【blog小説】星の流れに エピソード 1

プロロー

今年も大地を凍らせる冬が去り温かい日差しがふりそそぎ、花々を芽生えさせる春が、おとずれようとしている、

そんな春が俺は、大嫌いだった。

咲き誇る桜の花びらを見るたびに、これまで俺が犯し続けてきた人間としての資質や、人生における後悔をリセットし、違う俺になれるんじゃないかと、心の底でかすかな希望を春は期待させた。

しかし大地を温め生物を目覚めさせるハズの春は、俺のところにやって来ることはなかった。

俺の心は真っ暗な土の中から抜け出すことができなく、冷たく暗い冬のままだった。

しかし今年の春は違っていた。

それはタダ爺に巡り合ったことで俺の人生は確実に変化し始めた。

タダ爺がくれた温い風とまぶしい光が地面を温め、俺は暗く冷たい地中から殻を破り芽を出すことができた。

芽を出した俺はビックリした。

どこまでも高く青い空、光り輝く太陽、温かな風が俺をつつみこんだのだ。

それは、今をどう生きるかで未来はもちろん、過去の傷ついた俺自体も笑いに変えてくれる。

人生失敗だらけで、失敗なし!

失敗と書いて経験と読むということを教えてくれた。俺は1%でいい、昨日の自分を超えようと思った。

今までの俺は、チャンス(春)が来ても、冷たく暗い土の中にいることをいいわけに、通り過ぎる季節に立ちすくむだけで、現実から逃げていたのだ。

辛い経験をして傷つくことで、人はそれまで見えなかったものが見え理解し合えることを、降りそそぐ春のまぶしい光とタダ爺は教えてくれた。

この世に生かされている人間で強い人などいない。みんな見えない明日に恐怖や不安を抱えながら、一歩でも前にいたいと生きている。

俺は気付いた、争いあってもまったく無意味なことを。

しかし俺は前にでようと思う。

いつかタダ爺のように本物の強い人になることを信じて、だから俺は前に進む。

本当に大事な物を見るために。

そう気づかせてくれたタダ爺のために…

一章 流

1.

五百旗頭の父、五百旗頭輝夫(いおきべてるお)は、定職にもつかず賭け事に夢中だった。 母が隠しておいた電気、水道代も賭け事に消えた。

甲高いラッパのファンファーレが鳴り、ガシャンという音を立てゲートが開く……

ギャンブルでお金が溶けていった。

親父のギャンブルは、エスカレートするばかりだった。

俺の誕生日プレゼントを買うはずだった金も母を蹴とばし、スズメの涙ほどの金さえも、財布から抜き取り、賭け事につぎ込んだ。

家中さがし金が見つからないと街金で借金を重ね、借りられなくなると、闇金にまで手を出し、最後は背負いきれぬほどの借金をかかえ夜逃げした。

それが俺の糞親父だ!

母は親父の借金返済と生きていく為、土間を改装し小さなお好み焼き屋を始めた。

店の名前は、五百旗頭文子(いおきべふみこ)から、ふみちゃんという名前をつけた。

どこで息をしているのかわからないが、俺たちを苦しめた、糞っタレ親父を絶対に許さない! 見つけ出し復讐することが、生きる目標となった。

県内にお好み焼き屋は、約2000軒あるといわれている。

母は、子供の頃に食べていたキャベツの味がわすれられず、絶滅寸前だった広甘藍(ひろかんらん)を分けてもらい、ふみちゃんのキャベツに使った。

広甘藍が評判を呼び、10年かかったが、借金は消えた……

母がなんとかやりくりし、俺は家から近い県立の工業高校に進学した。

出席番号で後ろの生田博之(いくたひろゆき)とは、すぐに友達となった。 家庭は経済的に裕福で、ポンダのホーネット250というバイクを買ってもらい乗っていた。

ちなみにホーネットとは、スズメバチという意味らしい。

「しっかりつかまっていろよ! これから、宇品(うじな)の海岸線をぶっ飛ばすぞ!」

ホーネットが猛禽類に似た鋭い叫びとともに一瞬で風になり風景に溶け込んでいく……

「なんだ? この加速と解放感は!」

脳みそからアドレナリンが吹き出した。

生田は宇品へ向かう海岸線にある1Fが駐車場になっている、アルバトロス(アホウドリ)という、喫茶店にホーネットを止めいった。

「ここのナポリタン、もちもちして最高に、美味いんだ!」

これが俺の衝撃的なバイクとの出会いだった。

2.

普通自動二輪の一発試験(運転免許試験場での取得)合格率は5%以下、取得するまでの平均受験回数は10回以上……

俺の場合、教習所で取得する金もなく一発試験で免許を取得するしかなかった。

奇跡がおこった……

本当に一発試験に一発合格した。

しかしこれが、道を踏み外す原因になった。 一発合格していなかったら俺の人生は、変わっていたかもしれない。

赤いバイクに心を奪われた。 目を輝かせ、毎日雑誌を眺め続けた……

型式NC36、水冷399cc、53馬力色イタリアンレッド、ポンダCB400FOURどんなことをしても、手に入れたかった。

毎朝自転車で家を出るのだが学校にはいかず、公園のトイレで私服に着替え板金屋でアルバイトを始めた。

同じ養生作業をしている、2つ歳上の高山真司(たかやましんじ)とは趣味がバイクで話が合った。

高山は、家庭の事情で高校に行かず中学を卒業してすぐ働いていて、俺とは仕事の手際よさがまったく違った。

高山が養生テープを貼りながらいった。

「ところで、普通二輪とるのに何回受けた?」

「未だに信じられませんが一発合格です」

高山の手が止まった。

「普通自動二輪の一発試験、本当に一発で、合格したのか?

話には聞いたことがあるが、本当に一発で合格するとは、大したものだよ、お前は!」

五百旗頭の口から言葉がこぼれた……

「俺は母子家庭で、
貧乏だったからですよ」

高山は母子家庭と貧乏という言葉に反応した。

「お前はまだいいよ……

俺は両親もいなく、施設で育った。

中学を卒業し、すぐに働き始めた。

当時社長は、KAWASAKAの750SSというバイクに乗っていてなぁ……

初めて後ろに乗せてもらった俺は、生まれて体感したことのない加速と風と共に、流れていく風景に時間の感覚をなくした。

それは過去のすべての苦痛から俺を解放った」

五百旗頭は、やっと聞こえるか聞こえないほどの小声でいった。

「実は俺…… ポンダCB400FOURがどうしても欲しくて、学校に行くと嘘をついて働いています」

高山は口角を上げ、苦笑ともつかない複雑な笑いを浮かべながらいった。

「そうか、お前も俺も似たものどうしだな。

五百旗頭、次の休み俺のKAWASAKA ZZR1100Dで風になってみるか!」

真っ黒いZZR1100Dが現れた。

驚いた、スピードメーターは、320kmまできざまれている、

「今から高速を走る! 振り落とされないようにしっかりつかまっていろよ!」

度肝を抜かれた!

4秒たらずで、制限速度の100kmに達し、頭の中で欲しくてたまらないはずの、ポンダCB400FOURの姿が、確実に薄くなって行くのを感じた。

五百旗頭は力強くいった。

「高山さん、俺、絶対に大型免許を取って、必ず、ZZR1100Dに乗ります!」

高山は朗々とした口調でいった。

「ZZR1100Dは、いつも乗らない、いつも乗っているのは、直線番長の黒いヤマパVmax1200だ。

お前が欲しがっているCB400FOURも、れっきとした直線番長だよ!」

「直線番長?」という言葉が、五百旗頭から漏れたとき、高山は糸が切れたように笑い出した。

「直線番長とは、コーナーリングは大したことは無いが、直線のスピードだけはダントツに速いバイクのことだ!

実はなぁ、レッドゾーンという走り屋グループの頭を張っている。

騒音を撒き散らし、自己主張する為に徒党を組み、我が物顔で公道を走っている、ケツの穴の小さい小僧たちとは違うぞ!」

つけ加えるように高山はいった。

「レッドゾーンの基軸は、直線コース上で、停止状態から発進し、ゴールまでの時間を、競うドラックレースだ、

五百旗頭、俺たちのレッドゾーンに入って一緒に走らないか!」

輝明も派手な改造をして自己主張する為に、大きな音のメロディーホーンを鳴らしながら、

爆音を撒き散らし、ウジ虫のように我が物顔で、毎夜走り回っているヤツラには、怒りを覚えていた。

特にコールを切る(空ぶかし)と抜かしているが、うるさい連続音には、むかっ腹が立ちしかたがなかった。

出来るものなら群れの中に、ロケットランチャーをぶち込んでやりたい心境だった。

「高山さん、CB400FOURを手に入れたらレッドゾーンに入れて下さい!」

これが、バイクでスピードを追求する人生の始まりとなった。

その年の秋、五百旗頭は夢にまで見た真っ赤なCB400FOURを手に入れた。

「これって、夢じゃないよな?」

3.

「みんな聞いてくれ! こいつは、普通自動二輪の一発試験で、一発合格したヤツだ!」

「それは大したものだ!」

みんなの口から、声が漏れた。

最大の族集団で、滝沢章(たきざわあきら)が率いる安芸爆走群とは水と油の関係だった。

えべっさん(えびす講)には毎年県内の暴走族や、その周辺グループの少年数百人が、集結し、引退式とするのが暴走族に浸透し、神社近くの歩行者天国で集会を開くのがならわしとなっていた。

拡声器から大きな声が鳴り響いた!

「広島東警察署長から中央通りで、立ち止まっている君たちに警告する!

道路で立ち止まる行為は、道路交通法違反となり君たちを検挙することになる、ただちに移動しなさい!」

鉄砲玉の小僧たちが、舘で取り囲んだ機動隊員に向かって突っ込んだ!

指揮を取っていた、丹波拓郎(たんばたくろう)の声が響き渡った!

「検挙! 検挙!!」

機動隊員の盾壁が狭まり、一瞬にして通りは騒然となった。

罪名『道路交通法違反』忠告を無視し物を投げつけエスカレートしていく……

丹波は心の中で叫んだ、

「この糞ガキが……
世の中、舐め腐って!」

再び拡声器を握った。

「警官に物を投げてはいけない!

検挙! 検挙!!」

県警は道交法違反の疑いで、この夜、少年45人を逮捕した。

その中に五百旗頭もいた。

丹波は証拠として彼らが乗っている車両を押さえ、一人づつ職務質問を行った。

違法改造されたバイクの中に、まったく改造されていないバイクを見つけた。

真っ赤な、NC36だった。

「誰なら!
このバイクの持ち主は……?」

五百旗頭が、鋭いまなざしで前に出た。

「俺のNC36です!」

丹波はいった。

「お前は、暴走族じゃないんか!?」

五百旗頭は堂々と答えた。

「俺が所属しているのは、いかに速く走るかドラックレースを目的としたレッドゾーンという集まりで、自己表現する為に騒音を撒き散らし、走ってるウジ虫どもとは違います!」

「なんじゃとわりゃ!!!!!」

その言葉を聞き周りは騒然となった。

どう見ても16歳以下と思われる、同じく検挙されていた、安芸爆走群のパシ吉と呼ばれている少年がつかみかかってきた。

次の瞬間、丹波の大声が響き渡った!

「おどれら、ここをどこじゃと思うちょるんなら! 静かにせえや!!!」

周りが静かになったのを見計い、丹波はいった。

「五百旗頭とかいったのぅ、そこら辺の族とは違うようじゃが、公道で制限速度以上の、スピードを出すこと、それと路上での集会、立派な道交法違反じゃ!

うっぷんを晴らす為に、騒音を撒き散らすヤツらとは違い、住民に迷惑をかけちょらん所だけは認めちゃるわ……」

これが、五百旗頭と丹波、そしてパシ吉の出会いだった。

全員初犯であることから、留置の必要を認められず、翌日解放された。

4.

ある日、隊を組んで走っていると、安芸爆走群のウジ虫どもが騒音を撒き散らしながら、前を走っていた。

全員フルスロットルの合図! 五百旗頭の右手が前を刺した。 風のごとく隊列はウジ虫どもを抜き去っていく……

バイクを改造し派手な服装で、はちまきをして走っていたウジ虫どもが、必死に追っかけてきたが敵ではなかった。

そんなことがあってから輝明は、『流れ星の五百旗頭』とよばれるようになっていった。

2001年、20歳を迎えた高山は、レッドゾーンを引退することを決意した。

高山を中心に円が組まれた。 高山は夜空を見上げ声を振り絞るようにいった。

「みんなで走ってきた思い出は俺の宝物だ! 俺からも、些少では有るが贈り物がしたい、

レッドゾーンの新頭に、このVmax1200に乗ってもらおうと思う。

乗るのは五百旗頭、お前だ!」

高山の一言は、五百旗頭の思考回路を直撃した。 高山が五百旗頭を呼ぶ声に我に返った。

「五百旗頭、これがVmax1200の鍵だ、 後のことはよろしくたのむ。

みんなもいいな!」

レッドゾーンの新頭、五百旗頭輝明(いおきべてるあき)が誕生した濫觴(らんしょう)であった。であった。

ある日の夜、牛丼家の前を通りかかったとき、安芸爆走群でパシリ(使い走り)をさせられている、パシ吉が両手いっぱいに、牛丼の入った袋を抱えていた。

パシ吉はあだ名で名前は、高橋智吉(たかはしともよし)という。

いいように使われているので、
みんなが、パシ吉と呼んでいた。

五百旗頭は、パシ吉の横にVmaxを止め、ヘルメットを脱いだ。

「おい、パシ吉!

またウジ虫どものパシリか?」

五百旗頭を見るなり、パシ吉がいった。

「五百旗頭じゃねぇか!」

相変わらず威勢だけはいい……

笑いながらいってやった、

「パシ吉、3つも歳上の俺に向かって、タメ口はないだろうが…… これでも今はレッドゾーンの頭なんだぞ!」

パシ吉は、両手いっぱい牛丼の入った袋を持ち、子供がすねたみたいにうつむいた。

「おっ! 今日はどうした?
妙におとなしいじゃないか……」

五百旗頭は続けていった。

「パシ吉よぅ、安芸爆走群でパシリをさせられながら爆音を響かせ、みんなに迷惑をかけ、

走るのがそんなに楽しいか!?

それって、『俺はここにいるんだ!』と、粋がっているだけじゃないのか?

おっと! これは丹波さんのうけ売りだがなぁ……」

五百旗頭は、弟を見るような優しい視線をパシ吉に送った。

うつむいたまま、パシ吉が何かいった。

「聞こえないぞ、パシ吉!」

持ち切れないほどの袋を抱えたパシ吉が、声を振り絞っていった。

「ワシ、どこにも居場所がないんじゃ……

ほいじゃけん(だから)安芸爆走群の滝沢さんに世話になっちょる」

五百旗頭は人を見たら吼えまくる、野良犬が腹を見せたような気がした。

「パシ吉よくいった! お前、安芸爆走群を止めてレッドゾーンに入らないか?」

パシ吉が寂しそうにいった。

「そがなことをしたらワシ、滝沢さんに何されるかわからんけん……」

五百旗頭は、パシ吉の肩を強く叩いた。

「パシ吉ょ、そがなこと、ぜんぜん心配せんでもエエ、俺と丹波さんで滝沢に話をつけちゃる。

そうじゃ! その牛丼、今から丹波さんに連絡してパトで出前してもらうことにするわ。滝沢の野郎、鳩が豆鉄砲を食らったように、ビックリするぞ!」

五百旗頭は、早速、丹波に電話をかけた。2コールで丹波は電話に出た。

「丹波さんですか? 夜分すいません、五百旗頭です。

実は折り入って丹波さんに、お願いがあり電話入れました」

「なんなら?
五百旗頭、ゆうてみいや!」

「安芸爆走群の高橋智吉、憶えておられますか? 滝沢にいいように使いパシリにされ、牛丼の入った袋を両手に持ち切れないほど、下げていたのを見つけ電話しています。

そこで丹波さんに、お願いがあるのですが、この牛丼、パトで滝沢に届けて頂き、二度とパシ吉に、かかわらないように、首根っこを、押さえてもらえないでしょうか? ハイ! ハイ! ハイ!…… お忙しいことは、十分承知しています…… ハイ……」

電話を切った五百旗頭が、腹を抱え大笑いしながらパシ吉にいった。

「パシ吉! 今から丹波さんが滝沢の野郎へ、この牛丼配達してくれるそうだ!

それから今後二度とパシ吉に、かかわらないよう『引導を渡しちゃるわ!』と、いっておられた。

その牛丼『取りにいくので店の人に預けておいてくれ』とのことだ!」

五百旗頭の目に、今まで硬直していた顔の筋肉が緩み、見せたことのない安堵の色がよみがえるパシ吉が映った。

「パシ吉、いや智吉、

今からお前は自由だ!

両手に持っている牛丼、店の人に早く預けてこい!」

智吉は、全速力で牛丼屋に消えていった。1分も経たないうちに満面の笑みを浮かべ、

息を切らし智吉が帰ってきた。

シュルルルとセルモーターが回りVmaxが響き渡る重低音で吠えた!

「パシ吉、いや智吉、さぁ乗れ!

今からレッドゾーンのメンバーに紹介する。振り落とされないように、しっかり捕まっているんだぞ!」

いいようのないパワーで、すっ飛んで行くVmax…… 智吉は、今まで味わったことのない安定した加速に酔いしれた。

五百旗頭は、黄金山(おうごんざん)の山頂にある水銀灯を中心にロータリーになっている公園で、Vmaxを止めた。

五百旗頭は切り込み隊長、川柳剛志(かわやなぎたかし)に電話をかけた。

「川柳、夜分悪い! 今からみんなを招集し、黄金山の『三春の滝桜』まで来てくれないか? 新メンバーを紹介したい!」

15分もしないうちに、バイク群が現れた。

五百旗頭が声を上げた。

「みんな、そのまま聞いてくれ! レッドゾーン新メンバーを紹介する、ここにいる高橋 智吉が俺たちと一緒に走ることになった!」

切り込み隊長の川柳が声を上げた。

「高橋智吉? お前、安芸爆走群のパシ吉じゃないか!

五百旗頭さん、いったいこれはどういうことですか?」

五百旗頭は、順を追って話した。

「少し前、2号線東雲(しののめ)の牛丼屋の前を通ったとき、こいつが滝沢にパシリを命じられ、両手いっぱい牛丼が入った袋を抱えているのを見つけた。

こいつ、いつも粋がっているが、俺も智吉の気持ちはわかる、そんなことで丹波さんに相談した。 丹波さんは、滝沢に話をつけてくれるといってくれた。

滝沢の野郎、いまごろ丹波さんに絞られていることだろうよ……」

5.

「ハイツ76は、ここか……」

丹波は、滝沢がたむろしている部屋の呼び鈴をおした。

「いつまで待たすんならパシ吉!!!!」

滝沢は乱暴にドアーを開けた。

「おぅ滝沢! 牛丼、ワシが特別に、出前しちゃったで、
大人が未成年をこき使こうて、わりゃ大したもんじゃのう……」

五百旗頭がいった通り、滝沢は鳩が豆鉄砲をくらったように驚き、目をタジタジさせ、突っ立っていた。

間髪を入れず丹波がいった。

「刑法224条、未成年者略取及び誘拐! 未成年者を略取し、又は、誘拐した者は、

三カ月以上、七年以下の懲役に処する!」

弁解するような照れ笑いをうかべ、滝沢がいった。

「丹波さん待って下さい!
ワシャあー誘拐なんか、しちょりませんけん……」

「滝沢、わりゃーなに眠たいことをいっちょるんなら!

未成年者を略取、または誘拐した場合、身代金やわいせつ等の目的でなかったとしても、この刑罰が適用されるんじゃ!」

滝沢が怯えきった声で繰り返した。

「ほいじゃけん(だから)誘拐などしちょりませんけん……」

丹波は、滝沢のえり首を掴み念書を渡した。

「滝沢! 高橋智吉を脅かし拘束し腐って、眠たいことを、いうなとゆうちょろうが!

今後一切、高橋智吉に近づかんと、この念書にサインしたら、今日は特別に許しちゃるわ!」滝沢は、あたふたと書いてあることも見ずにサインした。

「おう滝沢、ここに捺印してくれるかのぅ、拇印でもエエで……」

黄金山からは、眼下に見える自動車工場の明かりが夜景を奇麗に彩っていた。

川柳がいった。

「五百旗頭さん、パシ吉はバイクなんか持っていないでしょう?」

「川柳パシ吉じゃない、智吉だ!

確かにこいつはバイクなんか持っていない、

乗るのは俺のタンデムシート(後部座席)だ!」

そういって五百旗頭は、バックレスト(背もたれ)に貼ってある黄色い星の下に、ひと回り小さな星のシールを貼った。

「智吉、今日からここがお前の指定席だ! この星がお前の星だ!」

五百旗頭の携帯からCHEMISTRYのPIECES OF A DREAM(夢のカケラ)着メロが鳴り響いた。

CHEMISTRYとは、男性デュオで化学反応という意味である。

「ハイ! 五百旗頭です。 ハイ!……

ご苦労様でした! ハイ!……

智吉に伝えておきます。
有難うございました!」

五百旗頭は、携帯を折りたたみ大きな声でいった。

「智吉、みんな聞いてくれ!

今、丹波さんから連絡があった。 滝沢から今後一切、智吉に手を出さないとの念書を取ったそうだ!」

智吉は肩を震わせ、涙をぬぐうことなく泣いていた。

智吉がひきしぼるように声を出した。

「ワシ…… ワシ……

生まれて人からこがに(こんなに)優しくされたことないですけん……」

五百旗頭は、優しく智吉の肩を抱き寄せていった。

「智吉、お前は今まで窓も開けず暗い部屋に閉じこもっていた。これが自分のいる世界だと思い込んでいた。
だが、今からは自由だ、窓を開けて外を見てみろ!

外は広いぞ!」

智吉は、広い空間に解き放たれた野鳥のような目をしていた。

「川柳、智吉を俺のタンデムシートに乗せて走ってもいいよな?」

川柳が智吉の頭を強く叩いた。

「もちろん、異論はありませんよ!
智吉、お前は今からレッドゾーンの仲間だ!」

五百旗頭の軽快な声が響いた。

「智吉、なに突っ立っているんだ!

ヘルメットをかぶって、早く後ろに乗れ! 今から歓迎走行だ、みんな準備は良いか!!」

響き渡るエンジン音が、黄金山公園から、遠ざかって行った……

『PIECES OF A DREAM』
歌 : CHEMISTRY
作詞:藤本和則 作曲:麻生哲朗

リリース: 2001年

【ストーリー 1】 著: 脇 昌稔
【ストーリー 2】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

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