【blog小説】星降る夜に エピソード 4

才幹

ゆうこ には、一人暮らしができる
アパートを見つけてやろうと思ったが、

“お好み焼き ふみちゃん”が
いいという事で、

お袋が使っていた
二階の部屋をあてがった。

お好み焼きの修行がしたいと達ての
希望から正式に”お好み焼”きの
焼き方を教えることにした。

平たくいうと、
”お好み焼き ふみちゃん”に
住み込みで働く事になった。

何事にも興味をしめし好奇心が強く、
多岐にわたる知識を
片端から効率よく吸収していった。

料理を作るセンスは、
足が速い・歌がうまい
絵を描くのが上手..etc

などと同じで
先天的な要素で決まる。

嗅覚、味覚が優れた、
ゆうこの作る料理は、口にする度
想像を遥かに超える味だった。

お客さん相手に食べ物を提供する
鉄則は、いつ食べても、

クオリティーが高く
同じ味が提供できること。

それがプロというものだ、

ゆうこは、それを崩さないよう、
気温・湿度に対し、

焼く火力・時間の関係をグラフ化し、
味のムラが無いよう
記録に残していった。

俺は、それを
ゆうこ カーブとよんだ。

俺には、逆立ちしても
そんな事は思いつかない。

時間をかけ体で、
覚え出来るようになったにすぎない、

家庭で重宝されるものに
電子レンジがあるが、

加熱時間の式を作ったのには驚いた。

興味のあるものには、
時間が経つのを忘れ没頭するが
興味のないものは端から相手にしない、

典型的なB型人間だ。
ゆうこが言った。

「そもそも電子レンジって、
どんな原理で
食材を温めているのか調べたんだ、

するとね!

マイクロ波というのを食材にあてると、
中の分子のプラスとマイナスが
高速で入れ替わる運動エネルギーで、

熱が発生していると
本に書いてあった。」

俺は電子レンジとは、
単純に温める道具だとしか
考えた事しかない......

ゆうこが続けて言った。

「電磁波の強さが〇〇Wって
いうじゃない?

それだったら、あてる強さにて
温める食材の種類・量に対し
どれだけの時間あてたら、

どのくらい温度が上がるのか、
結構正確に出せるんじゃないかと
思ったわけ、

それで調べた。

するとね、思った通り正確に
出せるという事が分かったんだ!」

そこから、どうやって数式にするのか?
輝明には、全く想像もできない、

「夜学の高校へ通ってる俺も中卒だ、
分かるように説明して欲しい、」

「水1gを1℃温めるのに必要な
エネルギーは、1カロリーっていうの
単純なよびかたの違いだけど、

中学校の理科で習ったジャン!

1カロリーは、
4.2J(ジュール)っていったよね?」

「・・・そうだったっけ?」

全く記憶がなかった。

「なぜ、J(ジュール)の
話をしたかというと。

J=W ✕ 時間(s 秒)で
計算できるジャン?

という事はだよ、

W ✕ 秒 = J ÷ 4.2 = 1カロリー
(水1gを1℃温める)って
いう事だよね?

じゃぁ 600Wで水200gを
40度上げるには?

200 ✕ 40 ✕ 4.2 ÷ 600 = 56秒
じゃない......」

「なんだか、テレビ番組の
平成教育委員会みたいな問題だなぁ、」

ゆうこ の頭の回転の速さに
ついていけない、

理解力があると言うか、
俺なんかの数倍は賢い。

「続き、
しゃべってもいいかなぁ......」

「・・・あぁ」

遠くを凝視している輝明を見ながら
ゆうこ が言った。

「結論なんだけど、加熱時間は、
重さ✕上げたい温度✕4.2÷電磁波の強さ
(W)じゃないかと思って試したんだ、

すると予想した
計算通りになるジャン!」

しかし食材により誤差があった。

「何と関係するんだろう?」

そうだ!電子レンジは
2.45GHz付近の強力な
電磁波が出ていて、

電磁波は、水分子を
振動させることができる、
と書いてあった。

食材に含まれる水分量と誤差時間は、
比例しているに違いないと
ゆうこ は思った。

【水分%】

きゅうり 95.4%
だいこん 94.8%
なす 94%
キャベツ 93.9%
たまねぎ 90.1%
にんじん 90%
しいたけ 89.6%
じゃがいも 78.8%
にんにく 63.9%

伝伝......

野菜に含まれている水分量と、
加熱時間の誤差が比例した。

ゆうこが導き出した計算式

加熱時間 = 食材料の重さ(g)✕
(目標温度 - 食材の温度)✕ 4.2
✕ 1÷食材の水分量 ÷ 電子レンジW

浅田が言った再犯防止に
必要なもの3点の一つ、

「出番の提供、
才能の発見と活用です。」

の言葉を思い出した。

この子は限りない
可能性を秘めている!

ゆうこ がつけ加え言った。

「電子レンジに
赤外線センサーか何かを取付、

食材の温度を測る機能と
重さを量る機能を付けたら、

いちいち人が設定しなくても、
材料を放り込むだけで
自動で加熱すればいいって事!」

ゆうこが満面の笑みで
ピースサインをした。

「絶対コイツは天才だ!」

輝明は思った。

新年

輝明は、ほろ酔い気分で火燵(こたつ)
に入り紅白歌合戦を観ていた。

コブクロ が 風 を歌い終わった。

後、3組が歌ったら今年の
紅白歌合戦も終わろうとしていた。

「おい!ゆうこ、お前の好きな
倖田來未 愛のうた が始まるぞ!」

新年会に使う食材の準備をしていた
ゆうこ がすっ飛んできた!

クリスマスではクリスチャン、
大晦日除夜の鐘では仏教徒になり
新年は初詣で神道となる。

年末年始は、イベントが目白押しで
慌ただしくてウキウキする。

「日本は平和だなぁ~」

輝明は、つくづく思った。

優勝は前回に続き白組、対戦成績は
紅組28勝・白組29勝となり、
白組の勝ち越しとなった。

ゆく年くる年の中継が始まった。

「ゆうこ そばを食ったら赤兎馬で
宇品の千暁寺(せんぎょうじ)まで
除夜の鐘をつきに行くぞ!」

輝明は年越し蕎麦を作り始めた。

10時からは 加奈子、村品と
初詣にいくことになっていた。

初詣は、近くの比治山神社に
詣でるのが毎年の行事になっている。

比治山神社は、段原2丁目から
徒歩8分のところにあり、

原爆を乗り越えてきた神社で
新年は本殿から電車通りの歩道まで、

参拝の行列ができ賑わい
幟が立ち厳かな気分になる。

御祭神は、大国主命はじめとする5柱、
縁結び、商売繁盛、家内安全などに
御神徳ありとして、

市民の崇敬を集めている。

初詣といっても、
"お好み焼き ふみちゃん"に飾る
破魔矢を買い、

お賽銭を投げ入れ、お参りをし、
おみくじを引き
結び所に結んでしまえば終わりだ。

しかし、今年の初詣は違う。

輝明・ゆうこ・加奈子・村品
4人で初詣の後、新年会を、

"お好み焼き ふみちゃん"で
行う事になっていた。

車海老の雑煮、焼き牡蠣・赤なまこ
オコゼの刺身・オコゼの唐揚げ
牡蠣飯、酒は郷土呉の"雨後の月"だ、

それと村品さんのギーター伴奏で歌い、
盛り上がることになっている。

楽しみでしょうがない......

ルンルン気分全開の
ゆうこ が言った。

「こんなに楽しい元旦を迎えるの、
生まれて初めてなんだ!

夢じゃないよね!?」

今までの人生を考えると
想像すらできない、

「夢なら冷めないで欲しい。」

と、願った。

【初詣】

新年明けまして、
おめでとうございます。

2007年、元旦(曇)
4人そろって比治山神社に向かった。

比治山神社と書かれた看板が
立っている歩道から、

本殿まで参拝の行列ができていた。

少しづつ前に進む、もう少しだ、
この6段の石段を上ったら
お参りができる。

自分たちの番だ、
いいご縁がありますように。

115円、

本殿前に白い布をしき設けられた
エリアに賽銭を投げた。

2礼2拍手1拝、
横で手を合わせている ゆうこ は、
何をお願いしているのだろう?

後ろを振り返ったら、
さらに長蛇の列が伸びていた。

拝礼した左側にある授与所で、
破魔矢とおみくじを買った。

ゆうこ、加奈子、村品も
おみくじを買っていたが、

御朱印を集めるのが趣味だという
村品は、初穂料を払い購入していた。

村品が言った。

「比治山神社の御朱印は
毎月変わるんです。

季節感がいいんだよなぁ~

去年5月に買った御朱印を
持っているんだけど、

鯉のぼりと赤ヘルのスタンプが
押してあるんですよ!

おみくじの内容は、【吉】でした!

【吉】

明るい兆しが射し、
何かが芽生える兆しあり、
新しいことを始めるといいでしょう。

(願望)焦ることなかれ 機はくる。

(恋愛)年齢などにとらわれる
必要無し

(学問)伸びる時期 努力せよ

(商売)新しいことに利多し

(病気)異変を感じたら迷わず休め

今まで【末吉】ばかりだったから、

今年は、いいことがあるかなぁ......

皆さんはどうでした?」

加奈子が言った。

「私も同じく【吉】でした。
輝明君はどうだった?」

「俺は【中吉】でした。

【中吉】

憂うことがあっても 身を慎んで
過ごせば
前に進むでしょう。

(願望)力を合わせばきっと叶う

(恋愛)良い人は すでに近くにいる

(学問)集中力が切れたときは ひと休み

(商売)良き取引先に恵まれる

(病気)心穏やかに過ごせば
              快方に向かう、

ところで ゆうこ はどうだった?」

食い入るように
おみくじを見入っていた
ゆうこ が口を開いた。

「私【大吉】だった.......

【大吉】

心静かにすごすべし 流れに身を任せば
全て吉報へ向かう

(願望)多くを望まなければ、叶う

(恋愛)迷うことなかれ
               心に決めた人が最上

(学問)努力しただけ 力になる

(商売)今は苦しくとも
               機を待てば流れがかわる

(病気)気になる箇所は
早めに医師にみせろ

輝明さん、
今後とも、
よろしくお願いします。」

ゆうこ は、
真剣な顔をして頭を下げた。

なんだ、この焦りは?
動揺を隠しながら輝明がいった。

「おみくじを結び所に結び、
"お好み焼き ふみちゃん"で
パッ!といきましょう!!」

ゆうこ は【大吉】のおみくじを、
結び所に結ばず大切に持ち帰った。

「ゆうこ ちゃんこれ......」

加奈子が手提げバッグから
ノートを取り出し ゆうこ に渡した。

「今は県立広島大学となっていますが、
私の時代は、
広島女子大学とよばれていました。

家も近いことから
文学部で学んでいました。

授業で教わった、
大和言葉をリストにまとめました。

響きの美しさ、意味の奥深さ、
日本古来からある言葉で
柔らかく温もりがあり優しい言葉です。

ゆうこ ちゃん、
レディーになりましょう!」

【大和言葉】

<心待ちにする>

待ち望んでいる、期待してまっている。

<思いのほか>

思っていた以上に

<このうえなく>

この上がないほど最高に

<お手すきのとき>

相手の時間に余裕のある時に
(相手に対し配慮した言葉)

<おおむね あらまし>

おおよそ だいたい

<御遠慮なく>

こころ置きなく

<胸を打つ>

強い感動

<うまずたゆまず>

一生懸命

<胸に染みる>

感動、印象に残る、感銘を受ける

<お引き立て>

お世話になっている

<恋蛍(こいぼたる)>

恋している

<心配り>

気遣いや配慮

<お力添え>

目上の人からの援助や協力

<空の鏡>

月のこと

<花笑み>

ひとがほほえんでいるのを
咲いた花に例え

<千歳>

千年、長い年月のこと

<爽籟(そうらい)>

爽やかに吹き渡る秋の風

<春告げ鳥>

うぐいす

<空蝉(うつぜみ)>

この世に生きている人間のこと

<泡沫(うたたか)>

消えやすくはかないたとえ

<紅差し指(べにさしゆび)>

口紅をつけるのに用いた薬指

<花明かり >

桜の花が満開で、
闇夜がほのかに明るく感じられること

<玉響(たまゆら)>

ほんの少しの間

<風光る>

春の日差しの中を吹き渡る風

<うららか>

晴れ晴れとして明るい様子

<せせらぎ>

浅瀬を流れる水の音

<奥ゆかしい>

慎み深く魅力的

<むべなるかな>

もっともなことである

<心を寄せる人>

好きな人

<おもいそめる>

恋の始まり

ゆうこ は、穴のあく程、
凝視していた。

【新年会】

ガラガラガラ......

店の引き戸が開いた。

「お待たせしました!」

村品がギターケースを片手に現れた。

「さぁ!始めましょう!!
村品さん、そっちをさげて下さい。」

広島弁でさげるとは、
下げる(降ろす)のではなく
持ちあげる事を意味する。

店にあるテーブルをくっ付け
長テーブルにした。

ゆうこ が用意していた なまこ、
おこぜの刺身、
唐揚げをテーブルの上に並べた。

少年のように目を輝かせ、
村品が言った。

「おこぜ なんか
長く食べていないなぁ......」

呉は全国有数のオニオコゼの産地。

おこぜ は晩春から夏が旬だが、
魚自体の旨みは冬にのる。

「おこぜの刺身は、
4匹まるごと使っています。

背びれに毒があり
皮はゴムのように硬く、

捌き(さばき)にくいので、

3枚におろしてもらい、
ゆうこ が薄造りにしました。

胆は炙りました。

又、胃袋、皮のコリコリした食感も
楽しんでください。」

輝明は、冷蔵庫から
冷やした雨後の月を出した。

黒いボトルに、三日月ラベルの
高級感があるデザイン、

みんなの
"冷感 桜 グラス" に注いだ。

次の瞬間、冷えた酒の温度に反応し
桜の図柄が浮かび満開に咲き誇った。

ゆうこ が思わず声を漏らした。

「わぁ~奇麗!」

「おこぜには、雨後の月の中でも
"月光"が非常に合います!

皆さん、
今年もよろしくお願いします。

乾杯!!」

グラスを口に近づけると、
リンゴや梨のような
フルーティーな香りがした、

口に含むと、
芳香を伴った旨み・甘みが広がる。

みずみずしく
透明感のある味わい......

加奈子が目を閉じ
酔いしれていた。

村品が、おこぜの切り身を
小葱に巻つけ、紅葉おろしをのせ
柚子ポン酢つけ口に運んだ。

「これ、ゆうこ ちゃんが
薄切りにしたんだ!?

食感がたまらないなぁ~」

立てかけていたTAKAMIEとかかれた
ギターケースを手にし
大事そうにギターを取り出した。

「これ、オーダーメイドで
作ってもらったギター、

僕の宝物、

実は、ゆうこ ちゃんを創作し
作った曲ができました。

新年会には、
向かないマイナーな曲だけど
聴いてもらえるかなぁ......」

去年4人でライブハウスに行ったとき
見かけの印象では想像さえつかない、

村品の演奏技術、美声には驚かされた。

「是非、聴かせてください!」

目を輝かせ ゆうこ が即答した。
村品はギターのベルトを肩にかけた。

「曲名は、"ゆうこ"と言います。」

『ゆうこ』
歌 : 村下孝蔵
作詞・作曲:村下孝蔵


リリース: 1982年

ゆうこ は、目を閉じ聴き入っていた。

「どうかな ゆうこ ちゃん?」

眉毛が少しあがり上下のまぶたが
ゆっくりと離れる。

ゆうこ は、
惜しみない拍手を送った。

輝明はというと、
月光を口に含みフルーティーな香りと
村品の美声に酔いしれていた。

「村品さんの歌を、
俺たちだけが独占するのは
もったいないことですよ。

加奈子さんもそう思いませんか?」

輝明がきくと、加奈子も
「本当にその通り!」と共感した。

弦をつま弾きながら、
八の字眉毛をさらに下げ
笑顔で村品がいった。

「気に入ってもらい嬉しいです。

料理も絶品だし、
パッといきましょう!

ゆうこ ちゃんも、加奈子さんも
輝明君も、リクエスト曲、
伴奏できるように練習してきました。

どしどし言ってください!」

カラオケマシンで歌うのと
全然深みが違う。

それに増して
村品のギター演奏技術には、
目を見張るものがあった。

「ゆうこ!トップバッターだ、
歌ってみろ!!」

輝明がこの上ない笑顔でいった。
ゆうこ も上機嫌だ、

「じゃぁ、村品さん!
倖田來未の 愛のうた ヨロシク!!」

『愛のうた』
歌 : 倖田來未
作詞 : 森元康介・倖田來未 作曲:森元康介


リリース: 2007年

「初めて ゆうこ の歌を聴いたが、
結構うまいジャン!」と輝明、

「ゆうこ ちゃん!
歌、上手いんじゃ?

歌手になったら
エエんじゃない!?」

ルックスといい芸能界で、
仕事をするのもいいかもしれない......

と、お世辞抜きで加奈子は思った。

二十歳になり始めて日本酒を口にした
ゆうこ が、
桜グラスを両手で持ちいった。

「最高の気分、十八番じゃけん!
牡蠣こまち!牡蠣こまち!
輝さん、焼き牡蠣が食べたい!!」

牡蠣こまちとは、広島県で新たに
生育法が開発された殻付き牡蠣で、

大粒に育つよう夏の産卵を抑え
専用のカゴに入れて
丁寧に育てた牡蠣だ、

殻の大きさは、通常の殻付き牡蠣と
あまり変わないが、

身の大きさが格段に良く、
しっかりとした
大粒の牡蠣を堪能できる。

又、牡蠣の身のほとんどが内臓で、

旨み成分のグルタミン酸が
とても多く含まれている。

「よし!焼き牡蠣を食べるか!?」

輝明は、冷蔵庫から超特大、
大人の手のひらサイズの
殻付き牡蠣を取り出し、

鉄板の上に並べ
ドーム型のカバーで覆った。

「......そろそろいいかなあ?」

カバーを開けると海の香りが立ち、
部屋中に磯の香りが広がった。

しかし、潮の香りが強すぎたり
生臭かったりすることはない、

「焼けたぞ!ゆうこ 食べてみろ!!」

頬張った焼き牡蠣が
よほど熱かったのか、

ゆうこ はフハフハと喘いで
般若そっくりの顔になった。

「鬼うま!」

ゆうこ は無心で食べ続けている。

「加奈子さん、村品さん
焼けましたよ!」

殻が開き熱々の牡蠣こまちを
皿に乗せ差し出した。

このおいしさは、
否定しようがない。

「ウン、ウン!」

と、肯定するよりほかはない。

村品は熱々の牡蠣こまちを堪能した。

「加奈子さん 美味いですよね!」

「広島に生まれ、最高です~!」

上機嫌の加奈子の大きな声が響いた。

「加奈子さんの歌を
聴いたことないなぁ?

是非、聞かせて下さいよ!」

輝明は、続けて
牡蠣こまちを焼きながらいった。

「高校は近くの皆実(みなみ)

先輩には、吉田拓郎、
奥田民生さんがいま~す!

村品さん、
葛谷葉子のサイドシートという曲
伴奏できますか?」

「任せて下さい!練習してきました。」

にっこり笑い、村品はサムアップした。

葛谷葉子?知らないなぁ......
どんな曲か輝明は興味津々だった。

村品が軽快な
エイトビートで曲を弾き始めた。

ノリノリの加奈子が歌い出した。

『サイドシート』
歌 : 葛谷葉子
作詞・作曲:葛谷葉子


リリース: 2001年

「なんと爽快な曲なんだ、
ゆうこ この曲しってたか!?」

ゆうこ が3歳の時の曲だから
聴いたことはなかった。

古い曲でも初めて聴く曲は新曲、

月光でほろ酔い気分の
ゆうこ が輝明にいった。

「ノリノリでウキウキする曲だね!」

謡い終わった加奈子が言った。

「今度は、輝明君の歌、
聴かせてよ......」

「聴かせて聴かせて!」

ゆうこ が加勢した。

「じゃぁ、村品さん、
奥田民生さんの”さすらい”って曲、
弾けますか?

バイク乗りの俺としては、
好きな曲なんですよね!」

「待っていました!
民生先輩の”さすらい”!」

加奈子が両手を叩いていった。

「もちろん弾けるように
準備してきました。

天才、村品には、
不可能と言う文字はありません!」

日頃、おとなしい
村品もノリノリだった。

『さすらい』
歌 : 奥田民生
作詞・作曲:奥田民生


リリース: 1998年

「かき回し」というのは
曲が終わるときにドラムを、

「ドカドカバシバシ…ジャーン!」

と、フリーにたたいて
場を盛り上げるが村品は、

それを、ギターを使い
見事に表現した。

伴奏を終え、村品が
ギターを弾奏しながら真剣に言った。

「"初恋"......この曲は、
去年みんなで4.11ライブハウスに
行ったとき、

"是非オリジナルの曲を
作って発表して下さい"と頼まれ、

何度も何度も作り直し
完成させた曲です。

これも ゆうこちゃんを
想像し作りました。

新年のライブで
披露しようと思っています。

みんなどうかな?」

村品の曲としては、
テンポのいいメロディーが響いた。

『初恋』
歌 : 村下孝蔵
作詞・作曲:村下孝蔵


リリース: 1983年

輝明が目を閉じ、
右足でビートをきざんでいる。

「村品さん、すごくいい曲ですね!

この曲、
ブレイクするんじゃないかなぁ?」

ゆうこ も、加奈子も同感だった。

「何度もいいますが村品さん、
"初恋"という曲、すごくいい曲です!

だれにでも響く曲だと思います!!」

加奈子が付け加えた。

「青春時代、うちあけることができず
そっと彼女を追っている、

初恋の純粋さが
ひしひしと伝わってきます。」

輝明がいうように、
非のつけどころが無い完璧な曲だった。

あっと言う間に全国で火が付き、
あれよあれよと言うまもなく
村品はメジャーになっていった。

そんな村品と一緒に過ごせたことが
自慢でならなかった。

【創作雑煮】

「今日は元旦、
車海老で雑煮を作りましょう!

非常に甘味が強く旨みのある海老で、
大崎下島で育てた車海老を使います。」

車海老を酒に蒲刈の藻塩で味付けした
ボールに豪快に投入し、

すぐさま蓋で覆った。

あれだけ跳ね回っていた海老は
数十秒で静かになった。

3人は、一瞬でも目を離すのが
惜しいという風に
無言でじっと見つめている......

輝明がいった。

「こうする事で
海老の臭みが取れると共に、
おとなしくなるんですよ!」

「そうだ!本で読んだことがある!

お魚の臭み成分は、
確かトリメチルアミンで、

こいつを、撃退 すればいいんだ!

トリメチルアミン は、
アルカリ性......」

小学校 4年 の頃に理科で習った
pH (ペーハー)を思い出した。

ゆうこ が続けていった。

「水は、中性 で、
pH は、7、

それより数値が大きくなると
アルカリ性で、

それより数値が小さくなると、
酸性 だったよね。

お酒の pH は、4.2 ~ 4.7 の 酸性、
だから中和させて臭みを消すんだ!」

生きたまま海老の頭を取り、
皮をむき背開きにし、

背ワタを取り除きながら
輝明がいった。

「酒を振ったら
生臭さが消える事は知っていたけど、

なぜ消えるのか初めて知った。

本当に ゆうこ には、
勉強さされっぱなしだ!」

「補足!」

ゆうこ が付け足すように
元気よくいった。

「蒲刈の藻塩を加えたのは、
浸透圧 により、

臭み成分(トリメチルアミン)を
細胞の中から出すのと、

平均化を利用して藻塩の旨味を
染み込ませるためなんだよね!?」

取り除いた車海老の頭を
バーナーで炙りながら輝明が言った。

「ゆうこ 平均化って何なんだ?」

「いつも、体験してる事だよ!
外は寒いよね、当たり前のことだけど、

窓が閉まっているから
部屋の中は暖かいジャン、

しかし、窓を開けたら寒くなるよね?

これは外気温と部屋の中の温度が
同じになろうとするからなんだよ、

その事を"平均化"ってよんでる。

車海老では、塩分によって
細胞の浸透膜(窓)が壊され、

中にある臭み成分と、
外の藻塩の成分が同じになろうと
平均化が起こる。

結果、臭みがぬけ藻塩の旨味成分が
染み込むっていうわけ!

そして、ノコノコでてきた臭み成分を、
お酒で中和し撃退する......」

「お前には、参ったよ、」

輝明は、作業を続けた。

お椀に焼いた餅をしき、
手を加えた身を上に乗せ
香ばしく焼いた頭をそえた。

タイミングよく
電子レンジの完了音が響いた。

牡蠣の産地・広島では、
「福をかき寄せる」という縁起担ぎから
雑煮に牡蠣を入れるが、

車海老の雑煮は、
3人とも初めてだった。

常温に冷めた菠薐草を一口大に切り、
輪切りにした酢橘をそえいった。

「みなさん!
ショーの始まりです。」

3人は、瞬またたき一つせずに、
見惚みとれている。

前に並べられた椀に
熱いだし汁がかけられた。

中の車海老の身が
ほんのり白く変わった。

「だし汁は、水に対し1%の昆布を
3時間寝かせ旨味を抽出し、
おこぜ のアラを加え抽出しました。

味付けは、
シンプルに蒲刈の藻塩だけです。

"お好み焼き ふみちゃん"の
車海老雑煮です。

召し上がって下さい!」

一口啜り、村品の口から声が漏れた。

「衝撃的な味です!

僕は、こんなに旨味のある
雑煮なんか食べた事がありません!」

淡白で、
具材一つ一つの味が伝わってくる。

加奈子も目を閉じ味を堪能している、

「表現する言葉が見つかりません!
只々、それだけです......」

自己主張しなく
具材の旨味を引き出す淡白な出汁、

程よく火が入り甘味があり
プリっとした食感の海老、

炙った頭の香ばしさ磯の香、

又、酢橘の酸味が、
いい仕事をしている......

お椀を抱え ゆうこ がいった。

「輝さん!
絶対これ、数値的にまとめる!

使った材料、
調理の一部始終、教えて!」

輝明はいった。

「何も特別な事はしてないよ、
使う素材さえよければ
調理なんか必要ない、」

調理した牡蠣飯を
パックに詰めながら続けていった。

「郷土料理の牡蠣飯を作りました。

持って帰れるようにパックに詰めます。
夕食に食べてやってください!」

パチパチパチ......

牡蠣が大好物の
加奈子が拍手をした。

「加奈子さん あえて
冷凍した加熱用牡蠣を使いました。

牡蠣の汚れは、
表面に付着しています。

表面だけ解凍し、
汚れを落とし炊飯しました。

凍った牡蠣を入れる事で、
米が炊きあがるまでの時間を長くし、

じっくり炊き上げることで、
デンプンがしっかり糖分に分解され
甘みがある美味しいごはんになります。

それと牡蠣が御飯粒と分離するよう
バターを加えコーティングしました。

冷えても美味いです。

刻んだ大葉、海苔をトッピングして
召しあがってみて下さい!」

「聞いただけで美味しそう!
ねぇ村品さん!!」

横で聞いていた村品も
満面の笑みで、
大きくうなずいていた。

再開

「良い年になりますように!」

輝明は、比治山神社で買った
破魔矢に一礼をした。

ゆうこ は【大吉】のおみくじを
握りしめ手を合わせた。

「新たな年の始まりだ、
今日から"お好み焼き ふみちゃん"の
店を開けるぞ!」

輝明は鉄板のガスコンロに火をつけ、
ゆうこ は広甘藍をきざんでいた。

店の引き戸を叩く音がした。

「ハイ~!」包丁を置き、
ゆうこ が引き戸を開けた。

ホームレス姿をした
お爺さんがレジ袋を持ち立っていた。

「まだ準備中で、
お店は10時からです......」

奥に立っていた輝明が
ダダ爺を見つけて言った。

「誰かと思ったら、
ダダ爺じゃないですか!

どうぞ中に入って下さい。」

初対面の ゆうこ は、
キョトンとしている、

「そうか!ゆうこ は、
初対面だったな!?

この人は俺の大事な人生の師匠だ、
お前の保護司として、

今、俺がいるのも
この人のおかげなんだ。」

ゆうこ はぺこりと頭を下げた。

ダダ爺はレジ袋を輝明に渡した。

「保護司とのぅ?

ワシが言った"自分以外の物を、
生かすために生きる!"ということを
理解したようじゃのぅ?

それにしても
可愛らしい娘さんじゃないか、

何度も言うが、この子の喜びが
自分の喜びに変わったとき、
お前は生まれ変わる事ができる!

実はのぅ新年早々、仲間に
雪風の肉じゃがを食べさせたら

好評で、お前にも、
ぜひ味わってもらおうと
こうして材料を持ってきた。

広甘藍の御礼じゃ!」

レジ袋を開けると、じゃがいも、
たまねぎ、薄切り牛肉、
しらたき が入っていた。

「調理場を借りるぞ、」

タダ爺は、作り方の説明をしながら
調理を始めた。

「じゃがいもは、あきつ美人じゃ!」

皮をムキ、
大きく2つ割りにし水に漬けた。

横に立ち、
じっと観察する輝明にいった。

「水にさらすのは、変色を防ぐため、
デンプン質を洗い流すため、

主に2つの理由がある。

たまねぎを仕込ませてもらうぞ!」

ネットに入り
売っている玉葱とは違っていた。

「玉葱の色が濃いですね、」

「この玉葱は、日陰で
半年かけ乾燥させたものじゃ、

こうする事で水分が抜け
成分が凝縮する。」

乾きった外側の皮は、ペリペリと
音を立て簡単に剥がれ落ちた。

上の部分を切り落とし
下根っこの部分をえぐり取り、

皮をむいた玉葱を縦四つ切りにし、
タダ爺がいった。

「これから串切りにするんじゃが、
このまま切ると
大きさにバラツキが出る。

こうして中心部、3枚を取り除き
串切りにするんじゃ。」

最初に剥ぎとった中心部と、
後から串切りにした
玉葱の大きさがそろった。

「なるほど!」輝明が身を乗り出す。

乗り出しすぎて、
前につんのめりそうになった。

「糸こんにゃくは、
灰汁の抜きかたが大事じゃ!

こんにゃくのアクの正体は、
含まれているシュウ酸カルシウムや
凝固剤として使った、

石灰(水酸化カルシウム)が
合わさったものじゃ。

これらが
こんにゃくのえぐみや臭みになる。

食べやすい長さに切り塩もみをする、
こうする事で中の灰汁が外に出る。

これを3分ほど茹でたら
灰汁抜きの完成じゃ。」

最後に薄切り牛肉を
食べやすい大きさにカットした。

全てにおいて理屈がとおっている、

ゆうこ は一言も聞き漏らすまいと
必死にメモをした。

「ここから、調理に入っていく。

まず牛肉の片面に焼き色をつける、
全面焼くと肉が薄く
タンパク質がちじみ硬くなる。

それと、今から作る肉じゃがは、
フライパン一つで作る。」

油を引き強火で加熱された
フライパンに、
1枚づつ牛肉をならべ、

表面から赤い肉汁が出たものから
取り出していった。

肉を焼きながらタダ爺がいった。

「焼き目をつけることで
メイラード反応がおこる。

人間は、醤油が焦げた香りや、
肉を焼いた香ばしい香りが
美味いと感じる。

それがメイラード反応じゃ。

ここで完全に
火を通してはいけない!

余熱で火が入るし、
最後に戻し入れ火を入れる。」

隣で聞いている ゆうこ は、
一言一言に、うなづきながら
メモをとっている。

肉を焼き終えたフライパンに下準備した
具材をぶち込み軽く油を絡め、

砂糖、顆粒だしを加え全体を混ぜ合わせ
醤油、味醂を加え
ふたたび全体を混ぜあわせ、

フライパンに蓋をした。

「艦による戦闘航海では水は、
貴重じゃ!
野菜から十分に水が出る。

水は使わん!

それと水が出るときに
味が入っていく、」

ゆうこ が思わずいった。

「味の平均化現象ですね!」

タダ爺は蓋を開け、
軽く全体を混ぜあわせた。

「お嬢ちゃんの言う通り平均化じゃよ、

短時間で塩分濃度が高い方が
早く味が入る。

いつ戦闘状態になるか分らん雪風では、
この方法で肉じゃがを作った。」

時間にして中火で10分ぐらい加熱し、
蓋を開けじゃがいもに串を刺した。

串はスーッと入った。

タダ爺は、ここで取り出していた、
牛肉を加え全体を再度、
混ぜあわせ火を止め蓋を被せた。

「このまま、
肉を5分余熱したら完成じゃ!」

手際よさと言い、
全てが理にかなっていた。

完成した肉じゃがを
皿に盛りつけタダ爺が言った。

「さぁ、食べなされ、
これが駆逐艦雪風の肉じゃがじゃ!」

今まで食べた事のない肉じゃがだった。

何だこの深い味は、しかも牛肉が
香ばしいのに凄く柔らかい、

それと味が染みているのに
ホクホクとしたじゃがいも、

「う・美味いです......」

輝明には、
それしか言いようがなかった。

言葉が見つからない、
ゆうこ も口に運ぶたびに
うなずきながら無言で食べていた。

「この作り方は、
烹炊長に全て教わった。

雪風の烹炊所(調理室)では
6人で、200人分の食事を作った。」

目を細めタダ爺が言った。

「この先は、お前たちが
"お好み焼き ふみちゃん"の
海軍料理として、

アレンジ進化させてくれ、
楽しみにしちょるぞ!

そうそう、言い忘れた、
料理は食材で決まる。

あきつ美人さえ使えば、
誰だって美味い肉じゃがを
作ることができる。

ワシには特別に
仕入れるルートがある。

入用になったらいつでも言ってくれ、
また寄らせてもらうよ!」

満足そうに顔をほころばせ、
タダ爺は帰っていった。

挑戦

加奈子が高校の時の同級生だと
友人を連れてきた。

頭は7:3に分けやせ形で、
瓶底のような分厚い眼鏡をかけた
生真面目そうな男性だった。

「私、竈門 悦明(かまど えつあき)
と、申します。

皆実高校で加奈子さんとは
クラスメイトでした。

大学院まで進み、
西島食品の食品開発部に
席を置いています。

又、月7日程度、
加奈子さんの母校である、

広島県立大学地域創生学部 で
非常勤講師も行っています。

加奈子さんには、
"カマエツ"さんとよばれています。」

鉄板の前に座った加奈子が言った。

「カマエツさんの仕事は、
調理を自動調理工程で量産できるよう
数値化することです。」

「つまり、俺が無意識に調理している
内容を数値化することにより、

機械で調理できるように
するという事ですか?

難しい事をされてるんですね......」

鉄板の前で両手に小手を持ち
立ちすくんだ輝明がいった。

「数値化するには、

多くのデーターさえあれば
解析するのに、
そんなに難しくは有りません。

基になるデーターの着眼点と、
それを集める根気が勝負なんです。」

加奈子がいった。

「うちの会長がね、
"お好み焼き ふみちゃん"で使っている
広甘藍を入手してきて、

それを分析してくれって言うから
カマエツさんが分析したのよ......」

「食品開発部にある
栄養成分分析装置『2600XT-R』で
分析した数値がこれです。」

胸ポケットから手帳をだし広げた。

【広甘藍 100g】

エネルギー 21Kcal
水分 92.7g
タンパク質 1,3g
脂質 0.2g
炭水化物 5.2g
灰分 0.5g
カリュウム 200mg
カルシュウム 43mg
マグネシュウム 14mg
糖質 3.4g

「これからいくと100gの糖質は、
3.4gですから
キャベツ1/4 玉は、約300g、

可食部は約255gですから
カロリーは、54Kcal、
糖質は8.7gということになります。」

何を言っているのか
チンプンカンプン、

輝明には別世界の話しだ......

カマエツが指で、
瓶底眼鏡を押さえながらいった。

「広甘藍は、100g中、水分が 92.7g、
ほとんどが水で出来ています。

輝明さんは、これに熱を加え
水分を蒸発させています。

水分が蒸発すると当然、
重量が減っていくわけで量が1/2、

になるとともに
糖質の占める割合が
多くなるわけですから、

とうぜん甘くなります。」

何が言いたいのか全く分からない、
輝明は長く息を吸い込み吐き出した。

「そこでです!
どれくらいの大きさできざみ、
いかほどの量の広甘藍を、

どれくらいの温度と時間をかけ加熱し
甘さを引き出されているのか、

データーを取らせては、
もらえないでしょうか?」

カマエツが言いたいことが、
分かったような気がした。

輝明がカマエツに確認した。

「つまり、言っておられることは
俺がどのように焼いているのか、

数値化したいって
いうことですよね?」

「その通りです!!」

カマエツは大きく頷いた。

隣にいる加奈子も心配そうな顔をし、
輝明の表情を伺っている。

「日頃、お世話になっている
加奈子さんの頼みですが......」

硬い顔をしていた
輝明が表情を崩しいった。

「そんなことですか!

実はここにいる ゆうこ が
数値化しているんですよ、

ゆうこ お前がデーターを集め、
数値化しグラフにした、

ノートを、
カマエツさんに見てもらえ!」

「まだ、数式化までは、
してないんだけど......」

と、言ってカマエツにノートを渡した。

カマエツは目を大きく見開き
瞬きをするのも忘れ、

食い入るように
ページをめくっている。

「こ・これ......
君が分析したの!?」

気温・湿度に対し
焼く火力・時間の関係をグラフ化した
内容を見て、思わずカマエツが言った。

「What an amazing!
なんてすごいんだ!

それで君は、どこの学校で
この手法を学んだ!?」

やっと聞き取れるような声で
ゆうこ が言った。

「中学校......」

「言ってる意味が分からない?
分かるように言って欲しい、」

ゆうこ が恥ずかしそうに言った。

「My educational background is junior high school!

中学までしか行っていません!」

言葉を忘れたカマエツが、
何度も何度もノートと
ゆうこ を見比べている、

振り絞るようにいった。

「君は大学まで進み
この能力を企業の研究室、

いや!社会の為に発揮すべきだ!」

以前から ゆうこ の
持っている才能には、

感じるものがあった。

真剣な顔をして輝明も言った。

「ゆうこ 今からでも
決して遅くはない!

大学まで目指し
奥に秘めた能力を開花させろ!」

様子を見守っていた
加奈子が口を開いた。

「ゆうこ ちゃん、
大学を受験するためにはまず、

高等学校卒業程度認定試験、
略して"高認"に合格する事ね。

高認とは、文部科学省が
主催する国家試験のことです。

合格することで高校卒業と同等の
学力があると認められます。

つまり、高校卒業と同じように
大学・専門学校への進学、
就職、資格の取得ができる資格です。」

「ゆうこ ちゃんの能力が
あったら間違いなく、

半年もあれば、
高認に合格する事ができます!」

カマエツが力強く答えた。

加奈子が提案した。

「私も出来る事は協力します!

どうでしょう?カマエツさん、
ゆうこ ちゃんに高認の勉強
教えてはもらえないでしょうか?

輝明君もバックアップ御願いします。」

「望むところです!」

椅子に座っていた輝明が立ち上がった。

「僕もまったく問題ありません!」

カマエツが力強く
両手をにぎりしめた。

どんどん話が進んで行く......

当事者である ゆうこ は、
まるで他人事のように

キョトンとした顔で
話を聞いていた。

【助言】

アルミの引き戸が開いた。

「邪魔するよ!」タダ爺だった。

「輝明!忘れ物をした、

肉じゃがを作ったときに
外した愛用の軍手、
忘れちょらんかったじゃろうか?

どうも歳を取ると
物忘れが多くてやれん、」

タダ爺を一目見るなり、
加奈子とカマエツが思わず叫んだ。

「西島 会長!
どうなされましたか!?」

「西島 会長?」

分けがわからない、輝明がいった。

「加奈子さん この人は
ホームレスのタダ爺ですよ!?」

ゆうこ も、
「そうだよね!」ていう目をしている。

加奈子がゆっくり説明した。

「名前は、西島 忠則、戦後一代で
西島食品を立ち上げた方です!

現在は息子さんの
徹さんが社長を務めておられ、

私は、徹 社長の秘書、
カマエツさんは、
食品開発部の部長補佐です。」

横で聞いていた
タダ爺がニコニコしながらいった。

「輝明、ゆうこ ちゃん
別に騙すつもりはなかった、

広甘藍を扱っている、
お好み焼き屋さんが、

すぐ近くに、あるという事を聞き
寄らせてもらった。

会長といっても仕事は、
息子の 徹にまかせちょる。

自由奔放に、
やらせてもらっちょるんよ。」

輝明は、
直立不動で膝につくほど頭を下げた。

「西島 会長、
知らなかったとはいえ
失礼しました!」

まるで、初代、水戸黄門のように
「カッカッカッ!」と忠則は笑った。

「そんなに畏まる(かしこまる)な、
ワシは自由奔放に生きるただの、
ダダ爺じゃよ!」

ちっともシャレになっていない、

「どおりで言うことが違うはずだ、」

輝明は、衷心より思った。

「それはそうと、秋葉も竈門も
雁首揃えてなにごとじゃ?」

加奈子は、今までの経緯を噛み砕き
忠則に説明した。

又、輝明も
ゆうこ の生い立ちについて補足した。

目を閉じ聞いていた忠則が、
ゆうこ にいった。

「話は分かった!

ゆうこ ちゃん苦労したのぅ、
じゃがの(だけど)人は
苦労を重ねただけ、

見えないものを
見る力がつくんじゃ、

過去の事に捕らわれ、
引きずるんじゃないぞ!

これからは、
まっすぐ前を見つめ進むんじゃ!

徹にも相談してみんといけんわ、
決して悪いようにはせん!」

それを言うとタダ爺は、
又、豪快に笑い諭すようににいった。

「目には見えないはたらきへの
感謝の体現、蟻の巣の中身は、

中にいる蟻より、
外から眺める人間の方がよく見える。

輝明、奇麗に咲く花よりも、
花を咲かせる土になれよ!」

この世に生かされている人間で
強い人などいない。

今までの常識が崩れる気がした。

みんな見えない明日に
恐怖や不安を抱えながら、

背伸びをし少しでも早く、
奇麗に咲く花を
咲かせることに拘り生きている。

しかし、咲いた花はいつか枯れる......

そんな価値観より人のために生き、
人が幸せになることで
得た幸福感は消えない、

保護司になり、
そのことだけは言い切れる。

“花を咲かせる土になる!”

輝明には、
その言葉の意味がよく分かった。

「ゆうこ 、お前を咲かせる土になる、

俺のために、
大倫の奇麗な花を見せてくれ!」

何事 かの 覚悟 を 決める 目 で、
輝明 は 重々しく いった。

ゆうこ は、比治山神社で引き当てた
【大吉】の言葉を思い出した。

心静かにすごすべし
流れに身を任せば 全て吉報へ向かう

(学問)努力しただけ 力になる

タダ爺と輝明の言葉に、
新しく地平を切り開く喜びと
安らぎすら感じた。

まずは、高卒認定試験(高認)に
チャレンジすることを心に決めた。

【高卒認定試験】

加奈子が高卒認定試験(高認)について
調べた内容を説明した。

「高卒認定は、文部科学省が
実施している国家試験です。

試験は年に2回、
8月と11月に行われます。

目標は8月受験!

備えとして11月の受験で、
スケジュールを立てることにします。」

加奈子がページをめくり
続けて話した。

受験資格は、高卒認定を受験する年度の
3月31日までに満16歳になる人です。

ゆうこ ちゃんの場合、
全く問題はありません。

高校卒業の学歴を得るには、
高校に3年間、
在籍しなくてはいけません。

ですが、高卒認定試験は
1回の受験で合格することができ、

勉強する期間を3年間より
短くすることができます。」

夜学に通っている輝明が
話を聞き加奈子に質問した。

「3年間学ぶ必要は無いんですか?
高認にパスさえすればいいんだ......」

その質問に加奈子が釘を刺した。

「但し!大学へ進学するためには、
大学を受験できる学力が必要で、

高認に合格したからっていっても
話になりません!

高校で3年間かけ勉強したことを
身につける必要があります。

このことは、肝に銘じて下さい。」

次のページをめくり話し出した。

「絶対受験しないといけない科目は、

国語 ・ 世界史 ・ 数学 ・ 英語

4教科 です。選べる科目は、

日本史 か 地理 どちらか1科目、

現代社会 か 政治経済・倫理
どちらか1科目、

科学と人間生活 を選ぶ場合、

"物理・化学・生物・地学"
のうち1科目、

科学と人間生活 を選ばない場合、

"物理・化学・生物・地学"
のうち3科目、

加奈子が話を聞き、
必死でメモを取っている
ゆうこ にいった。

「ゆうこ ちゃん、

メモを取らなくても
後でこの資料を渡します。」

横で聞いている。

カマエツも
腕を組み静かに聞いている。

「出題範囲は、
中学生~高校1年生修了程度、

高卒認定で出題される問題は、
ひっかけ問題やひねくれた
難解問題ではなく、

素直に知識を問われる
問題が出されています。」

資料を閉じ加奈子がいった。

「合格点は40点前後、
高卒認定の難しさの1つが
“科目の多さ” で、

合格の秘訣は、
ズバリ!効率の良い学習です。

ゆうこ ちゃんなら、
水道の水をひねって
水を飲むのと、

同じくらい、
簡単なことだと思いますよ、」

カマエツが瓶底眼鏡をかけ直しいった。

「まずは、ゆうこ ちゃんが、
現在どれくらいの学力が有るのか
知りたいと思います。」

バックにしまっておいた用紙を
ゆうこ に渡した。

「必須である、

国語 ・ 世界史 ・ 数学 ・ 英語

4教科のテストを作ってきました。

各回答時間は、30分です。

始めて下さい!」

ゆうこ は、加奈子の予想通り、
あっけないほどあっさりと4教科、
1時間もしないうちに解いた。

「ハイ!カマエツさん、

これでいいかなぁ......」

「もうできたの!?」

特に英語においては、
完璧な回答だった。

カマエツがいった。

「短時間でここまで......

can not believe it!信じられない!」

英語は満点、数学も
すでに中学レベルは淘汰していた。

「ゆうこ ちゃん、英語に関し君は、
すでに英検2級レベルはあるよ!

後は、国語 ・ 世界史と選択科目を
どうするかだけだよ、」

広島平和記念式典の2日前、
中区のRCC文化センターであった
高認の試験は、

カマエツの教え方にもセンスがあり
加奈子、輝明の協力のもと、

ゆうこ は、
拍子抜けするほどあっさり合格した。

誰にも言わなかったが ゆうこ は、
カマエツのような
仕事をするのが夢になった。

具体的に言えば、
カマエツがいる西島食品の食品開発部で
調理開発が行いたかった。

ゆうこ は、大学に通うには、
いくら必要なのか調べた。

私立大学(医・歯学部系除く)なら
約110万円~160万円が平均的な金額、

国公立大学でも約80万円~100万円、
そんな大金毎年払い続ける事は不可能だ
輝明にはとても言えない、

それと、大学で学ぶという事は
収入"0"を意味する。

大学に行く事は、あきらめた。

日本の大学進学率は、女子50.9%,男子57.7%、
男子の方が6.8%高いが、

女子は全体の7.6%が
短期大学へ進学しており、

合わせると、
女子の大学等進学率は58.6%になる。

中学の時もそうだった、
高校進学の能力は十分にあった。

児童養護施設で生活している
ゆうこ は、中学を卒業したら
働く以外の道はなかった。

世間では猫も杓子も大学進学している。

輝明は、高認に合格したというのに、
思い込んだ顔をして、

キャベツをきざむ
ゆうこ が気になった。

「どうした、ゆうこ、
なにかあったのか?」

「・・・・」

表情が冴えない、温める鉄板の火力を
調整しながら輝明がいった。

「遠慮しないで、何でも言ってくれ、」

キャベツをきざむ
ゆうこ の手が止まった。

「調べた、大学に行くの
お金がかかりすぎるよ......

国公立大学でも約80万円~100万円
私立になると1.5倍くらい
お金がかかる、

しかも、私の収入は無くなる。」

仮に赤兎馬を売り払ったとしても
焼け石に水、現実は甘くなく、

毎年、100万円規模の出費をする
能力は、輝明には無かった。

「俺が何とかする。
心配するな ゆうこ、」

輝明は、困った顔のまま
愛想笑いを浮かべた。

昼時の忙しさが一段落した
店の中で輝明は考え込んだ。

「何とかする。」

とは言ったものの......

これと言ってあてがあるわけではない、
輝明は独り言をいった。

狭い店の中ををうろうろと歩きながら、
「どうすればいいんだ!」と、

又、いった。

殆ど意味なく
輝明はそんな言葉を小声で繰返した。

店の外を眺めていたら、
オニヤンマが路地を
行ったり来たり繰返し飛んでいた。

【旧友】

店の前に設けた駐輪場に
白バイが2台とまった。

男女2人の隊員が
赤兎馬の近くに立ち凝視している。

「何か違反をしただろうか?」

まったく心当たりはない、

店の中にいる輝明を見つけた男性隊員が
にこにこしながら
白い歯をのぞかせサングラスを外した。

「久しぶりだな、輝明!」

高校のときホーネット250に
乗せてくれた 生田だった。

「生田じゃないか!ビックリしたぞ、
元気そうだな!!
お前、白バイ警察官になったんだ?」

「段原小学校で、
交通安全教育をした帰りだ!

隣にいるのは、
栗山 浩美(くりやま ひろみ)
巡査、、」

栗山は、サングラスを外し敬礼をした。

「偶然、店の前を通ったとき
真っ赤なZZR1100Dが目にとまった。

今となってはスピードリミッターが
ついていない希少なバイクだな!」

スピードリミッターとは、
度制御装置のことで、

180km以上スピードが
でないようになっている。

バイクに、
スピードリミッターが付いたのが、

1988年以降で逆車(逆輸入車)の
ZZR1100Dには、ついていない、

過去を振り返るように
輝明は話し出した。

「高校を中退し、
俺も色々あった......」

生田は輝明が何も言わないまま、
突然中退したのが
ずっと気になっていた。

「320kmはでる世界最速のZZR1100Dは、
俺にとってバイク勘と言うか、
見方を大きく変えてくれた。」

輝明がヘッドライトの下にある
吸気口を手で覆った。

「通称ブタ鼻、
前方から受ける走行風を、

この二つの穴から内部に送り込み、

燃焼効率を上げる事により
パワーが上がる。

早い話、回すとムチャクチャ速い!」

そう話しながら
否定するように言った。

「そうなんだが、
ゆっくり走ることもできる。」

右手を捻りながら続けた

「速いバイクって少しのアクセル開閉で
パコーンと前に飛び出すが、

こいつは、そこがマイルドだ、

ゆっくり加速していきブタ鼻から
吸気するラム圧が上がってくると、

性格が変わったかのように
ズーンと鋭く加速していく、

そういうのって
乗らないとわからない......」

ラム圧とは、走行しているときに
車体に加わる風圧などのことである。

輝明が赤兎馬を囲み
白バイ隊員と話している。

「あのぅ~ 何かあったんですか?」

外で立ち話をしている、
輝明たちを見つけた
ゆうこ が心配そうな顔をし出てきた。

生田が言った。

「初めまして、わたくし、
五百旗頭 君とは高校時代の友人で、

宇品の南警察署に奉職している
生田と申します。

隣にいるのが同僚の栗山 浩美
(くりやま ひろみ)巡査です。」

ホッとした顔をして ゆうこ が言った。

「立ち話もなんですから、
どうぞ中にお入りください。」

生田が頭を下げ ゆうこ に言った。

「お気遣いありがとうございます。

たまたま、
お店の前を通り寄っただけですし、
勤務中ですから......」

輝明は話をつづけた。

「昔、こいつZZRの
後部座席に乗せてもらったとき、

すごい速く超高性能で、
扱うのが大変だと思っていた。」

生田は興味津々で話を聞いている、
赤兎馬にまたがり輝明が話し始めた。

「こいつに乗ったとき、
すごくハンドルとメーターまでの
距離を遠く感じた。

次に感じたのは、とにかくデカイ!」

「デカイ、重い、
パワーが凄い、速い......」

感じたことを指を折り話した。

「そう言うのがあって
不安だったんだけど、

三次まで走って帰って来て
エンジンを切り
赤兎馬が静かになった瞬間、

"あっ、俺、お前を乗りこなした?"
と、感動したのが忘れられない、」

続けて少年のように目を輝かせ、
輝明が繰り返した。

「こんな怪獣のような
モンスターマシンを、

俺......乗りこなしたんだ!?

言いようのない、
気持ちの高ぶりに襲われた。

その瞬間から、
ライダーとしての考えが変わった。」

「それで、どう変わったんだ?」

生田は、その先が
早く知りたそうな目をして言った。

「一言で言ったら 余裕だ!」

「余裕?」

生田は、その言葉の意味が
知りたいと思った。

「コイツがどれほど加速するのか
やってみたかった。」

輝明は生田が白バイ隊員だという事を、
思い出し話し出した。

「そんなバカみたいに
スピードは出していないが、

正直、多少はスロットルを開けて
みたりして走った。

凄いな!二速でこんなに出るんだ!!
おっと口が滑ってしまった。」

「心配するな輝明!

スピード違反は、
速度測定器で記録を取り、

現行犯じゃないと
捕まえることはできない、」

生田が笑いながらいった。

「山陽自動車道を走っているとき、
我が物顔のポルシェが
追い越し車線を走る俺に、

外側からまくるように
ビタづけし喧嘩を売ってきた。」

「それは、危険運転を
取り締まる対象の行為だな、」

輝明は、先ほど言った
"余裕"の意味を話し出した。

「俺が赤兎馬に乗る前、
400ccに乗っていた頃は
加速に限界があり、

追っかけて行って文句さえも
言えなく悔しくてたまらなかった。」

輝明が赤兎馬の真っ赤なタンクを
撫でながら話した。

「こいつに乗ってからは違った。

もうそんじょそこらの車など
こいつにかなうやつはいない、

いつでも、
一瞬にして点にできるぞ!と......

とくに高速道路など直線だし
コイツの加速力で追いつけず、

追い越すことのできないヤツはいない!
そういう性能があるんだって分かり、

俺は、高速道路でだすスピードが
ガクンと下がり
ゆっくり走るようになった。」

「なるほど、それがお前が言う、
余裕っていうやっか!?」

輝明は赤兎馬から降り、
愛おしい眼差しを注いだ。

「昔、俺はスピードを追い求め、
それが全てだった。

"流れ星の五百旗頭"と
言われたこともあった、

しかしコイツは、
そんな俺を成長させてくれた
愛車なんだ!

それとなぁ.....」

「何だ、輝明?」

「コイツは3年前、亡くなった
お袋がくれた金で手に入れたんだ、」

生田は輝明のお袋さんが、
亡くなったことを初めて知った。

「申し訳ない、
悪いことを聞いてしまった。

しかし、輝明、
お袋さんは、お前に "心の余裕"

そのことを
知らせたかったのかも知れんな?」

ゆうこ と 栗山 浩美 は、
打ち解けて楽しく雑談をしていた。

生田が栗山に言った。

「栗山 巡査、南署に戻ろう!」

栗山 巡査が慌ててバイクにまたがり
サングラスをかけた。

「輝明、
今日は良い話を聞かせてもらった、

今度非番のときに
ゆっくり寄らさてもらうわ!

それと、お前が焼いた
お好み焼き食べないとけないしな、」

生田と栗山は、敬礼をし
"お好み焼き ふみちゃん"を後にした。

神手

店の前には、自転車が数台止められる
スペースを確保している、

8:00を少し回り
開店前の準備中だった。

ガラガラガラっと引き戸が開いた。

黒いフォーマルスーツを
ビシッと着こなした加奈子だった。

「西島 社長、こちらが五百旗頭様が
経営されている、

"お好み焼き ふみちゃん"で
ございます。」

引き戸の隙間からは、
横づけをされた黒塗りの車が見えた。

「輝明君、早朝すいません。

今日は、西島社長が
ゆうこ ちゃんの事で
お話があり参りました。」

輝明は、ふだんと違い改まった
言葉や態度、余所行きの
言葉を使う加奈子にとまどった。

ゆうこ は
店の奥で仕込み作業をしていた。

「お~い!ゆうこ、

すまないがちょっと来てくれ!」

エプロン姿で現れた ゆうこ が
改まった姿の加奈子を見て言った。

「どうしたんですか?
こんなに早く加奈子さん......」

「お忙しいところ、すいません、
西島食品の 西島と申します。」

と、言って輝明に名詞が差し出された。

名刺にかかれている、
”西島食品 代表取締役社長 西島 徹 “
と、言う文字は、

輝明を恐縮させるには
十分であった。

「私、保護司をしていまして、
保護対象者として
ゆうこ を預かっている、

"五百旗頭 輝明"と申します。

古くて狭い店で申し訳ありません、
こちらにお掛け下さい。」

入ってすぐにある、
四人掛けのテーブルに案内をした。

引き戸を背に左側に徹社長、
その隣に加奈子が腰掛けた。

どことなくタダ爺に似た
雰囲気のある優しそうな人だった。

「ご存じだとは思いますが、

私共はレトルト加工食品を
加工販売させていただいています。

経営理念は、自然の恵みを大切に活かし
おいしさと楽しさを創造し、

人々の健やかなくらしに
貢献することです。」

ゆうこ がお茶を運んできた。
加奈子が余所行きの言葉で言った。

「ゆうこ ちゃん、
そこに座ってください。

西島社長からお話があります。」

「何の話だろう......」

エプロンを外し神妙な顔をし、
ゆうこ が腰掛けた。

硬い表情の ゆうこ を見た
西島は笑顔みせ言った。

「ここにいる秋葉と忠則会長から、
詳しい話は聞いています。

実は私ども夫婦には子供がいません、
単刀直入にいいます。

ゆうこ ちゃん、
西島家の養女に
なってもらえないでしょうか?

ゆうこ は、
交通事故にでもあった感覚だった。

唐突過ぎて事情が飲み込めない、

「・・・・」

言葉を切ると、
徹はまっすぐに輝明を見た。

まさに想定外の話だった。

輝明は唖然とし、
真剣な顔でこっちを見ている。

徹 を穴のあくほど見つめた。

「もちろん、ゆうこ ちゃんの将来には
責任を持たせていただきます。

考えてみてはいただえませんか、
五百旗頭さん」

「突然そんな事をいわれても.....」

困惑した五百旗頭に徹は直も続ける。

「秋葉と竈から、
ゆうこ ちゃんの能力は聞いています。

将来、西島食品の一員になって
活躍してもらいたいと考えています。」

この話は ゆうこ にとって
この上ないことだった。

「ゆうこ ちゃんは、
それなりの環境でこそ生きる。

ぜひ、ゆうこ ちゃんを
養女として引き取らせてください。
この通りです!」

徹は、額をテーブルに
こすりつけんばかりに頭を下げた。

「ちょっと待ってください !
西島社長、」

輝明は困惑した。

「先ほど申した通り私は、
保護対象者として ゆうこ を
預かっているだけです。

それと ゆうこ は
二十歳をすぎた立派な成人であり、

俺がとやかく
決める事ではありません。」

横に座り一言もしゃべらない
ゆうこ にいった。

「どうなんだ ゆうこ?
俺は、すごく良い話だと思うぞ!」

加奈子がカバンから、
クリアシートに入った書類を広げた。

「これは、竈 部長補佐と話し
徹 社長と忠則 会長に提出した、

あなたの将来プランを
まとめたレポートです。」

① 大学進学

【受験大学】

県立広島大学 地域創生学部健康科学科

<必須>

【国語】【数学】【理科】【英語】

<選択>

地理・歴史 ⇔ 公民

受験勉強期間 :1年

講師 : 竈・秋葉

【勉強方法】

午前中、
"お好み焼き ふみちゃん"の手伝い。

午後、
西島食品インターンワーク
及び 竈 指導による受験勉強、

② 国家試験の取得

栄養管理士

健康科学科 卒業後、
栄養管理士国家試験を受験

③ 就職先企業

西島食品 食品開発部

詳細かつ具体的に書かれている内容を
ゆうこ は、
目を皿のようにして見ている。

西島がゆっくり話した。

「受験 及び 学費 すべての費用は
私が負担します。

松川町にある私の家に
引っ越し生活をしてもらいます。」

横に座っている
輝明も含め続けて言った。

「返事はすぐにとは言いません、
よく考えてもらい秋葉に報告ください。

私の話は以上です。」

加奈子が言った。

「ゆうこ ちゃん、あなたの学力は
県内どこの高校でも
入学できる学力があります。

しかし、大学受験となると
そう簡単にはいきません。」

「大学受験は、
簡単にはいかない......」

ゆうこがポツリと言った。

「そうです、それは試験問題が、
高校3年間で学んだ範囲から
出題されるからです。

例えば数学では三角関数・微分積分など
出題されますが、これらは
高校で学習する事で、

中学校では習っていません、」

不安そうな目をしている
ゆうこ に補足した。

「だから合格するため、
これらの勉強をする必要があるのです。

しかし、あなたは、
心配する必要はありません!

カマエツさんと私が保証します。」

一部始終を聞いていた
西島社長が立ち上がりいった。

「秋葉君の言う通りです。

朝早くからお邪魔しました。
ゆうこ ちゃん、
良い返事を期待しています。」

「県立広島大学
(地域創生学部健康科学科)は近いし、
私の母校だし、

カマエツさんが
講師をしていることもあり
受験先に決めました。

最終目標は、ゆうこ ちゃん、
栄養管理士の取得 と 我々
西島食品への就職です。

輝明君、そんな分けで......」

いつもの調子に
戻った加奈子と西島社長は、

"お好み焼き ふみちゃん"を後にした。

輝明と ゆうこ は、見えなくなるまで
黒塗りの車を見送った。

決断

昼の忙しさが過ぎ
一息ついたときだった。

真っ赤な初期型のロードスターNAが
横づけで止まった。

「ゆうこ ちゃん、
ここに止めても邪魔にならないかな?」

栗山 浩美だった。

「誰かと思ったら
浩美ちゃんじゃないですか!」

同い年の ゆうこ がいった。
歳が同じということで話が合うようだ、

「今日は天気も良く非番だし、
来てしまいました。

ここのキャベツ甘くて美味しいと、
南署でも評判です。」

コップに水をつぎながら
ゆうこ がいった。

「特別に甘味のあるキャベツを
使っていることもあるけど、
きざんだのは私!」

「そっか!

ゆうこ ちゃんがきざんだんだ!

それでは"肉玉うどんのシングル"
焼いてください。

刺激的な味が好きなので
胡椒多めで御願いします。」

「了解しました!」

輝明が下地を広げながらいった。

「ところで 生田は
元気にしていますか?」

「コンビを組んでいる
生田巡査長も非番なのですが、

今日は、
家族サービスに奉仕されています。」

山盛りに乗せたキャベツの上に
豚肉を乗せながら輝明がいった。

「生田は家庭もちなんですか?」

コップの水を一口飲み栗山がいった。

「ハイ、私が警察学校の生徒だった
2年前に結婚をされ、

上が女の子、4月には男の子が生まれ、
子育てで天手古舞されています。」

輝明が両手に持ったヘラを使い、
豪快にひっくり返し整えながらいった。

「ヘェ~生田は、2人の子持ちですか?
そりゃ大変だ!」

「生田巡査長もバイクが好きなのですが
それどころではなく、

シルバーのワンボックスカーに
乗られています。」

「男の子と女の子か、
可愛いだろうなぁ~」

ゆうこ が目を丸くしていった。

羨ましそうにしている
ゆうこ に浩美がいった。

「この前、
写真を見せてもらったんですが
すごく可愛いよ!

ゆうこ ちゃんのところも
子供つくればいいじゃない!」

横でうどんを焼いていた輝明が
ヘラを落としそうになった。

大きな勘違いだ......

「栗山巡査、違いますよ!

二十歳になり
保護観察期間は終了しましたが、

俺は保護司として
ゆうこ の身元引受人、
ただそれだけです。」

ゆうこ ちゃんが保護観察?

思考がうまく働かず、
まるで内容が理解できない、

化石のように固まっている浩美を見て
ゆうこ が重い口を開いた。

「私、傷害事件を起こし
貴船原少女苑にいました。

両親もいなく輝明さんが、
身元引受人になってくれました。」

店中に気まずい空気が充満している。

輝明は、
それを吹き飛ばすよう元気よくいった。

「保護観察期間は終了しました!
俺から ゆうこ は卒業です。

それとコイツは、
測り知れない能力を持っています。

これからは大輪の花を咲かせるよう
応援していくつもりです!

浩美さん、お待たせしました。

"ふみちゃん"の 肉玉うどんのシングル
できました!」

「わぁ~美味しそう!」

食べやすい大きさに
小ヘラでカットし口に運んだ。

「浩美が思わず叫んだ!
キャベツが凄く甘~い!」

「そうでしょう、
これが広甘藍の甘さです。

でも生かすも殺すも、切り方と
蒸し加減で全てが決まります。

ゆうこ は、広甘藍をきざむ
職人ですよ!」

横に立っている ゆうこ が、
結託のない笑顔でVサインをした。

「バイクもそうですが、
私は開放感のある、

オープンカーが大好きでMAZIDAの
初代ロードスターに乗っています。

普段は格納されていますが、

目玉がぴょこんと飛び出して
ウーパールーパーのような可愛らしさに
一目ぼれして手に入れました。」

輝明は覚えていた。

小学低学年のころ、
クラスでは、カッコいい、

フェラーリーF40が
もっぱらの話題だった。

時代はバブル時代、
MAZIDAから2人乗りの、

オープンカーが発売されたのが
浩美が乗っている、

初代NAロードスターだった。

「その車は、君たちが
生まれたころの車だなぁ......」

浩美が手提げカバンの中から
ティッシュBOXのような箱を取り出し
蓋を開けた。ゆうこ がいった。

「浩美ちゃん、これ何?」

輝明は知っていた。

「これは、音楽を録音する
カセットテープだよ。」

「カセットテープ?」

ゆうこ は初めて目にした。

「私も最初は、
何なのか分からなかったの、」

前置きし浩美は説明を始めた。

「そう、輝明さんのいった
カセットテープです!

お父さんにもらった。

初代NAロードスターには、
カセットデッキという物が付いていて
これで音楽を楽しむの!」

ゆうこ が手に取り、新しい生物を
見る目をして観察している。

「これ、どうしたら音がするの?」

「さっき言った
カセットデッキという物に突っ込んだら
音楽が聴けるんだ、

それとね!
初代NAロードスターと同時期に、

流行していた"浪漫飛行"っていう曲が
カセットテープに録音されてるんだ。」

漠然としたあこがれはあったが、
浩美は、手に届かないものを
捕まえたように興奮気味に続けた、

「その曲を聴きながらオープンにして、
いっぱいの風を
体で感じながら走ったら、

千年の悩みも吹っ飛んでしまうんだ!

ゆうこ ちゃん体幹してみる?」

昼のピーク時期を過ぎ
お客さんはいない、

ゆうこ は無言で、

「体験して見てもいい?」

と、いう視線を輝明に送った。

「学校帰りのお客さんが増えても、
俺が何とかする!

ゆうこ 遠慮するな、行ってこい!」

ゆうこ は、エプロンを外し
両手を打って
子供のように喜んでいる。

ほんとうに素直な子だ。

浩美がカセットテープBOXを
バックに入れ、
サングラスをかけいった。

「輝明さん、ゆうこ ちゃんを
少しお借りします。

宇品の海が見える
広島港展望台まで行ってきます!」

浩美は、店の前に横づけされている、
真っ赤なロードスターNAの
運転席に座り、

センターコンソール上部にある
黒い釦を押した。

「キュイ~ン」格納されていた
ヘッドライトが飛び出した。

無意識に ゆうこ の声が出た。

「ぎゅっと、
抱きしめたいほど可愛い!」

「どことなく
ウーパールーパーに似てるでしょ!?

私、ウーパ号ってよんでるの!」

浩美は、三角惑の上にある
両サイドにあるフックを外し、

幌の後部にあるナイロンで
できている惑全集の
チャックを外し下に降ろした。

ウーパ号の横に立ち浩美がいった。

「ゆうこ ちゃん幌を開けるよ!」

幌を持ち上げるように折りたたんだ。

腕組みをして見ていた輝明がいった。

「へぇ~こうして開けるんだ......」

内装はいたってシンプルで
現代の車とは違い、

必要な物が
必要なだけしかついていない、

小気味いいエンジン音が響いた。
助手席のドアーを開け
浩美が手招きをした。

「ゆうこ ちゃん、乗って乗って!」

車高がとにかく低い、
まるで遊園地にあるゴーカートを
大きくしたような車だ、

それと両サイド後ろが
見渡せる開放感!

頭上にはどこまでも続く真っ青な空!

「さぁ、海を見に行きましょう!」

浩美と ゆうこ が乗った
ウパー号が走り出した。

「わぁ~とろける......」

やばい!何がこんなにいいんだ?

耳を刺激する心地よいエンジン音、
体を包み込み適度な風、
五感に触れるすべての要素、

段原2丁目の交差点を
右折したところで浩美がいった。

「ゆうこ ちゃん、
ウパー号の時代、流行っていた
”浪漫飛行”聴いて見る?」

ゆうこ には、
すべてが初めて体験する
新鮮なことばかりだった。

心を躍らせながら ゆうこ がいった。

「聴く聴く!」

「じゃぁ、カセットBOXの中に
青い色した、
プラスチックケースがあるでしょう?

その中に”浪漫飛行”が
録音されている
テープが入ってる......」

助手席に座っている ゆうこ が
カセットBOXの中をさがしている。

「あった!」

青い色したプラスチックケースに
入っていたテープを手にしていった。

「浩美ちゃん、
これどうすれば音楽が聴けるの?」

「わたしに貸して!」

センターコンソールに埋め込まれている
カセットデッキに
受け取ったテープを挿入した。

ガチャン!

ゆうこ は一部始終を凝視し
耳を凝らしている。

次の瞬間、
すごく乗りの良いメロディーが流れた。

思わず体がリズムを刻んだ!
浩美がいった。

「米米CLBUの曲で、
日本航空 JAL沖縄旅行の
CMソングだったらしい、

私の大好きな曲なの!」

何度も繰り返すが、
どこまでも続く青い空、心地よい風、
エンジン音、

それと融和する
”浪漫飛行”のメロディー、

超ご機嫌で体でリズムを刻み
ノリノリの ゆうこ がいった。

「本当に千年の悩みも吹き飛ぶね!」

広島港展望台

正確には、
広島港宇品旅客ターミナル展望台
ターミナル3階屋上からは、

広島湾が一望できる。

展望台のベンチに腰掛け
海を見つめる ゆうこ にいった。

「ハイ!ゆうこ ちゃん、」

浩美が自販機で買った
オレンジジュースを渡した。

「有難う浩美ちゃん、」

ゆうこ が広島港から見える
島々を眺めながらいった。

「私ね!西島食品の社長さんから
養女にならないか?と言われているの、

それとね、
広島県立大学に進むよういわれてる。」

横に腰かけている浩美が
オレンジジュースを一口飲みいった。

「そっか、ゆうこ ちゃんにとっては
人生的に大きな判断ってことか、

でもその話、断る要素ないと思うよ。」

「でもね、大学に通うには
結構なお金がかかるし......」

浩美は、
ゆうこ の心が見えるようにいった。

「それって、お金云々じゃなくて、

環境が変わる恐怖心に、
悩んでいるんだよね。」

ハッとして ゆうこ が浩美を見た。
浩美が ゆうこ の目を見ていった。

「豊田佐吉の言葉に、
”障子をあけてみよ外はひろいぞ”
って言葉がある。」

「Open your mind, and look at the great world outside .」
ゆうこ が復唱した。

浩美がサムアップしていった。

「未来に進む道は無限にある。

ダメだったら違う道を
探せばいいってこと!」

「そうだよね!

ウパー号で感じた大自然、
そして、ここから見える広い海......」

今まで思っていたハードルは
自分が勝手に設けたに過ぎない、

吹っ切れたように
ゆうこ が浩美の手を強く握った。

「なんでこんな小さなことに
悩んでいたのだろう......

浩美ちゃん有難う!

私、”西島 ゆうこ” に
なろうと思います!」

『浪漫飛行』
歌 : 米米CLUB
作詞・作曲:米米CLUB


リリース: 1990年

【ストーリー 4】 著: 脇屋 義直
【ストーリー 5】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

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