用の軍手、忘れちょらんかったじゃろうか?どうも歳を取ると物忘れが多くてやれん、」

タダ爺を一目見るなり、加奈子とカマエツが思わず叫んだ。

「西島 会長!どうなされましたか!?」

「西島 会長?」分けがわからない、輝明がいった。

「加奈子さん この人はホームレスのタダ爺ですよ!?」ゆうこ も「そうだよね!」ていう目をしている。

加奈子がゆっくり説明した。

「名前は、西島 忠則、戦後一代で西島食品を立ち上げた方です!現在は息子さんの、徹さんが社長を務めておられ、私は、徹 社長の秘書、カマエツさんは、食品開発部の部長補佐です。」

横で聞いていたタダ爺がニコニコしながらいった。

「輝明、ゆうこ ちゃん、別に騙すつもりはなかった、広甘藍を扱っている、お好み焼き屋さんが、すぐ近くにあるという事を聞き寄らせてもらった。

会長といっても仕事は、息子の 徹にまかせちょる。自由奔放にやらせてもらっちょるんよ。」

輝明は、直立不動で膝につくほど頭を下げた。

「西島 会長、知らなかったとはいえ失礼しました!」

まるで、初代、水戸黄門のように「カッカッカッ!」と忠則は笑った。

「そんなに畏まる(かしこまる)な、ワシは自由奔放に生きるただの、ダダ爺じゃよ!」

ちっともシャレになっていない、「どおりで言うことが違うはずだ、」輝明は、衷心より思った。

「それはそうと、秋葉も竈門も雁首揃えてなにごとじゃ?」

加奈子は、今までの経緯を噛み砕き忠則に説明した。又、輝明も ゆうこ の生い立ちについて補足した。

目を閉じ聞いていた忠則が、ゆうこ にいった。

「話は分かった!

ゆうこ ちゃん苦労したのぅ、じゃがの(だけど)人は苦労を重ねただけ、見えないものを見る力がつくんじゃ、

過去の事に捕らわれ、引きずるんじゃないぞ!

これからは、まっすぐ前を見つめ進むんじゃ!

徹にも相談してみんといけんわ、決して悪いようにはせん!」

それを言うとタダ爺は、又、豪快に笑い諭すようににいった。

「目には見えないはたらきへの感謝の体現、蟻の巣の中身は、中にいる蟻より、外から眺める人間の方がよく見える。

輝明、奇麗に咲く花よりも、花を咲かせる土になれよ!」

この世に生かされている人間で強い人などいない。

今までの常識が崩れる気がした。

みんな見えない明日に恐怖や不安を抱えながら、背伸びをし少しでも早く、奇麗に咲く花を咲かせることに拘り生きている。

しかし、咲いた花はいつか枯れる......

そんな価値観より人のために行き、人が幸せになることで得た幸福感は消えない、保護司になり、そのことだけは言い切れる。

”花を咲かせる土になる!”輝明には、その言葉の意味がよく分かった。

「ゆうこ 、お前を咲かせる土になる、俺のために大倫の奇麗な花を見せてくれ!」

何事 かの 覚悟 を 決める 目 で、 輝明 は 重々しく いった。

ゆうこ は、比治山神社で引き当てた【大吉】の言葉を思い出した。

心静かにすごすべし 流れに身を任せば 全て吉報へ向かう

(学問)努力しただけ 力になる

タダ爺と輝明の言葉に、新しく地平を切り開く喜びと安らぎすら感じた。まずは、高卒認定試験(高認)にチャレンジすることを心に決めた。

【高卒認定試験】

加奈子が高卒認定試験(高認)について調べた内容を説明した。

「高卒認定は、文部科学省が実施している国家試験です。

試験は年に2回(8月と11月)に行われます。

目標は8月受験!備えとして11月の受験でスケジュールを立てることにします。」

加奈子がページをめくり続けて話した。

受験資格は、高卒認定を受験する年度の3月31日までに満16歳になる人です。ゆうこ ちゃんの場合、全く問題はありません。

高校卒業の学歴を得るには、高校に3年間在籍しなくてはいけません。ですが、高卒認定試験は1回の受験で合格することができ、勉強する期間を3年間より短くすることができます。」

夜学に通っている輝明が話を聞き加奈子に質問した。

「3年間学ぶ必要は無いんですか?高認にパスさえすればいいんだ......」

その質問に加奈子が釘を刺した。

「但し!大学へ進学するためには、大学を受験できる学力が必要で、高認に合格したからっていっても話になりません、

高校で3年間かけ勉強したことを身につける必要があります。このことは、肝に銘じて下さい。」

次のページをめくり話し出した。

「絶対受験しないといけない科目は、

国語 ・ 世界史 ・ 数学 ・ 英語

4教科 です。選べる科目は、

日本史 か 地理 どちらか1科目、

現代社会 か 政治経済・倫理 どちらか1科目、

科学と人間生活 を選ぶ場合、

"物理・化学・生物・地学"のうち1科目、

科学と人間生活 を選ばない場合、

"物理・化学・生物・地学"のうちどれか3科目、

加奈子の話を聞き、必死でメモを取っている ゆうこ にいった。

「ゆうこ ちゃん、メモを取らなくても後でこの資料を渡します。」

横で聞いているカマエツも腕を組み静かに聞いている、

「出題範囲は中学生~高校1年生修了程度、高卒認定で出題される問題は、ひっかけ問題やひねくれた難解問題ではなく、素直に知識を問われる問題が出されています。」

資料を閉じ加奈子がいった。

「合格点は40点前後、高卒認定の難しさの1つが ”科目の多さ” で、合格の秘訣は、ズバリ!効率の良い学習です。ゆうこ ちゃんなら、水道の水をひねって水を飲むのと同じくらい、簡単なことだと思いますよ、」

カマエツが瓶底眼鏡をかけ直しいった。

「まずは、ゆうこ ちゃんが、現在どれくらいの学力が有るのかを知りたいと思います。」

バックにしまっておいた用紙を ゆうこ に渡した。

「必須である、

国語 ・ 世界史 ・ 数学 ・ 英語

4教科のテストを作ってきました。各回答時間は、30分です。始めて下さい!」

加奈子の予想通り、あっけないほどあっさりと4教科、1時間もしないうちに解いた。

「ハイ!カマエツさん、これでいいかなぁ......」

「もうできたの!?」

特に英語においては完璧な回答だった。カマエツがいった。

「短時間でここまで......can not believe it!信じられない!」

英語は満点、数学もすでに中学レベルは淘汰していた。

「ゆうこ ちゃん、英語に関し君は、すでに英検2級レベルはあるよ!後は、国語 ・ 世界史と選択科目をどうするかだけだよ、」

広島平和記念式典の2日前、広島市中区のRCC文化センターであった高認の試験は、カマエツの教え方にもセンスがあり 加奈子、輝明の協力のもと ゆうこ は、拍子抜けするほどあっさり合格した。誰にも言わなかったが ゆうこ は、カマエツのような仕事をするのが夢になった。

具体的に言えば、カマエツがいる西島食品の食品開発部で調理開発が行いたかった。

ゆうこ は、大学に通うには、いくら必要なのか調べた。私立大学(医・歯学部系除く)なら約110万円~160万円が平均的な金額、国公立大学でも約80万円~100万円、そんな大金毎年払い続ける事は不可能だ、輝明にはとても言えない、

それと、大学で学ぶという事は収入"0"を意味する。

大学に行く事は、あきらめた。

日本の大学進学率は,女子50.9%,男子57.7%、男子の方が6.8%高いが,女子は全体の7.6%が短期大学へ進学しており、合わせると,女子の大学等進学率は58.6%になる。

中学の時もそうだった、高校進学の能力は十分にあった、児童養護施設で生活している ゆうこ は、中学を卒業したら働く以外の道はなかった。

世間では猫も杓子も大学進学している。輝明は、高認に合格したというのに、思い込んだ顔をしてキャベツをきざむ ゆうこ が気になった。

「どうした、ゆうこ、なにかあったのか?」

「・・・・」

表情が冴えない、温める鉄板の火力を調整しながら輝明がいった。

「遠慮しないで、何でも言ってくれ、」

キャベツをきざむ ゆうこ の手が止まった。

「調べた、大学に行くのお金がかかりすぎるよ......国公立大学でも約80万円~100万円、私立になると1.5倍くらいお金がかかる、しかも、私の収入は無くなる。」

仮に赤兎馬を売り払ったとしても焼け石に水、現実は甘くなく、毎年、100万円規模の出費をする能力は輝明には無かった。

「俺が何とかする。心配するな ゆうこ、」輝明は、困った顔のまま愛想笑いを浮かべた。昼時の忙しさが一段落した店の中で輝明は考え込んだ。

「何とかする。」とは言ったものの......これと言ってあてがあるわけではない、輝明は独り言をいった。狭い店の中ををうろうろと歩きながら、「どうすればいいんだ!」と又、いった。

殆ど意味なく輝明はそんな言葉を小声で繰返した。

店の外を眺めていたら、オニヤンマが路地を行ったり来たり繰返し飛んでいた。

【旧友】

店の前に設けた駐輪場に白バイが2台とまった。男女2人の隊員が赤兎馬の近くに立ち凝視している。

「何か違反をしただろうか?」まったく心当たりはない、

店の中にいる輝明を見つけた男性隊員が、にこにこしながら白い歯をのぞかせサングラスを外した。

「久しぶりだな、輝明!」

高校のときホーネット250に乗せてくれた 生田だった。

「生田じゃないか!ビックリしたぞ、元気そうだな!!お前、白バイ警察官になったんだ?」

「段原小学校で、交通安全教育をした帰りだ!隣にいるのは、栗山 浩美(くりやま ひろみ)巡査、、」

栗山は、サングラスを外し敬礼をした。

「偶然、店の前を通ったとき真っ赤なZZR1100Dが目にとまった。今となってはスピードリミッターがついていない希少なバイクだな!」

スピードリミッターとは、度制御装置のことで 180km以上スピードがでないようになっている。バイクにスピードリミッターが付いたのが、1988年以降で逆車(逆輸入車)のZZR1100Dにはついていない、過去を振り返るように輝明は話し出した。

「高校を中退し、俺も色々あった......」生田は輝明が何も言わないまま、突然中退したのがずっと気になっていた。

「320kmはでる世界最速のZZR1100Dは、俺にとってバイク勘と言うか、見方を大きく変えてくれた。」

輝明がヘッドライトの下にある吸気口を手で覆った。

「通称ブタ鼻、前方から受ける走行風を、この二つの穴から内部に送り込み、燃焼効率を上げる事によりパワーが上がる。早い話、回すとムチャクチャ速い!」

そう話しながら否定するように言った。

「そうなんだが、ゆっくり走ることもできる。」

右手を捻りながら続けた

「速いバイクって少しのアクセル開閉でパコーンと前に飛び出すが、こいつはそこがマイルドだ、ゆっくり加速していきブタ鼻から吸気するラム圧が上がってくると、性格が変わったかのようにズーンと鋭く加速していく、そういうのって乗らないとわからない......」

ラム圧とは、走行しているときに車体に加わる風圧などのことである。

輝明が赤兎馬を囲み白バイ隊員と話している。

「あのぅ~ 何かあったんですか?」

外で立ち話をしている輝明たちを見つけた、ゆうこ が心配そうな顔をし出てきた。

生田が言った。「初めまして、わたくし、五百旗頭 君とは高校時代の友人で、宇品の南警察署に奉職している 生田と申します。隣にいるのが同僚の 栗山 浩美(くりやま ひろみ) 巡査です。」

ホッとした顔をして ゆうこ が言った。

「立ち話もなんですから、どうぞ中にお入りください。」

生田が頭を下げ ゆうこ に言った。

「お気遣いありがとうございます。たまたま、お店の前を通り寄っただけですし、勤務中ですから......」

輝明は話をつづけた。

「昔、こいつの後部座席に乗せてもらったとき、すごい速く超高性能で、こいつを扱うのが大変だと思っていた。」

生田は興味津々で話を聞いている。赤兎馬にまたがり輝明が話し始めた。

「こいつに乗ったとき、すごくハンドルとメーターまでの距離を遠く感じた。次に感じたのはとにかくデカイ!」

「デカイ、重い、パワーが凄い、速い.....」感じたことを指を折り話した。

「そう言うのがあって不安だったんだけど、三次まで走って帰って来てエンジンを切り、赤兎馬が静かになった瞬間、"あっ、俺、お前を乗りこなした!?"と感動したのが忘れられない、」

続けて少年のように目を輝かせ、輝明が繰り返した。

「こんな怪獣のようなモンスターマシンを、俺......乗りこなしたんだ!? 言いようのない、気持ちの高ぶりに襲われた。その瞬間からライダーとしての考えが変わった。」

「それで、どう変わったんだ?」

生田はその先が早く知りたそうな目をして言った。

「一言で言ったら 余裕だ!」

「余裕?」

生田はその言葉の意味が知りたいと思った。

「コイツがどれほど加速するのかやってみたかった。」

輝明は生田が白バイ隊員だという事を、思い出し話し出した。

「そんなバカみたいにスピードは出していないが、正直、多少はスロットルを開けてみたりして走った。

凄いな!二速でこんなに出るんだ!!おっと口が滑ってしまった。」

「心配するな輝明!スピード違反は速度測定器で記録を取り、現行犯じゃないと捕まえることはできない、」

生田が笑いながらいった。

「山陽自動車道を走っているとき、我が物顔のポルシェが追い越し車線を走る俺に、外側からまくるようにビタづけし喧嘩を売ってきた。」

「それは危険運転を取り締まる対象の行為だな、」

輝明は、先ほど言った"余裕"の意味を話し出した。

「俺が赤兎馬に乗る前、400ccに乗っていた頃は加速に限界があり、追っかけて行って文句さえも言えなく悔しくてたまらなかった。」

輝明が赤兎馬の真っ赤なタンクを撫でながら話した。

「こいつに乗ってからは違った。もうそんじょそこらの車など、こいつにかなうやつはいない、いつでも、一瞬にして点にできるぞ!と......

とくに高速道路など直線だしコイツの加速力で追いつけず、追い越すことのできないヤツはいない!

そういう性能があるんだって分かり、俺は、高速道路でだすスピードがガクンと下がりゆっくり走るようになった。」

「なるほど、それがお前が言う、余裕っていうやっか!?」

輝明は赤兎馬から降り、愛おしい眼差しを注いだ。

「昔、俺はスピードを追い求め、それが全てだった。"流れ星の五百旗頭"と言われたこともあった、しかしコイツはそんな俺を成長させてくれた愛車なんだ!それとなぁ.....」

「何だ、輝明?」

「コイツは3年前、亡くなったお袋がくれた金で手に入れたんだ、」

生田は輝明のお袋さんが、亡くなったことを初めて知った。

「申し訳ない、悪いことを聞いてしまった。しかし、輝明、 お袋さんは、お前に "心の余裕" そのことを知らせたかったのかも知れんな?」

ゆうこ と 栗山 浩美 は、打ち解けて楽しく雑談をしていた。生田が栗山に言った。

「栗山 巡査、南署に戻ろう!」

栗山 巡査が慌ててバイクにまたがりサングラスをかけた。

「輝明、今日は良い話を聞かせてもらった、今度非番のときにゆっくり寄らさてもらうわ。それと、お前が焼いたお好み焼き食べないとけないしな!」

生田と栗山は、敬礼をし"お好み焼き ふみちゃん"を後にした。

神手

店の前には自転車が数台止められるスペースを確保している、8:00を少し回り開店前の準備中だった。

ガラガラガラっと引き戸が開いた。黒いフォーマルスーツをビシッと着こなした加奈子だった。

「西島 社長、こちらが五百旗頭様が経営されている"お好み焼き ふみちゃん"でございます。」

引き戸の隙間からは、横づけをされた黒塗りの車が見えた。

「輝明君、早朝すいません。今日は西島社長が ゆうこ ちゃんの事でお話があり参りました。」

輝明は、ふだんと違い改まった言葉や態度、余所行きの言葉を使う加奈子にとまどった。

ゆうこ は店の奥で仕込み作業をしていた。

「お~い!ゆうこ すまないがちょっと来てくれ!」

エプロン姿で現れた ゆうこ が改まった姿の加奈子を見て言った。

「どうしたんですか?こんなに早く加奈子さん......」

「お忙しいところ、すいません、西島食品の 西島と申します。」と言って輝明に名詞が差し出された。

名刺にかかれている、”西島食品 代表取締役社長 西島 徹 ”と言う文字は、輝明を恐縮させるには十分であった。

「私、保護司をしていまして、保護対象者として ゆうこ を預かっている"五百旗頭 輝明"と申します。古くて狭い店で申し訳ありません、こちらにお掛け下さい。」

入ってすぐにある、四人掛けのテーブルに案内をした。

引き戸を背に左側に徹社長、その隣に加奈子が腰掛けた。どことなくタダ爺に似た雰囲気のある優しそうな人だった。

「ご存じだとは思いますが、私共はレトルト加工食品を加工販売させていただいています。経営理念は、自然の恵みを大切に活かし、おいしさと楽しさを創造し、人々の健やかなくらしに貢献することです。」

ゆうこ がお茶を運んできた。加奈子が余所行きの言葉で言った。

「ゆうこ ちゃん、そこに座ってください。西島社長からお話があります。」

「何の話だろう......」エプロンを外し神妙な顔をし、ゆうこ が腰掛けた。

硬い表情の ゆうこ を見た西島は笑顔みせ言った。

「ここにいる秋葉と忠則会長から、詳しい話は聞いています。実は私ども夫婦には子供がいません、単刀直入にいいます。

ゆうこ ちゃん、西島家の養女になってもらえないでしょうか?

ゆうこ は、交通事故にでもあった感覚だった。唐突過ぎて事情が飲み込めない、

「・・・・」

言葉を切ると、徹はまっすぐに輝明を見た。

まさに想定外の話だった。

輝明は唖然とし、真剣な顔でこっちを見ている 徹 を穴のあくほど見つめた。

「もちろん、ゆうこ ちゃんの将来には責任を持たせていただきます。考えてみてはいただえませんか、五百旗頭さん」

「突然そんな事をいわれても.....」

困惑した五百旗頭に徹は直も続ける。

「秋葉と竈から、ゆうこ ちゃんの能力は聞いています。将来、西島食品の一員になって活躍してもらいたいと考えています。」

この話は ゆうこ にとってこの上ないことだった。

「ゆうこ ちゃんは、それなりの環境でこそ生きる。ぜひ、ゆうこ ちゃんを養女として引き取らせてください。この通りです。」

徹は、額をテーブルにこすりつけんばかりに頭を下げた。

「ちょっと待ってください !西島社長、」

輝明は困惑した。「先ほど申した通り私は、保護対象者として ゆうこ を預かっているだけです。それと ゆうこ は二十歳をすぎた立派な成人であり、俺がとやかく決める事ではありません。」

横に座り一言もしゃべらない ゆうこ にいった。

「どうなんだ ゆうこ?俺は、すごく良い話だと思うぞ!」

加奈子がカバンから、クリアシートに入った書類を広げた。

「これは、竈 部長補佐と話し 徹 社長と忠則 会長に提出した、あなたの将来プランをまとめたレポートです。」

① 大学進学

【受験大学】 県立広島大学 地域創生学部健康科学科

<必須>

【国語】【数学】【理科】【英語】

<選択>

地理・歴史 ⇔ 公民

受験勉強期間 :1年

講師 : 竈・秋葉

【勉強方法】

午前中 "お好み焼き ふみちゃん"の手伝い。午後 西島食品インターンワーク 及び 竈 指導による受験勉強、

② 国家試験の取得

栄養管理士

健康科学科 卒業後、栄養管理士国家試験を受験

③ 就職先企業

西島食品 食品開発部

詳細かつ具体的に書かれている内容を ゆうこ は目を皿のようにして見ている。

西島がゆっくり話した。

「受験 及び 学費 すべての費用は私が負担します。松川町にある私の家に引っ越し生活をしてもらいます。」

横に座っている輝明も含め続けて言った。

「返事はすぐにとは言いません、よく考えてもらい秋葉に報告ください。私の話は以上です。」

加奈子が言った。

「ゆうこ ちゃん、あなたの学力では県内どこの高校でも入学できる学力があります。しかし、大学受験となるとそう簡単にはいきません。」

「大学受験は、簡単にはいかない......」ゆうこがポツリと言った。

「そうです、それは試験問題が、高校3年間で学んだ範囲から出題されるからです。例えば数学では三角関数・微分積分など出題されますが、これらは高校で学習する事で中学校では習っていません、」

不安そうな目をしている ゆうこ に補足した。

「だから合格するため、これらの勉強をする必要があるのです。しかし、あなたは心配する必要はありません!カマエツさんと私が保証します。」

一部始終を聞いていた 西島社長が立ち上がりいった。

「秋葉君の言う通りです。朝早くからお邪魔しました。ゆうこ ちゃん、良い返事を期待しています。」

「県立広島大学(地域創生学部健康科学科)は近いし、私の母校だし、カマエツさんが講師をしていることもあり受験先に決めました。最終目標は、ゆうこ ちゃん、栄養管理士の取得 と 我々、西島食品への就職です。輝明君、そんな分けで......」

いつもの調子に戻った加奈子と西島社長は、"お好み焼き ふみちゃん"を後にした。

輝明と ゆうこ は、見えなくなるまで黒塗りの車を見送った。

決断

昼の忙しさが過ぎ一息ついたときだった。真っ赤な初期型のロードスターNAが横づけで止まった。

「ゆうこ ちゃん、ここに止めても邪魔にならないかな?」栗山 浩美だった。

「誰かと思ったら浩美ちゃんじゃないですか!」同い年の ゆうこ がいった。歳が同じということで話が合うようだ、

「今日は天気も良く非番だし、来てしまいました。ここのキャベツ甘くて美味しいと、南署でも評判です。」

コップに水をつぎながら ゆうこ がいった。

「特別に甘味のあるキャベツを、使っていることもあるけど、きざんだのは私!」

「そっか!ゆうこ ちゃんがきざんだんだ!それでは"肉玉うどんのシングル"焼いてください。刺激的な味が好きなので胡椒多めで御願いします。」

「了解しました!」輝明が下地を広げながらいった。「ところで 生田は元気にしていますか?」

「コンビを組んでいる、生田巡査長も非番なのですが、今日は、家族サービスに奉仕されています。」

山盛りに乗せたキャベツの上に豚肉を乗せながら輝明がいった。

「生田は家庭もちなんですか?」

コップの水を一口飲み栗山がいった。

「ハイ、私が警察学校の生徒だった2年前に結婚をされ、上が女の子、4月には男の子が生まれ、子育てで天手古舞されています。」

輝明が両手に持ったヘラを使い、豪快にひっくり返し整えながらいった。

「ヘェ~生田は、2人の子持ちですか?そりゃ大変だ!」

「生田巡査長もバイクが好きなのですが、それどころではなく、シルバーのワンボックスカーに乗られています。」

「男の子と女の子か、可愛いだろうなぁ~」ゆうこ が目を丸くしていった。

羨ましそうにしている ゆうこ に浩美がいった。

「この前、写真を見せてもらったんですがすごく可愛いよ!ゆうこ ちゃんのところも子供つくればいいじゃない!」

横でうどんを焼いていた輝明がヘラを落としそうになった。大きな勘違いだ......

「栗山巡査、違いますよ!二十歳になり保護観察期間は終了しましたが、俺は保護司として ゆうこ の身元引受人、ただそれだけです。」

ゆうこ ちゃんが保護観察?思考がうまく働かず、まるで内容が理解できない、化石のように固まっている浩美を見て ゆうこ が重い口を開いた。

「私、傷害事件を起こし貴船原少女苑にいました。両親もいなく輝明さんが、身元引受人になってくれました。」

店中に気まずい空気が充満している。輝明はそれを吹き飛ばすよう元気よくいった。

「保護観察期間は終了しました!俺から ゆうこ は卒業です。

それとコイツは測り知れない能力を持っています。これからは大輪の花を咲かせるよう応援していくつもりです!

浩美さん、お待たせしました。"ふみちゃん"の 肉玉うどんのシングルできました!」

「わぁ~美味しそう!」

食べやすい大きさに小ヘラでカットし口に運んだ。

「浩美が思わず叫んだ!キャベツが凄く甘~い!」

「そうでしょう、これが広甘藍の甘さです。でも生かすも殺すも、切り方と蒸し加減で全てが決まります。ゆうこ は広甘藍をきざむ職人ですよ!」

横に立っている ゆうこ が結託のない笑顔でVサインをした。

「バイクもそうですが、私は開放感のあるオープンカーが大好きでMAZIDAの初代ロードスターに乗っています。普段は格納されていますが、目玉がぴょこんと飛び出してウーパールーパーのような可愛らしさに一目ぼれして手に入れました。」

輝明は覚えていた。小学低学年ののころクラスではカッコいいフェラーリーF40がもっぱらの話題だった。時代はバブル時代、MAZIDAから2人乗りのオープンカーが発売されたのが浩美が乗っている初代NAロードスターだった。

「その車は君たちが生まれたころの車だなぁ......」

浩美が手提げカバンの中からティッシュBOXのような箱を取り出し蓋を開けた。ゆうこ がいった。

「浩美ちゃん、これ何?」

輝明は知っていた。「これは、音楽を録音するカセットテープだよ。」

「カセットテープ?」ゆうこ は初めて目にした。

「私も最初は何なのか分からなかったの、」前置きし浩美は説明を始めた。

「そう、輝明さんのいったカセットテープです!お父さんにもらった。初代NAロードスターには、カセットデッキという物が付いていてこれで音楽を楽しむの!」

ゆうこ が手に取り、新しい生物を見る目をして観察している。

「これ、どうしたら音がするの?」

「さっき言ったカセットデッキという物に突っ込んだら音楽が聴けるんだ、それとね!初代NAロードスターと同時期に流行していた、"浪漫飛行"っていう曲がカセットテープに録音されてるんだ。」

漠然としたあこがれはあったが、手に届かないものを捕まえたように興奮気味に続けた、

「その曲を聴きながらオープンにして、いっぱいの風を体で感じながら走ったら、千年の悩みも吹っ飛んでしまうんだ!ゆうこ ちゃん体幹してみる?」

昼のピーク時期を過ぎお客さんはいない、ゆうこ は無言で「体験して見てもいい?」という視線を輝明に送った。

「学校帰りのお客さんが増えても、俺が何とかする!ゆうこ 遠慮するな、行ってこい!」

ゆうこ は、エプロンを外し両手を打って子供のように喜んでいる。ほんとうに素直な子だ。浩美がカセットテープBOXをバックに入れサングラスをかけいった。

「輝明さん、ゆうこ ちゃんを少しお借りします。宇品の海が見える広島港展望台まで行ってきます!」

浩美は、店の前に横づけされている、真っ赤なロードスターNAの運転席に座り、センターコンソール上部にある黒い釦を押した。「キュイ~ン」格納されていたヘッドライトが飛び出した。

無意識に ゆうこ の声が出た。

「ぎゅっと抱きしめたいほど可愛い!」

「どことなくウーパールーパーに似てるでしょ!?私、ウーパ号ってよんでるの!」

浩美は、三角惑の上にある両サイドにあるフックを外し、幌の後部にあるナイロンでできている惑全集のチャックを外し下に降ろした。

ウーパ号の横に立ち浩美がいった。

「ゆうこ ちゃん幌を開けるよ!」幌を持ち上げるように折りたたんだ。腕組みをして見ていた輝明がいった。

「へぇ~こうして開けるんだ......」

内装はいたってシンプルで、現代の車とは違い、必要な物が必要なだけしかついていない、小気味いいエンジン音が響いた。助手席のドアーを開け浩美が手招きをした。

「ゆうこ ちゃん、乗って乗って!」

車高がとにかく低い、まるで遊園地にあるゴーカートを大きくしたような車だ、それと両サイド後ろが見渡せる開放感!頭上にはどこまでも続く真っ青な空!

「さぁ、海を見に行きましょう!」浩美と ゆうこ が乗ったウパー号が走り出した。

「わぁ~とろける......」

やばい!何がこんなにいいんだ?耳を刺激する心地よいエンジン音、体を包み込み適度な風、五感に触れるすべての要素、段原2丁目の交差点を右折したところで浩美がいった。

「ゆうこ ちゃん、ウパー号の時代、流行っていた”浪漫飛行”聴いて見る?」

ゆうこ には、すべてが初めて体験する新鮮なことばかりだった。心を躍らせながら ゆうこ がいった。

「聴く聴く!」

「じゃぁ、カセットBOXの中に青い色したプラスチックケースがあるでしょう?その中に”浪漫飛行”が録音されているテープが入ってる......」

助手席に座っている ゆうこ がカセットBOXの中をさがしている。

「あった!」

青い色したプラスチックケースに入っていたテープを手にしていった。

「浩美ちゃん、これどうすれば音楽が聴けるの?」

「わたしに貸して!」

センターコンソールに埋め込まれているカセットデッキに受け取ったテープを挿入した。

ガチャン!

ゆうこ は一部始終を凝視し耳を凝らしている。次の瞬間、すごく乗りの良いメロディーが流れた。

思わず体がリズムを刻んだ!浩美がいった。

「米米CLBUの曲で、日本航空 JAL沖縄旅行のCMソングだったらしい、私の大好きな曲なの!」

何度も繰り返すが、どこまでも続く青い空、心地よい風、エンジン音、それと融和する”浪漫飛行”のメロディー、

超ご機嫌で体でリズムを刻み ノリノリの ゆうこ がいった。

「本当に千年の悩みも吹き飛ぶね!」

広島港展望台

正確には、広島港宇品旅客ターミナル展望台 ターミナル3階屋上からは、広島湾が一望できる。展望台のベンチに腰掛け海を見つめる ゆうこ にいった。

「ハイ!ゆうこ ちゃん、」浩美が自販機で買ったオレンジジュースを渡した。

「有難う浩美ちゃん、」ゆうこ が広島港から見える島々を眺めながらいった。

「私ね!西島食品の社長さんから養女にならないか?と言われているの、それとね、広島県立大学に進むよういわれてる。」

横に腰かけている 浩美がオレンジジュースを一口飲みいった。

「そっか、ゆうこ ちゃんにとっては人生的に大きな判断ってことか、でもその話、断る要素ないと思うよ。」

「でもね、大学に通うには結構なお金がかかるし......」

浩美は、ゆうこ の心が見えるようにいった。

「それって、お金云々じゃなくて環境が変わる恐怖心に悩んでいるんだよね。」

ハッとして ゆうこ が浩美を見た。浩美が ゆうこ の目を見ていった。

「豊田佐吉の言葉に、”障子をあけてみよ外はひろいぞ”って言葉がある。」

「Open your mind, and look at the great world outside .」ゆうこ が復唱した。

浩美がサムアップしていった。

「未来に進む道は無限にある。ダメだったら違う道を探せばいいってこと!」

「そうだよね!ウパー号で感じた大自然、そして、ここから見える広い海......」

今まで思っていたハードルは自分が勝手に設けたに過ぎない、吹っ切れたように ゆうこ が浩美の手を強く握った。

「なんでこんな小さなことに悩んでいたのだろう......

浩美ちゃん有難う!私、”西島 ゆうこ” になろうと思います!」

『浪漫飛行』
歌 : 米米CLUB
作詞・作曲:米米CLUB


リリース: 1990年

【ストーリー 4】 著: 脇屋 義直
【ストーリー 5】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

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