十章 始動
1.
『実刑』
東条誠 9年、 茂木由起夫 6年
『執行猶予』
田島ひろし 5年
挙ってマスコミは東条フーズを叩き、実質企業活動は、停止した。 ただ従事していた約3000人の従業員には罪はない、彼達も被害者なのである。
子育てや、毎月支払うローン……
「彼達を救済しなくては!」と、徹は心に誓っていた。 名川に案内され、徹は兵庫県丹波篠山に降り立った。
「ここが関西第二工場ですか!」大阪伊丹工場が老朽化したため、新工場建設中だったのだが東条が逮捕され工場建設が中断していた。
丹波茶栽培で霜除けのため、立ち並ぶ防霜ファン…… 丹波篠山黒豆畑が広がる一角に新工場はつくられていた。
徹の見立てでは、80%以上完成している、敷地面積25万㎡ 建物面積、10万5千㎡、
その広さは圧巻だ! 建地は大阪から高速で1時間、神戸港までは1時間である。
「名川さん、お願があります。 西島食品と四越さんで、今後継続して活動できるよう、資金提供させてもらえないでしょうか?」
「西島食品さんと四越さんに、買収という事でしょうか……?」東条に買収された経験を持つ名川の心境は複雑だ……
徹は急いで言葉を変えた。
「名川さん買収じゃありません! 西島、四越、そして御社、三社で合弁事業が始められたら? と、思っています。
名川社長の元、大阪伊丹工場の従業員は、そのまま仕事を継続して頂き、西島と四越は25%づつ株を保有する。 新会社の名前は、近藤、鴇田、西島の頭文字をとり、
『K・T・Nフーズ』社長は名川社長…… 如何でしょうか?」
名川は碁盤を見つめる、囲碁棋士のように考え込み、重い口を開いた。
「徹社長、お話は、涙が出るほど嬉しいです。しかし合弁会社の出資金50%なんか、補填できる能力なドアーりません……」
名川は、こうべを垂れた。
徹は、すかさず首を左右に振った。
「名川さん、四越さんはともかく、西島食品だって補填する能力は、ありませんよ……」
名川が跼蹐(きょくせき)するようにいった。
「えっ! それでは、どのような方法で?」
「四井住友銀行さんに、資金を調達してもらいます」名川は工場長として、
「全責任は、自分にあるのだ!」と、悲壮感いっぱいの表情ではなした……
「社長が逮捕され世間はみな敵、東条フーズなど消え去れば良いと思っているハズです。
従業員の中には、親が東条フーズに勤めているというだけで、学校で子供が虐められている者もいるのです……」
徹は名川の言葉に対し、全否定するように大きく首を左右に振った。
「それは大きな勘違いです。 名川さんが、勇気を振り絞り、東条いちみの悪だくみを公表することによって、東条フーズの従業員 及び、西島食品は救われたのです!」
感極まって、今にも泣き崩れそうな名川の腕を力強く握りしめ徹がいった。
「今度は、私が名川さんに恩返しをする番です!」
徹は四越の藤木が間に立ち、K・T・Nフーズ設立の為、四井住友銀行から、新工場・土地・建物20憶、伊丹工場から丹波工場への設備移動費10憶、
東条フーズ、従業員対応費60憶、新規設備導入費30億、合計120億、融資してもらうことが決まっている旨を名川に伝えた。
耳にした事もない、天文的な数値を聞き、名川は信じることができない……
東条フーズ従業員対応費用60憶は、一人当たり救済金額が200万円にもなる。
名川は感謝しかなかった。
建設中の新工場を見つめ、立ちすくんでいる名川に徹がいった。
「名川社長、実は練り上げている新規構想があるのです!」
「新規構想ですか……」
それは来年2017年6月、
K・T・Nフーズの操業開始であった。
徹は、苦しいときクラウドファンディングで救ってくれた、米国民には何があっても、恩返ししようと誓っていた。 東日本大震災が発生した3月11日、当日中にアメリカ政府は、日本に支援を申し入れ、トモダチ作戦と銘打ち迅速な支援が行われた。
そのことが、記憶に新しいが、戦後食糧難のとき多大な援助をしてくれたのは、敵国だったアメリカである。 徹は、3度も助けられたことを決して忘れてはいなかった。
私たちにできる事は何か? それは米国国民をうならせる第二の肉じゃがオムレツを、
開発することだ。 地合いは整っている、後は実行に移すだけである。
「AI食品加工、米国人の口に合う肉じゃがオムレツの開発、日本ブランドを前面に押し出した商品! 伊丹工場から10名、西島食品から2人、合わせて12名……
開発プロジェクトを新設する。
称して、『二十四の瞳 作戦! 』どうでしょうか? 名川さん!」
二十四の瞳とは、第二次世界大戦の終結から7年後執筆された小説で、作者は壺( つぼ )井( い )栄( さかえ )、戦争にて受けた一般庶民の数々の苦難と、悲劇を描いたものである。 創業者である西島忠則は、小さな駆逐艦雪風に乗り込み、名だたる激戦に参加し生き残った。 西島食品の肉じゃがオムレツの原点は、その駆逐艦雪風にある。
二十四の瞳では「女学校の師範科」を卒業したばかりの正教員 大石久子(おおいしひさこ)(おなご先生)は、島の岬にある分教場へ赴任する。
そこに入学した1年生12人二十四の瞳は輝いていた。 徹は、映画の中でのセリフ
「名誉の戦死などしなさんな! 生きて戻ってくるのよ」を、鮮明に覚えていた。
ゆうこを、おなご先生というリーダーとし、補佐役を、輝明とする構想を描いていた。
「海外に通用する新肉じゃがオムレツ二十四の瞳作戦で、世界をアッと、いわせてやろうじゃないですか! 名川さん!」
名川はこれまで抱えていた重しが全て吹き飛んだ清々しい表情をし、立ち尽くしている。
丹波篠山での黒豆の収穫時期は、10月初の旬~末日頃の限られた時期である。
畑の枝には、丸々と太った黒豆のさやが、鈴なりになっている。
建設中の建屋が夕日に照らされ茜色に輝いている。 それは今後の将来を予見しているような光景であった。
「日本から世界、『二十四の瞳作戦!』ですか…… 良いネーミングだ、
徹社長、やってやりますか!!」
徹と名川は、両手で相手を包み込むよう、指が白くなるまで強く握手を交わした。
2.
「お邪魔しまーす!」西島食品のアンテナショップ、お好み焼きふみちゃんを訪れたのは、四井住友銀行の青木を連れた藤木だった。
「外に止まっている、KAWASAKA ZZR1100D、いつ見てもいいですよね!
見とれますよ!」
「赤兎馬の事ですね!」
輝明は自慢げにいった。
「僕は去年発売された4代目、NDロードスターに憧れています。
でも家は家族4人でして、2人乗りは妻が大反対で、SAAB9000Gに乗っているんですよ……」
青木は残念そうだ、それを聞いた藤木が、真剣にいった。
「輝明さんがNDロードスター 入手しようとしてる噂、聞いていますよ!
もしND入手したら僕に赤兎馬、是非ゆずって下さい、約束ですよ!」
輝明は、まんざらでも無さそうだ、
「参ったなぁー」と、頭をかきながら笑顔で茶を濁した。
「それで藤木さん、青木支店長と一緒にわざわざ今日は、何しにこられました?」
「もちろん! 輝明さんが焼く広甘藍を使った、肉玉そばを食べにですよ!」
そう元気よくいった藤木と青木は、カウンター席に腰かけた。
お好みを焼く輝明の手さばきには無駄がない、藤木が話を切り出した。
「実は東条フーズ従業員の救済、青木が奮闘し、方が付きました。 来年、兵庫県丹波市に建設中だった関西新工場、操業開始です!」
「それで青木支店長、いくらぐらいの救済額になったんですか?」青木は輝明の質問に対し、いとも簡単に答えた。
「120億です」
「えっ!」輝明は耳を疑った。 クラウドファンディングでどれだけ苦労した事か……
テーブルに座っている藤木が下から見上げるようにいった。
「米国向け新規肉じゃがオムレツを開発し、軌道に乗せる事こそが、120億救済された、
関西工場の責務なんです」
藤木と目線の高さを合わせ、青木がいった。
「藤木も知っていると思うが、米国人は日本人とは全く違うよな?」
「確かにそうなんだよなぁ…… 日本の単一民族とは違い、米国は価値観が違う人が集まっている他民族国家、人種のるつぼだからなぁ……」
共感し藤木がいった。
「そうそう、俺は、初めてロサンゼルスに行ったとき乞食の多さには驚きました!」
海外に行ったことのない輝明には、全く別次元の話だ、
「そうなんですか? 俺には全く分からないことです」
「輝明さん、米国は全然日本とは違うっていうことですよ、日本では字が書けなかったり
読めなかったりする人、見かける事ないですよね、米国では母国語(英語)の読み書きが、
できない人は、21%以上いるんですよ!」
藤木は5人に1人は、読み書きができないといっているのである。 信じられないという顔をしている輝明に青木がつけ加えた。
「先ほど藤木がロサンゼルスは、乞食だらけだといったでしょ、でも方やスペースシャトルですからね! 理解しがたい国なんですよ」
藤木は、具体的な数値をいった。
「国の豊かさを表す指数に、GDPがありますが、その米国のGDPは日本の4倍以上!
人口は3億人以上で日本の2・5倍以上です」
GDP(国内総生産)とは、国内で生産されたすべての物やサービスの合計である。
「人口比では2・5倍だけど豊かさは4倍以上…… これって藤木さん、購買力が全然違うっていうことですよね!」
「輝明さん、その通り! 俺たちはその国に新しく肉じゃがオムレツを開発し、売り込もうとしてる分けなんです!
それには個性が必要!」
藤井が右人差し指を立てた。
横で頷きながら聞いていた青木が捕捉した。
「その米国では、いま日本食を食べるのが、ステータスなんです。
米国では、倍以上もする和牛が飛ぶように売れているし、ニューヨークでラーメンを、食べようとすると、1杯2000円もするんですよ!」
「えぇー ラーメンが2000円ですか!」驚いた輝明が目を丸くした。
「輝明さん、それでもラーメンを食べようと長蛇の列なんです!
それが、私たちが新肉じゃがオムレツを売り込もうとしている国なんです」
藤木はそういうと提案をした。
「米国がターゲットの新肉じゃがオムレツは、絶対に高級路線で勝負すべきだと、僕は思います。 使う具材の選定からですねぇ……」
そうこうしているうちに、広甘藍を使った肉玉そばが焼きあがった。
「よし! できました! 藤木さん、青木さん、広甘藍を使った、お好み焼きふみちゃんの肉玉そば、焼きあがりました。 是非食べて見て下さい!」
輝明は焼き上がった肉玉そばを二人の前に滑らせた。
日頃から広島のお好み焼きを食べなれている藤木が、小手でカットし口に運んだ。
「甘くて瑞々しい! 本当に美味いキャベツですよね!」
食べるという事において美味い不味いは、万人が分かることである。 横に座っている青木も絶賛した。
「美味い! 僕は3年以上広島にいますが、
こんな美味い、お好み焼き食べたの初めてです!」
3.
役付き会議に、ゆうこと輝明がよばれた。
総務部長 沖田を筆頭に、製造部長 加藤、
購買部長 上田、経理部長 畑山、企画部長 森嶋、営業部長 香川、そして開発部長の竈門、蒼々たるメンバーだ、社長の徹が口を開いた。
「これまで確定した内容を報告します。
大阪伊丹工場が老朽化したため、一部機能を兵庫県丹波篠山の新工場に移します。 旧東条フーズに変わり、来年2017年6月、新会社K・T・Nフーズが操業開始します!
出資比率は、名川社長50%、四越伊勢丹25%、 そして我が西島食品は25%です。
東条フーズの従来製品は、K・T・Nフーズと名前を変え生産を継続します。
出席者全員盛大な拍手をした。 丹波工場では、肉じゃがオムレツN1008の追加生産 及び、米国向けに、新肉じゃがオムレツを開発し生産します。
建設中の丹波新工場ですが、面積はマツダスタジアムと同等、従業員数は2120名となります」
そのスケールを聞き、会議室がざわついていた…… 鎮まるのを待ち徹が話しを続けた。
「新工場ですが、日本初のAI食品加工を行います。 輝明君! 今年度中に米国向けの、新肉じゃがオムレツを開発して下さい。
竈門部長、生産する数値化作業御、
願いします」
徹が、ゆうこに視線を向けた。
「従来生産していた製品は、工数を使えば、新工場への展開に関し問題ないと考えます。
しかし初めて試みるAI食品加工、そして、米国向けの新肉じゃがオムレツを順調に立ち上げるには、組織化が必要になります。
極力現地のスタッフでやってもらいますが、西島食品から2名、今年の10月から来年の6月まで現地対応してもらいます」
これまでの話を聞き輝明は、自分とゆうこが呼ばれた理由がすぐに分かった。
「現地スタッフは、12名のプロジェクトを編成します。 チーム名は名付けて、二十四の瞳、(TwentyーFour Eyes)輝明君は、週1~2回出張対応、西島Lには、10月から現地出向を命じます!」
「思う所です! 西島社長!」
威勢のいい輝明と比べ、ゆうこは不安そうな顔をしている、どんよりして今にも雨が、降りそうな表情だ、徹がそんな、ゆうこに、止めを刺すようにいった。
「二十四の瞳には、リーダー(おなご先生)が必要です。 西島L御願いします!
フランス的にいったら、ジャンヌダルクといったところでしょうか」
ジャンヌダルクとは、フランスの危機を、救った少女であり、英仏百年戦争劣勢の中、
彼女の登場によりフランス軍は逆転大勝利をおさめた。
「えっ……」
ゆうこが困り果てた顔をしている。
それもそうである、ゆうこは生まれてから一度も、隣県の岡山より東には行ったことがなかった。
それも単身赴任…… 見知らぬ土地で見知らぬ人、(関西文化人)とちゃんと、コミュニケーションがとれるのか、
不安いっぱいだったのである。
会議が終わった後、徹はゆうこを呼んだ。
「周りを塀に囲まれた細い道を歩いていて、突き当りを右に進めといわれた。
右に行ったら何があるんだろう?
人間みんな不安です。
しかし僕は思います。 その積み重ねが視野を広げ成長して行く、ゆうこちゃんには、もっと成長してもらいたいんです!
西島食品は小さな中小企業です。 大企業だった彼たちにはプライドがあります。
『どうやら広島から若い女の子が来るみたいねんな、なにができるかお手並み拝見やで!』と、いった感じでしょう……
そこで私から、ゆうこちゃんに助言というか、約束してもらいたいことが2つあります」
ゆうこが真剣な顔をして、徹を見つめた。
「今年も後、数カ月で終わります。 現地に行ったら10月から年内は、ボーッとしていて下さい。
動き出すのは来年からです。
それと彼らのする事を見て『西島食品では』という言葉は厳禁です。 この2つを約束して下さい。『万事塞翁が馬』必ず良いようにことが進むはずです。
輝明君もアシストしてくれます。
そしてあなたの後ろには、我々、西島食品一同がついていることを決して忘れないで下さい。 期待しています!」
そういうと徹は優しく微笑んだ。
ゆうこは、これまで歩んできた人生を振り返った。 考えてみると貴船原少女苑を退院し、環境が変わることに不安でいっぱいだった。 そんなときに出会ったのが輝明だった。
どう自分を表現して、いいのか分からず、ギクシャクした態度だったと思う。
それがこんな人生を歩むようになるとは、夢にも思わなかった。
徹がいったように『万事塞翁が馬』である。
ゆうこは、全く違う環境に飛び込む事を決断した。
盆を過ぎたように確実に涼しくなっていく、地球は間違いなく動いている。
「あっ! 赤とんぼ……」
ベランダにある物干し竿の端に止まり首を傾げ、ゆうこを見下ろしていた。
4.
2016年10月1日、広島駅新幹線ホーム、『ゆうこちゃん、頑張って!』
徹、輝明、加奈子、竈門、香川、森嶋、
6名が、ゆうこを見送った。
大きなスーツケースと一緒にゆうこは、
大阪に向け出発した。
「のぞみ120号 東京行、まもなく27番線新大阪に到着いたします。 降り口は右側、お忘れ物のないようお気負付け下さい」
広島から1時間25分あっという間だった。
「えぇっと…… 東海道山陽本線で尼崎JR福知山線(新三田行)で伊丹駅……」
ゆうこには、全てが初めての体験だ、
伊丹駅では名川が待っている。
改札を抜けゆうこは、大きなスーツケースをひきずり辺りを見回した。
「お疲れ様! ゆうこちゃん! こっち、こっち!」
名川だった。 パンパンに張りつめていた、ゆうこは、安ど感から風船の空気が抜けたように萎んだ。
名川が車の中で色々教えてくれるのだが、全く耳に入らない、JR福知山線伊丹駅から車で15分『グラシエ池尻』3階 1LDKのマンションを用意してくれていた。
明日は広島から送った荷物が届く、
「ゆうこちゃん、近くにコーナンがあるので、そこに行けば、必要な物なんでも揃います。
散歩がてらに行ってみてください。
おっと! いい忘れるところでした。
寝具は、一式用意しましたからそれを使って下さい。 月曜日は8:00時、迎えに上がります!」
そういい残し、名川は帰っていった。
広島の皆( みな )実( み )にもコーナンはある。
何でもそろうホームセンターである。会社からは、支度金として30万円もらっている。
フライパン、包丁、鍋……
必要な調理器具を揃えた。
よく知っているコーナンとは何かが違う、お客さんの話している言葉が違うのである。
すみれの味噌ラーメン! 好んで食べているカップラーメンを見つけた。 まだどこに行けば、欲しいものが買える店があるのか全く分からない、今夜はこれにしよう……
10月ともなればめっきり寒くなってきた。その夜は、エアコンの暖房設定を最大に上げ、持参したラジオを聴きながら、すみれの味噌ラーメンを啜った。
目をさました、風景が全然違う。
「ここは広島ではないんだ!」と、現実に帰った。 インターホンのチャイムが鳴った。
「ゆうこちゃん、お早うございます!」
迎えに来た名川だった。
グラシエ池尻から、K・T・Nフーズ伊丹工場までは近く、車で5分もかからない場所にあった。 自転車で通勤する。 これなら15分もあればつく、
名川が管理棟にある、二十四の瞳プロジェクト室に集まった選ばれし、伊丹工場のメンバーを紹介した。
ゆうこを見ての第一声は、
「こりゃーえらい、べっぴんさんやなぁ!」だった。 名川が命令口調でいった。
「まずは、赤井からや! 自己紹介しろ!」
身長が190cm近くある大男で、
プロジェクトメンバーのリーダー的存在だ、
「始めまして、赤井和久(あかいかずひさ)です。 ワテ丹波の出身で、ご先祖さん、荻野直正(おぎのなおまさ))は、丹波の赤鬼といわれとったみたいですねん、えらいべっぴんさんでビックリしましたわ!
わからへんことがあったら、なんでもいったってください。 初めて大阪に来られると聞いたんで考えましてん!
大阪アルアルと一緒に、ワテら自己紹介をします。 ほな、ワテから……」
ゆうこが、キョトンとしている。
「大阪人にとって、おもろいは、最高の褒め言葉です。 おもんないといわれることが、
最大の屈辱ですわ、エスカレーターは絶対に右側、左側に立っているヤツがいたら、
心の中で、あいつよそもんやなと思います。調理加工担当 赤井でした。
よろしゅうたのんます。 次、石崎!」
「石崎慎(いしざきまこと)です。 大阪人というだけで、おもろいこというと思われるけど、その期待がすごいプレッシャーですわ、それと最初に、
「ちゃうねん」から会話が始まります。
同じく調理加工担当 石崎でした。
よろしゅうたのんます。 次、山田!」
何て楽しい人たちなんだろう? ゆうこは、興味津々だ、
「山田武(やまだたけし)です。 大阪人同士がしゃべると、安かった自慢が始まりますねん、ほいで実は通天閣には登ったことがないんが、ほとんどです! 同じく調理加工担当 山田でした。
よろしゅうたのんます。 次、石川!」
「石( いし )川拓馬(いしかわたくま)です。 大阪人の、『行けたら行くわ!』は、ほぼ120%行きません。
それと、『六甲おろし』は、練習したことないのに歌えますねん!
同じく、調理加工担当、石川でした。
よろしゅうたのんます。 次、山本!」
「山本良朗(やまもとよしろう)です。『ほんまほんま、わかったわかった』2回繰り返すと嘘に近いから気ぃつけて下さい。 それと語尾の最後に、知らんけど…… 情報が、本当かどうか曖昧やけど、伝えたいときに使います。
調理加工担当 山本でした。
そやそや、広島には山本という苗字が多いと聞いとります。
よろしゅうたのんます。 次、餅田!」
「餅田太洋(もちだひろし)です。 大阪人はお好み焼でごはんを食べます。 焼きそばも、それとそばが入っとるんが広島焼きと思われがちやけど、大阪では、そばが入ったお好み焼きはモダン焼きといいます。
調味料調合担当の餅田でした。
よろしゅうたのんます。 次、日村!」
名川が、笑いをこらえて頷いている。
ゆうこは、しきりにメモしている……
「餅田さん! 質問してもいいですか?」
「何でっしゃろ? ゆうこマドンナ! モッチン! とよんでください」餅田がフレンドリーぽくいった。
次に話そうとしていた日村は、面白くなさそうだ、『コイツ点数かせぎよって!』
「本当に大阪の人は、お好み焼で、ごはんを食べるのですか?」と、ゆうこ……
「当り前ですわ! ほな、広島では食べへんのでっか?」
餅田が不思議そうに答えた。 日村が答えを遮るように被せた。
「日村俊樹(ひむらとしき)です。 ゆうこマドンナ会社まで何で通いはります?」
「えぇっと…… 住むところが伊丹市池尻で、自転車で15分くらいですかね?」
「池尻でっか! 近いですやん! せやけど気負付けてください。
大阪では青は『進め!』黄色も『進め!』
赤は『気を付けて進め!』やから、
同じく調味料調合担当の日村でした。
よろしゅうたのんます」
赤は『気を付けて進め!』か……
今の言葉、白バイ隊員の浩美に聞かせてやりたかった。 品質担当だという横永が大阪人の気質について語った。
「横永和也(よこながかずや)です。 大阪人はアホといわれても傷つかへんけど、バカといわれると傷つきます。
シュッとしてるいわれる誉め言葉は、超嬉しいです。 カッコイイという意味ですわ!」
「横永さん、シュッとしていますね!
こんな感じでしょうか?」
ゆうこにいわれ横永は、本当に嬉しそうだ、ゆうこは、メモしたその部分を〇で囲んだ、
残り2人だ、焦るように自己紹介を始めた。
「大丸憲明(だいまるのりあき)です。
大阪では『まあそれはアレやな』で、大体通じます。 みんながいったから、これくらいしか思いつかへんわ……
商品開発の大丸でした。 よろしゅうたのんます」
「真鍋博文(まなべひろふみ)です。 テレビで見るけど、たこ焼き器が一家に一台あるというのは、本気で本当、みんなたこ焼きを作るのが、めちゃくちゃうまい、
来年になったら12人、二十四の瞳プロジェクトメンバー、全員揃うんでしゃろ?
みんなでたこ焼きパーティーやろうな!
0・1トン(100kg)の真鍋でした。せやせや、大丸と同じく商品開発しとりま
すねん、せやさかい気づいたら、こないなことになりましてん」
真鍋は試食が多くこんなデブに、なったといいたいのである。
100kgの事を0・1トンとはユーモアの塊だ、ゆうこは、広島には無い文化を肌で感じた。
「お前ら、なかなかおもろい、自己紹介やった! こんなんですわゆうこさん、よろしゅうたのんます」
大阪って面白いところジャン! それと、上場企業の工場長と従業員の距離がこんなに近いとは、なぜか安心したゆうこが、そこにいた。
二十四の瞳プロジェクトか…… ゆうこは、上手くいくような気配を強く感じた。
広島を離れたったの3日だが、すっかり、ゆうこの不安は、どこかに消え去っていた。
彼らが抱いている広島のイメージを聞きたくなった。
「私からの質問です。 皆さんは、広島というイメージどのようにお持ちですか?」
「せやなぁ……」
商品開発担当0・1トン! 真鍋だった。
「ワシは、修学旅行で広島に行きましてん、映画の菅原文太だらけ、この人、なに怒ってはるんやろ?」と、思いましたわ、ほんで、
『せやなぁ……』の事を、『ほいじゃけん!』とか、いうんでっしゃろ? それと『どないした?』は、『どうしたんならー』キツイですわ!」
この人たちがいっているのは、ザ・丹波警部補のことである。 今頃、嚔( くしゃみ)をしているに違いない、
調理加工担当の赤井が続いて話した。
「自分は、広島に親戚がおって毎年行きますねん、大阪と京都が違うように、広島と岡山、全く正反対のイメージですわ、広島は牡蠣に、酒、もっと持って来いや! 積極的、
岡山は白桃、マスカット、控え目な感じですわ」
確かにそうだ、いちいち当たってる、ゆうこがそう思っている所に、調味料調合担当の、餅田が質問した。
「ゆうこマドンナの自己紹介まだ聞いてませんわ! 聞かせて下さいよ……」
全員の顔を見回し、ゆうこが自己紹介を始めた。
「2012年、25歳で県立広島大学を卒業し、西島食品に入社しました。 29歳です」
公立の大学の卒業で、しかもべっぴんさん! 普通に行けば大学の卒業は22歳だ、言葉ではいわないが「何故だろう?」と、みんなの顔に書いてある。
徹社長からは(おなご先生)として、プロジェクトリーダーの任務を仰せつかっている。
どこまで話そうか、ゆうこは迷った……
自分は、二十四の瞳プロジェクトのリーダーなんだ、今から同じプロジェクトの仲間として、彼たちと戦うんだ!
ゆうこは全て話す決断をした。
「みなさんに全てお話しします。 25歳で、大学を卒業したといいましたが、私は高校に行っていません!」
「えっ! 高校に行かなくて大学に行きはった?」あちらこちらで騒めいている、名川も初耳だった。
「私は中卒です。 高認の資格を取り、県立広島大学(県大)に入学しました。 包み隠さず話します。
私は養護施設で育ちました。 世間の風当たりは強く、気がつけば傷害事件を起し、少年院に送られました。
来年広島から、メンバーが加わりますが、彼が保護司として私を更生し大学まで行かせてくれたのです」
あれだけ騒がしかった全員が、ゆうこの話に固唾を飲んで聞いている。 名川も身動き一つせず、立ちすくんでいる……
「広島は、暴走族の多い街です。
彼も『流れ星の五百旗頭』といって、広島では名を鳴らせた族のリーダーでした」
「ワシの偏見かも知れへん、広島=暴走族というイメージが、頭の中に出来とった……」
広島に親戚がいるという赤井が、ポツリといった。
「確かにそうです。 祭りなど暴走族の引退式なドアーり、続々と集結していました。
広島市議会の英断で、大々的な一掃取締りが行われ、解散に追い込まれ、暴走族に限っていえば昔とは、かなり変わりつつあると思います。
チームレッドゾーンの頭、
『流れ星の五百旗頭』も解散した一人です」
ゆうこの話には、迫力があった。 名川は、二十四の瞳プロジェクトの結束感が、高まったように感じた。 爽快な表情で、真鍋が音頭を取った。
「よっしゃ! みんな! 来年、五百旗頭さんが来はったら、たこ焼きパーティー絶対にしような!」
「それもやけど、ゆうこマドンナの歓迎会、せんでもええのかいな? 赤井どないや!?」
名川が、赤井の肩を大きく叩いた。
「そうでんな工場長、ほな、ゆうこマドンナ大阪名物串カツは、如何でっしゃろ?
早速、串カツからす屋、段取りしますわ!
みんな今日は、からす屋に18:00集合でええな!?」
2016年10月3日、二十四の瞳プロジェクト成功を目指し、大阪でゆうこの生活が始まった。
5.
米国向け肉じゃがオムレツは、国内版肉じゃがオムレツ(N1008)とは別物であり、
改造ではなく新規開発である。 残念ながら、輝明には、米国の文化は皆無に等しい……
米国情報に詳しい藤木の知恵が借りたかった。 有難いことに藤木は、広島へ出張に来たときには必ず、お好み焼きふみちゃんを訪れていた。
輝明には、心に決めていたことがあった。
それは二輪車を卒業し四輪に乗る事であった。 具体的には、長年の友 赤兎馬を手放し、真っ白な4代目、ロードスターNDに乗ることであった。
ロードスターをフルオープンにし、助手席に、ゆうこを乗せ走るのを夢見た。
初めてバイクに、ゆうこを乗せ走ったのも、赤兎馬だった。
貴船原少女苑を退院したばかりの、ゆうこのしぐさが昨日の事のように蘇る。
又、高宮を急遽訪れ飯塚弁護士を乗せたことなど、走馬灯のように輝明の頭の中を駆け巡った。
いざ、手放すと思ったら凄く切ない…… 赤兎馬を可愛がってくれる、知っている人
に譲りたい……
決心をした輝明は、亡き母がくれた金で赤兎馬を買った事、貴船原少女苑を退院した、ゆうこを乗せた思い、
これまでの経緯を含め、引き取ってもらいたい旨を書いたメールを藤木に送った。
藤木の返答は早かった。 週末の出張でもないのに土曜日わざわざ東京から来るという。 赤兎馬を譲る事もそうだが、米国向け肉じゃがオムレツに関し、相談に乗ってもらいたい旨を書き返信をした。
パッチワークされたジャケットを身につけ、ジーンズ姿の藤木が、約束通りやってきた。
ラフな格好をした藤木を見るのは初めてだ、
「輝明さん、赤兎馬本当にいいの?」
「白いロードスターND契約しました。
納車は来月末です。 納車されたら赤兎馬送りますので、どうぞ可愛がってやって下さい!」
『出会いは別れの始まり、別れは出会いの始まり』である。 日本には良い言葉がある、
「白のロードスターND、青木さぞかし羨しがるだろうなぁ……
それはそうと僕に、米国向け肉じゃがオムレツの相談ってなに?」
「実は米国のこと、まったく分からないんですよ…… どんな肉じゃがオムレツにすれば、よいのか構想が浮かびません、米国の事に、詳しい藤木さん、アドバイスして頂けないでしょうか?」
輝明は、困りきった視線を青木に送った。
「まいったなぁ…… 米国は5年前に3か月ほど、仕事で滞在しただけですから、それで米国向け、肉じゃがオムレツの構想つくり、いつまでに仕上げないといけないんですか?」
「それが年内、極力引っ張っても来年早々がタイムリミットなんです……」
藤木がテーブルに頬杖をつき思案している。
「この最、青木も巻き込みましょう! あいつ3年ほど、四井住友ニューヨーク支店に、赴任していましたから!
それと白いロードスターND、乗せてやるといったら尻尾を振って加わってきますよ!」
輝明にとって、この上ない朗報だった。
「青木さん3年もニューヨークで、暮していたのですか!」
「輝明さん、以前いったけど僕は、高級肉じゃがオムレツにするべきだと思うんですよ、
米国と日本じゃ、ぜんぜん購買力が違いますからねぇ、彼たちは良いと認めた物は、出し惜しみせず買います!
それと、富豪という桁が日本とは全然違います。 まぁ、幸福とは使いきれない金を、持っている事じゃないですがね!」
「大量に金を持っていても、幸福ではない?」輝明には藤木のいっていることが、タダ爺の言葉と同じように聞こえた。
輝明がつぶやくようにいった。
「何故、人は生きるのか? それは自分以外を生かすためだ……」
「凄いですね! その言葉、煩悩を捨て、悟りを開いた人の言葉ですよ!」
感心した顔をしている藤木に輝明がいった。
「自分の言葉じゃないですよ! 西島忠則、タダ爺に教えてもらった言葉です」
「西島会長の言葉ですか! 近藤名誉顧問もいっておられました。 あいつは、凄いヤツだと……」
改めて聞いてみると確かに凄い言葉名言だ、輝明はその言葉に、新肉じゃがオムレツを開発するヒントが、隠されているように感じた。
「輝明さん、年収800万円の分岐線って、知っていますか?」
「年収800万円ですか? 俺には全く関係ないや!」
真顔になった藤木が話しだした。
「年収800万円を超えると、金の価値感がなくなり、不幸に感じるっていう理論です。
富豪の中には、高級車ベンツに乗っていて、灰皿がいっぱいになったからと、買い変える人もいます。 これって、決して幸福じゃないですよね?」
「灰皿がですか……」
輝明には信じられない話だった。
「だから富豪になれば、挙って寄付をするんです。
輝明さん、米国向け肉じゃがオムレツの、構想考えさせてください。
青木と一緒に、もんでみます!」
そういい残し、藤木はお好み焼きふみちゃんを後にした。 翌日携帯に、メール着信が入った。 差出人は、青木からだった。
五百旗頭 様
藤木から聞きました。真っ白なロードスターND、来月納車ですか! 是非とも乗せて下さい。 御願いします!
さて、米国向け肉じゃがオムレツ構想の件ですが、米国人に『日本食は?』と尋ねたら、
寿司、天ぷら、すき焼きです。
ニューヨークに赴任していたとき、彼たちお勧めのステーキハウスに、よく連れて行ってもらいました。
16オンス(450g位)ステーキで、価格は20$くらいです。 それを美味そうにぺろりと平らげますが、私の口にはあいませんでした……
呼びやすいようにAO(アオ)とよばれていましたが、AOはどうして食べないんだ?
と、いつも聞かれました。 ある日ホームパーティーを開く事になり、日本から送ってきた和牛(丹波牛)を振舞いました。
彼たちは、小さく高価な和牛を見て、
『米国の牛肉は大きくて安い!一番だ!』と口々にいっていましたが、
和牛を食べ彼たちは驚愕します。
「俺たちが食べていたのは、サンダルの底だった……」と、
私は、米国向け肉じゃがオムレツに使う肉は、和牛だと断言します! 『青木』
メールは藤木にもCCがされていた。
早速、藤木案が送られてきた。
五百旗頭 様
青木には僕も同感です! 僕の案は、米国向け肉じゃがオムレツにインパクトを与える構想です。 答えからいうとトリュフバターがトッピングできないか? と……
しかしトリュフは高価です。 似たような味が安価に再現できないか、妻と試作を重ねました。 その組み合わせを書きます。
1.バター
2.ガーリックパウダー
3.ジン(酒)数滴
黄金の配分まで至っていませんがトリュフバターに近い味です! 試して見てください。
『藤木』
藤木は、米国向け肉じゃがオムレツにトリュフ的インパクト(強い影響)を付加させようと考えた。 (それを安価に再現できないか?)試作を重ねたのである。
輝明は、早速藤木に返信を送った。
藤木 様
自分は生まれてこの方、トリュフなど口にした事はありません、ガーリックパウダーと、
書いてありますが、ニンニクの香りがするのでしょうか? 『輝明』
CCを加えていた青木から、藤木より早く、着信が入った。
五百旗頭 様
確かにトリュフは、藤木のメールにあるよう、ニンニクのような香りも含まれています。 ジンを数滴加えるというのは、ナイスアイデアです。 僕は白トリュフを、1度しか食べた事はありませんが、米国向け肉じゃがオムレツに、トリュフインパクトを加えるのは、画期的な案だと思います!
海外生活をして、強く思っていることがあります。 それは、僕たち日本人はあまりにも芸がない事です。
米国では、毎週のように、ホームパーティーが開かれます。 パーティーに招待された客人は、当たり前のように自国の伝統芸を披露し、場を盛り上げます。
ショックでした……
日本は古い歴史のある国です。
しかし日本に関する芸を披露しようと思うのですが、僕にとり屈辱的なことです……
自分には、何一つ芸がない事を気づかされました。 恐らくほとんどの人は、そう感じると思います。 三味線、尺八、歌舞伎…… 色々ありますが、みな伝統芸能であり、奥が深く一般の日本人が容易くできる物ではありません、そんな中、僕を救ってくれたものがありました。
それは、53年前ビルボードホット120にて、週間1位を獲得し、米国人誰しもが、
知っている日本人の曲があります。
SUKIYAKI(スキヤキ)坂本九が歌った、『上を向いて歩こう』です。
僕の取り得は、ギターが少し弾ける事です。苦し紛れに、パーティーに集まった、みんなの前で『上を向いて歩こう』を弾きながら、歌いました。
パーティーは大盛り上がり、大盛況を受けました。 真に地獄から天国……
僕の人生の中で決して忘れられない1日となったのです! 広い米国で、肉じゃがオムレツを、彼らに認知させるためには、大々的にCMを打つ必要があります。
僕からですが、米国肉じゃがオムレツのCMソングとして、『上を向いて歩こう』を採用することを提案します。 『青木』
藤木といい、青木といい、輝明には絶対に、思いつかない提案だった。 米国向け肉じゃがオムレツの構想は固まった。
後は形にするだけだ、早速、輝明は、ゆうこに電話を入れた。
「おぉ、ゆうこか! 輝明です。 そっちはどうだ? ホームシックに、かかっているんじゃないのか?」
「毎日ボーッと、しているけど、楽しくやっていまーす! 本当に大阪の人って面白いよ、
毎日が、吉本新喜劇状態! 来年こっちに来るよね? 私からの提案、来たら誰でもいいから、指鉄砲で撃ってみてよ、
『うぅーやられた……』って、倒れてくれるから、それで何?」
輝明の予想は完全に外れた、無邪気な子供ような軽く明るい声である。
「さすが恐怖のB型だよなぁ……
それじゃぁ俺からのミッション!」
「難しい事は駄目、まだこの辺りの地理は、詳しくないんだから……」
K・T・Nフーズは、来年、丹波にある、新工場が生産を開始する。
兵庫といえば日本を代表する神戸牛である。
輝明はその元牛である丹波牛を、米国向け肉じゃがオムレツに使うつもりであった。
練り上げた構想をゆうこに話した。
「米国向け肉じゃがオムレツは、高級路線で行くことにした。 使う肉は和牛だ!
ミッションというのは、安価な丹波牛を探し出し、見つけたらサンプルを送って欲しい」
「二十四の瞳プロジェクメンバーに、赤井さんていう、丹波出身の人がいるの、聞いてみる…… それとね、ごめんなさい……」
ゆうこが急に口を噤んだ、
決意したかのように話し始めた。
「断りもなくプロジェクトメンバーに、流れ星の五百旗頭のことを話しました……」
「そんなことか、俺は全然気にしていないよ、クラウドファンディングのとき公表したジャン!」
「そうだよね! 話を聞いてくれ、みんな分かってくれた。
0・1トンの真鍋さんなんか、
輝明がきたら、たこ焼きパーティー開いてくれるって!」
0・1トン? 指鉄砲のことなど広島とは文化の違いを感じた。
管理棟に設けられた『二十四の瞳プロジェク室』で、赤井は新工場へ移設する設備レイアウトを練っていた。
「赤井さん!」
「なんでっしゃろ? ゆうこマドンナ!」
アナログ人間である。 赤井は定規を使ってレイアウトを決めしていた。
「ちょっとまってや!」
手を止め、ゆうこを見上げた。
「赤井さんって確か丹波の出身と、おっしゃっていましたよね? 丹波牛ってご存じでしょうか?」
「あっ! 丹波牛ね、A5ランクで最高級の牛ですわ! 自分なんか高こうて食べたことないですわ」
A5とは、脂肪の色沢と質・牛肉の色沢や締まり、きめが良く、脂肪が多く細かい選ばれし最高級な肉である。
「ゆうこマドンナ! 安い丹波牛なドアーりまへん…… 輝明さん安い神戸牛、探しとるんでっか? それなら但馬牛やね!」
「但馬牛ですか……」
但馬牛とは、兵庫県産の黒毛和牛種のことで神戸牛の一種である。
「但馬牛なら、ワテの友人が飼育しとります。そうでんなー 切り落とし120gが、300円くらいですわ、段取りしまひょか?」
ゆうこは、『丹波牛は超高級! 安い神戸牛は但馬牛! 調理の腕を見せて下さい』とのコメントとを添えて、但馬牛の切り落とし、1kgを発送した。
6.
送られてきた但馬牛は脂肪分が多く、
赤身との間にさしが入っている、これが和牛である。
N1008肉じゃがオムレツと同じように、焼き目を入れてみた。
輝明は、腕を組み考え込んだ、プレートに同じように薄く伸ばして焼くと、どうしても火が入りすぎる。
脂肪分が多く火が入りすぎるのだ……
広げずに重ねて焼けば良いのだが、これでは、焼き目のつく面積が少なく、メイラード反応を引き出せない、メイラード反応とは、焼き目をつける事により、香ばしいうま味を引き出す料理の手法である。
すでに3日も前に進むことができていない、
最大の問題が、輝明の前に立ちはだかった、こんなときは、今までの経験からして、いつまで考えても妙案が浮かぶはずがない、来週は11月、思いの詰まった赤兎馬とも、お別れだ、藤木さんがビックリするほど、ピカピカにしてやろう!
解決は以外に簡単な事だった。
輝明が洗車道具を準備しているときであった。 ポケットの奥の携帯が震えた。
「もしもし、輝明さん? 青木です。 来週、真っ白なロードスターND、いよいよ納車ですね! 自分の車が納車するみたいで、ワクワクしてたまらないんですよ! 納車されたら忘れずに連絡して下さいよ、飛んでいきますから!!」
「真っ先に青木さんに連絡します。
約束します!」
顔は見えないが、携帯を握りしめ、青木が大きくうなずいている様子が、手を取るように伝わってくる。
「そうそう、米国向け肉じゃがオムレツ順調に開発進んでますか?」
「肉じゃがオムレツに使う肉、但馬牛にしようと思っているんですが、薄く広げると火が入りすぎ、
重ねて厚くすると焼き目不足になって、賽の河原状態、1週間もストップしているんですよ……」
話を聞いた青木は、調理の事など素人のはずなのに、いとも簡単に解決方法を語った。
「そうですか、メイラード反応だけで旨味を付加しようとしてるんですね? 簡単なことです。 フランス料理ではデグラッセするんですよ!」
「デグラッセ?」初めて西島邸に招待されたとき、タダ爺に食べさせてもらった、牛フィレ肉のポワレ黒胡椒のソース、
「そうだ! タダ爺が作った戦艦大和の料理の手法だ!」
あのときタダ爺は、デグラッセをおこなっていた。 目から鱗とは正にこの事である。 メイラード反応だけで、旨み成分を何とかしようと拘っていただけだった。
「青木さん! 凄すぎます! 感謝してもしきれません!!」
「はぁ……?」
青木は輝明が、何故興奮しているのか全く理解できなかった。
「そんな事より輝明さん、来週真っ白なロードスターND納車されたら、絶対に連絡くださいよ!」
青木にとってデグラッセの事より、ロードスターNDの方が、大事なことであった。
試行錯誤の上、米国向け肉じゃがオムレツ開発の全てのピースが揃った。 輝明は徹に、米国向け、肉じゃがオムレツの試作が完成した事を報告した。
「米国向け肉じゃがオムレツの開発コードを、USA1008にしました。来週お好み焼きふみちゃんにて試食評価行います。
開発にあたり、藤木・青木さんには、多大な協力頂きました。 およびしても、よろしいでしょうか?」
「もちろんOKです。
急な開発ご苦労様でした!」
2016年11月1日、お好み焼きふみちゃんには各部長はじめ、加奈子、青木が待機していた。
藤木は四越伊勢丹ホールディングスの代表として、正式評価メンバーに加わった。
輝明は、米国向け肉じゃがオムレツUSA1008の開発にあたり、米国がどのような国なのかまったく知識がなかった。
日本という物差しで、米国を測るのは大間違い、高級という事に拘り開発した。 藤木、青木の協力なしでは、完成させることができなかった事を熱く語った。
輝明は前を見据え、ゆっくりと話し始めた。
「和牛は高級すぎ、多くは使えません…… 少ない量でコクが出したい、藤木さんのトリュフバターという発案に助けられました。
思考錯誤の上たどり着いたのが、
発酵バターを使うことでした」
発酵バターは、日本での消費量は少ないが、欧州ではよく使用されている。
藤木は、欧州出張でよく口にしていた。 とくに力を入れた和牛肉処理に関し、絶対
の自信を持っていた。
食材・調味料は、極力西日本産に拘った。
デグラッセのうま味と、甘辛い出汁が良く染み込んだ、じゃがいも・たまねぎ・糸こんにゃく、絶妙な柔らかさで、焼き色がつき、トリュフ風発酵バターをからみつかせた和牛(但馬牛)、それが、煮込み野菜に混ぜ合わさっている。
それらをくるんだ薄焼き卵には、オタフクソースが塗られ青海苔がトッピングしてある。
見るからに美味そうだ……
試食した加奈子が、思わず口を開いた。
「美味しすぎる!」
「牛肉のとろけるような食感…… 芳醇な味の深さ、僕はこれ以上のもの食べた事、ありません!」
米国のことをよく知る、青木の率直な感想だった。
「米国で絶対にいけると思います!」
それが、藤木の評価だった。
試食した全員、美味さに驚愕している。
徹が質問をした、
「確かに、今まで味わった事のない、異次元的な美味さです!
それでコスト的に、N1008と比べどれくらいの価格になりますか?」
「材料単価を比較すれば、3・4倍です」
輝明の答えに徹が、すかさず逆算をした。
「原価で470円ですか…… 米国への輸送コストを考慮したら、ザックリ、1500円ということですかね?」
「為替が変動するので、何ともいえませんが、14$くらいですか……」
青木も絶対に売れると思った。
「問題があります!」
話を静かに聞いていた藤木だった。
全員の目が藤木に集まった。
「関税です! おそらく何も対策せず売ったら、その3倍になると思います」
「3倍ですか!」驚いた徹に藤木がいった。
「何の対策もしなければです。 西島社長!」
「分かりました…… K・T・Nフーズ新工場では、これを量産することにします。
量産開始は来年の6月、竈門部長、量産の数値化含め設備の立上げ、宜しくおねがいします!」
こうして、米国向け肉じゃがオムレツ(USA1008)の量産化が決まった。
藤木が所属する、四越伊勢丹ホールディングスMD戦略統括部は、四越の中で商事会社的な業務を行っている。 四越が25%出資するK・T・Nフーズ担当は、近藤の一声で、藤木に決まった。
関税対策は藤木の得意とする分野である。
早速、藤木はUSA1008の関税対策に取り組んだ。
加工品を完成した形で輸出すると、3倍の関税がかかり、1パックが4500円だ、さすがにこれでは高くて売れない、安くする方法はノックダウン輸出である。
輸出をした経験のない西島食品は、未経験の素人である。 藤木が簡単に説明をした。
「ノックダウン輸出とは、完成品を輸出するのではなく、野菜調理部、牛肉加工部、薄焼き玉子部、調味部、各々の形で輸出を行い、
それらを現地で1パッケージとし完成させる手法です。 これにより、高額関税から逃れることができます」
「という事は、現地で完成させる場所が必要ですよね?」
「米国の広さは、日本の約25倍あります。国内での時差が6時間、国土が広いので航空輸送網は、日本の比ではありません。
しかも安価です。6時間もあればロスから各主要都市まで、荷物を輸送することが可能です。
ロスは、西海岸にあり日本からの輸送は、最適な場所です。
人口は390万人、大阪より120万人多い大都市で、労働力も豊富です」
広島市の約4倍……
徹は想像さえつかなかった。
N1008と比べUSA1008は、ステンレスプレートに広げる肉が厚くなる。
ゆうこと試行錯誤の末、形にしたAIによる面積測定の精度は抜群で、投入する肉の重さから瞬時に、正確な厚さの算出をすることができた。
竈門は、プレートの四面を14mm曲げ、デグラッセによりこびりついた旨味成分を、
余すことなく抽出した。
外気温・湿度、それらデーター及び、輝明の調理整理し情報の集まりにした。 これらのデーターを加工装置にINPUTすれば、50人の輝明がいるのと同じである。
「竈門部長、ご苦労様でした!」
2016年12月広島の西島食品で行う、
全ての作業は、予定通り完了した。 年明けからはいよいよ、ゆうこの出番である!
7.
昼のピークを過ぎた午後15時、お好み焼きふみちゃんは閑散としていた。
店の固定電話が鳴り響いた。
突然かかってきたのは、福岡にある九州大学病院からだった。
「お好み焼きふみちゃん、でしょうか?」
輝明には全く心当たりはなく、間違い電話だと思った。
「私、九州大学病院、肝臓・膵臓・胆道内科 婦長の澤田(さわだ)と申します。 お父様の五百旗頭輝夫さんが入院されているのですが、昏睡状 態になられ、ご親族様に連絡を入れました」
輝明の親父は29年前夜逃げした。
輝明が5歳のときであった。
その糞親父が福岡県の病院で昏睡状態……
輝明は冷静に答えた。
「それで、病名は何でしょうか?」
「膵臓癌です。
血圧も落ちてきていますので、いいにくいのですがもって3日かと……」
どうして、ここの電話番号が分かったのだろう? 輝明は、広島からの交通アクセスを聞いた。
「新幹線で博多までいらしていただき、博多バスターミナルで県庁・九大病院行で、終点下車していただければと思います」
「肝臓・膵臓・胆道内科の、澤田様ですね? すぐに伺いますのでよろしくお願いします」
輝明は不思議に思った。 子供のころ糞親父に復讐することが、目的だったはずなのに、
全くそんな思いを感じないのである。
16:04広島発 博多行の新幹線に飛び乗った。 博多駅までは1時間、そこからバスに乗り30分で九大病院に到着した。
聞いた2階第二受付で、澤田を呼んでもらった。
歳の頃は40過ぎと思われる、看護服の上に濃紺のカーデガンをまとった、銀縁眼鏡の澤田が現れた。
「五百旗頭輝夫の息子です」澤田は、輝夫の病室207号室に急いで案内してくれた。
輝明は目を疑った、すごく大きいと思っていた親父が、あまりにも小さかったからである。
話をすることは叶わなかった。 輝明が来るのを待ったように輝夫は息を引き取った。
「澤田さん、感謝します……」
輝明はそれしかいえなかった。 落ち着いたところで何故、広島の電話番号が分かったのか澤田に確認した。
輝夫が大事に身につけていた物に、比治山神社の御守りと写真があり、裏側に電話番号が書いてあったことを教えてくれた。 見せてもらった写真には、親父に抱かれた自分と、その横には満面の笑みを浮かべた、ふみこが写っていた。
輝明は渡された御守りと写真を見て、涙を止めることができなかった。
親父の持ち物はそれしかなかった。
その日は博多に一泊し、翌日、火葬をして広島の自宅に連れて帰った。
8.
「大阪だったらモッチン! お勧めの場所はどこ?」
「そうでんな、梅田ですわ!」
餅田は清水の舞台から飛び降りる覚悟で、ゆうこをさそった。
「ゆうこマドンナ、もしよろしければ、梅田に行つてみまへんか!?」
「連れていってもらえるんですか? 是非、御願いします!」あっけない返事だった……
この言葉を発するのに、どれほど勇気がいったことか? 体に重力を感じない、まるで、中に浮いているような感じだ、
「おい! 餅田やけに機嫌がええやないか? 何か、ええことあったんか?」
赤井は餅田の顔を、覗き込むようにじっと見た。
「いやー 別に♪」
誰が見ても餅田はルンルンである。
「今日は寒いねんな、豚まんでも食べよか? これなぁ、今、はやっとる映画(この世界の片隅に)」
「わぁー この映画見たかったんだ!」
多くの個人から、クラウドファンディングを通じ、映画部門では国内最高金額を集め、制作された。
『この世界の片隅に』
昭和20年、舞台は広島・呉、わたしは、ここで生きている。
1944年(昭和19年)広島市から海軍の街・呉に嫁いできた18歳のすず、やがて戦況が悪化し配給物資が次第に減る中、
すずは、さまざまな工夫を凝らし、北條家の暮らしを懸命に守ろうとする。
物語は原子爆弾が投下される、運命の昭和20年8月6日に向け、ためらいなく進んで行く……
「周作さん、ありがとう。 この世界の片隅に、ウチを見つけてくれて」
映画の中で、すずが放ったこのセリフが、いつまでも心に残った。
「輝明さんありがとう。 この世界の片隅に、ウチを見つけてくれて……」
ゆうこは、本心からそう思った。 東日本大震災に於いて失ってしまったのは、物や財産ではなく日常という普通の日々の暮らし、
今できることを分け合う価値である。
実際に徹が原爆孤児で有ることも影響し、口でいえないほど泣く事も出来ない感動が、
ゆうこを襲った。 映画を観終わったゆうこは、すっかり広島モードになっている。
気分を変えようと、元気よく餅田がいった。
「どうでっか梅田は? ここからが、なにわ男子腕のみせどろや! 梅田スカイビルにある日本料理店、予約してますねん、
ほな、いきまひょうか!」
道中レトロ食堂街、滝見小路にはマジダブランドスペース大阪があった。
真っ赤なロードスターが、壁に張り付き、白いロードスターNDが展示してある。
「なるほど…… 輝明はこの車を購入しようとしてるんだ、カッコいいジャン!」
ここが大阪の中心、梅田とは信じがたい、
「わぁー 素敵!」
案内された4人テーブルから見える景色を見て、ゆうこは忘我状態だ、木箱に盛りつけられた料理は、美しいとしかいいようがない、
味だけではなく『目でも食す』のが、日本料理である。 牛フィレ肉のピリから炒めを、頬張りながら餅田が時計を見た。
「はよかたして、上に昇りましょう!」
餅田は、大阪・神戸方面を一望できる、窓際のカップルシートを予約していた。
36階の丸窓からは、茜色に染まった空、
淀川に架かる橋はシルエットになり、その先にある大阪湾が橙色に映える。
BGMは、贅沢な空間に浸れる超一流ジャズ、Best Taste For Milesが、流れている。
幻想的であり心癒される空間だ……
1日3組限定のコンステレーション(星座)コース、乾杯用スパークリングワイン、ホールケーキに空中庭園展望台入場券がテーブルに並べられた。
マスター直々にボーイを連れ、ゆうこには、花束が渡された。
「えっ! 私に……」
餅田が照れ臭そうにいった。
「わいからのプレゼントですわ、大阪の想いで忘れんといてや!」
『Nightbirds(夜の鳥)』
歌 : Shakatak(シャカタク)
作詞 : William Sharpe・作曲:Rpger Odell
リリース: 1982年
【ストーリー 10】 著: 脇 昌稔
【ストーリー 11】へ続く..
この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。