四章 才幹
1.
ゆうこには、お好み焼きの修行がしたいと、たっての希望から、お好み焼きふみちゃんに住み込みで働く事になった。
料理を作るセンスは、歌がうまい絵を描くのが上手……etc などと同じで、先天的な要素で決まる。
お客さん相手に食べ物を提供する、鉄則はいつ食べてもクオリティーが高く、同じ味が提供できること。
それがプロというものだ、
ゆうこは、それを崩さないよう気温・湿度に対し、科学的に焼く火力・時間の関係をグラフ化し、味のムラがないよう記録に残していった。 輝明はそれを『ゆうこカーブ』とよんだ。
浅田がいった再犯防止に必要なもの、3点の一つ、「出番の提供、才能の発見と活用です」の言葉を思い出した。
この子は限りない可能性を秘めている!
2007年1月、
「新たな年の始まりだ、今日からお好み焼きふみちゃんの店を開けるぞ!」
輝明は鉄板のガスコンロに火をつけ、ゆうこは広甘藍をきざんでいた。 店の引き戸を叩く音がした。
「ハイー」包丁を置き、ゆうこが引き戸を開けた。 ホームレス姿をしたお爺さんがレジ袋を持ち立っていた。
「まだ準備中で、お店は10時からです……」
奥に立っていた輝明が、タダ爺を見つけた。
「誰かと思ったらタダ爺じゃないですか! どうぞ中に入って下さい!」
初対面の ゆうこは、キョトンとしている、
「そうか! ゆうこは、初対面だったな? この人は俺の大事な人生の師匠だ! お前の保護司として、今、俺がいるのも、この人のおかげなんだ」
「保護司とのぅ? ワシがいった『自分以外の物を、生かすために生きる!』ということを理解したようじゃのぅ?
それにしても、可愛らしい娘さんじゃないか何度もいうが、この子の喜びが自分の喜びに変わったとき、お前は生まれ変わる事ができる!
実はのぅ新年早々、仲間に雪風の肉じゃがを食べさせたら好評で、お前にもぜひ味わってもらおうと、こうして材料を持ってきた。広甘藍の御礼じゃ!」
レジ袋を開けると、じゃがいも、たまねぎ、薄切り牛肉、しらたきが入っていた。
「調理場を借りるぞ!」
油を引き、強火で加熱されたフライパンに1枚ずつ牛肉をならべ、表面から赤い肉汁が出たものから取り出した。 肉を焼きながらタダ爺がいった。
「焼き目をつけることで、メイラード反応がおこる。 人間は醤油が焦げた香りや、肉を焼いた、香ばしい香りが美味いと感じる。
それがメイラード反応じゃ。 ここで完全に火を通してはいけない! 余熱で火が入るし最後に戻し入れ、火を入れる」
フライパンに下準備した具材を入れて軽く油を絡め、砂糖、顆粒だし、醤油、味醂を加え、全体を混ぜあわせ、フライパンに蓋をした。
「艦による、戦闘航海では水は貴重じゃ! 野菜から十分に水が出る。 水は使わん!
それと水が出るときに味が入っていく」
ゆうこが思わずいった。
「味の平均化現象ですね!」
「お嬢ちゃんのいう通り平均化じゃよ、短時間で塩分濃度が高い方が早く味が入る。 いつ戦闘状態になるか分らん雪風では、この方法で肉じゃがを作った」
時間にして中火で15分ぐらい加熱し、じゃがいもに串を刺した、串がスーツと入った。
タダ爺は、ここで取り出しておいた牛肉を加え、全体を再度混ぜあわせ、火を止め蓋を被せた。
「このまま肉を5分余熱したら完成じゃ!」
完成した肉じゃがを、皿に盛りつけタダ爺がいった。
「さぁ、食べなされ、これが駆逐艦雪風の肉じゃがじゃ!」
今まで食べた事のない肉じゃがだった。
(何だこの深い味は、しかも牛肉が香ばしいのに凄く柔らかい、それと味が染みているのにホクホクとしたじゃがいも……)
「う・美味いです!」
輝明には、それしかいいようがなかった。ゆうこも、口に運ぶたびに、うなずきなが
ら無言で食べていた。
「この作り方は、烹炊長に全て教わった。 雪風の烹炊所では6人で、200人分の食事を作った」
目を細めタダ爺がいった。
「この先はお前たちが、お好み焼きふみちゃんの海軍料理として、アレンジ進化させてくれ、楽しみにしちょるぞ!」
満足そうに顔をほころばせ、タダ爺は帰っていった。
2.
「私、竈門悦明(かまどえつあき)と申します。 加奈子さんとは高校のクラスメイトで、西島食品の食品開発部に席を置いています。
又、月7日程度、加奈子さんの母校である、広島県立大学地域創生学部で非常勤講師も行っています。 加奈子さんには、カマエツさんとよばれています」 加奈子が捕捉した。
「カマエツさんの仕事は、調理を自動調理工程で量産できるよう数値化することです」
鉄板の前で両手に小手を持ち、立ちすくんでいた輝明がいった。
「つまり、俺が無意識に調理している内容を数値化することにより、機械で調理できるようにするという事ですか? 難しい事をされてるんですね……」
「広甘藍を、どれくらいの大きさできざみ、どれくらいの温度と時間をかけ加熱し、甘さを引き出されているのか、データーを取らせてはもらえないでしょうか?」
カマエツがいいたいことが、分かったような気がした。 輝明がカマエツに確認した。
「つまり、いっておられることは、俺がどのように焼いているのか数値化したいって、いうことですよね?」
「その通りです!!」
カマエツは大きく頷いた。
「そんなことですか! 実はゆうこが、数値化しているんですよ。
お前がデーターを集めて数値化し、グラフにしたノートをカマエツさんに見てもらえ!」
「まだ、数式化まではしてないんだけど……」
カマエツが、まるで新種の生き物を発見したかのように驚いている。
「こ・これ…… 君が分析したの? なんてすごいんだ! それで君はどこの学校で、この手法を学んだの?」
ゆうこが恥ずかしそうにいった。
「中学までしか行っていません!」
言葉を忘れたカマエツが、何度もノートと、ゆうこを見比べている、
「君は大学まで進み、この能力を企業の研究室、いや! 社会の為に発揮すべきだ!」
以前から、ゆうこの持っている才能には、感じるものがあった。
真剣な表情をして輝明がいった。
「ゆうこ、今からでも決して遅くはない!
大学まで目指し、奥に秘めた能力を開花させろ!」
3.
「邪魔するよ!」タダ爺だった。
「輝明! 忘れ物をした、肉じゃがを作ったときに外した愛用の軍手、忘れちょらんかったじゃろうか? どうも歳を取ると物忘れが多くてやれん……」
タダ爺を一目見るなり、加奈子とカマエツが思わず叫んだ。
「西島会長! どうなされましたか!?」
「西島会長?」
分けがわからない!? 輝明がいった。
「加奈子さんこの人は、ホームレスのタダ爺ですよ!?」
ゆうこも、「そうだよね!」ていう目をしている。 加奈子がゆっくり説明した。
「名前は、西島忠則、戦後一代で西島食品を立ち上げた方です!
現在は息子さんの徹さんが、社長を務めておられ、私は徹社長の秘書、カマエツさんは、食品開発部の部長補佐です」
横で聞いていた、タダ爺がニコニコしながらいった。
「輝明、ゆうこちゃん別に隠すつもりはなかった、広甘藍を扱っているお好み焼き屋さんが、すぐ近くにあるという事を聞き寄らせてもらった。
会長といっても、仕事は息子の徹にまかせちょる。 自由奔放にやらせてもらっちょるんよ」
輝明は直立不動で膝につくほど頭を下げた。
「西島会長、知らなかったとはいえ、失礼しました!」
「そんなに畏まるな、ワシは自由奔放に生きるただのタダ爺じゃよ!」
どおりでいうことが違うはずだ、輝明は衷心(ちゅうしん)より思った。
「それはそうと、秋葉も竈門も雁首揃えて、なにごとじゃ?」
加奈子は、今までの経緯を噛み砕き忠則に説明した。 輝明も、ゆうこの生い立ちについて補足した。
目を閉じ聞いていたタダ爺が、ゆうこにいった。
「話は分かった! ゆうこちゃん、苦労したのぅ、じゃがの(だけど)、人は苦労を重ねただけ、見えないものを見る力がつくんじゃ、
過去の事に捕らわれ、引きずるんじゃないぞ! これからは、まっすぐ前を見つめ進むんじゃ! 徹にも相談してみんといけんわ、決して悪いようにはせん!」
それをいうと、タダ爺は豪快に笑い、諭すようにいった。
「目には、見えないはたらきへの感謝の体現、蟻の巣の中身は中にいる蟻より、外から眺める人間の方がよく見える。
輝明、奇麗に咲く花よりも、花を咲かせる土になれよ!」
「花を咲かせる土になる!」
輝明には、その言葉の意味がよく分かった。何事か覚悟を決める目で重々しくいった。
「ゆうこ、お前を咲かせる土になる、俺のために大倫の奇麗な花を見せてくれ!」
ゆうこは、タダ爺と輝明の言葉に、新しく地平を切り開く喜びと安らぎすら感じた。
まずは高卒認定試験(高認)に、チャレンジすることを心に決めた。
広島平和記念式典の2日前、中区のRCC文化センターであった高認の試験、ゆうこは拍子抜けするほどあっさり合格した。
誰にもいわなかったが、ゆうこはカマエツのような仕事をするのが夢になった。
ゆうこは、大学に通うにはいくら必要なのか調べた。
私立大学なら約110万円~160万円、国公立大学でも約80万円~100万円、そんな大金毎年払い続ける事は不可能だ、
輝明にはとてもいえない、大学に行く事はあきらめた。
中学の時もそうだった、高校進学の能力は十分にあった。 児童養護施設で生活しているゆうこは、中学を卒業したら働く以外の道はなかった。
世間では、猫も杓子も大学進学している。輝明は高認に合格したというのに、思い込
み、キャベツをきざむ、ゆうこが気になった。
「どうした? ゆうこ、なにかあったのか?」
表情が冴えない…… 温める鉄板の火力を調整しながら輝明がいった。
「遠慮しないで、何でもいってくれ!」
「調べた、大学に行くの、お金がかかりすぎるよ……」昼時の忙しさが一段落した、店の中で輝明は考え込んだ、
「何とかする」とはいったものの…… これといってあてがあるわけではない、
狭い店の中を、うろうろと歩きながら、
輝明は独り言をいった。
「どうすればいいんだ!」殆ど意味なく、
輝明はそんな言葉を小声で繰返した。
店の外を眺めていたら、オニヤンマが路地を行ったり来たり繰返し飛んでいた。
4.
店の前に設けた小さな駐輪場に、白バイが2台とまった。 男女2人の隊員が赤兎馬の近くに立ち注視している。
「何か違反をしただろうか?」
まったく心当たりなどない、店の中にいる輝明を見つけた男性隊員が、ニコニコしながら白い歯をのぞかせ、サングラスを外した。
「久しぶりだな、輝明!」
高校のとき、ホーネット250に乗せてくれた生田だった。
「生田じゃないか! ビックリしたぞ! 元気そうだな!!! お前、白バイ警察官になったんだ?」
「段原小学校で交通安全教育をした帰りだ!
隣にいるのは、栗山浩美(くりやまひろみ)巡査」
栗山はサングラスを外し敬礼をした。
「高校を中退し、俺も色々あった……」
生田は輝明が何もいわないまま、突然中退したことがずっと気になっていた。 輝明が、赤兎馬を囲み、白バイ隊員と話している。
「あのぅー 何かあったんですか?」
「初めまして、わたくし五百旗頭君とは高校時代の友人で、宇品の南警察署に奉職している生田と申します」
ホッとした顔をして、ゆうこがいった。
「立ち話もなんですから、どうぞ中にお入りください」
生田が頭を下げ、ゆうこにいった。
「お気遣いありがとうございます。
たまたま、お店の前を通り、寄っただけですし、勤務中ですから……」
過去を振り返るように輝明は話し出した。
「昔、ZZRの後部座席に乗せてもらったとき、すごい速さで、超高性能で扱うのが大変だと思っていた」
生田は興味津々で話を聞いている、
「三次(みよし)まで走って帰って来て、エンジンを切り赤兎馬が静かになった瞬間、こんな怪獣のようなモンスターマシンを、乗りこなしたんだ!? いいようのない気持ちの高ぶりに、襲われた。 その瞬間からライダーとしての考えが変わった」
生田は、その先が、早く知りたそうな目をしていった。
「それで、どう変わったんだ?」
「一言でいったら余裕だ!」
「余裕?」生田は、その言葉の意味が知りたいと思った。
輝明は、先ほどいった、余裕の意味を話し出した。
「こいつに乗ってからは違った。
もうそんじょそこらの車など、こいつにかなうやつはいない、いつでも一瞬にして点にできるぞ! と……
とくに高速道路など直線だし、コイツの加速力で追いつけず、追い越すことのできないヤツはいない!
そういう性能があるんだって分かり、俺は高速道路でだすスピードが、ガクンと下がり、ゆっくり走るようになった」
「なるほど、それがお前がいう、余裕っていうやっか!?」
輝明は赤兎馬から降り、愛おしい眼差しを注いだ。
「昔、俺はスピードを追い求め、それが全てだった。 流れ星の五百旗頭といわれたこともあった。 しかしコイツは、そんな俺を成長させてくれた愛車なんだ!
それとなぁ……」
「何だ、輝明?」
「コイツは3年前、亡くなったお袋がくれた金で手に入れたんだ」
生田は、輝明のお袋さんが亡くなったことを初めて知った。
「申し訳ない、悪いことを聞いてしまった。しかし輝明、お袋さんはお前に心の余裕そのことを、知らせたかったのかも知れんな?」
ゆうこと、栗山浩美は打ち解け楽しく雑談をしていた。 生田が栗山にいった。
「栗山巡査、南署に戻ろう!」
栗山巡査が慌ててバイクにまたがり、サングラスをかけた。
「輝明、今日はいい話を聞かせてもらった、今度非番のときに、ゆっくり寄らせてもらうわ!
それと、お前が焼いたお好み焼き、食べないと、いけないしな!」
生田と栗山は敬礼をし、お好み焼きふみちゃんを後にした
5.
8:00を少し回り開店前の準備中だった。ガラガラガラっと引き戸が開いた。 黒いフォーマルスーツをビシッと着こなした加奈子だった。
「西島社長、こちらが五百旗頭様が経営されている、お好み焼きふみちゃんでございます」
引き戸の隙間からは、横づけをされた西島食品のロゴが入った車が見えた。
「輝明君、早朝すいません。
今日は西島社長が、ゆうこちゃんの事で、お話があり、参りました」
輝明は、ふだんと違い改まった言葉使いや、よそ行きの言葉を使う加奈子にとまどった。
ゆうこは、店の奥で仕込み作業をしていた。
「おーい! ゆうこ、すまないがちょっと来てくれ!」
エプロン姿で現れたゆうこが、改まった姿の加奈子を見ていった。
「どうしたんですか? こんなに早く加奈子さん……」
「お忙しいところ、すいません、西島食品の西島と申します」と、いって輝明に名詞が、差し出された。
名刺にかかれている、西島食品代表取締役社長 西( にし )島( じま )徹( とおる )という文字は、輝明を恐縮させるには十分であった。
「私、保護司をしていまして、ゆうこを預かっている五百旗頭輝明と申します。
古くて狭い店で申し訳ありません、こちらにお掛け下さい」
四人掛けのテーブルに案内をした。 引き戸を背に右側に徹社長、その隣に加奈子が、腰掛けた。 芯がある優しそうな人だった。
「ご存じだと思いますが、私共は、レトルト食品を加工販売させていただいています
経営理念は、自然の恵みを大切に活かし、おいしさと楽しさを創造し、人々の健やかなくらしに貢献することです」
ゆうこが、お茶を運んできた。 加奈子がよそ行きの言葉でいった。
「ゆうこちゃん、そこに座ってください。 西島社長からお話があります」
「何の話だろう……」
エプロンを外し神妙な顔をし、ゆうこが腰掛けた。
硬い表情の、ゆうこを見た西島は、笑顔をみせた。
「ここにいる秋葉と忠則会長から、詳しい話は聞いています。
実は私ども夫婦には子供がいません、単刀直入にいいます。
ゆうこちゃん、西島家の養女になってもらえないでしょうか?」
ゆうこは、交通事故にでもあった感覚だった。 唐突過ぎて事情が飲み込めない、徹は、まっすぐに輝明を見た。
まさに想定外の話だった。
唖然とし輝明は、真剣な顔でこっちを見ている徹を穴のあくほど見つめた。
「もちろん、ゆうこちゃんの将来には責任を持たせていただきます。 考えてみてはいただけませんか? 五百旗頭さん!」
「突然そんな事をいわれても……」
困惑した五百旗頭に徹は直も続ける、
「秋葉と竈門から、ゆうこちゃんの能力は、聞いています。 将来、西島食品の一員になって、活躍してもらいたいと考えています」
この話はゆうこにとって、この上ないことだった。
「ゆうこちゃんは、それなりの環境でこそ、生きる! 是非、ゆうこちゃんを養女として、
引き取らせてください、この通りです!」
徹は額をテーブルにこすりつけんばかりに、頭を下げた。
「ちょっと待ってください! 西島社長……」輝明は困惑した。
「先ほど申した通り私は保護対象者として、ゆうこを預かっているだけです。
それとゆうこは、二十歳をすぎた立派な成人であり、俺がとやかく決める事ではありません」
一言もしゃべらないゆうこに、輝明がいった。
「どうなんだゆうこ? 俺はすごく良い話だと思うぞ!」
「これは竈門部長補佐と話し、徹社長と忠則会長に提出した、あなたの将来プランをまとめたレポートです」
詳細かつ、具体的に書かれている内容を、ゆうこは目を皿のようにして見ている。
徹がゆっくり話した。
「受験及び学費すべての費用は、私が負担します。 松川町にある私の家に引っ越し生活してもらいます」
横に座っている輝明も含め、徹は続けていった。
「返事はすぐにとはいいません、どうぞよく考えてもらい、秋葉に報告ください。
私の話は以上です」
加奈子がいった。
「ゆうこちゃん、あなたは県内どこの高校でも入学できる学力があります。 しかし大学受験となると、そう簡単にはいきません」
「大学受験は、簡単にはいかない……」
ゆうこがポツリといった。
「そうです、それは、試験問題が高校3年間学んだ範囲から出題されるからです。
例えば数学では、三角関数・微分積分など出題されますが、これらは高校で学習する事で、中学校では習っていません」
不安そうに見つめる、ゆうこに補足した。
「だから合格するため、これらの勉強をする必要があるのです。 しかし、あなたは少しも心配する必要は、ありません! カマエツさんと私が保証します」
一部始終を聞き終えた、徹が立ち上がって、いった。
「秋葉君のいう通りです、朝早くからお邪魔しました。
ゆうこちゃん良い返事を期待しています!」
加奈子がレポートの捕捉をした。
「県立広島大学(地域創生学部健康科学科)は近いし、私の母校だし、カマエツさんが、
講師をしていることもあり、受験先に決めました。 最終目標は、栄養管理士の取得と、我々西島食品への就職です。
輝明君そんな分けで……」
いつもの調子に戻った加奈子と西島社長は、お好み焼きふみちゃんを後にした。
輝明とゆうこは、見えなくなるまで車を、見送った。
6.
昼の忙しさが過ぎ一息ついたときだった。真っ赤な初期型のロードスターNAが横づけで止まった。
「ゆうこちゃん、ここに止めても邪魔にならないかな?」栗山浩美だった。
「誰かと思ったら、浩美ちゃんじゃないですか!」
歳が同じということで話が合うようだ。
「今日は天気も良く非番だし、来てしまいました。 ここのキャベツ甘くて美味しいと、南署でも評判なんです。 それでは、肉玉うどんのシングルを焼いてください。 刺激的な味が好きなので胡椒多めで御願いします!」
「……浩美さん、お待たせしました。 ふみちゃんの肉玉うどんのシングルできました!」
「一口食べ、浩美が思わず叫んだ!
キャベツが凄く甘ーい!」
「そうでしょう、これが広甘藍の甘さです。でも生かすも殺すも切り方と蒸し加減で全てが決まります。
ゆうこは、広甘藍をきざむ職人ですよ!」
横に立っている ゆうこが結託のない笑顔でVサインをした。
「バイクもそうですが、私は、開放感のあるオープンカーが大好きでMAZIDAの初代ロードスターに乗っています。
普段は格納されていますが、目玉がぴょこんと飛び出して、ウーパールーパーのような、可愛らしさに一目ぼれして、手に入れました」
「その車は、君たちが生まれたころの車だなぁ……」
浩美が手提げカバンの中から、ティッシュBOXのような箱を取り出し、蓋を開けた。
「浩美ちゃん、これ何?」
輝明は知っていた。
「これは、音楽を録音するカセットテープだよ」
「カセットテープ?」
ゆうこは、初めて目にした。
「私も最初は、何なのか分からなかったの」
ゆうこが手に取り、新しい生物を見るような目をして観察している。
「これ、どうしたら音がするの?」
「カセットデッキという機械に、突っ込んだら音楽が聴けるんだ、それとね!
初代NAロードスターと同時期に流行していた『浪漫飛行』っていう曲が、カセットテープに録音されてるんだ」
漠然としたあこがれはあったが、浩美は、手に届かないものを捕まえたよう、興奮気味に続けた。
「その曲を聴きながらオープンにして、いっぱいの風を体で感じながら走ったら、千年の悩みも吹っ飛んでしまうんだ!
ゆうこちゃん体幹してみる?」
昼のピーク時期を過ぎ、お客さんはいない、ゆうこは無言で「体験して見てもいい?」
と、いう視線を輝明に送った。
「学校帰りのお客さんが増えても、俺が何とかする! ゆうこ遠慮するな、行ってこい!」
「輝明さん、ゆうこちゃんを少しお借りします。 宇品の海が見える広島港展望台まで、行ってきます!」
センターコンソール上部にある、黒い釦を押した。
「キュイーン」格納されていた、ヘッドライトが飛び出した。
無意識に、ゆうこの声が出た。
「ぎゅっと、抱きしめたいほど可愛い!」
「どことなくウーパールーパーに似てるでしょ!? わたしウーパー号ってよんでるの!」
ウーパー号の横に立ち浩美がいった。
「ゆうこちゃん幌を開けるよ!」
幌を持ち上げるように折りたたんだ。
腕組みをし、見ていた輝明がいった。
「へぇー こうして開けるんだ……」
小気味いいエンジン音が響いた。 助手席のドアーを開け浩美が手招きをした。
「ゆうこちゃん、乗って乗って!」
浩美と、ゆうこが乗ったウーパー号が走り出した。
「わぁー とろける……」
やばい! 何がこんなにいいんだ?
「ゆうこちゃん、ウーパー号の時代、流行っていた『浪漫飛行』聴いてみる?」
ゆうこには、すべてが初めて体験する新鮮なことばかりだった。
心を躍らせながら、ゆうこがいった。
「聴く聴く!」
すごく乗りのよい、メロディーが流れた。
「米米CLUBの曲で、日本航空JAL沖縄旅行のCMソングだったらしい、私の大好きな曲なの!」
自然と融和する、浪漫飛行のメロディー
超ご機嫌で体でリズムを刻み、ノリノリの ゆうこがいった。
「本当に千年の悩みも吹き飛ぶね!」
7.
広島港宇品展望台ターミナル3階屋上からは、広島湾が一望できる、ゆうこは展望台のベンチに腰掛け海を見つめている……
「ハイ! ゆうこちゃん」
浩美が自販機で買ったオレンジジュースを渡した。
「有難う浩美ちゃん」
ゆうこが、広島港から見える島々を眺めながらいった。
「私ね! 西島食品の社長さんから、養女にならないか? といわれているの、それとね、
広島県立大学に進むよういわれている」
横に腰かけている浩美が、オレンジジュースを一口飲みいった。
「そっか、ゆうこちゃんにとっては、人生的に大きな判断ってことか、でもその話、断る要素ないと思うよ」
「でもね、大学に通うには結構なお金がかかるし……」
浩美は、ゆうこの心が見えるようにいった。
「それってお金云々じゃなくて、環境が変わる恐怖心に悩んでいるんだよね?」
ハッとして、ゆうこが浩美を見た。
浩美が、ゆうこの目を見ていった。
「豊田佐吉の言葉に、『障子をあけてみよ、外はひろいぞ!』って言葉がある」
「your mind, and look at the great world outside」ゆうこが復唱した。 浩美がサムアップしていった。
「未来に進む道は無限にある。 ダメだったら違う道を探せばいいってこと!」
今まで思っていたハードルは、自分が勝手に設けたに過ぎない、吹っ切れたように、ゆうこが浩美の手を強く握った。
「なんでこんな、小っぽけなことに悩んでいたのだろう……
浩美ちゃん有難う! 私、西島ゆうこに、なろうと思います!」
『浪漫飛行』
歌 : 米米CLUB
作詞・作曲:米米CLUB
リリース: 1990年
【ストーリー 4】 著: 脇 昌稔
【ストーリー 5】へ続く..
この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。