【blog小説】星降る夜に エピソード 2

山陽自動車道(下り線)
宮島サービスエリアに、

フルオープンの真っ白い
4代目ロードスターNDが止まった。

建物に隣接する園地には展望台があり
そこから、瀬戸内海に浮かぶ宮島の、

全景と瀬戸内の多島美が
眺める事ができ、ここからの景色は、
山陽自動車道随一と言われている。

サービスエリア内の公園には、
安芸の宮島の"大鳥居"を
モチーフにした、

朱色の大きな鳥居があり。

双眼鏡も設置され
対岸の世界遺産 宮島が
無料で眺望できる。

運転席と助手席の後方の間、上部にある
ソフトトップロックレバーを解除した。

ロックが外れ、折り畳んでいた
黒いソフトトップが浮き上がった。

ソフトトップを閉めるのは,
いとも簡単だ、

ルーフサイドを持ちながら
ゆっくり引き上げ
フロントガラス側に押し当てる。

フックがストライカーに
かかっていることを確認し、

ロックレバーをゆっくり動かす。

カチッと音がし
室内と大空の間に屋根が張られた。

6速マニュアル車が欲しかったが、
自分だけが運転するのではないので
AT(オートマ)車にした。

ホーンボタンの左にある
モード切り替えスイッチを押し、
ここまでの平均燃費を確認する。

3連メーターの一番左側中央部に
数値が現れた。

14.8km/L

「スポーツカーとしては合格点だ!」

AT車は、ブレーキをかけ減速させたら
自動的に変速するが、
この車の変速は気持ちがいい!

エンジン回転数が自動で
ハネ上がり変速する。

これをマニュアルで行うには、
クラッチを踏んでシフトレバーを
1弾下げるタイミングで、

ブレーキペダルとアクセルペダルを
同時に踏む必要が有る。

目的は、エンジン回転数を上げる
ことにより
スムーズな立ち上がりをさせる為で、

この操作をヒール&トウと呼ぶが、
ロードスターのATは自動で、

この動作が行われるよう
プログラムされれいる。

技術は進歩したものだ。

この車に取り付けられている
安全装置でふだん運転中
お目にかかる事はないが、

特に気に入ったものがある。

フロントバンパーに衝撃を受けたとき、
仕込まれた火薬がさく裂し、

ボンネットが数センチ
浮き上がるようになっている。

この車は特別車高が低い為、
歩行者をはねたとき足をすくい、

頭が硬いエンジンブロックに
叩きつけられる恐れが高い、

その衝撃を緩和する為に
ボンネットが跳ね上り、

エンジンブロックとの隙間を
確保する装置がついている。

運転を快適にする装置ではないが
非常に評価している。

プッシュボタンを押しエンジンを止め、
車から降りてドアを閉めた。

1cmほど開いていた窓ガラスが
ソフトトップに押し当てられ閉まる。

ソフトトップの気密性を上げるためだ。

車から離れるとピッ!と音がし
ハザードランプが点滅して、
自動で鍵がかかった。

5m以上あるだろうか?

鳥居を潜り、
テーブル付きのベンチに腰をかけ、
サングラスを外した。

向かい側の山からは、
鳥のさえずる声が聞こえる。

春の日差しが温かく風が心地いい、

今までの出来事が
走馬灯のように駆け巡った。

34歳になった、五百旗頭であった。

訣別(けつべつ)

レッドゾーンの一員となった智吉は、
東雲(しののめ)1丁目にある、

五百旗頭の住むメゾン桜
602号室に居候した。

「智吉、一人くらい何とかなる。」

と、言ったが、毎朝2時に起床し
朝刊配達のアルバイトを始めた。

勤めている板金屋は近く道を挟んで
目の前にあり必要な工具は、
貸してもらった。

智吉は、メカに強く
Vmaxの整備をするようになった。

高山から譲り受けたVmaxも
走行距離が5万キロを超えていた。

バイクの点火プラグは一般的に
3000km~5000kmの走行で
交換を行うのが望ましい。

Vmaxのエンジンは、

名の通りシリンダーが
前後V型に開いていて、

左右に2気筒づつ分かれ
合計4本の点火プラグがある。

点火プラグとは、シリンダー内にある
ピストンで圧縮された
混合気に点火する装置で、

電気的にスパーク(火花)を
発生させるものである。

今日は、休日で会社が休みだ。

休みでも目覚まし時計を7:15に
鳴るようにセットしている。

耳がビリビリ震える、
目覚まし時計が鳴り響いた。

呆然としていた思考回路が繋がった、
そうだ!今日は休日だ!!

鳴り響く音を止め
再び布団をかぶった。

この世の至福の満腹を味わう。

あえて休日でも目覚まし時計を
鳴るようにしている。

幸せな気持ちが2倍にも
3倍にも増幅するからだ、

一寝入りしたら自然と目が覚めた。
時計の文字盤を見る、

9:24か......

キッチンからいい香りがした、
智吉が朝食を作っていた。

「智吉、今日は休日だよな?」

「輝明さん、お目覚めですか?

智吉は、毎朝新聞配達を終え
6時には帰宅していた。

昨日は、イオンが5%値引き
じゃったけん、
食材買いこんでおきました。

もうすぐトーストが焼きあがるんで
待っちょいて下さい!」

食事の準備は、
智吉が決まってしてくれる。

「智吉、いつも悪いな!

俺は洗濯をさせてもらうよ。
と、言っても、

洗濯物をぶち込んで
釦を押すだけだがな。」

「気にせんでください!

輝明さんは、ゆっくり
しちょってください!!」

テーブルに腰かけテレビをつけた。
こいつらしつこい!

日朝首脳会談で
金総書記拉致の謝罪の事を、

サンデーモーニングのコメンテーターが
オーム返しのごとく話をしていた。

お花畑評論家のお伽噺話
(おとぎばなし)はうんざりだ!

おまえら、ついこの前まで
「拉致など無い!」とか
ほざいていたじゃないか!?

どの口が言う!!

すぐにチャンネルをかえた、
どこの局もろくな番組はない。

テーブルに置かれていた月刊
“オートバイ”のページをめくった。

ホンダCBRの特集記事が載っていた。

「智吉、この月刊 オートバイ、
買ったのか?」

「ハイ!今月号はCBRの特集
しちょったんで買いました。」

「智吉は、CBRが欲しいのか?」

焼きあがったトーストに
ゆで卵とサラダ、しかもコーヒ付き、

まるで喫茶店のモーニングセットだ!

トレイをテーブルにのせ笑顔で言った。

「CBRは高こうて手が出ません、
眺めちょるだけです。」

五百旗頭は高校を中退し金を貯め、
手に入れた
憧れのNC36の記憶が頭をかすめた。

「お前もバイク、
本当に好きだなぁ......」

智吉が、トーストを
かぶりつきながら言った。

「Vmaxそろそろ点火プラグ
替えんといけませんね。

これを食ったら
プラグ替えましょう!」

智吉はプラグに刺さっている
4本の電気コードを抜いた。

至って作業は几帳面だ、

プラグを外したときシリンダー内に
ゴミが入らないように整備工場では、

空気コンプレッサーを使い
エアーでゴミを吹き飛ばす。

空気コンプレッサーなどないため
智吉は、どこでも手に入る、

空気スプレー缶(エアダスター)を
使い清掃した。

交換する点火プラグは
アイドリングが安定する、

先端の両サイドから
中心の電極を覆った
クワガタ式の物だった。

指定のプラグ型式JR8Cの
ネジ山にグリスを塗った。

それを車載工具に入っている
プラグ回しと、
22mmのレンチを使い取り替えた。

4本のプラグ交換にかかった時間は
15分、鮮やかな手さばきだった。

智吉は言った。

「輝明さん、エンジンを
かけてもらえますか!?」

五百旗頭はVmaxに跨り
セルモーターを回した。

重低音のエンジン音が響き渡った。

「智吉、いい感じだ!」

智吉が言った。

「輝明さん、ついでに
エンジンオイルも交換しときます。

このまま暖機運転して下さい。」

オイル交換にて暖機運転をするのは、
オイルを温め
粘度を下げるのが目的だ、

時間にして10分弱回しただろうか?
智吉がエンジンを触って言った。

「輝明さん、温まりました!

今からオイルを交換しますけん、
エンジンを止めて下さい!」

智吉は、空気の流れを確保する為、
エンジンの右側にある足を乗せる
ステップ横のオイル注入口の蓋を開け、

真下に廃油を受けるために
トレーを敷いた。

続いてエンジンの真下中央にある
ドレインボルトを17mmの
ラチェットを使い緩め、

手で回し外した。

エンジンで温められた真っ黒い廃油が
糸を引き、受けに溜まっていく......

全ての廃油がしたたり落ちたのを確認し
パーツクリーナーで、

ドレインボルトのネジ山と、
廃油口清掃しボルトを締め込んだ。

五百旗頭は思った。

食事を作るときもそうだが、
メカを扱うときは特に繊細だなぁ......

トレーに溜まった約3.5Lの廃油を
収集剤が入った廃油処理箱に移し
智吉が言った。

「今回は、オイルエレメントを
交換しないんで10W-50の
パワー1レーシング、

3.5L入れておきます!」

五百旗頭は思った。

こいつ、完全に
整備士のアンちゃんだよ。

智吉はオイル注入口にジョウゴを刺し、
新しいオイルを注入した。

新しいエンジンオイルが
吸い込まれていく。

オイル注入口のキャップを絞め
満面の笑みを浮かべ言った。

「輝明さん、
これで当分大丈夫です!」

この前は、ダミータンク下にある
エアフィルターを交換し、

シート下にある
バッテリーも交換してくれ、

Vmaxを自分の愛車のように
いつもピカピカにしてくれた。

本当に有難かった。

「智吉のおかげで絶好調だ!

それといつも磨いてくれて、
有り難うな!」

いつもの、
フルフェイスヘルメットをかぶり、

智吉専用の星が描かれた
ヘルメットを渡した。

「よし、今からテスト走行だ、

乗れ!!」

智吉がエンジン音に
負けないくらいの大声で言った。

「ワシ、いっつも乗せて
もろうちょるばっかりですけん!

それと居候させてもろて
感謝しきれません......」

五百旗頭がハンドルを握った。

「桜が見ごろだ!

今から黄金山公園までぶっ飛ばすぞ!」

黄金山公園では千本桜が咲き誇り、
眼下には自然と人工物が調和した
絶景が広がっていた。

五百旗頭がVmaxの
エンジンを止め言った。

「智吉、普通自動二輪の免許、
取ったんだったよなぁ......

ガタガタだが、俺が乗っていた
NC36お前に譲るから
整備して乗ってみるか!?」

智吉は、純粋な子供ように
目を輝かせて言った。

「ワシなんかが、輝明さんのNC36、
乗ってもエエんですか!?」

「もちろんだ!

だが、NC36酷使して
そうとうガタがきてる。」

「ワシ!絶対に
蘇らして見せますけん!!」

五百旗頭は、苦労しNC36を
手に入れたときの自分を思い出した。

無邪気に喜ぶ智吉を見て
理由はわからないが、
幸せな気持ちでいっぱいになった。

「智吉!整備の腕前、拝見だ!!」

あれから4か月経った......

ピカピカに整備され新車に
生まれ変わった
NC36に乗り智吉が現れた。

「輝明さん!

エンジンもオーバーホールして
53馬力出る事を確認しちょります。

メーター周りも
多機能メーターに取り替えました。

左右にあるメーターの中に絵文字の形で
オイル警告灯、水温警告灯、
ニュートラルランプ類のほか、

走行距離メーターも
デジタル表示に変わっていた。

キーシリンダーの鍵を中央に回した。

左右メーターの針が
右一杯振りきれるまで回り
全警告ランプが点灯した後、

0に戻った。智吉が言った。

「ほんまに(ほんとうに)ワシ、
これに乗ってもエエんですよね?」

「もちろんだ!

しかし、コイツを思うように
乗りこなすには伎がいる、

NC36を得意とする
川柳に特訓してもらうことにする。」

そう言いって川柳に電話をかけた。

「......川柳、頼みがあって電話入れた。

昔、俺が乗っていたNC36、
智吉が見事に蘇らせた。

そこでだ、NC36を生かす乗り方を
智吉に教えては、
もらえないだろうか?」

川柳が言った。

「五百旗頭さん、智吉が蘇らせたと言う
NC36見せてもらえないでしょうか?

それを見て、
どうするか決めさせてもらっても
宜しいでしょうか?」

「もちろんだ!

川柳、そのNC36だが、
今、目の前にある。

見てもらえるか?」

「了解しました。今から向かいます!」

川柳のNC36が水冷とは思えない
渋い排気音を驚かせ現れた。

一目見るなり川柳が言った。

「これ本当に智吉が蘇らせたのか?
まるで新車だ、
俺のNC36より断然いいじゃないか!?

お前すごい才能あるなぁ......

五百旗頭さん、分かりました!
俺が責任をもって乗りこなせるよう
コイツを指導します!」

智吉が力を込め、
よそ行きの言葉で言った。

「川柳さん!よろしくお願いします!」

川柳が言った。

「NC36のエンジンは、
軽く10000rpm以上回り、
また、低回転からもトルクがあって、

立ち上りや出足加速も良い、

回してもピークを感じないから常に
エンジン回転計を確認して乗るんだ!

11,500rpmを超えレッドゾーンで走り続けると
エンジンがブロー(壊れる)する、

それとバイクを乗る基本だが
重心は低く腰で乗るんだ!

分かったら俺についてこい!!」

4気筒独特の排気音が
遠ざかっていく......

川柳と智吉が点になり消えた。

あれから2週間が経った頃だった、

智吉が川柳を抜き去り
どんどん加速して行く。

「智吉!スピードの出しすぎだ!!!」

上り下り、4車線ある広い交差点に
凄まじい衝撃音が響いた!

次の瞬間、宙高く放り出された
智吉が回転しながら、

まさに空から降ってくるように
路面に叩き付けられる様子が
川柳の目に飛び込んだ。

呆然と立ち尽くすトレーラーの運転手、
智吉はピクリとも動かない、

けたたましいサイレンを響かせ
救急車が到着した。

警察官が交通整理をしながら
現場検証を行っている。

救急隊員が脈拍を確認した

「隊長、心拍数0です!]

救急隊長が指示を出す。

「ADE(自動体外式除細動器)を
使う。」

隊員が携帯用ADEの蓋を開け
スイッチを入れた。

智吉の胸に電極パットを貼る。
隊員が呼称した。

「ショック釦 ON!」

体が跳ね上がったが、心肺停止のままだ
脈拍が回復しない......

「心臓マッサージを続けろ!」

智吉がストレッチャーに乗せられ
救急車に運び込まれる、
救急隊員が言った。

「同乗される方はいませんか!!」

ヘルメットを
被っていることさえ忘れていた。

川柳が同乗した。

救急隊員は、電話で
受け入れ病院を探していた。

「受け入れ病院が決まりました。
搬送時間は約8分!

これから広島赤十字・原爆病院に
向かいます!!」

けたたましい
救急車のサイレンが鳴り響いた。

車内では心臓マッサージが
休むことなく続けられてる。

同乗した川柳に隊員が言った。

「心停止から8分を超えると、
死亡する可能性が高まります。

非常に厳しい状況です。」

国泰寺交差点にさしかかった、
信号は赤だ、
救急隊員がマイクを握った。

「救急車が左折します!
お気負付けください!!」

救急車は、止まることなく
赤信号を左折した。

車内にある脈拍計は0のままだ!
救急隊員が言った。

「後、600mです!」

救急車は、
東棟1階救急玄関に滑り込んだ。

ストレッチャーが降ろされ搬入される。

待ちかまえいた医師が脈拍を確認、
着ている服をハサミで切り裂く!

大きな声で処置の指事が響いた。

「アドレナリン、アミオダロン、
リドカイン、マグネシウム 投入!!」

智吉は、3CmのICUに姿を消した。

五百旗頭の携帯が鳴り響いた。
川柳からだった。

乱れ興奮した声から、
ただ事ではない事が
ヒシヒシと伝わってきた。

「五百旗頭さん!

今、広島赤十字・原爆病院、
東棟3FのICU救急病床にいます。

智吉が、智吉が......

大型トレーラーと衝突し
救急車で搬送されました!」

五百旗頭は、
全身から血の気が引くのを感じた。

「なに!それで
智吉の状態はどうなんだ!?」

「・・・・・・」

川柳の声が途絶えた、

「おい!川柳!!!!」

絞り出すような声で川柳が言った。

「NC36、形が有りません......
心肺停止の状態です。」

「わかった直ぐ行く!

千田町の広島赤十字・原爆病院、
東棟3FのICU救急病床だな!!」

「そう東棟です。中央にある
時間外出入口の突き当りに
エレベーターがあるので、

それで3Fまで上がって来て下さい。」

五百旗頭は広島赤十字・原爆病院に向け
Vmaxをぶっ飛ばした。

どのように行ったのか
まったく記憶がない、

20分は、かかっていないと思う。

廊下の長椅子に座り血の気が引き
青ざめ項垂れている川柳を見つけた。

五百旗頭を見つけ川柳が、
嗚咽をもらしながら言った。

「智吉、亡くなりました、
即死に近かったそうです......」

五百旗頭は、言葉が見つからなかった。

「事故を起こしたのは出汐の交差点で、
駅方面に右折しようとしていた、

大型トレーラに猛スピードの
智吉が突っ込みました。」

しばらくの沈黙の後、
振り絞るように川柳は言った。

「五百旗頭さん、
智吉は言っていました。

ワシまじめに勉強して、
整備士になろうと思うんじゃと......

絶対に輝明さんに
恩返しするんじゃと......」

五百旗頭は、核ミサイルを撃ち込まれ、
止めを刺されたかのように固まった。

「自分がついていながら、
五百旗頭さん申し訳ありません!

俺はこれ以上、レッドゾーンで
走る事はできません!!」

平成14年3月28日広島市条例第39号
広島市暴走族追放条例可決

(目的)
第1条 この条例は、暴走族による暴走行為、い集、集会及び祭礼等における示威行為が、市民生活や少年の健全育成に多大な影響を及ぼしているのみならず、国際平和文化都市の印象を著しく傷つけていることから、暴走族追放に関し、本市、市民、事業者等の責務を明らかにするとともに、暴走族のい集、集会及び示威行為、暴走行為をあおる行為等を規制することにより、市民生活の安全と安心が確保される地域社会の実現を図ることを目的とする。

第16条 何人も、次に掲げる行為をしてはならない。

(1) 公共の場所において、当該場所の所有者又は管理者の承諾又は許可を得ないで、公衆に不安又は恐怖を覚えさせるようない集又は集会を行うこと。

(罰則)
第19条 第17条の規定による市長の命令に違反した者は、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

広島市暴走族追放条例施行規則(平成14年3月29日広島市規則第63号)

第3条 市長は、条例第17条に規定する中止命令等を行う際に、条例第16条第1項第1号の行為が威勢を示すことにより行われたときに該当するか否かを判断するに当たっては、次に掲げることを勘案して判断するものとする。

(1) 暴走、騒音、暴走族名等暴走族であることを強調するような文言等を刺しゅう、印刷等をされた服装等特異な服装を着用している者の存在

(2) 明らかに人物の特定を避けるために顔面の全部又は一部を覆い隠している者の存在

(3) 他の者を隔絶するような形での円陣等い集又は集会の形態

(4) 暴走族名等暴走族であることを強調するような文言等を刺しゅう、印刷等をされた旗等の公衆に対する掲示物の存在

(5) 暴走族であることを強調するような大声の掛合い等い集又は集会の方法

(6) その他社会通念上威勢を示していると認められる行為

(2002年4月1日に施行、罰則は5月1日から適用。)

五百旗頭の携帯電話が鳴った。
伊丹からだった。

伊丹は諭すように、
ゆっくり話し出した......

「のう、五百旗頭、
ほんまに(ほんとうに)高橋 智吉......

残念じゃったのぅ、
ほいじゃが(だけど)道交法を無視し、
ワレらが追い求めたドラックレース、

いかに速く走るかを目的にした
レッドゾーンという集まりは、

何じゃったんかの?

そのザマ(結果)が、
これじゃぁなぁんか?

広島市暴走族追放条例が
4月から施行じゃ!

ええ加減、
足を洗ええや......」

伊丹の言う事に1mmも
反論する事ができなかった。

レッドゾーンを襲った仲間の死、
智吉を失ったショックは、
原爆以上の破壊力があった。

五百旗頭は20歳になっていた。

2002年5月、レッドゾーンは
解散届を県警に提出し
一切の活動を終えた。

五百旗頭は、勤めていた
板金屋に退職届を出した。

お世話になりっぱなしの高山がいた。

「高山さん、
今まで本当にお世話になりました。

実家のお好み焼き屋を
手伝おうと思っています。」

首にかけたタオルで
汗をぬぐいながら高山が言った。

「五百旗頭のショックは、
痛いほどわかる、

これからは、
智吉の分まで生きろ!」

高山がVmaxの
ナンバープレートを外し始めた。

「五百旗頭、

Vmaxも、
今日をもって引退だ、

社長と話した、このVmaxは、
俺たちの記念として
会社に飾る事にした。

こいつに会いたくなったら
いつでもこい!

タクシーを呼んでいる、
実家に帰ったら頑張るんだぞ!!」

10分程度でタクシーが到着した、
荷物は手提げカバン一つだった。

タクシーの運転手に行き先を告げた。

「段原2丁目、
お好み焼き ふみちゃん......」

広島市南区の段原地区は、
比治山の陰となり
原爆による焼失を免れた。

原爆被害を免れた段原には、
家を失った人たちが大勢移り住み
市内きってのにぎわいを見せた。

残った古い街並みは、被爆地の
復興事業の対象から外れ
インフラ整備が先送りされた。

戦前からの住宅と戦後建てられた
バラック住宅が密集、
その間を狭い道が縫い、

下水道も通らなかった。

ようやく市の再開発が始まったのが
1973年、今ではその痕跡すらない。

ビルや住宅が整然と立ち並び、
一部に更地が残るだけとなっていた。

五百旗頭の母、文子が経営する
"お好み焼き ふみちゃん"には、

昔から通う近所に住む常連客が
たくさんいた。

同じ南区にある西島食品に勤めている
秋葉 加奈子(あきば かなこ)、

目と鼻の先に住み、子供のころから通う
村品 孝蔵(むらしな こうぞう)も
常連客の一人だった。

加奈子は、着飾ることに全く興味が無く
赤渕眼鏡をかけ、
地味で何をやってもドンくさく、

あだ名は"カメ子"と呼ばれ
コピーやお茶くみの
雑務ばかりの日々を送っていた。

一方、中年サラリーマンの村品は、
趣味がギターの弾き語りで
髪の毛を8:2に分け、

ふっくらした絵にかいたような、
中年サラリーマンそのものだった。

文子は日頃から輝明の事を、
バカ息子!と呼んでいた。

輝明にとって
"お好み焼き ふみちゃん"は
100mくらい敷居が高かったが、

レッドゾーンを解散し目標もなくなり、
清水の舞台から飛び降りる覚悟で
暖簾(のれん)を潜った。

5年ぶりだった、
文子は無言でお好みを焼いている......

焼けた香ばしいソースの匂いと共に店は
張り詰めた空気でいっぱいになった。

時間にして数分の沈黙であったが、
五百旗頭には1年以上にも感じた。

気まずい空気に我慢ができず、
席を立ち、
外に出ようとしたときであった。

お好みを焼きながら
文子が小さな声で言った。

「輝明!お前、何しに帰ってきた!?」

加奈子は、昼食に、
お好み焼きを食べようと訪れていた。

空気が読めない......

「おばちゃんが、いつも言っている
バカ息子の輝明ってこの人なん?

それにしても新選組の副長、
土方歳三に似た、
エラいイケメンじゃねぇ......」

「かなちゃん、何を言ようるん?

コイツは、バイク欲しさに
勝手に高校を中退し、
出て行った大バカものよね!

今更どの面下げて....
..
ほんま(ほんとうに)情けないわ!」

加奈子は、まったく空気が読めない。

「ほいでも(だけど)おばちゃん、
輝明さんが店におったら、

"ふみちゃん"すぐに話題になって
女子のお客さんが、
殺到すると思うよ!?」

輝明は暖簾をくぐり、
店を出ようとした。

焼きあがったお好みに、
青海苔を振りかけながら文子が言った。

「することがないんか!?
どうしようもないバカ息子じゃわ、

バカタレが!やることがないんなら、
そこのキャベツでも、
切っちょけ(切ってろ)!」

とにかく空気が読めない、
加奈子が止めを刺した。

「輝明さん、ずっとここにおるんよね?

おばちゃん!
大繁盛間違いなしじゃわ!

会社に帰ったら
皆に言わんといけん!」

「かなちゃん!

お好みは顔じゃぁ焼けんのんよ......」

口ではそう言っていたが、
心の中は嬉しそうだった。

加奈子は、見逃さなかった。
すべて計算通り!

「全てうまく行ったじゃない!」

爽快な気持ちでいっぱいだった。

お好みを食べ終わった
加奈子が言った。

「輝明さん、土方歳三に似ちょるけん、
今度から"としぞう"って、
よんでもエエね!!」

輝明は複雑な気持ちだったが、
目の前にそびえる高い障害物を
超えられた安ど感で、

胸のうちのどこかが、
ほっとゆるんだのがわかった。

例えようのない
温かいお湯のようなものが、
全身をゆっくりとめぐった。

現実は甘くなかった。

退屈でしかたがない、
一日が一月のように長い......

輝明は山積みにされ、
今にも崩れ落ちそうに
積まれたキャベツの玉を、

まな板の上に取出しては、
不器用な手さばきで黙々と刻んでいた。

これという定った目的も、
もたない輝明は、一日が永く、
捨てられた石のように退屈だった。

文子の声が響いた......

「輝明!おまえキャベツをきざむのに、
いつまでかかっちょる!?」

"ふみちゃん"では、キャベツに
拘りがあり、今では流通の少ない、

母の田舎、呉広の広甘藍
(ひろかんらん)と言う品種を
昔から使っている。

広甘藍の特徴は、何と言っても
食味の良さで甘みがあり、

通常のキャベツに比べ
水分を多く含むため、
葉が柔らかくてみずみずしい。

文子は輝明がきざんだ、
山盛りになったキャベツを手に取った。

「輝明!広甘藍を使うときは、
もっと幅広に切れと言ったじゃろ?

それと長さが短い!

芯を落としたら下にして
繊維を断ち切るように
扇型に切る感じじゃと、

お前、なんべん言ったらわかる!

ほいで全体を混ぜあわせたんか?」

文子の言う事は、
理論的に100%合っている。

キャベツを刻む一番のコツは、
長めに切ることだ、
広島お好み焼きは、材料を積み重ねて、

何度かひっくり返して焼く、

長さをとることで、
返しやすくまとまりやすくなる。

又、キャベツ同士が絡まって
蒸気の通り道ができる。

キャベツは部位によって味が違う、

切り終わったら全体を混ぜ合わせる
ことにより、
甘みや蒸らし具合が均等になる。

文子が手荒い動作で、
呆然とし身じろぎもしない輝明の手から
むしり取るように包丁を奪った。

「おまえこの包丁、いつ研いだ!」

「......昨日かのぅ?」

「バカタレ!切る前に
包丁を研ぐように
ゆうちょるじゃろう......

切れん包丁で切ったら
細胞が潰れてうま味がのうなる、

お好みはキャベツが命なんじゃけん!」

頭の中は完全に混乱していた。
様々なことが一気に脳の中で氾濫し、

輝明は文子が言っている事を
何一つ把握でない状態だった。

「こがな事やっちょれるか!」

輝明は、外した前掛けを乱暴に
たたきつけ出て行った。

時計を見ると8:00を回っていた、
店は9:00開店だ、

台所から聞こえる文子がきざむ
キャベツの音が切なく聞こえていた......

こうべを垂れ台所の扉を開けた。

文子が言った。

「おまえ、今まで
どこをほっつき歩いていた?

なんぼ小まい
"お好み焼き屋"でもプライドがある。

まともにキャベツも切れんで
"お好み焼き屋"を
手伝おうと思っちょるんか?

広島のお好みを、
舐めちゃぁいけんよ!」

最初は雑用ばかりで、
鉄板の上で焼かせてもらえるように
なるまでに2ヶ月かかった。

刻んだキャベツを
手に取って文子が言った。

「輝明、今までよう辛抱した。

たかがキャベツを刻むだけじゃが、
美味しさの半分は、これで決まる!

後は3つじゃ、

1、土台になる生地の伸ばし
2、キャベツを蒸らす時間
3、こまめな火加減の調節、

この3つさえ押さえたら、どこへ
出しても通用するお好みが焼ける。

これは、何枚も焼いて
体で覚えるしかない。」

輝明は初めて鉄板の前に立った、
今まで感じなかった熱さが襲ってきた。

鉄板に置かれた
お好み焼きを直接食べるのだが、

席の前の鉄板は、保温する熱さであり
反対面(焼く側)の熱さとは
比較にならないほど違っていた。

文子が言った。

「輝明、熱いじゃろう......」

今までは食べる側の熱さしか知らない、
月と鼈(すっぽん)の差があった。

文子が小麦粉・山芋・味醂・塩を加え
水で溶かした
ボールを持って隣に立った。

引く生地は、薄力粉1に対し
目分量じゃが水1.5で配合する。

水を多くすると柔らかくて
食べやすい生地、

水を少なくすると
固めのパリっとした生地になる。

「まずは、土台になる
生地を引くところからじゃ。

同じようにやってみい!」

文子はボールからおたま八分目ですくい
クレープのように
いとも簡単に伸ばした。

同じようにやっているつもりだが、
なんど伸ばしても
ムラになり綺麗に伸ばせない......

文子が言った。

「生地はなるべく薄く引くほうが、
食感もよく美味しく感じる。

内からお玉を回し、20cmくらいに
広げるよう回していくんじゃ、

回すスピードは鉄板の温度で変わる。
体で覚えるしかない……」

なぜこんな簡単なことができない?

何十回やってもうまくいかない、
文子が笑いながら言った。

「やってみたら難しいじゃろうが?

人が時間をかけ、
できるようになったものを、

数回やっただけで、
できたら失礼に当たる!

今日からは生地を引く練習じゃ!」

「ちくしょう!」

なんどやってもできない、
どこが違うんだ?

引きはじめて
1時間が過ぎようとしていた、

そうだ!ボールから
鉄板に落とす高さが違うんだ!!

低い位置から鉄板に落とし引いた......

均一の厚さで見事に広がった。

何度やつても上手くいく、
大声で文子を呼んだ。

「見てくれ!
まともに引けるようになった!!」

昔、この光景を見た記憶がある?

そうだ!小学4年生のとき、
逆上がりが出来るようになって、
嬉しくてお袋を呼んだときだ!

10年以上前のことが
鮮明に映像になった。

無意識に涙が溢れる、
思えば苦労し育ててくれた、

お袋に迷惑の、
かけっぱなしの人生だった。

クソ親父と何も変わらない、
自分に腹が立ってしかたがない......

横を見ると自分の事のように
喜んでいるお袋の姿があった。

輝明は消え入りそうな声で言った。

「お袋、迷惑ばかりかけてすまない、
これからは親孝行するからな!」

本当の意味で、
親子が和解できた瞬間であった。

広島お好み焼は時間がかかる、
効率よく焼くためにはコツが必要だ。

それは、スピードと空間の使い方で、
まず調理工程が、
頭に入っている事が重要である。

迷いがないとスピードが上がる、

そして早く積み重ねる
ことができるようなる。

キャベツののせ方だが
蒸れやすくするため、

空間を作るようにのせる。

早く積み重ねることが
できるようになれば、
火力を落とす必要が無くなり、

速く焼くことができる。

キャベツをのせたら温度を上げ、
水に漬けておいた"もやし"をのせる。

目的は、もやしの水分で
キャベツを蒸らすことにある。

次に天カスをのせる。

この後豚肉をのせるのだが、
豚肉が焼ける際に出る脂を
天かすが吸いこみ、

肉の旨みをより感じられる、
お好み焼きになる。

野菜の水分や豚肉の脂を吸ったときに、
天かすの旨みがしっかりと、
お好み焼き全体に広がっていくわけだ。

豚肉をのせ全体につなぎを回しかける。

具材をつなげてくれる
イメージを持つかと思うが、
豚肉を縮みにくくする役割が大きい、

それとつなぎが、
鉄板と豚肉のクッションとなり、
ジューシーでありつつ、

脂っこくない
ちょうど良いバランスで焼ける。

高い温度で返すことが大事で、
蒸気が出ないと、なかなか蒸れない、

肉が焼けたら温度を下げるが、
時々確認して
温度を下げ過ぎないように注意する。

蒸らしているときは、
野菜部分を触り半回転させたり、
横からヘラで挟んで空気を送り込む。

ふみちゃんでは、
生麺を適切な柔らかさになるまで、
茹で袋詰めした”ゆで麺”を使う。

茹でることにより水分が加わるので、
ツルっとした麺に仕上がる。

キャベツを蒸らすあいだ、
隣に麺を広げ、
ソースをかけ軽く炒める。

キャベツが蒸しあがったら、
麺の上に重ね軽く押さえる。

横に卵を割り、ヘラでかき混ぜながら
丸形に広げ本体を乗せてひっくり返す。

半熟のうちにのせ、
軽く押さえるのがポイントだ、

押さえることで玉子が広がり、
一体感も生まれる。

最後にソースをたっぷりかけ、
青海苔を振りかけたら
ふみちゃんのお好み焼きが完成する。

輝明は、今日、葉を摘んでも明日には
芽が出るアシタバ(明日葉)のように
メキメキ腕を上げていった。

昼食に加奈子が訪れた。

鉄板の対面に立つ
輝明を見つけ加奈子が言った。

「初めて店に帰ってきたときには、
どうなるか心配しとったんよ、

ちゃんとお好み焼けるように
なったんじゃね!」

横にいた文子が嬉しそうに言った。

「かなちゃん、まだまだじゃけど、
こいつが焼く
お好み食べちゃってえや!」

「ほいじゃぁ......
肉玉そばのシングル
焼いてくれるかね!?」

輝明の威勢のいい声が響き渡った。

「了解しました!
それでは、肉玉そばのシングルで!!」

輝明は、薄く生地を伸ばし魚粉を振り、
その上に
これぞと言わんばかりに、

山盛りに広甘藍を乗せ、
もやしを乗せ一握りの天カスを加えた。

そのうえに薄くスライスされた
豚肉を乗せ、溶いた小麦粉を
ポトポトとかけ豪快にひっくり返した。

キャベツに火が通る間に、
その横でソースをかけ麺を焼いた。

加奈子は思った。
なんと手際の良いことか!

キャベツに火が通ったことを見はからい
焼けた麺の上に乗せ、
卵を割り鉄板の上で薄く伸ばし、

そこに焼いたお好み焼きをのせ、
形を整えひっくり返し
たっぷりソースをかけ、

青海苔をふり掛け、
加奈子の前に出された。

「さてさて、"としぞう"が
焼いたお好みは如何な物か!?

いただきます!」

加奈子はへらを使い
食べやすい大きさにカットし、
口の中にほうりこんだ。

「美味い!おばちゃん、
"としぞう"が焼いたお好み焼きも、
ぶち(すごく)美味いわ!

それと、ここのキャベツ、
甘さ最高じゃけんね!!」

鉄板についたクズをヘラで
こさげながら、
嬉しそうに文子が言った。

「こいつの腕はまだまだじゃけど、

使うちょるキャベツが、
広甘藍じゃけんね!」

そう話しているところへ、
近所に住む村品がやってきた。

文子は暖簾をくぐった村品に言った。

「あら!村品さん久しぶりじゃね!
今日は昼間っからどしたん?」

村品が言った。

「今日は僕、有休をとって
会社休んで曲を仕上げてました。」

「そうか!村品さんの趣味は
曲を作って、
ギターの弾き語りじゃったね!

ほいで、曲はできたん?」

頭をかきながら村品は言った。

「もうチョットです。」

常連客の村品と加奈子は、
顔見知りだった。加奈子が言った。

「村品さんの曲、まだいっぺんも
聴いたことがないんよね......

今度聴かせて、
もらわんにゃぁいけん!

そりゃそうと今日は、
新人の"としぞう"が
お好み焼いちょるんよ!」

村品は、鉄板の向こうに立っている
顔に見覚えがあった。

「もしかして君は、鼻水を垂らして
かけり回っていた輝明君か!!!」

微笑みながら文子が言った。

「村品さんこいつが、その輝明です!」

「そうか~輝明君か!」

上図にヘラを使って
お好みを食べながら加奈子が言った。

「さっき焼いてもらったんじゃけど、
おばちゃんの味と変わらんよ!」

「輝明君、それでは、
僕も注文しもいいかなぁ?

じゃぁ肉玉そばのダブルで!」

文子が言った。

「村品さん 今日は休みじゃろ?

うちがおごるけん、
ビール飲みんさいや!」

「了解しました!
それでは、肉玉そばのダブルで!」

ちなみに、肉玉そばのダブルとは、

卵・豚バラ肉・そばが二玉の
お好み焼きの事を言う。

店の後片付けをしながら、
輝明がボソリと言った。

「お袋......願書は出した。

夜学じゃが中退した県立の工業高校に
もう一回、行こうと思う。」

暖簾を下ろしながら文子が言った。

「仕事をしながら学校に通うんは
厳しいが、これもお前の因果じゃ。

まぁ、ガンバレ!」

通う高校は、道を挟んで
古いレンガ造りの建物が並んでいる。

広島陸軍被服支廠
(ひろしまりくぐんひふくししょう)

別名、出汐倉庫
(でしおそうこ)である。

爆心地から2670メートルの距離にあり
鉄扉が歪むなどしたが倒壊はせず、

被害者が殺到して臨時救護所となり、
ここで多くの被爆者が亡くなった。

子供の頃、
被爆建物という認識は薄かった。

広島大学の寮や、倉庫として
使われていたこともあったが、

1990年代後半からは空き施設となり
昼でも人通りがあまりなく、
友達とよく忍び込んで遊んでいた。

かくれんぼをして遊んでいたとき、
常に誰かに見られている様な気がして
速攻逃げ帰ったことが思い出される。

図工の時間など、水彩画を描いたり、
写真部の撮影題材に使ったりと、
馴染み深い建物である。

中退する前、
学校と被服支廠側の間に塀が有ったが、

遅刻しそうなときは
壁の隙間を通り抜け、
ダッシュで教室に行った事もあった。

2005年、息を吸い込むと
空気で鼻がつんとくる冬の日だった。

この世に、たった一人しかいない母、
文子が寒い台所で
お好みの仕込み中に倒れた。

脳動脈瘤破裂、くも膜下出血だった。

智吉と同じ
広島赤十字・原爆病院に運ばれたが、

昏睡状態から一度も
意識を回復することなく亡くなった。

台所には、文子が仕込んでいた
キャベツが、
そのままの状態で散乱していた。

なぜ異変に気付けなかったのか!?

どこまでも尽きない
薄暗く生い茂った後悔の樹海から、
輝明は抜け出すことができなかった。

加奈子も村品も
訃報を聞き駆けつけてくれた。

特に母と従う文子を亡くし、
加奈子のショックは
計り知れないものがあった。

葬儀の慌ただしさが
寂しさを紛らわせてくれた。

しかし、人がいなくなり
一人ぼっちの夜の静寂は、

容赦なく輝明を
再び樹海へ引き込んでいった。

後悔と言う悔しさに、
溢れ出る涙を止める事ができなかった。

気づいたら辺りは
すっかり明るくなっていた。

窓から温かい朝日が差し込み、
外からは何事もなかったかのように
スズメの元気な鳴き声が聞こえていた。

箪笥の中には、
お袋が普段みにつけていた服が、
几帳面にたたまれ収納されていた。

単純にそれを
目にするだけで熱い物を感じた。

一番上の引き出しを開けた。

引き出しには、材料の仕入れ、
売り上げの記録が
書かれた帖簿があった。

わずかな儲けだった。

それとは別に
俺に渡そうと思っていたのか、

バインダーに挟んだ
A4の帳面を見つけた。

"お好み焼き屋ふみちゃん"で
使う材料の種類、
仕入れ先から下ごしらえのしかた、

お好みの焼き方が、
まとめられ書いてあった。

帳面の下に古るそうな
封筒が挟まれていた。

何が入っているんだろう......

封筒の中には、三つ折りにされ
丁寧に防水性の紙(パラフィン紙)に
包まれた古い作文用紙が入っていた。

それは、輝明が
小学3年のとき書いた作文だった。

当時の光景が、スイッチを入れた
テレビのように鮮やかに浮かんできた。

父親参観日に発表する為に
「うちのお父さん」と言う題名で
書かされた作文だった。

親父は輝明が幼いとき蒸発した。

しかたがないので、
「おばあちゃんとお母さん」のことを
書いた作文だった。

父親参観日には、
お婆ちゃんが来てくれた。

先生が言った。

「それでは、もってきた
作文を読んでもらおうと思います。」

俺は指名されないよう、
できるだけ身をちぢめ小さくなった。

何てことだろう......

指名され、みんなの前で
作文を読む羽目になってしまった。

頭の中が真っ白になり、手に持った
作文用紙をしばらく茫然と眺めていた
我に返った俺は、

......読み始めた

「うちのおばあちゃんとお母さん、
そしてぼくのゆめ」

3年2組 五百旗頭 輝明

お父さんは、ぼくがようちえんのとき、
家からいなくなりました。

だからお父さんとあそんだことも、
どこかへ行ったこともありません。

だから、お婆ちゃんとお母さんの
ことを書きます。

お母さんは、おこのみやきをやいていて
お父さんのかわりにはたらいています。

朝早くから夜おそくまで
いつもはたらいています。

お母さんが作ってくれる
パンの耳をあげてさとうをまぶした、
おやつが大好きです。

おばあちゃんはとても元気です。
夏休みはいっしょに
ラジオたいそうに行きます。

集だん登校のみんなが集まるまで
いつもそばにいてくれます。

ごはんはおばあちゃんが作ってくれて
すごくおいしいです。

ぼくは、おばあちゃんが
いつも作ってくれる

あたたかい、
とりがとうふが大好きです。

お母さんがはたらいているので、
さんかん日のときには、
おばあちゃんが来てくれます。

みんなは、

「お前の母ちゃんババアなんじゃ!」と
いわれるので、はずかしいけど、
とてもやしいおばあちゃんです。

だからお父さんがいなくても
さみしくありません。

お母さんは、
「お父さんがいなくてごめんね」と、
言ったりするので、

早くぼくが大人になって、仕事をして
お母さんとおばあちゃんの生活を
らくにしてあげたいと思います。

おばあちゃんには
「長生きしてね」と、
いつも言っています。

お母さんには
かたたたきををしてあげています。

二人ともないたりして、
少しこまるけど

そんなお母さんと
おばあちゃんがぼくは大すきです。

お母さんにはいつも、
ひとをたすけるやさしい人になってね
と言われます。

だからぼくは大きくなったら
ぜったいに人のやくにたつ
大人になろうと思います。
---------------------------------------
いつもの風景とはちがう、
みんな静まりかえっていた。

先生には、
「いなくなった、
お父さんのことを書けばいいのに」と
言われると思ったし、

クラスの子供達からは、

「お前、お父さんがおらんのか?
もしかして捨て子じゃったん
じゃなぁんか?」
と、イジメられると思た。

救いを求めるように
先生の顔を見た。

先生は立ったまま泣いていた......

先生だけではなかった。
他の子たちもみんな泣いていた。

俺はなぜ、みんな泣いているのか
分からなかった。

お父さんがいないから、
お母さんとお婆ちゃんの事を
仕方なく書いたのに、

どうしてみんな泣いているのだろう?

先生は言った。

「先生は人の心がわからない
ダメな先生でした、
親御さんのいない子もいるのに......

お父さんのことを書いてだなんて、
あなたの事を知らなかったとはいえ、
本当にごめんなさい!」

先生は顔を覆ったまま
泣き崩れていた。

それが、その日起こった出来事だった。

俺は作文の事を話していなかったので、
家に帰って少し怒られたけど、

話を聞いた母も、
前に亡くなったお婆ちゃんも、

うれし泣きみたいな
顔で叱ってくれた。

すっかり忘れていたが俺が、
そのとき書いた作文だった。

あのときのことを
昨日の事のように思いだす。

気がつけば
母にいつも連れてきてもらった、

比治山公園の遊具広場にある
ベンチにすわり呆然としていた。

比治山公園は、小高い丘
(標高71.1m)の上にあり、
広島市内や瀬戸内海を一望できる。

園内には、日本の伝統的な建物
"蔵"をイメージした
広島市現代美術館や、

数多くの漫画を楽しむことができる
広島市まんが図書館など
施設のほか、

彫刻のオブジェなど
芸術公園としても有名である。

桜の名所としても有名で、
約1300本の桜が咲く季節には
花見の名所になっている。

小高い丘の比治山公園から広がる景色は
ビルやホテルなど
近距離夜景が眼下に広がる、

春は夜桜、
夏は新緑と自然を満喫できる。

昼間は美術館でアートを楽しみ、
夜には夕焼けから夜景を眺めて帰るなど
のんびりとした時間を、

過ごすことができる場所である。

比治山公園は、段原の裏山にあたり、
子供のころはセミを捕まえたり、
公園で遊んだり思い出の場所である。

又、寒い冬は、
落ち葉を集め焼き芋を焼いて食べた。

「おい!おい!......
五百旗頭じゃぁないか!?」

俺を呼ぶ大きな声がに我に返った。
白い息を吐き犬を連れ、

ダウンジャケットに
身を包んだ伊丹だった。

「あっ!伊丹さん......」

「犬を散歩をしょうたんじゃが、
誰かと思うたで、

おい!権八静かにしちょけよ!」

近くにあるジャングルジムに犬を繋ぎ
持っていた焼きたての焼き芋を与えた。

熱くはないのか?
一瞬で平らげた。

言葉が分かるのか、
よくしつけられた柴犬だ、

青銅で作った
置物のようにじっと伏せている。

伊丹は、隣に腰かけてた。

「五百旗頭、
神妙な顔してどしたんなら?

この下で焼き芋をしちょって、
もろたんじゃが熱いうちに食え!」

焼きたての芋を半分に折り、
五百旗頭に渡した。

「焼きたてじゃけん、熱いで!
気を付けて食え!」

「昔、ばあちゃん達が清掃し、
集まった落ち葉で焚火をしていました。

焼き芋、懐かしいです、
伊丹さんのご自宅、この辺ですか?」

「おぉ、ワシか?
産業会館の近くの比治山本町よ、」

うなだれた、
五百旗頭の手元に雫が落ちた。

「どうしたんなら、五百旗頭......
なんかあったんか?」

「3日前、母が亡くなりました。
迷惑ばかりかけ心配させ、
申し訳ない気持ちでいっぱいです。」

剛腕デカと言われている
伊丹が優しく言った。

「ほうか、そりゃ~
寂しゅうなったのぅ……

ワシもおととし肺炎で母親を亡くした。
89歳じゃったが同じくらい寂しい、

あれもしてやればよかった、
これもしてやればよかったと
後悔ばっかりじゃ......」

五百旗頭は、小学3年のときに
書いた作文を、文子が大事に
持っていたことを話した。

最後まで話を聞いた伊丹が言った。

「人の役に立つ大人になるとのぅ......

五百旗頭、今でも
その気持ちは変わらんか?」

伊丹が遠くを見つめて言った。

「流れ星の五百旗頭!
お前にしかできんことがある!!」

「俺にしかできないこと......」

「ほうじゃ!お前にしかできん、」

伊丹の目には一点の曇りもなかった。

「保護司じゃ!

流れ星の五百旗頭と言われちょった、
お前がやるから意味があるんじゃ!」

保護司?初めて聞く言葉だった。

伊丹は言った。

「お前、何歳になる?」

「11月で23歳になりました。」

「ほうか!更生保護と言う
言葉は、聞いた事あるか?」

「分かりません、
初めて聞く言葉です。」

伊丹が、かみ砕くように説明した。

「更生保護とは、
人の立ち直りを支える活動のことじゃ、

犯罪や非行をしたヤツも、何らかの
処分を受けた後は地域社会に戻り、

社会の一員として
生きていくことになる。

そいつらを見守り社会の一員として
更生させる手助けをするんが、

民間のボランティアと
言われちょる保護司じゃ!」

伊丹は続けて言った。

「そこら辺の会社員や自営業、
真っ当な生活を
してきたもんじゃ重みがない!

さっき言ったように、
"流れ星の五百旗頭"と言われちょった
お前がやるけん意味があるんじゃ!

それとのぅ、23歳で
保護司になったら日本最年少じゃ!」

口角を上げ伊丹が言った。

「元、族上がりの保護司!
それも日本最年少!!

亡くなられた
お袋さんも喜ぶと思わんか?

まぁ、よう考えてみい......

その気があったら電話くれぇや、
ワシが責任を、
もって段取りをしちゃる!」

伊丹はジャングルジムに繋いでいた
犬のリードを外した。

先程まで伏せて目を閉じていた
犬が目を見開き立ち上がった。

「おい!権八、いぬる(帰る)で、

流れ星の五百旗頭!
お前がやるけん価値があるんじゃ!」

そう言い残し
伊丹は来た道を下って行った。

その通りだ!このまま
落ち込んでいても決して母は喜ばない、

明日からは、
"お好み焼き文ちゃん"を始めよう!

泥から足を抜きあげたように
気持ちが軽くなった。

文子の指示に従い新聞紙に包み
霧吹きを使い水を吹きかけ、

2℃に冷蔵保存していた
"広甘藍"は新鮮そのものだった。

広甘藍は特別甘いキャベツだが
90%以上が水分なので、

氷点下の気温になると凍ってしまう。

凍ったら細胞が壊れ
生きていけなくなってしまう。

凍らないように、細胞内に溜め込んだ
デンプンを糖に変え更に甘さが増す。

店の引き戸を叩き続ける音がした。

時計を見たら、
まだ7:00にもなっていない、

「誰なんだ?こんなに朝早くから......」

「はぁ~い、、、、」

開錠し引き戸を開いた。

見るからにホームレスと思われる
お爺さんが立っていた。

細かな作業ができるよう
両手にはめた軍手の指先はカットされ、

レジ袋を下げた右手には、
小指と薬指がなかった。

見かけないお爺さんだった。

「見かけないお爺ちゃんだね、
こんなに朝早くから何か?」

お爺さんは、
五百旗頭の質問に笑顔で答えた。

「あんたが、五百旗頭さんか!?
珍しい苗字じゃのぅ......

ワシは気ままに生きちょる
西島 忠則、
仲間は"タダ爺"と呼んじょる。

実はのぅ、ここのお好み焼き屋では
広甘藍を使っちょると聞いてきた。」

五百旗頭は、お爺さんに
合わすように広島弁でしゃべった。

「お爺ちゃんは、呉広地区で
作られちょった、
広甘藍を知っちょるんね?」

お爺さんは言った。

「生まれは、群馬県桐生じゃが
呉にずっと住んじょって、
広甘藍は当たり前のキャベツじゃった。

じゃが、今では
見かけることがなくなった。

甘味があって
瑞々しい味が懐かしい、」

お爺さんは続けて言った。

「その、広甘藍があると聞いてきた。

呉から東へ海岸沿いに行ったところに
安芸津という町がある。

そこで作られている
”あきつ美人”と言うジャガイモが
最高に美味い!

ここに少しじゃが持ってきた。

これと広甘藍を、
交換してもらえんじゃろうか?」

そう言いレジ袋を差し出した。

五百旗頭は、文子がこだわり続け
使っていた
広甘藍の話が聞きたくなった。

「お爺ちゃん、
こがなところで立ち話もなんじゃけん、
まぁ、入りんさいや!」

中に入ったタダ爺は、
店を見まわして言った。

「質素じゃが、
こじんまりしてエエ店じゃ、

それと整理整頓が行き届いちょる、

料理の基本じゃ、この店は
絶対に美味いお好み焼きを食わす!」

冷蔵庫に新聞紙で包まれ
保存されていた
広甘藍をタダ爺に渡した。

「すまんのぅ......

それと広甘藍の保存方法が完璧じゃ!」

タダ爺は包んでいた新聞紙を広げ
広甘藍を取り出し、
目を閉じ葉先を噛みしめた。

「これじゃよ!これ!

この甘さじゃ、それとぶち瑞々しい!」

お爺さんが当たり前のように食べていた
広甘藍の話を聞かせて下さい。

「お爺さんじゃのうて(なくて)
タダ爺と呼んでくれ!

それと五百旗頭さんは
何という名前なんかの?」

「輝明、てらすの輝、明るいと書いて
“てるあき”と申します。」

「てるあきか......
良い名前じゃ!」

『ありがとう…』
歌 : KOKIA
作詞:KOKIA 作曲:KOKIA


リリース: 1999年

【ストーリー 2】 著: 脇屋 義直
【ストーリー 3】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

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