【blog小説】星降る夜に エピソード 3

駆逐艦 雪風

若かりしの記憶を確かめるように、タダ爺は静かに目を閉じた。

第一次世界大戦後に始まった不況は、関東大震災(1923年)、金融恐慌(1927年)、1929年の世界恐慌を経て、1930年の金解禁に伴う昭和恐慌へと事態を深刻化させていった。

1927年(昭和2年)群馬県山田郡広沢村(現 桐生市広沢町)7人兄弟 (男4、女3)四男坊(末っ子)として生まれた。

貧乏農家の末っ子は進学など、どこにも行き場がなかった。

陸軍と海軍は競うように少年たちから志願を募っていた。母親の姿を見ながら、なんとか貧乏から救うには、軍人になることが、一番だと忠則は思った。

15歳未満の少年を軍人にすることは国際条約で、禁止られていたが、海軍は太平洋戦争が始まる年、海軍特別年少兵と言う制度を作った。

高等小学校卒業後、14歳(今の中学2年生)母の反対を押し切って海軍に志願、1941年(昭和16年)海軍特別年少兵の1期生3500人の一人として選ばれ、広島県の大竹海兵団(昭和の白虎隊)に入団が決まった。

忠則は太平洋戦争開始の翌年、1942年8月、出征した。

広沢村からは、初の海軍特別年少兵で村役場が主催し、小学校の校庭で盛大に見送ってくた。村長さんが紋付きはかまで、

「君は郷土の誇りだ。お国のためにしっかり頑張ってください!」と祝辞を述べ、万歳してくれて宙に浮くようだった。

駅では、親戚の人、近所のおじさん、おばさん、友達が日の丸を振って見送ってくれた。

海軍特別年少兵は、14歳から16歳未満までの少年を1年間、海兵団で勉強させ養成する教育部隊だった。

入団して1か月、朝食を早く食べ間食と弁当をもって呉海兵団を見学に行った。軍港に軍艦30隻......とにかく大きかった!名前は戦艦武蔵、長さ263m、排水量72000tonその大きさに度肝を抜かれた。引率していた教班長(教官)が言った。

「二隻有れば、太平洋戦争は早晩終わる。もう一隻は同型艦の戦艦大和、不沈艦だ!」

「日本帝国海軍には、凄い戦艦があるなぁ~」と心の底から思った。

その2年後、1944(昭和19)年10月24日、戦艦武蔵が海に沈んでいく光景を目の当たりにする。翌年1945年(昭和20)4月7日には、戦艦大和の最期も目撃する事になる。

大竹海兵団では1班が約20人で隊は42分隊。12班に分かれており、朝5時起床。点呼を受けて掃除をし朝食をとり、午前中は、普通授業(英語、数学、国語、化学、物理、歴史)午後は軍事訓練、スパルタ教育だった。

そんな生活がずっと続いた......

一人ができなかったら、240人全員が全体責任で罰則を受けた。

教官からは「貴様何やっとる!」とよく往復ビンタもらった。

海兵団長から「戦場における軍人精神の真髄は何か?」と問われ答えられず、当直の教班長に呼び出され「何で貴様は天皇陛下のために死ぬと答えなかったか!」と......罰として夕食抜きとなった。

全て笛が合図だった。

常時駆け足で、5分前の集合、間に合わなかったら制裁を受けた。振り返ると15歳の1年間に受けた教育訓練は、骨肉となり自分の中で人生の基礎になった。海兵団を卒業してからは、花形だった横須賀の海軍水雷学校に進んだ。

トンネルをぬけた、左手長浦湾沿いに海軍水雷学校はあった。学校は、水雷や通信技術を身につけることを目的としたところで、明治12年、横須賀に水雷術練習所を設置したことにはじまる。教育科目は電気器具・防御水雷・攻撃水雷・通信術の4科目だった。

電波探知機による電波信号教育の訓練では、少しでも信号を間違ったりすると"海軍精神注入棒"で、全員の尻が真赤になるまで叩かれた。厳しい訓練を昭和18年まで続け、卒業することができた。

タダ爺は、以前、武蔵を見た呉に再びやってきた。

軍艦には先端に、菊の御門が付いている。

南方の最前線から帰ってきたばかりの艦は、赤錆だらけで、被弾した鉄板は花が咲いたように、あちらこちら破孔があった。

配属される艦で運命は決まる。同じ年少兵でも、戦艦武蔵、戦艦大和、不沈艦への配属が決まった者もいた。タダ爺が命じられたのは、先頭に立ち、真っ先に敵へ突っ込んでいく菊花紋章のない、全長118m(基準排水量)2000ton、239名乗員の小さな駆逐艦だった。

目を開いたタダ爺が言った。

「駆逐艦は速力が速く(最大速力35.5ノット66km/h)小回りが利くため、最前線へ送られ消耗が激しかった。

日本帝国海軍の足軽!呉を母港とする駆逐艦 雪風じゃった。

帝国海軍の先兵とし真っ先に沈むはずの雪風は、真珠湾攻撃から大和特攻まで16回以上の主要な作戦に参加し戦果も上げつつも、ほとんど無傷で終戦を迎え奇跡の駆逐艦、幸運艦と呼ばれ生き残り終戦をむかえた。」

タダ爺が"駆逐艦 雪風"に乗ったのが16歳、輝明は驚いた。NC36欲しさに高校を中退しアルバイトを始めた歳だった。足元にも及ばない、自分の器の小ささに言葉もなかった。

タダ爺は、戦死した英霊に対し黙とうをささげ、嚙みしめるように言った。

「1941年(昭和16)の初陣から、1945年(昭和20)年4月の戦艦大和水上特攻の護衛まで最前線で戦った。

第二次世界大戦で沈没した帝国海軍の軍艦は651隻、商船が2934隻、合計3500隻以上、このような惨状にあって唯一、生き残った艦、それが、陽炎級駆逐艦の8番艦として生まれた。雪風じゃ!

幸運艦とよばれ生き残ったが、逆に言えば戦艦大和を含め日本帝国海軍の終焉を見届け、夥しい無残な死を目の当りにしたという事じゃ......」

昨日おきた事のように、タダ爺は話し出した。

初めて爆弾の攻撃を受けたとき、風を切るシュルシュルシュルと音が、全部自分に降ってくるような感じがした。

「全速、前進、面舵一パイ!」

艦首が急速に右に回りだす。急降下する敵機から爆弾が離れ、雪風に吸い込まれるように落下してくる。爆弾は雪風のマストをかすめるようにして艦首左側海面に落ちた。

爆弾の大水柱が噴煙のように高く吹き上がる。艦は水柱の中に突っこむ、ザーという海水が艦全体を包み込む。もう浮いているのか、沈んでいるのか分からない、やがて水柱が収まりかけると雪風は精悍な獣のようにおどりでた、

「各部異常なし!エンジンますます好調!」艦橋に報告が上がる。艦長の大声が響いた!

「左前方水平線、敵空母!砲雷同時戦用意!」魚雷発射後部、2番連管の伝声管に指令が声が響く、魚雷発射管を敵空母に向け回転させる。

「空気充填!魚雷発射準備ヨシ!」艦橋に報告、間髪入れず声が響いた。

「取舵、発射ヨーイ、テー......」圧搾空気で押し出された九三式魚雷、長さ9m、直径60cm、2.8トン4本の魚雷が敵空母をめがけ、次々と発射さてた。

乗組員全員の願いを込めた魚雷は敵空母めがけて突き進んでいく、まもなく大水柱と赤い炎が上がった。

「魚雷命中!」見張員の声が響き渡った。ワアー という全乗組員の歓喜、万歳万歳!!の声がこだました。一方、空母を護衛していた敵駆逐艦に12.7センチ砲で猛攻を浴びせ航行不能におとしいれた。

タダ爺は静かに言った。

「これが、駆逐艦の本分である雪風最後の魚雷攻撃になった。その後は、沈んでいく艦の生存者の救助ばかりになった。

1944年(昭和19)年の10月24日 レイテ沖海戦、空母から飛び立った数百の敵航空機が、呉で見た戦艦武蔵に集中攻撃を浴びせた。横を走る武蔵の上甲板すれすれまで水がきちょった。一隻でこの戦争はおわるんだと言われた不沈戦艦はズーッとそのまま沈んでいった。

雪風は激しい攻撃をかわしながら味方の救助に走り回った。艦長が言った"なれっこになったなぁ......こういう光景に、こんなふうにさ、よその艦の乗組員を助け上げる光景によ、"が忘れられん、」

1945年(昭和20)年4月、残存していた11隻で艦隊を組み沖縄への水上特攻作戦の命令が下った。数々の激戦を生き抜いてきた雪風にも特攻が命じられた。

「いよいよ来るところまできたなぁ......」西島 忠則 18歳のときであった。タダ爺は言った。

「特攻を命じられたが、なぜか落ち込むとか、そういうことは全然なかった。ただ憶えちょることは、苦しまずに死にたいということじゃった。

横になって瞑想したら母親の顔が一番最初に浮かんだ、次に出てきたのが11歳のときに亡くした、父親の死に顔がでてきた。左腕にしていた、父の形見の腕時計の針の音が、カチカチカチと自分の命を刻一刻と削るように聞こえた。」

出撃の朝、艦内放送があった。

「郵便物の発送は、午前10時までに書いて班長にとどけよ!」

最後の郵便物、「遺書をかけという事じゃった。じゃがワシは遺書をかかずそのまま出撃した。」4月6日午後3時20分 戦艦大和と第二水雷戦隊の軽巡洋艦1隻・駆逐艦8隻は沖縄方面に出撃した。

雪風は戦艦大和の左前方の護衛にあたった。敵機は周辺にいる駆逐艦など、目じゃないといった感じで、全機大和をめがけて攻撃をおこなった。二時間に渡る600機による大空襲は悲惨なものだった。一つの鉄の塊が形がないくらいに弾をおとされ、大和は蜂の巣のようにやられていた。

沈み始めた大和を見て助けに向かおうと雪風は舵を切った。その瞬間、ドスーンと腹の底から突き上げるような爆発音がした。大和が大爆発を起こし火炎が横に広がり、キノコ雲が千メーター近くあがった。大和は船体が2つに折れ、並列しグーッと上がり、爆発で吹き飛んだ破片が落ちてくる波しぶきと一緒に海底に姿を消した。

戦闘の終わった後というのは、ものすごく、もの悲しく磯笛のように沖の方からヒューヒューという風の音が聞こえた。

「作戦中止、沈没艦の人員を救助の上帰還すべし!」連合艦隊司令長官から命令が下った。敵の攻撃からいつでも動けるよう微速航行を続けた。あらゆる小艇を動員し、くまなく波間を探し求めできる限りの人命を救助し佐世保に向かった。

戦後、雪風には新たな任務が与えられた。大砲など武器が取り外され四角い小屋が建てられた。海外に取り残された民間人や軍人を日本へ運ぶ引き上げ船となった。

「1946年、雪風に乗り北は満州から、南はニューギニアまで戦争の後始末に奔走した。13000人以上の人たちを祖国に送り届けた。」

終戦から2年後、タダ爺は雪風最後の航海を向かえる。行先は上海だった。戦争に敗れた日本は、1947年7月、中華民国に賠償艦として雪風を引き渡すことになった。にぎやかな式典の様子をタダ爺は雪風の上から見つめていた。

タダ爺が静かに話した。

「旭日旗が降ろされ、晴天白日旛(せいてん はくじつ き)が揚がるんじゃが、何とも寂しいというか涙が出た。」

この日を境に雪風は、丹陽(たんよう)という名前にかわった。台湾の旗艦として活躍し1965年指名を終えた。

呆然とし身じろぎもしない、輝明にタダ爺が言った。

「どうした、深刻な顔をして?」

輝明は、賭事に狂い幼いとき親父が蒸発した事、バイク欲しさに高校を中退し、レッドゾーンという族に入り、お袋に迷惑をかけっぱなしだった事、レッドゾーンでは大事な仲間を失った事、迷惑をかけ続けたお袋も、亡くした事......今までの人生に起こった全てをタダ爺に話した。

輝明の話を最後まで聞き、身動しなかったタダ爺の口が開いた。

「人間の生命などまったくごみのように無視して成立する、負傷者の血と戦闘員の汗の臭いが混じり、奇妙な臭気を醸し出しちょる。じゃが誰一人それが気にならん、それが戦争じゃ!多くの無残な死という地獄を、この目で見てきた。それと同時にワシは尊い命を、この手で奪った殺人者じゃ!雪風は魚雷を発射する所が2カ所あり、後部の2番連管(発射管)の射手への配置となった。魚雷は、計16本積んじょった。敵航空機対応が増強され、防御もない最後尾にある機銃に持ち場が変わった。」

1944(昭和19)10月:レイテ沖海戦の事じゃった。戦艦武蔵を援護していた雪風に、4機の敵機が旋回し、一列になり直上から向かってきた。

「左九十度敵機、射撃始め!!」

主砲、機銃が一斉に火を噴いた。パッパッと黒いかたまりの弾幕、機銃の曳光弾(えいこうだん)が敵機に向かってとんでいく。別の1機が超低空飛行で向かってきた。

グラマンF6Fの両翼が火を噴いた。ピシュ!ピシュ!と弾が頬をかすめる。飛行眼鏡をかけ青い目をしたパイロットの顔がハッキリ見えた。無我夢中で九六式25mm単装機銃の引き金をひく、銃身下部のガスピストン尾栓が後退と前進運動を行う、薬室からの撃殻排出を自動的に繰り返す。弾丸は三発目ごとに曳光弾が装塡されており、弾丸のとんでいくのがわかる。右手に激痛が走った。生ぬるい血がザーッと右手いっぱいに広がった。機銃指揮官が鉢巻をとって手首をきつく結んでくれた。敵銃弾をあび負傷したが、敵機は火だるまになり海に墜落していった。

右手の感覚がまったくない、右手を見たら小指と薬指を失っていた。10人くらいの負傷者で医務室は、騒然としていた。生々しい血の匂いが立ち込めていた。あれから60年以上経つが、昨日のことのように頭から離れない。

「墜落していく、パイロットの悲しそうな青い目を忘れることができん......」

流れ星の五百旗頭と粋がり、バイクで走り回っていた俺なんかとは、人生の重みが全く違う、霄壤(しょうじょう)の差がある。輝明はタダ爺に質問をした。

「タダ爺、人は何のために生きているのだろうか?」

意外なことにタダ爺は即答した。

「それは、自分以外の物を生かすためじゃ!」

「自分以外の物を生かすため?」

輝明は、その答えが全く理解できなかった。

「雪風での体験は多くの悲惨な死を見てきた。逆に雪風は、自分達が乗っていた艦が沈み、海に漂う多くの命を救助した。生きのびた者、亡くなった者の違いは何か?ズバリ言う、一緒じゃ!違いはない、理解できんと思うが、現世(この世)には死と言うものは存在しないんじゃよ。」

タダ爺はハッキリ言った

「レッドゾーンの仲間も、お前のお袋さんだって亡くなったわけじゃない!」

輝明は、復唱した。

「亡くなったわけじゃない?」

タダ爺が言った。

「そう、亡くなったわけじゃない!形が変化しただけじゃ!」

「形が変化しただけ?」

「川を流れてる水だってそうじゃ、水は川を流れ海に行きつく、そして温められた水は分子と姿を変え蒸発していく、空高く舞い上がった分子は冷やされ雲になる、集まった分子同士が再びくっき水と形を変え雨になる。」

何を言っているのか全く理解できない。

「さっき言ったじゃないか、形が変化しただけじゃ!と......生物も含め、この世にあるあらゆる物質の基は、質量(重さ)があり波のように振動している粒、量子じゃ!」

「高校を中退した俺には、タダ爺が何を言っているのか全く分からない、分かるように説明して欲しい。」

タダ爺は、広甘藍を手にした。

「このキャベツのほとんど90%は、水で出来ちょる。つまり水の分子(H2O)のほか多種の分子が集まり形になっちょる。分子一つ一つは見えんが、それらが集まり形成すればキャベツとして肉眼で見える分けじゃ。これと調理に使う包丁の鉄(Fe)とキャベツは一見、違うものに見えるが、基は同じという事じゃ、」

輝明の口から思わず声が出た。

「キャベツと鉄は違うでしょ?」

「まぁ、そう焦るな!」

タダ爺は、子供を諭すような優しい目をして言った。

「水は、水素(H)と酸素(O)が結合してできちょる。水素をもっと細かく見たら、原子核の周りを電子が回っちょる粒じゃ、その原子核をもっと細かく見たら、原子核は陽子と中性子で構成されちょる、その陽子をもっと細かく見たら、クオーク(量子)と言って質量は、あるけど物質とは、言えない、常に、振動しちょるエネルギーの、粒になってしまう。これが、密集してくると我々の肉眼でも、確認できる水になる。

つまり、複雑に色んな分子が密集し形作られている、肉体であろうと、分子単体の 水(H2O)であろうと 鉄(Fe)だろうと、突き止めていったら、同じ物体である量子だという事じゃ。」

理屈では分かるような気がするが、普段生活していて、こんな事は考えない、何ともすっきりしない......タダ爺は言った。

「つまり、この世にある全ての物は、物質とは、言えない、常に、振動しているエネルギーの粒、量子だという事じゃよ。」

言ってることが、1割も理解できない、タダ爺がお好み焼きに使う刻んだ広甘藍を手にした。

「ここに刻んだ広甘藍がある。刻まれ形が変わっちょるが、まだキャベツじゃ。これに熱を加えると、植物細胞を形成する細胞壁が壊れ柔らかくなる。つまり蒸された状態じゃ。ここまでは分かるの?」

「それは、分かります。」

輝明は思った。火を通し柔らかく調理する。それがお好み焼きだ、この話が「死と言うものは存在しない!」という事にどう結びつくんだ?

「お前は、絶妙の柔らかさになるよう、火加減を調節したり、ひっくり返したりし、焼き上がったお好みを客さんに出す。現時点では、鉄板の上の、お好み焼きと御客さんは、別のように見える。美味しそうに焼かれた、お好みをお客さんがさんが口に放り込む。

すると、どうじゃ!お好み焼きと、お客さんの区別は、のうなってしまう。

宇宙的、量子的、に見たら お好み焼きじゃろうと、お客さんじゃろうと、根源は同じ量子であり、増えも減りもしちょらん、形が変わっただけや......例えでお好みの話をしたが、人が死んで無くなったように見えても、宇宙的、量子的に見たら、なんも変わっちょらん、じゃけん(だから)死と言うものは存在せんのじゃよ。」

こんな事は学校では習わない、頭では理解できるが到底信じられない、キツネに化かされたみたいに、信じたい気持ちと疑わしく思う気持ち、半信半疑だ、又、いくら考えても、答えが分からなかった。"人は何のために生きるか?”簡単に言った「自分以外の物を生かすため」の意味が聞きたかった。タダ爺は噛み砕いて話した。

「牛、豚、鶏、魚、野菜、人間も含め、生物は自分が食べられることにより、その他の生命を生かしておる、つまり食物連鎖じゃ!食事をするときは両手を合わせ「いただきます!」と言って食べる。これには深い意味があるんじゃ、なぜ両手を合わせるか分かるか?」

24歳になるが、今まで一度も考えた事は無かった。

「インドでは右手が清浄な手、左手が不浄な手とされてちょる。 清浄な手とは仏の象徴で、不浄な手は人間をあらわす。手を合わす合唱とは、この2つが一体となる意味じゃ。"いただきます"は、ワシらが生きていくために、命をくれた動植物や、手間をかけた人たちに対し感謝の気持ちを表す言葉じゃ。"命を頂き、自らの命にさせて頂きます"という意味が込められてちょる。」

「若かりし頃は、どうなるのか人生の先が全く見えん、その恐怖で人を押しのけ、金を手に入れ物を買ったり、食べ物を得る為に争う。又、借金をしてまで物欲に走る。そこまでして争い手に入れた幸福じゃが、手に入れてた喜びは一瞬じゃ、喜び(幸福)が消え去ったら、次々と欲求が湧いてくる。キリがない......

高校を中退までしてバイクを手に入れ、スピードに酔いしれても、それは一時の幸福感に過ぎん。友を亡くし、苦労を掛けた母を亡くし、そんな事で幸せになれんかったことを、少しは気付いたはずじゃ。人間も含めこの世に生きる生物は、気付かんじゃろうが自分以外の物を、生かすために生きちょる。それが根底にあるんじゃ!

その理屈が分かったら簡単なことじゃよ。

自分以外の人を幸せにするために行動しろ!それにより計り知れない幸福感を味わう事ができるんじゃ、人生はかけ算でいくらチャンスがあろうと、お前が行動しなく「ゼロ」なら意味がない、相手の喜びが自分の喜びに変わったとき、お前は生まれ変わる事ができる。情けない事にワシは年を取って、その事に気付いた。じゃがお前はまだ若い、その若さで気付き、行動できたらお前の人生は大きく変わる!」

輝明は心が洗われ、清らかな気分になっていくのを感じた。

「自分以外の物を、生かすために生きる!」

具体的な方法を知りたかった。タダ爺は言った。

「日本海軍では、会計や庶務などを受け持つ、主計科が炊事関係も担当しており、右手を負傷したワシは雪風の調理室(烹炊所 ほうすいじょ)に配置転換となった。それが運命との出会いじゃった。烹炊長は、戦艦大和で長年食事を作っておられ、見た事も聞いたこともない料理を教えてくれた。若かったワシは、海綿が水を吸うように海軍料理を吸収していった。それがワシの財産じゃ!今では、その日の食べる物に困っている多くの仲間に、海軍料理を作り食べさせるのが生きがいじゃ!美味い美味い!と食べてくれる姿を見るだけで、幸せいっぱいになる。」

ダダ爺の顔は、満面の笑みだった。

「これも立派な、自分以外の物を、生かすために生きるじゃよ!」

広甘藍の入ったレジ袋を手にし、タダ爺はいった。

「復員輸送任務を解かれたワシは、呉に住んだ。烹炊長に教わった料理の経験から進駐軍の調理人下僕として働いた。戦後は食べ物がなく、その日の食べ物にも苦労した。継ぎ接ぎだらけの服を着て、みんな買い出しに走り回る毎日じゃった。」

戦時中、鬼畜米英と教えられたが、米兵はものすごく優しかった。着ている服も洗濯屋さんから出てきたようにピシッとしていた。反対に自分たちはボロボロの服を着て食べ物もなかった。鬼畜米英?自分達の方が野蛮に感じた。コック長のマークの声が響いた。「Is there no cabbage? Cook fried pork cutlet.(キャベツは無いのか?ポークカツレツを作る。)」若いコックが冷蔵庫に保存しておいた、キャベツを持ってきた。タダ爺は少し遠くを見るような目をし、思い出すように言った。

「そのキャベツこそ、呉広で作られちょった広甘藍じゃよ。下働きのワシにマークはポークカツレツの作り方を教えてくれた。

フライパンに油を注ぎ、点火せずに、衣をつけた豚肉を入れる。上からひたひたになるくらい油を注ぐ。ここで点火、弱火強で10分、100度まで温度を上げる。表面から肉汁がにじんできたら、肉に火がとおりだした合図じゃ。裏返し4分加熱したら完全に火が通る。

肉を取出し180度まで加熱する。肉を戻し入れ、両面を1分ほど揚げたら完成する。」

マークは言った。

「この料理の主役は、揚げた豚肉じゃない、このキャベツだ!俺は国でこんなに美味いキャベツを食った事は無い、広甘藍(hiro kanran)だ、食えばわかる、お前も食って見ろ!」

マークは盛りつけられたポークカツレツの横に、千切りにされ山盛りのキャベツを指さした。タダ爺は口に放り込んだキャベツをかみしめた。衝撃が走った!

「何と甘く瑞々しいキャベツなんだ!」

タダ爺は広甘藍の入ったレジ袋を、右手にぶら下げ立ち上がった。

「また寄らせてもらうよ......」

保護司 五百旗頭の誕生

「自分以外の物を、生かすために生きる。」自分にとってそれは何か? 輝明は自問自答した。「流れ星の五百旗頭!お前にしかできんことがある!」伊丹が言った保護司という言葉が頭をよぎった。気づけば無意識のうちに伊丹に電話をかけていた。

なななか繋がらなかった。虫の居所が悪いのか?憮然とした声で伊丹の声がした。

「五百旗頭です。今日は保護司のことを詳しく知りたく電話しました。今よろしいでしょうか?」

心配したほど、丹波の機嫌は悪くなかった。

「おぉ、五百旗頭か!、どうした、ワシが言った保護司になる腹を決めたんか?」

輝明は、タダ爺に言った「人は何のために生きているのか?」と言う同じ質問を丹波にした。少し考えて丹波が答えた。

「お袋の法事のとき、坊さんが言った言葉じゃが、"人は死ぬる為に生きる!"じゃぁないんか?」

「丹波さん、ある老人の話を聞き目が覚めました。」

「ほぅ~ワレが目をさますような話とは、どげな(どんな)話なんかの?」

「話を聞いていて、頭の中が洗われているようでした!」

輝明は、話し始めた。

「お爺さんは言いました。人が生きるのは、自分以外の物を生かすためだと、又、自分以外の人を幸せにするために行動しろと......」

丹波が言った。

「そのお爺さんは何者なんじゃ!?ただもんじゃないのぅ、」

「人生はかけ算でいくらチャンスがあろうと、お前が行動しなく「ゼロ」なら意味がない、相手の喜びが自分の喜びに変わったとき、お前は生まれ変わる事ができる。と......」

話を聞いた丹波は関心しきりだった。輝明は、続けて言った。

「辛い経験をし傷つくことで人は、それまで見えなかったものが見え、理解し合える。今をどう生きるかで未来はもちろん、過去の傷ついた俺自身も笑いに変えてくれると、その話を聞き、俺、丹波さんが言われるように保護司になろうと思います。詳しい話を聞かせて下さい!」

丹波が言った。

「五百旗頭、エエ話じゃ!お爺さんがいった通りじゃ!!保護司になるための資格は特に必要ない、保護観察所の長が推薦した者の中から法務大臣が委嘱する。任期は2年間じゃが再任されることもできる。保護司にる条件は4つじゃ、」

「資格は必要ないけど、やはり条件があるんですね?その4つの条件を教えて下さい。」

丹波は改まった口調で話し出した......

「保護司には、今から言う条件を備えちょることが必要じゃ、」

1.人格・行動について社会的信望を有する。

「これは、このワシが保証しちゃる。」

2.職務の遂行に必要な熱意・時間的余裕を有する

「自営業で時間が自由になり、熱意があるお前なら大丈夫じゃ、」

3.生活が安定している

「これは、お前が焼くお好み焼きしだいじゃが、欲を出さんにゃ~大丈夫じゃろうて、」

4.健康で活動力を有する

「体に気負付け前向きに生きりゃぁ、大丈夫じゃ、」

次に保護司になる、具体的な詳細を話し出した。

「申し込み書と詳細のパンフレットは、郵送してもらうよう段取りしちょく。大まかに話すで......」

1.新任保護司研修

「すべての新任保護司が対象になる。保護司の使命・役害・身分など、保護司として必要な基礎的知識・心構えの修得を図る研修じゃのぅ、」

2.処遇基礎力強化研修(第一次研修)

「これは、初めて保護司を委嘱された者が対象になる。保護司の職務遂行に必要な事務手続きや処遇実務の具体的履修、保護司会活動についての理解促進を図るんが目的じゃ、」

3.指導力強化研修(第二次研修)

「初めて再任された2期目の保護司が対象になる。研修内容じゃが、保護観察等の処遇を行ううえで必要な知識 技術の伸長、保護司会活動を行ううえで必要な知識 技術の修得を図り、処遇や保護司会活動などにおいて、中核的な役割を担うための指導力を身につける内容じゃ、」

4.地域別定例研修

「これは、保護司全員が対象じゃ、保護区ことに実施する研修で実務上必要な知識・技術の全般的な水準向上を図る内容になる。」

5.特別研修

「これは担当する相手によって決まり、処遇上特別な配慮を必要とする者の取り扱いなどに関する専門的知識・技術の修得する事になる。」

6.自主研修

「これは、各保護司会などにおける自主的な研修じゃ。それと、年齢の事じゃが、保護司になる為の年齢制限は特に明確に定められちょらん。」

丹波は、安堵させるような口軽に言った。

「まぁ、ごちゃごちゃしゃべったが難しゅう考える事は無い!広島保護観察所は中区上八丁堀にある、そこで研修を受け、法務大臣から委嘱されたら保護司 五百旗頭の誕生じゃ!」

広島保護観察所は広島県内の保護司1,195人,更生保護女性会員3,167人,BBS会員72人及び協力雇用主678社、並びに更生保護施設2施設と共に更生保護の諸活動を展開している。研修が終わった新任保護司へ法務省の保護観察官(歳は、40歳代、新長168cm(170cmは無いと思う。)

やせ型で銀縁眼鏡をかけた背広姿でインテリ風)が一人ずつ名前を呼び、委嘱状を読み上げながら手渡していく、五百旗頭が呼び出された。

五百旗頭 輝明

保護司を委嘱する。

平成17年 9月 15日

法務大臣 上川 陽子

輝明は委嘱状と保護司バッジを、両手で受け取り深く御辞儀をした。気持ちが引き締まる思いだ、委嘱された研修生17人に対し保護観察官は、白板を背に長テーブルに腰かけた、観察官が説明を始めた。

「私、保護観察官の浅田と申します。保護司の任務は前科のある方、及び 退院した少年・少女の更生指導と手助けです。保護司は警察でもカウンセラーでもありません。お手元の事件調査票ページをご覧ください。」

研修を修了した新任保護司がページを開く、輝明は内ポケットから手帳を取り出しテーブルの上においた。全員ページを開いたことを確認し保護観察官が説明を始めた。

「保護司は対象者の罪状や、事件の詳細について知ることができます。注意する事は面接のさい事件の話になっても、興味本位で立ち入らないようにしてください。」

輝明は、メモ帳に事件調査票と書いた文字をまるで囲み、"面接のさい事件の話になっても、興味本位で立ち入らない"と殴り書きをした。次に"興味本位で立ち入らない"と書いた文字に波線を引いた。

その他の保護司も真剣にメモを取っている。

「事件に関しては相手が話したくなったら聞くだけにして下さい。事件に介入したりしない事、それだけを心がけて下さい。以上が概略になります。後日、担当して頂く保護引き受け者が決まりましたらご連絡差し上げます。

最後に今日、お渡しした保護司バッチに関し説明いたします。」

浅田が四角いプラスチックケースの蓋を開け、バッチを手にした。

「バッジを付ける規制はございませんが、上着のエリにつけて頂ければと思います。」

取り出したバッチを、よく見えるようにかかげ説明を始めた。

「輪郭の輪は、人の和を表し、紅布地は、人の心・感情を表します。十八枚の麹は、ひまわりと旭日を重ね合わせ、浮き出し模様による曲線となっています。

「法」の文字は、中国の清時代の書家 趙之謙(ちょう しけん)の創始文字を使用し、全体の図柄は、「法」の文字を一番高くし、黄金の麹を配し丸台座付記彰とし、保護司の権威と品位を尊重しつつ親しみやすいデザインとなっています。

皆様がご活躍されることを期待します。今日は長い時間、ご苦労様でした。」

輝明は、メモ帳を内ポケットにしまい、配布された資料とバッジを、手提げカバンに丁寧にしまった。研修が終わり辞令をもらった、新任保護司が研修室を出ていく......

「五百旗頭 先生!」

テーブルを立った輝明が呼び止められた。先生?この俺が先生?......

研修と説明を行った浅田だった。

「少しお時間大丈夫でしょうか?」

研修室を出た所にある面談コーナーに案内された。

「五百旗頭 先生!今日はご苦労様でした。コーヒーでよろしいでしょうか?」

そう言うと廊下に設置してある、自販機からホットコーヒー選んだ。

いい香りがしてドリップされた、ブラックコーヒーが紙コップに注がれていく。

コーヒーと砂糖スティック、ミルクピッチャーを浅田がテーブルにおいた。

「この販売機のコーヒー、意外と美味いんですよ、どうぞ!」

一口すすり浅田が話し出した。

「五百旗頭 先生の事は、県警の丹波警部補から伺っております。

若いし、これまで経験された経歴、凄いです!

私にできることがあれば、全面的に協力させていただきます。

保護環視対象者の件ですが、来月退院する予定の先生と、

歳が離れていない女子がいまして、

彼女の担当を御願いしようか?と考えています。

詳しくは正式に決まりしだい、話をさせて頂ければと思っています。

五百旗頭 先生には、本当に期待しております!

今後ともよろしくお願いいたします。」

凄く恐縮だった。俺が先生だなんて、

輝明は、出されたコーヒを一気に飲み干し頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

広島法務総合庁舎3階にある、広島保護観察所を後にした。

確実に日が短くなっている......

外に出ると夕日の光が金色の矢のように大気を貫いき、八丁堀のビル群がオレンジ色に光輝いていた。

五百旗頭 輝明 新任保護司 始動

文子が亡くなる前、「よく頑張った!これで、お前が欲しい物を買え!」と手渡された茶封筒を開けた。中に1万円札、50枚が入っていた。「お袋、本当に欲しい物、買って良いんだな!?」輝明は、心の中で文子に確認した。

「お前が悲しければ私も悲しい、お前が嬉しければ私も嬉しい、それが親子と言うもんだ!」輝明には文子の声がハッキリ聞こえた。

8年前、高山に乗せてもらった KAWASAKA ZZR 1100 の衝撃を忘れることができなかった。中古市場を探し回り、整備された中古の赤いZZR1100を手に入れた。

三国志に出てくる赤い毛色を持ち、兎のように素早い馬 【赤兎馬(せきとば)】と名付けた。

9人も入れば満席になる"お好み焼き文ちゃん"は、としぞう人気もあり、昼時になるといつも席が埋まった。常連客の秋葉 加奈子の姿も有った。

「"としぞう!"給料が入ったし今日は、牡蠣を入れてもらおうかね!それと私へのご褒美!ウニホウレンもヨロシク!」

ウニホウレンとは、広島のB級グルメで"菠薐草とウニ"のバター炒めである。菠薐草をバターソテーしウニを乗せ皿に盛りつけた所で、籠に入れていた携帯SH920iの着メロ、ミスチルの箒星(ほうきぼし)が鳴り響いた。

二つ折りの機器をひらくと、骨が鳴るときに似た、パキという音が響いた。着信表示を見た。保護観察官の浅田からだった。急いで"ウニホウレン"を加奈子に渡し通話釦を押した。

「五百旗頭さんの携帯でしょうか?お世話になります。

私、保護観察官の浅田です。正式に保護環視対象者が決まりました!ご足労ですがこちらに出向いて頂き、話をさせてもらえればと、連絡させて頂きました。

時間はおかけしません、今週末にでも宜しいでしょうか?」

「週末ですか?そうですねぇ......

30日の金曜日、午後なら都合がつきます。」

浅田が保留ボタンを押し、渚のアデリーヌが聞こえてきた。

予定表を確認する様子が伝わってくる......

しばらくして音楽に変わり浅田の声が聞こえた。

「それでは、30日の午後16:00では如何でしょうか?」

昼食時の混雑も落ち着いたときだ、輝明は即答した。

「了解しました。それでは30日の午後16:00に伺います。」

「恐れ入ります。正面入り口を入られた右側に内線電話がございます。到着されたら内線306浅田まで連絡下さい。

場所は、この前と同じ研修室を出た所にある、面談コーナーで、お話しさせて頂こうと思います。よろしくお願いいたします。」

輝明は通話終了ボタンを押し折りたたみ、もとあった籠に戻した。一部始終を見ていた加奈子が言った。

「保護司"としぞう"、頑張ってね!ウチも出来るだけ協力するけんね!」

時計を見た。浅田と約束した30分前だった、輝明は"赤兎馬"にまたがり法務総合庁舎に向かった。

15分足らずで着いた。お客様駐輪場に"赤兎馬"を止め、聞いた通り1階にある内線電話をかけた。

「はい、広島保護観察所 企画調整課 でございます。」女性の声がした。「

五百旗頭と申します。16:00に処遇第一部門 事件管理班の浅田さんと面会する約束があり伺いました。」

「少々お待ちくださいませ。」と言う声の後、保留音の渚のアデリーヌが聞こえた。

浅田が出るのかと思っていたら 同じ女性の声だった。

「3階の研修室を出た所にある、面談コーナーまで上がって来て下さい。すぐに向かうとのことです。」

エレベーターの扉が開いた。浅田は研修室の前にある、面談コーナーのテーブルの上に必要書類を並べていた。

エレベーターを降り、歩いて来る、五百旗頭を見つけるなり浅田が口を開いた。

「五百旗頭さん!ご足労おかけします。こちらにお掛け下さい。」

浅田が1枚の書類を輝明の前に差し出し、対象者の写真を書類の上においた。

本通商店街を歩いていたら間違いなく芸能界にスカウトされそうな美少女だった。写真を目にした輝明の口から思わず声が漏れた。

「こんな子が、なぜ......」

「これは、身上調査書と言って刑務所及び少年院でまとめられた資料です。対象者の罪名や生活歴が書かれています。」

近くは見えにくいのだろう、眼鏡をカチューシャみたいに頭にのせ書面を読み始めた。

「下山 ゆうこ 19歳、窃盗 及び 傷害 にて家庭裁判所から保護処分として八本松にある貴船原少女苑(きふねばらしょうじょえん)女子少年院に送致され来月、10月17日(月曜)、9:00退院します。

女子少年院とは、読んで字のごとく女子を収容する少年院です。被害者は職場の同僚、"骨折させた"とありますから、激しい暴力をふるったのでしょう。

犯罪性の特徴は、怒りによる衝動的犯行、反社会的集団との関係は、"なし"となっています。最終学歴は中卒、両親もいなく児童養護施設ですごしています。」

浅田が女子少年院の1日を書いた資料を広げた。

7:00 起床、洗面、清掃
7:30 朝食
9:00 朝礼・運動
9:30 職業指導、教科指導
12:00 昼食、余暇時間
13:00 生活指導(特定指導課、社会適応訓練講座、被害者講座、集会、進路講話)、体育指導
16:00 洗濯・入浴
17:00 夕食・休憩
18:00 課題学習・余暇時間・日記記入等
21:00 就寝

「生活指導は、本人が送致される原因となった問題別のクラス編成されます。

社会適応訓練や、親子連携、性教育など、一人ひとりが出院した後に再犯をおこさないよう、必要となる知識や、行いについて学んでいきます。

たとえば被害者心情理解のために、被害者の等身大のパネルと写真、遺品や遺族が書かれた作文を展示し、被害者や遺族の気持ちを学ぶ"生命のメッセージ展"を開催するなどしています。

女子少年院では、自分の身体や気持ちに気づく力を育む手法や、自分も相手も大切にする自己表現法を学ぶ、教育に多くの時間がとられています。」

輝明にとって未知の別世界の話だった。浅田が真剣な顔をして話しだした。

「保護司の最大の役割は"再犯防止に努める"です。再犯防止に必要なもの3点を挙げます。

1,居場所の確保(安心、安全を確保してあげる事です。)
2,責任の自覚 (自分、家族、社会とのつながりを考えさせる事です。)
3,出番の提供(才能の発見と活用です。)

彼女の将来・未来は、どうにでも変えることができます。」

輝明は、浅田にタダ爺から聞いた話をした。

「自分が保護司になろうと決めたのは、あるお爺さんの話を聞いたからです。お爺さんは言いました、

人生はかけ算でいくらチャンスがあろうと、お前が行動しなく「ゼロ」なら意味がない、相手の喜びが自分の喜びに変わったとき、お前は生まれ変わる事ができる。

辛い経験をし傷つくことで人は、それまで見えなかったものが見え、理解し合える。

今をどう生きるかで未来はもちろん、過去の傷ついた俺自身も笑いに変えてくれると......」

眼鏡をかけなおし、姿勢を正した浅田が言った。

「その通りです!名言です!

彼女と五百旗頭 先生は、年齢も近いこともあり、話が合うと思います。希望と言うか御願いがあります。

"下山 ゆうこ"には、両親がいません、そこでなのですが......

身元引受人になって頂けないでしょうか?」

机の上で指を組み、話していた浅田が姿勢を正し頭を下げた。

輝明には、何もかも初めての経験だった。

タダ爺が言った「人が生きるのは、自分以外の物を生かすためだ」と言う言葉が耳に響いた。

立ち上がった輝明は迷うことなく大きな声で

「頑張ります!」と言った。

輝明は純粋に、智吉 や 文子の為に頑張ろうと思った。

浅田が満面の笑みを浮かべ言った。

「五百旗頭 先生なら絶対に大丈夫です!何かあれば遠慮なく私に言って下さい。

それと、五百旗頭 先生が、赤いKAWASAKA ZZR1100に、乗っておられるの偶然お見かけしたのですが、下山 ゆうこが 退院する10月17日、

貴船原少女苑まで、出迎えに行ってやってはいただけないでしょうか?」

輝明が答える前に、浅田は広げた両手を前に出し何回も振った。

「無理にとは申しません。

これは、飽くまでも私個人の希望です。実は、私、KAWASAKA ZZR1100が憧れのバイクなんです。

自然と一体になるバイクの開放感は人の心を揺さぶります。きっと"下山 ゆうこ"にもその魅力が伝わり心を開くと思うんです。

保護司の活動は、無給のボランティアですが必要な経費は支払われます。

どうでしょうか先生......八本松まで迎えに行って頂けないでしょうか?」

輝明は、澄んだ眼差しで、浅田の心を覗き込むように見つめ言った。

「逆に自分からお願いしたいくらいです。了解しました!責任をもってお引き受けします!!

今は紅葉シーズンで裏山の"比治山"がとても綺麗です。KAWASAKA ZZR1100に乗せ彼女に見せたいと思います。

それから、私が焼いたお好み焼きを食べさせようと考えています。」

浅田は大きく、ガッツポーズをした。

「流石、五百旗頭 先生だ、丹波警部補が言われたことだけはある!彼女絶対に喜ぶと思います!!」

輝明と浅田は、両手で硬い握手を交わした。

保護環視対象者 下山 ゆうこ

10月17日(月)大安 9:00、朝食をとり身支度した"下山 ゆうこ"は、貴船原少女苑を退院した。

「下山 ゆうこ は、晴れ女か?」温度17度 日本晴れ!目的地までは、約50 分(31.5 Km)絶好のツーリング日和だ、

二保橋交差点を右折し県道185号に入る。矢野大橋交差点を左折、極楽橋交差点を左折、県道34号線に向かう。

長戸路橋(東交差点) を右折して 県道335号 に入る (東広島 の表示)後5.6km、右折して県道332号に入る。

目的地は前方左側2.3km!

脱走しないよう高い塀に囲まれた刑務所と違い、外界から分離するように自然の林の中に隔離され、低い白壁で囲われた広い建物で、茶色い石板に彫られた"貴船原少女苑"というプレートが目印だった。

指導員に伝えられたのか"下山 ゆうこ"は、

赤・黄・青の原色が、散りばめられた派手なダウンジャケットに身をつつみ、ピンクの手提げカバンを持ち入り口に立っていた。

身長156cm、浅田に見せてもらった写真通り美少女だった。

俺は、黒い皮ジャンの襟に、保護司の金バッチを付け、下はジインズにブーツ、冷たい風を防ぐ為、首に白いマフラーを巻いていた。

見るからにライダーと言う服装だ、

「君が 下山 ゆうこ君か?」返答がない......

「俺の名前は、新人保護司の"五百旗頭 輝明"、君の身元引受人になった。ヨロシクな!」

「・・・・・・」

返答がない......

めんどくさそうな目をして俺をにらんだ。

「南区の段原から、お前を引き取りにバイクでむかえに来た。

ほら!ロータリーの向こうの駐車枠に止めている、赤いバイクが俺の愛車だ!KAWASAKA ZZR1100 相棒の名は赤兎馬という。

今から陽自動車道を走り、南区の段原に向かう。時間にして約45分だ。手提げカバンをかせ、赤兎馬に縛り付ける。」

下山 ゆうこ は無言でカバンを差し出した。

「そこで、待ってろ!」

ロータリーの向こうの駐車枠に止めた、赤兎馬のキャリアにカバンを縛りつけ、ゆうこの前で赤兎馬を止めた。

タンデムシート下のフックにかけていた、真っ赤なフルフェイスヘルメットを渡した。

赤兎馬は歓迎するように軽やかなエンジン音を響かせている.....

.輝明はサムアップした親指でタンデムシートを指さした。

「今日は絶好のツーリング日和だ、日頃の行いが良いからかな?さぁ乗れ!」

高速道路入口と書かれた、緑の看板が見えてきた。

「これから高速道を走る、しっかりつかまれ!」

今まで感じた事のない柔らかさを背中に感じた。

「なんだ!この心地よさは?」

心拍数が上がるのがハッキリわかった。志和インターの標識に従い料金所に向かった。

高速料金で赤兎馬を止めた。

「広島東まで、」「420円になります。」

下山 ゆうこは、接着剤でも塗ったようにピッタリとくっいて離れない、高速区間は10km、時間にして8分程度だが、全神経を背中に集中させている俺がいた。

アインシュタインが時間の速度について言った言葉だが、

「ストーブの熱い蓋に触れた1秒は1年に感じるが、魅力的な女性といる1時間は、1秒に感じる。」

全くその通りだ!高速道路を走った時間は、あっという間に過ぎ去り数秒に感じた。広島東インターを南に下り、荒神陸橋を渡る手前の交差点、赤信号で止まった。

「段原の裏山、比治山の紅葉が綺麗なんだ!是非とも案内したい。」

輝明は比治山公園駐車場で赤兎馬を止めた。ゆうこが初めて言葉を発した。

「輝明、トイレ......」まったく頭になかった。

「そうか悪い悪い、あそこがトイレだ、」

ゆうこは脱いだヘルメットを輝明に渡し、わき目もふらずにトイレに消えて行った。そうとう我慢していたのだろう......

百年の溜飲が一度に下りたかのようにすっきりした表情で出てきた。「言ってくれればいいのに?」と思ったが、うら若き乙女の気持ちが、理解できていない自分に反省した。

「静かだし紅葉が綺麗だろ?この上に公園があるんだ、ガキの頃よく遊んだ!」

「輝明、お前の家はここから近いのか?」

スッキリしたのか、ゆうこがまともに口をきいてくれた。

「よび捨てはないだろうが......」

輝明は、やれやれ、というふうに力なく笑った。

「いちおう俺は、お前より5歳も年上だぞ!小学校で言えば、俺が6年生でお前は1年生のハナ垂れだ!

それと女の子が、そんな言葉を使うんじゃない、こりゃ、先が長い......」

ゆうこが微笑みながら言った。

「It's a long road ahead.まだまだ先が長いね!」

輝明は目を丸くしていった。

「お前!施設で育ち中卒だと聞いたぞ!どうしてそんな英語が話せるんだ!?」

英語は苦手で中学生のときに、こんな英語聞いたことがなかった。

ゆうこが簡単げに言った。

「難しく考える事は無いよ、輝明!英語の曲を聴いていたら自然に分かるようになった。しゃべってる言葉の意味も分かるよ?

貴船原少女苑では、What time is it now? 今何時ですか?(掘った芋、いじるな!)って教わったけど、

洋画なんかじゃ、Do you have the time?って言ってるよ?」

そんな事で英語が話せるようになるのか?

もしかしたら、コイツ天才じゃないのかと思った。

「まぁぃぃ、それよりコイツの口の利き方を直すのが先決だ!」

どうも根っから悪い子じゃないみたいだ、公園のベンチでは、本を読んでいる人、犬と戯れている人、のどかで、穏やかな時間が流れていた。

犬を散歩している人の中で、見慣れた顔を見つけた。丹波だった。

「丹波さん!今日はどうされたのですか?平日ですよ!」

権八を躾ていた丹波が振り返った。

「誰かと思うたで!五百旗頭じゃないか!?よう(よく)合うのぉ.....

.ワシか?今日は非番なんじゃ!それより隣におる、ええにょぼ(美人)は誰なら?」

丹波は小指を立てて言った。

「もしかして、ワレのこれか?」

「違いますよ!丹波さん、名前は、"下山 ゆうこ"、

今日、貴船原少女苑を退院し、身元引受人として迎えに行ったところです。」

丹波が驚いたように言った。

「こがな子が、貴船原少女苑に世話になっちょったんか?

人はみかけじゃぁ、分らんもんじゃわ!」

そばで、話を聞いていた ゆうこ が口を開いた。

「輝明、このオッサンだれ?」呆れてものも言えない、

「言葉に気負付けろ!となんども言っているだろ?

それとこの人は、オッサンじゃない、広島県警の伊丹警部補だ!」

横で聞いていた丹波が腹を抱えて笑った。

「ゆうこ ちゃんか?見かけとは全然違う面白い子じゃのぅ!

この輝明はの、人の事を偉そうに言えん男じゃ、

"流れ星の五百旗頭"といって、レッドゾーンという族の頭をやっちょったヤツなんよ......」

ゆうこ が思い出したようにいった。

「"流れ星の五百旗頭"......?

ほうじゃ!新選組の土方歳三に似たイケメンの走り屋がおると、ウチらの仲間うちじゃぁ有名な話じゃったわ!

ねぇオッサン、この輝明が"流れ星の五百旗頭"なん?」

「だ・か・ら!オッサンじゃないと言っただろうが!!」

丹波が涙を流しながら、右手でせいした。

「ほうよ!ほうよ!コイツが、"流れ星の五百旗頭"よ、ワシとは腐り縁じゃわ!」

丹波が真面目な顔をして言った。

「ゆうこ ちゃん、コイツがあんたの保護司とは、運がエエのぅ......

流れ星の五百旗頭、期待しちょるで!この子を立派に更生せえよ、ほいじゃぁのう!権八 いぬるで!!」

丹波は振り向かず左手を大きく上げ、坂道を下って行った。時計を見たら12:00を少し回っていた。

「ゆうこ 腹が減っただろう?今から”お好み焼き ふみちゃん"の、スペシャル焼きを食わしてやる。

近くにある会社の常連客で、秋葉 加奈子 さんと言う人がいるのだが、招待しようと思っている。

昼食の都合を聞いてみる、これから、お前の退院祝いだ!」

ゆうこ は、しおらしく首をすぼめていった。

「輝明、じゃなくて輝明さん......

気を使わせてわりぃ~」

輝明は革ジャンの内ポケットから、携帯電話SH920iを取り出して開いた。

加奈子の電話番号をキーインしAF(通話釦)を押した。

呼び出し音が聞こえる......

「ハイ、秋葉です。」加奈子に繋がった。

「五百旗頭です。加奈子さん今電話大丈夫でしょうか?」

気取らない加奈子の明るい声が聞こえた。

「誰かと思うたら"としぞう"じゃない、どうしたん?」

「今日は八本松まで、保護環視対象者の子を引き取りに行き、今、帰ってきました。」

朝店の前を通ったとき、"今日は臨時休業します。" と張り紙が、されていた事を思い出した。

「そうか!それで臨時休業じゃったんじゃね!」

「昼食、何か食べました?」加奈子が答えた。

「今日は天気がエエけん、コンビニ弁当かって、比治山公園で昼食にしようかと思っちょった所よね。」

「そうですか、今から店を開けます。彼女の退院祝いを、してやろうと思ってます。よろしければ来ませんか?実は折り入って相談したい事がありまして......」

加奈子が言った。「相談って難しいこと?」

「いえいえ、加奈子さんなら簡単なことです。

保護司として彼女の担当を受けたのですが、コイツ口のきき方が最悪で、西島食品 社長秘書であらされる、加奈子さんに教育してもらえばなぁ~と思っています。」

加奈子は、文子の葬儀のとき帳場をしてくれた。達筆 及び 礼儀正しさに一目おいていた。加奈子は快諾してくれた。

「分かった!それじゃぁ今から行く、退院祝いか......それじゃぁ人数が多い方がエエね!

確か村品さん、今日は有給を取って休むと、先週いっちょったわ!村品さんもよんでもエエかね?」

「もちろんOKです!彼女を連れて比治山公園にいるのですが、急いで帰ります。お待ちしています。」

SH920iのPWR HLD(通話切り)釦を押した。

「ゆうこ 速攻で帰るぞ!今からお前の退院祝いだ!」

仲間の輪

"お好み焼き ふみちゃん"は、ソースを構成する野菜とバターとトマト、

デーツの匂いが一緒になり、焼けてうっとりするような香ばしい匂いに包まれていた。

ガラガラガラ・・・・

引き戸が開く音がした。加奈子と村品だった。店に入るなり加奈子が言った。

「"としぞう"エエ匂いじゃね!鼻から入って胃袋まで届くこの匂い。

たまらんわ!!それとウチも有給で休むことにした。」

ゆうこは、カウンターの中央に座り、輝明が焼いているのを興味津々な目をしてながめていた。

「加奈子さん、村品さん、そして我々の新しい仲間の  ゆうこ、もう少しで焼けるけんね!!」

鉄板を挟みL字になったカウンターに座っている ゆうこを挟み、加奈子と村品が腰掛けた。

村品がゆうこを見ていった。

「それにしても、ゆうこ ちゃんすごい美少女だね!僕は曲を作ってギターの弾き語りが趣味なんだけど、

君を見ていると自然にメロディーが湧いてくる!君を題材にした曲を作ってもいいかなぁ......」

ゆうこが村品を見ていった。

「へぇ~オッサンは、弾き語りが趣味なんじゃ?曲ができたら絶対に聴かせてえね!」

外見と話す言葉との、あまりにもの差に村品が完全に固まっている。

菠薐草は電子レンジ下茹でする。鍋で茹でたらビタミンが水に溶けだす。ラップに包んだ菠薐草をレンジにセットしながら輝明がいった。

「こら!ゆうこ!言葉遣いに気負つけろと、言ったばかりだろうが!これなんですよ、加奈子さん......」

加奈子が大笑いをした。

「確かに!電話で聞いた通り言葉遣い、

わや(むちゃくちゃ)じゃね!こりゃ~、やりがいがあるわ!」

加奈子は、かけていた赤渕眼鏡を外し自己紹介をした。

「ウチは、1丁目にある西島食品に勤めちょる 秋葉加奈子、歳は25独身、

仕事内容は、こう見えて社長秘書、あだ名は"カメ子" そこんとこヨ・ロ・シ・ク!」

今まで気づかなかったかったが、加奈子さんって、すごい美人じゃないか!

輝明は心の底で思った。加奈子が改まって言った。

「あなたが正しい言葉を遣い、社会常識を身につけたレディーに変身するよう、"としぞう"に教育を仰せ付かりました。」

目が点になっている。ゆうこが質問をした。

「カメ子さん "としぞう"ってだれ? で・す・か・・・」

「"としぞう"......輝明君のことよね!新選組 副隊長 土方歳三に、似ちょるけんそうよんじょるんよ、」

全く ゆうこ も同感だった。

「ほんまじゃ!ほんまじゃ!ウチらの仲間うちでも話題じゃったわ!!」

加奈子が言った。

「"としぞう" ほいで(それで)今から何を食べさせてくれるんかね!?ぶち(すごく)、楽しみじゃわ!!

鉄板の前に立ち、手拭いで道中かぶりした輝明がレンジ茹でした菠薐草を、バターがなじむまで炒め塩胡椒を振りかけた。

バターの香ばしい匂いが辺りに漂う!

全体に味がなじんだところで器に盛り付け、ウニをのせ、めんつゆをかけ加奈子に差し出した。

「先ずは、加奈子さんの大好物!”ウニホーレン”です!!」

涙が出そうなくらい美味い!一口食べ加奈子が言った。

「しあわせ~!永遠に食べ続けられるわ!!」

ゆうこも黙々と口に運ぶ、加奈子の口調でいった。

「"としぞう"ぶち美味い!

うち、こがな(こんな)美味いもの生まれて初めて食べた......」

村品も八の字眉毛をさらに下げ、満足そうに食べていた。

「次は村品さんの大好物、神石牛のサイコロステーキを焼きます!」

ジャーン!輝明はバットに入れ、常温に戻し厚切りにした神石牛のロース肉を見せた。

サシの入り方なんか芸術品だ!村品が思わず拍手をした。

「今から焼きに入ります!」

華麗な手さばきで両面に軽く塩胡椒を振った。加奈子とゆうこは言葉も発せず見とれている。

牛脂が溶けた鉄板の上に、薄くスライスしたニンニクをのせた。三人ともガーリックオイルが焼けた香ばしさに鼻をひくつかせている。

色づいたニンニクチップを小皿に取出し、ガーリックオイルの上にロース肉をのせた。

五臓六腑に響くジュゥワ~と音を発した。

均一に焼き目がつくように、定期的に肉を動かし様子を見ている。

胃を刺激するいい香り,唾液を誘出させるその匂いがたまらない、頃合いを見てひっくり返す。

芸術的な焼き目だ、輝明がドーム型のステーキカバーで覆った。肉の中心まで火を入れるためだ、

今日は ゆうこ の退院祝いだ、輝明が言った。

「ゆうこ の好きな焼き具合にする。どんな焼き具合にする?」

「はぁ......ウチ、生まれてステーキなんか食べたことがないけん、わからない です・・・」

輝明は微笑みながら言った。

「それじゃぁ、ミディアムにする。もういいでしょう!」

ふたを開けると食欲を奮い立たす芳香が立ち上がった。

手際よくサイコロ状にカットしていく、中心部がほのかなピンク色をしている。

大成功!満足いく焼き具合だ、バターを溶かし肉全面に焼き色をつけ三等分に分けた。

取りおいていたガーリックチップをのせヘラを使い三人の前に差し出しいった。

「好みでレモン汁をかけてね!」

加奈子が思わず言った。

「これ、絶対に美味いやつじゃん!!」

一口食べた村品の声が聞こえた。

「うぅ~ん!美味い!!!」一口食べた ゆうこ が固まっている。

「どうだ、ゆうこ 美味いか?今日はお前の退院祝いだ、遠慮せずに食え!」

ゆうこ の閉じた目から涙があふれた。

「ウチ、生まれて初めてこんな美味いものを食べた。

人は心の底から美味しいと思ったら、涙が出るんじゃね?」

「そうか!美味いか!?」人が感激するのを目の当たりにすると心底うれしい!

タダ爺が言った「人が生きるのは、自分以外の物を生かすためだ、自分以外の人を幸せにするために行動しろ、

相手の喜びが自分の喜びに変わったとき、お前は生まれ変わる事ができる。」

その言葉の意味がよく分かる。輝明は両手にヘラを持ち力強くいった。

「これから、”お好み炊き ふみちゃん”のスペシャルを焼かせていただきます!」

”お好み炊き ふみちゃん”のスペシャルは、肉玉そばに、いか・えび・餅 を加え 青海苔と一緒にとろけるチーズをトッピングしたお好み焼きである。

ゆうこ は焼き上がるまで微動だにせず見つめていた。

お好みソースをたっぷり塗り、青海苔を振り、スペシャルのトッピング、とろけるチーズをこれでもか!とのせた、

ドーム型の蓋を被せた。「もういいだろう!」蓋を開けた瞬間、湯気が立ち上り香ばしいかおりが店中に広がった。

ソース・青海苔・溶けたチーズが乳化したスペシャルが目の前に差し出された。

「ゆうこ ”お好み焼き ふみちゃん”のスペシャルを食べてみろ!」

キャベツってこんなに甘かっただろうか?

甘いソースとろけたチーズの融合、プリプリした海老とイカの絶妙な食感、味の深さが半端ない......

ゆうこが真剣な目をして言った。

「輝明さん、お好みの焼き方教えて下さい!」

隣に座っていた加奈子がすかさず言った。

「ゆうこ ちゃん!ちゃんとした言葉、しゃべれるじゃない!!

”としぞう” これなら正しい言葉を遣いの教育、すんなりいきそうじゃね!」

美味しそうに黙々たべていた村品が、内ポケットにしまっておいた、チケットを取り出し言った。

「輝明君のように、僕は美味しいものは作れないけど、

来月11月19日(土)18:30~ 立町にあるライブハウスの入場券がちょうど4枚あります。

みんなで行ってみませんか?」

ちょうど4枚って、村品さんなりに用意していたんだなぁ......

加奈子がすぐに反応した。

「ライブハウスってどんなところか、一度いってみたかったんよ!

"としぞう"、ゆうこ ちゃん いってみようよ!!」

ヘラを使い、鉄板に残った焦げを落としながら輝明が言った。

「俺も初めてです。加奈子さん、行きますか!!

未成年の ゆうこ は、俺が保護司として責任をもって連れていきます。」

八の字眉毛の村品が、うつむいて言った。

「最後部で、いつも一人ぼっちでコッソリ演奏を聴いているんですよ。

楽しみだなぁ~みんなで盛り上がるの!

僕にできる ゆうこ ちゃんへのお祝い、こんな事しかできませんから......」

中学までの学校生活は最悪だった。施設育ちだとレッテルをはられ、事件が起きれば、いつも ゆうこ のせいにさせられた。

お金を取られたと職場の同僚ともみあいになった。

絶対にそんなことはしていない!

気がついたら作業につかう木の棒で殴り続けていた。

「何を言ったって、自分の事なんか信じてもらえない、」一言も弁明しなかった。

未成年だった ゆうこ は、窃盗・傷害事件を起こしたとし家庭裁判所から、貴船原少女苑に送られた。

今まで自分を取り囲んでいるヤツは全て敵だった、でも、輝明、加奈子、村品さんは違う。他人からこれほど優しくされたことはなかった。

自分に吹く風向きが、変わったのを感じた。

一片付けを終えた輝明が、被っていた道中かぶりを手に持ち言った。

「なぁ、ゆうこ お前は決して一人ぼっちじゃない、

俺たちがそばにいる!その事だけは忘れるんじゃないぞ!」

唖然(あぜん)

18:00にもなると外は真っ暗になった。秋の日はつるべ落としだ。

「ゆうこ お前いつまでおめかししてるんだ!ちゃんとチケットは持ったのか?」輝明の声が聞こえた。

「輝明!ジャン! That suits? 似合う? これ加奈子さんのお下がり!!」

着飾ることをしない加奈子は会社も近いこともあり、いつも西島食品の制服姿通勤だった。

私腹を着た姿を見たことがない、お下がり!とか言って ゆうこ の為に用意したんじゃないか?と輝明は思った。

上は真っ白いのニットセーター 下は若草色のロングマーメイドスカートを着こなした ゆうこ がいた。超美少女だ!

洒落たことを言ってやりたかったが「おぉ......」としか言葉が出ない、

「ライブハウスは、ここから徒歩で30分だ、段原1丁目にある広島電鉄 段原変電所前の歩道で加奈子さんと待ち合わせをしている。行くぞ!」

広島電鉄 段原変電所前の歩道にオーラを放っているレディーがいた。

輝明は目を疑った。加奈子だった。加奈子の私服姿を見たのは初めてだ、しかもトレードマークの赤渕眼鏡をかけていない、

輝明と ゆうこ を見つけた加奈子が手を振った。

「加奈子さん、誰かと思いましたよ。」

隣にいる ゆうこ もキョトンとしている。

「ゆうこ ちゃんの教育係として、今日から”カメ子”から秋葉加奈子に変身する事にしました。よろしくね 輝明君、ゆうこ ちゃん!」

どうしたんだ、今日は、さっきからビックリする事ばかりだ......

「それでは、立町にある4.14を目指し参りましょう!」

歓楽街、流川通の入り口にさしかかったときだった。「おい!おい!!」大きな声が耳に響いた。安芸爆走群の滝沢だった。

「おい!五百旗頭!何事なら?両手に花か......奇麗な姉ちゃんを連れて、ワリャ~大したもんじゃのぅ!?」

ゆうこが滝沢をにらみつけている。

「おいおい!お嬢ちゃん、そがに(そんなに)にらみんさんなや、かわいい顔が、だいなしじゃ!!」

ゆうこを後ろに隠した。

「この子に触るんじゃない!」

「パシ吉のことを丹波にチクリャぁあがって!お礼はたっぷりさせてもらうけんのぅ、」

こっちの奇麗な姉ちゃんは誰なら?」

加奈子さんを指さして言った。

「ウジ虫どもに答える必要はない!」

「なんじゃと!オドリャ~」

滝沢の取り巻きが吠えた。

取り巻きを制し滝沢が言った。

「ほいでワリャ~ いまなんしょうなんなら?」

「俺か?この子の保護司をしている。」

眉間にしわを寄せ滝沢が言った。

「保護司とは何なら?」

ゆうこ を後ろに隠した手を、大きく広げた輝明が言った。

「保護司は、社会奉仕の精神をもつて、犯罪をした者の改善及び更生を助けるとともに、犯罪の予防のため世論の啓発に努め、もつて地域社会の浄化をはかり、個人及び公共の福祉に寄与することを、その使命とする!」

「何じゃと?笑わせるなや、、もと族の”流れ星の 五百旗頭”が!」

滝沢が腹を抱え笑いころげた。

「それで、滝沢、お前は今なにしてるんだ、、」

「ワシか?ワシは、赤龍会の若頭 城崎さんに世話になっちょる。」

滝沢が血走った眼で睨みながら言った。

「おう!五百旗頭の後ろに隠れちょる可愛い子ちゃんよ、こっちへこいや!」

「この子に触るなと言っただろうが!!」

「五百旗頭!おどりゃぁ~痛い目にあわんにゃ、わからんようじゃのぅ......」

滝沢が力に任せて殴りかかる。輝明は無抵抗だった。ゆうこ の手をつかもうとしたとき加奈子が言った。

「滝沢さんとか言いましたよね?それくらいにされたら如何ですか?」

「何じゃぁと、この尼が!笑わせるんじゃないで、怪我をしとうなかったら引っ込んじょけや!エエ気になりゃぁあがって!!」

加奈子に掴みかかろうとした、滝沢が宙を舞った!

「おどやぁ~クソ尼!!」

滝沢の取り巻きが襲い掛かった、

取り巻きどもが、次々と宙に舞う......

通報を受け赤色灯を回転させ、けたたましいサイレンを響かせパトカーが、逃げ道を潰すように停車した。

「滝沢!!ええ加減にしちょけよ!」

大きな声が響いた。丹波だった。

「ありゃ!五百旗頭じゃないか!?おぅ!君は確か ゆうこ ちゃんとかいったよのぅ、どうしたんなら?」

丹波が冷静に身だしなみを、整える加奈子を見つけた。

「これは、これは、秋葉 先生!こんなところでどうなされましたか?」

「秋葉 先生?」

いろんなことがあってもう訳がわからない、丹波が言った。

「五百旗頭、比治山神社の近くに 合気道の秋葉道場があろうが、このお方は、そこのお嬢さんで合気道4段だ!

ワシはお嬢さんに合気道を教えてもろちょる、先生、お怪我はございませんでしたか?」

身だしなみを、整えた加奈子が言った。

「滝沢さん、赤龍会の構成員とか言われましたよね?丹波さん このような人を野放しにされるの、如何なものかと思いますよ?」

「城崎のフンドシ担ぎをしちょる、こいつがが赤龍会の構成員じゃと?」

丹波が大笑いをした。滝沢の首根っこを力いっぱい掴み上げ丹波が言った。

「滝沢、赤龍会の大紋を語り、何を息まいちょうるんなら!話はゆっくり署で聞かせてもらうわ!城崎にどういう躾をしちょるんか聞いてみんにゃいけんのう......」

風船のガスが抜けたように小さくなった、滝沢と取り巻きを、しょっ引きパトカーが去っていった。時計を見たらすでに19:00を回っていた。

「ゆうこ 加奈子さん、ライブハウスに急ぎましょう!」

ライブハウス 4.14では、会社帰りに直接きた村品が最後部で演奏を聴いていた。

インディーズバンド(インディーズ=アマチュア バンド)扇風機maniaの”険しき想い”の曲が終わった。

音楽は、音を聞く。でも、ライブを楽しむ要素は、耳だけではない、目の前の演奏姿を見たり、ライブハウスの熱気を体感したり、鳥肌が立った。

出勤カバンを片手にたたずむ村品に話しかけた。

「村品さん!遅くなりました!!」

髪を8:2に分け八の字眉毛の、村品が言った。

「何かあったのかと心配しましたよ。

体の五感で体感するライブ演奏は迫力があるでしょう!?

加奈子さん ゆうこ ちゃん 輝明君、演奏している近くで楽しみましょう!!」

そう言うと3人を最前列に引っ張っていった。扇風機maniaがMC(曲と曲の合間のトーク)をしていた。

ゆうこ が言った。

「村品さん MCって(master of ceremony)の略のことよね?」

「・・・・そうかなぁ~僕には分からないや!」

ステージの上から二人のやり取りの一部始終を見ていたリードボーカルが言った。

「今日は見かけない叔父さんが、若い女の子を連れていらしてます!」

村品と ゆうこ がステージ上に上げられた。照明が熱い、脂汗が拭いても拭いても溢れ出す。そんな村下にリードボーカルが言った。

「叔父さんの趣味は何ですか!?」

ステージ下の輝明と加奈子が叫んだ。

「村品さん、頑張って!!」

困りきった表情の村品が声を絞り出した。

「趣味は、曲を作りギターの弾き語りです......」

マイクを握っているリードボーカルが言った。

「最近、どんな曲を作られましたか!?」

「・・・・・」

しばらく沈黙していた村品が口を開いた。

「最新作は、春雨 と言う曲です。現在、ここにいる ゆうこ ちゃんを、題材にした曲作りの真っ最中です。」

リードボーカルが言った。

「裕也!そこのギター持ってきて!!」

リードボーカルがギターを村品に差し出した。

「叔父さん!これで自慢の曲を聴かせて下さい!!」

究極に困り果てた顔をした、村下に大きな声が飛んだ。

「村品さんの曲、聴かせて下さい!頑張って!!」

輝明と加奈子だった。観念したのか、ギター演奏椅子に腰かけた村品が弾き始めた......

見た目では、とうてい想像できない美声がホール中に響き渡った。

あれほど騒がしかったライブハウスが、水を打ったように静まり返っている、

横で聴いていたリードボーカルも、呆然として身じろぎもしない、

ゆうこ も固唾をのんで聴いる、

「村品さん......す、凄すぎるよ......」

ステージ下では輝明と加奈子が、目を大きく見開らいたまま固まっていた。

惜しみない拍手が、村品におくられた......

帰り道、輝明がポツリといった。

「今日は、唖然とすることだらけだったなぁ~」

加奈子もゆうこも、全く同感だった。

『春雨』
歌 : 村下孝蔵
作詞・作曲:村下孝蔵


リリース: 1981年

【ストーリー 3】 著: 脇屋 義直
【ストーリー 4】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

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