【blog小説】星降る夜に エピソード 1

エピローグ

今年も大地を凍らせる冬が去り、温かい日差しが花々を芽生えさえる春がおとづれようとしている。そんな春が俺は大嫌いだった。

咲き誇る桜の花びらを見るたびに、これまで俺が犯し続けてきた人間としての資質や人生における後悔をリセットし違う俺になれるんじゃないかと心の底でかすかな希望を春は期待させたからだった。

しかし、大地を温め生物を目覚めさせるハズの春は、俺のところにやって来る事はなかった。

心の底では、このままではいけないとわかっている人間としての感情......

その思いを俺の力ではどうすることもできなかった。俺の心は真っ暗な土の中から抜け出すことができなく冷たく暗い冬のままだった。

しかし、今年の春は違っていた。

それは、タダ爺に巡り合ったことで俺の人生は確実に変化し始めた。

タダ爺がくれた温い風とまぶしい光が地面を温め、俺は暗く冷たい地中から殻を破り芽を出す事ができた。

芽を出した俺はビックリした。どこまでも高く青い空、光り輝く太陽、温かな風が俺をつつみこんだのだ。

それは、今をどう生きるかで未来はもちろん過去の傷ついた俺自体も笑いに変えてくれる事、失敗と書いて経験と読むと言う事を教えてくれた。

タダ爺は、言った。

人生はかけ算でいくらチャンスがあろうと、お前が行動しなく「ゼロ」なら意味がない、相手の喜びが自分の喜びに変わったとき、お前は生まれ変わる事ができるのだと......

俺は、1%でいい、昨日の自分を超えようと思った。今までの俺は、チャンス(春)が来ても冷たく暗い土の中にいる事を言いわけに通り過ぎる季節に立ちすくむだけで現実から逃げてきたのだ。

俺だけじゃない、暗く冷たい土の中で殻をまとい同じように苦しむ人がいっぱいいる事を、春の暖かな風とタダ爺は教えてくれた。

辛い経験をし傷つくことで人は、それまで見えなかったものが見え理解し合える事を、降りそそぐ春のまぶしい光とタダ爺は教えてくれた。

どこまでも高く青い空、光り輝く太陽、温かな風の大地があるのは、暗く冷たい地中があるからだ、俺はようやくその事に気付いた。

この世に生かされている人間で強い人などいない。

みんな見えない明日に恐怖や不安を抱えながら、背伸びをし一歩でも前にいたいと生きている。

俺は気付いた。背伸びをして争いあってもまったく無意味な事を、

しかし、俺は背伸びをしようと思う。いつかその背伸びがタダ爺のように本物の強さになる事を信じて、

だから俺は前に進む。

本当に大事な物を見るために。
そう気づかせてくれたタダ爺のために......

流速

五百旗頭の親父、五百旗頭 輝夫(いおきべ てるお)は定職にもつかず賭け事に夢中だった。母が隠しておいた電気、水道代も賭け事に消えた。

甲高いラッパのファンファーレが鳴って、ガシャンという音を立ててゲートが開くギャンブルでお金が溶けていった。

お米が足りなかったのでうどんの玉を買ってみんなで食べた。

それでも良い方だ俺の記憶では、母が近所のパン屋でもらうパンの耳が主食だった。

おやつは、決まってパンの耳を油で揚げ砂糖をまぶしたもか、麦をいって粉にした"はったい粉"で、それに砂糖を加え湯を入れねって食べた。

俺の辞書にはチョコレートなどという単語すらない、

スプーンですくうと、トロトロした柔らかさ。口に含むとトロリンと溶けてなくなる......

給食でプリンが出たときは夢のようだった。

忘れられない食べ物がある。それは近所に住むミヨちゃんの家で食べたシュークリームというものだった、さっくりしたシュー生地にかぶりつくと、とろりとしたカスタードクリームの甘い香りが鼻腔に広がる......

「泪がこぼれるほど美味かった。」

俺は、婆ちゃんが作ってくれる、ごま油とニンニクの香りがぷんとする温かい"鶏が豆腐"が大好きだった。

鶏肉など高くて買えないので、精肉店で捨てられる鶏皮のクズをもらい豆腐屋に行き売り物にならない破片をもらう。

それに水を加え煮て、醤油とおろしたニンニクで味付けし、ごま油で風味付けしたものが"鶏が豆腐"だ。

いつもはキャベツばっかり食べている。ソースをかけて肉なしのキャベツを食べる。銀飯(白米)を食べた記憶がない、いつもは米7:麦3のバクシャリ(麦ご飯)だ、俺には好き嫌いがない......貧しかった。

だから、食べものの好き嫌いがないのかもしれない。

親父のギャンブルはエスカレートするばかりだった。俺の誕生日プレゼントを買うはずだった金や、母を蹴とばしスズメの涙ほどの金を財布から抜き取り賭け事につぎ込んだ。家中さがし金が見つからないと街金で借金を重ね、借りられなくなると闇金まで手を出し、最後は背負いきれぬほどの借金をかかえて夜逃げした。

それが俺の糞親父だ!

母は、親父の借金返済と俺たちが生きていく為、土間を改装し小さな"お好み焼き屋"を始めた。店の名前は五百旗頭 文子から、ふみちゃんと言う名前をつけた。どこで息をしているのかわからないが、俺たちを苦しめた糞っタレ親父を絶対に許さない!見つけ出し復讐するのが生きる目標となった。

広甘藍と言うキャベツは母が幼かったころ、故郷である隣町の呉広地区でたくさんつくられていた。広甘藍は広の伝統野菜でトマト以上の糖度に芯は梨のような食感が特徴だが、その甘さから虫が付きやすくしだいに作られなくなり、市場から姿を見なくなっていった。絶滅したとも言われていたが母の幼なじみが細々と作っていた。

県内に"お好み焼き屋"は約2,000軒あるといわれいる。母は子供の頃に食べていたキャベツの味がわすれられず、絶滅寸前だった広甘藍を分けてもらい、ふみちゃんのキャベツに使った。"お天道様は見ている。"お好み焼きに使った広甘藍が評判を呼び10年かかったが借金は消えた......

母がなんとかやりくりし、俺は家から近い県立の工業高校に進学した。明治30年の創立と歴史は古くシンボルである赤門の堂々たる姿が人の目を引く、校訓は、至誠・堅忍・創意・真理、 出席番号で後ろの生田 博之(いくた ひろゆき)とは、すぐに友達となった。4月生まれのヤツは誕生日をむかえると直ぐにバイクの免許を取った。家庭は経済的に裕福で、ホンダのホーネット250(価格555,000円)と言うバイクを買ってもらい乗っていた。ちなみにホーネットとは、スズメバチという意味らしい。

「五百旗頭、この週末、空いてるか?俺のバイクに乗せてやるよ!確かお前んち、段原2丁目にある"お好み焼き ふみちゃん"だったよな?俺のホーネット250でむかえに行くから待ってろ!」

バイクなど、チャリにしか乗ったことがない俺には未知の乗り物だった。

バイクにまたがって、そよ風とともに生田はやってきた。ヤツのホーネット250の切れのいい排気音は百メートルくらい先からはっきりわかった。窓から頭を出し下を見ると、ヤツが店の前にホーネットを止め、被っていた銀色のフルフェイスのヘルメットをミラーに掛け、ちょうど降りようとしているところだった。上は黒い革ジャンに下はジーンズにロングブーツ、きまってるなぁ.....

俺は窓から叫んだ!

「生田、すぐに下りて行くから待ってろ!」

輝明は飛ぶように階段を駆け下り店の引き戸を開けた。どこから見てもカッコイイ!車体色フォースシルバーメタリックのホーネット250、心を奪われ、どこまでも深く吸い寄せられる色だ。

生田は後ろのシート(タンデムシート)の下にぶら下がっている黒いっヘルメットを俺に渡した。深呼吸し深くかぶった、適度な圧迫感が心地良い初めての経験に胸の鼓動は高鳴った。

「バイクでの2人乗りのことをタンデムといい、後ろのシートはタンデムシートと言う。タンデムとは元々、馬を縦並びに配した二頭立ての馬車について使われていた用語だ。」

ホーネット250にまたがった生田は、ハンドルの中央部にあるキーシリンダーに鍵を差し込み右に回した。

次の瞬間、緑色のニュートラルランプが点灯した。始動のセルモータがシュルシュルと音がしたと思ったら乾いたエンジン音がここちよく響いた。

アクセルを少し回しただけで7,000回転まで一気に吹き上がり味わったことのない刺激音が全身に伝わった。右手を握り前輪ブレーキをかけ、両足を踏ん張った生田がバイクの横に立っている俺に向かって叫んだ。

「輝明、乗れ!さあ、行くぞ!」

タンデムシートにまたがりステップに足を乗せた。エンジンの振動がここちいい......

生田の腰に手を回し両手の指をガッチリ組んだ。

「しっかりつかまっていろよ、これから宇品の海岸線をぶっ飛ばすぞ!」

生田はスロットルを捻った、次の瞬間これまで味わったことのない加速にビックリした。ホーネット250が猛禽類に似た鋭い叫びとともに一瞬で風になり、風景に溶け込んでいく。

なんだ!?この加速と解放感は!!脳みそからアドレナリンが吹き出した。赤玉信号でとまった。俺はエンジン音に負けない大きな声で話しかけた。

「ホーネット250すごい加速だな!こんなに心地よい気持ちになったのは人生はじめてだ!」

生田はフルフェイスヘルメットのスモークシールドを上げ叫んだ。

「そうだろ!ただコイツを走らせるにはガソリンというエサがいるがな!」

「そうか......ガソリンってどのくらいいるんだ?」

信号が青に変わった。生田は早口で言った。

「このバイク街乗りメインだと約22km/Lぐらいだ!」

上げていたスモークシールドを下し、アクセルを捻った。これでもか!と鋭い加速が再び襲ってきた。生田は宇品へ向かう海岸線にある1Fが駐車場になっている、アルバトロス(アホウドリ)という喫茶店にホーネット250を止め、フルフェイスヘルメットのスモークシールドを上げ言った。

「ここのナポリタン、もちもちして最高に美味いんだ!」

これが俺の衝撃的なバイクとの出会いだった。

16歳になった俺は、すぐ普通自動二輪取得に挑んだ。普通自動二輪の一発試験(運転免許試験場での取得)合格率は、5%以下といわれ取得するまで平均受験回数で10回以上受けている。俺の場合、教習所で取得する金もなく一発試験で免許を取得するしかなかった。

奇跡がおこった......

本当に一発試験に一発合格した。しかし、これが人生の道を踏み外す原因になった。もし免許取得できていなければ......一発合格しなかったら俺の人生は変わっていたかもしれない。

免許を取得した俺は、目をさますとバイクの雑誌をながめつづけた。周りの音は一切、耳に届かなかった。HONDA CB400FOUR別名NC36という赤いバイクに心を奪われた。

幼い子が指をくわえ、ショウウインドーのむこうにあるケーキを眺めるように、目を輝かせ毎日眺め続けた。型式 NC36 水冷399cc 53馬力 色 イタリアンレッド 価格 57万9000円、どんなことをしても手に入れたかった。

毎朝、学生服に着替えカバンを持ちチャリで家を出るのだが学校にはいかず、公園のトイレで私服に着替えCB400FOURを手に入れるため板金屋でアルバイトを始めた。雇ってもらえないので高校に通ってることは伏せ嘘をついた。

仕事内容は塗装をしない箇所すべてにテープを貼る単純に見える作業なのだが、やってみるとすごく難しく養生テープを何本も無駄にした。同じ養生作業をしている2つ上の、高山 真司(たかやま しんじ)とは年齢も近く趣味がバイクで話が合った。高山は、家庭の事情で高校に行かず中学を卒業してすぐ働いて、俺とは仕事の手際よさがまったく違った。直線部分の養生テープは見事に水平のラインが維持され、コーナー部は鋭利な刃物を使い貼ったように直角に曲がっている。流れるような作業ぶりを、ただただ眺めるしかない。

高山が養生テープを貼りながら言った。

「五百旗頭は、どんなバイクが欲しいんだ?」

まるで脊髄反応のように口が動いた。

「HONDA CB400FOUを手に入れるため、毎日養生テープを貼ってるっす!」

「俺は、KAWASAKI ZZR1100に乗ってるが16歳の五百旗頭は免許、普通自動二輪(~400cc)までしか取れないからな......ところで普通二輪とるのに何回受けた?」

貼り損ねた養生テープを剝がしながら言った。

「未だに信じられませんが、一発合格です。」

高山の手が止まった。

「普通自動二輪の一発試験、本当に一発で合格したのか?話には聞いたことがあるが、本当に一発で合格するとは、大したもんだよお前は!」

五百旗頭の口から言葉がこぼれた......

「俺は母子家庭で、貧乏だったからですよ。」

高山は、母子家庭と貧乏と言う言葉に反応した。

「お前はまだ良いよ......俺は両親もいなく施設で育った、中学を卒業しすぐに働き始めた。当時社長はKAWASAKIの750SSと言うバイクに乗っていてなぁ......初めて後ろに乗せてもらった俺は、生まれて体感したことのない加速と風と共に流れていく風景に時間の感覚をなくしていた。それは過去のすべての苦痛から俺を解放った。」

五百旗頭は、やっと聞こえるか聞こえないほどの小声で言った。

「実は俺......HONDA CB400FOURが、どうしても欲しくて学校に行くと嘘をついて働いています。」

高山は口角を上げ、苦笑ともともつかない複雑な笑いを浮かべながら言った。

「そうか、お前も俺も似たものどうしだな。五百旗頭、次の休み俺のKAWASAKI ZZR1100で風になってみるか!?」

五百旗頭にとって1100CCのバイクなんか未知の物だった。膝に頭がつくほど深く御辞儀をした。

「御願いします!」

真っ黒いZZR1100が現れた。カウルとは、バイクを覆う樹脂製の外装パーツのことだが、空気抵抗を低減させライダーへの風当たりを軽減させるためのパーツでエンジンまわり、下回り、フルカウルで覆われていた。

黒いカウルと一体になったウインカーのオレンジ色が引き立っている。シートの下まで一体となったタンク、シルバーのフレーム......カッコよすぎる!

驚いた。スピードメーターは320kmまできざまれていた。一番左にある燃料計はFの満タンを指していた。

高山は言った。

「街乗りでだいたい18km/L 24L入るから満タンで400kmは走れる。」

渡されたフルフェイスの黒いヘルメットを深くかぶった。

高山がキーを中央に回すと緑色のニュートラルランプが光った、それを確認しセルを回しエンジンを始動させた。

体全体がここちよい振動につつまれた。エンジン音は想像していたよりはるかに静かだった。体を密着させ腰に回した指をガッチリと組んだ。

高山が言った。

「今から高速を走る!振り落とされないようにしっかりつかまっていろよ!」

高速道路で二人乗りできるのは、普通二輪免許もしくは大型二輪免許を取得してから通算3年以上経過していることが条件で、俺にとって何から何まで初体験だった。

棹立ちになるような加速ではなくマイルドに発進したと思ったら今まで体感したことのない加速が襲ってきた。

度肝を抜かれた!

4秒たらずで制限速度の100kmに達した。頭の中で欲しくてたまらないはずのHONDA CB400FOURの姿が確実に薄くなって行くのを感じた......

五百旗頭は力ずよく言った。

「高山さん、俺、絶対に大型免許を取って、いつかはZZR1100に乗ります!」

高山は朗々とした口調で言った。

「ZZR1100はいつもは乗らない、いつも乗っているのは直線番長の黒いヤマハVmax1200だ。お前が欲しがってるCB400FOURも歴とした直線番長だよ、」

「直線番長??」

糸が切れたように高山が笑い出した。

「直線番長とは、コーナーリングは大したこと無いが、直線のスピードだけはダントツに速いバイクの事だ!

実はなぁ、レッドゾーンと言う走り屋グループの頭を張っている。騒音を撒き散らし自己主張する為に徒党を組んで我が物顔で公道を走っているケツの穴の小さい小僧たちとは違うぞ!

まぁ、道交法違反には違いはないが、どれだけ男らしくぶっ飛ばすかを追求してるんだ。」

つけ加えるように高山は言った。

「レッドゾーンの基軸は、直線コース上で停止状態から発進し、ゴールまでの時間を競うドラックレースだ、五百旗頭、CB400FOURを手に入れたら俺たちのレッドゾーンに入って一緒に走らないか!?」

五百旗頭は小さな声で言った。

「高山さん レッドゾーンの意味は何ですか?」

「レッドゾーンのことか?これ以上ぶん回すとエンジンが壊れる危険回転数(帯域)のことだ、俺たちは直線のスピードを追求している!」

五百旗頭も派手な改造をし自己主張する為に、大きな音のメロディーホーンを鳴らしながら爆音を撒き散らし、ウジ虫のように我が物顔で毎夜走り回っているヤツラには怒りを覚えていた。

特にコールを切る(空ぶかし)と抜かしているが煩い連続音にはむかっ腹が立つてしかたがなかった。出来るものなら群れの中にロケットランチャーをぶち込んでやりたい心境だった。

ヤツラとレッドゾーンは全然違う、微妙に じゃない。 大幅に だ!五百旗頭はダイヤモンドと石炭くらいの差があると思った。

「高山さん、CB400FOURを手に入れたらレッドゾーンに入れて下さい!」

これがバイクでスピードを追求する人生の始まりとなった。

五百旗頭は高校を中退し一人暮らしを始めた。板金屋にはアルバイトではなく正式に勤め始めた。その年の秋、五百旗頭は夢にまで見た真っ赤なCB400FOURを手に入れた。

夢のようだった喜びは手に入れるまでの苦労の量と比例する。さっそくシートにまたがった。足つきが非常に良い、200kgを超える重さを感じなかった。

左側がスピードメーターで180km表示、右側がエンジン回転計でレッドゾーンは11,500rpmからだ、中心にあるキーシリンダーの上には縦長にランプが配置されていて一番下にはライトがハイビームのとき青に光るランプがあり、その上にグリーンのエンジンの動力が変則ギアに伝わっていない事を示す、ニュートラルランプがあった。

鍵を突っ込み中央に回すとグリーンが鮮やかに点灯した。さっそく右ハンドル先にあるエンジンを始動させるセルモーターのスイッチを押した。低いエンジン音が耳に飛び込んできた。エンジン音より排気ガスの良い香りに鼻の穴の内側が、いっぱいに広がるような気がした。

居ても立ってもいられない、高山が住むアパートに向けNC36を走らせた。道中、黄昏かけた空と俺を包む爽やかな風に酔いしれた。

なんども「これって、夢じゃないよな?」と今の瞬間起こっている現実を何度も何度も確認した。

アパートの駐輪場にはZZR1100とヤマハVmax1200が止まっていて、高山の101号室には明かりが灯ってた。

興奮を抑えるように呼び鈴を押した。テレビの野球観戦を観ていたジャージ姿の高山がドアを開けた。

「おぅ!五百旗頭じゃないか、どうした!?」

五百旗頭は興奮気味に言った。

「高山さん見て下さい!やっとCB400FOUR(NC36)手に入れました!」

高山はエンジンをかけっぱなしで止めているNC36をじっと眺めながら言った。

「NC36の赤、すごく鮮じゃないか!こいつ、初代のCB400FOURと比べ見かけや名前が同じでも、インド象とアフリカ象くらい違うからなあ、全くの別物だ!あらゆる所が進化してる。

その分、アフリカ象のようにいう事を聞かないぞ!紛らわしいのでNC36と呼んでいる。さっそくレッドゾーンの仲間に紹介しよう。」

高山は携帯電話を使い仲間を集めた。バイクの音が聞こえたと思ったら20分もしないうちに複数のバイクが集まった。

それらは世間で族車と呼ばれているバイクとは違った。強いて言えばどのバイクも派手なデザインの同じステッカーを貼っていて皆おなじレッドゾーンのユニホームを着ていることだった。

その数17台......集まったバイクが輪になったかと思ったらエンジンを切り全員が被っていたヘルメットを脱いだ。

輪の中心で高山が大きな声をだした。

「みんな聞いてくれ!新しくレッドゾーンに入ることになった五百旗頭だ、歳は16歳、俺と同じ板金屋で働いている。乗ってるバイクは、NC36だ、みんな可愛がってやってくれ!」

身長が190cmあると思われる大男が一歩前に出た。

「名前は、相良 太洋(さがら ひろし)レッドゾーンで切り込み隊長を張っている!歳は18、バイクは、同じくNC36、みんなからヒロと呼ばれている。ヨロシク!」

17人全員の自己紹介が終わった。16歳の五百旗頭は、頭から水をかけられたように、顔をこわばらせる......

高山が助け舟を出した。

「五百旗頭、そんなに固くなるな!俺たちはウジ虫の族とは違う、みんなバイクが好きで走りを楽しんでいるだけだ。」

顔がこわばってうまく笑顔が作れない......大きな声を振り絞って、

「......よろしくお願いします。」

と頭を下げるのが精一杯だった。

高山がレッドゾーン三ヶ条を言った。

「一つ、バイクは違法改造をしない事、二つ、ヘルメットは絶対に被る事、三つ、みんなで走るときはレッドゾーンのユニホームを着る事、五百旗頭、この三つが守れるか!?」

五百旗頭は、直立不動で立たされていた生徒が教師からやっと許しを得たように大きく頷いた。

「五百旗頭、何度も言うが表情が硬い!俺たちはお前を取って食ったりはしない!」

高山は続けて言った。

「みんな聞いてくれ!こいつは、普通自動二輪の一発試験で一発合格したヤツだ!」

「それは大したものだ!みんなの口から声が漏れた。」

五百旗頭は、やっといつもの自分に戻ったような声で言った。

「まぐれっす......」

レッドゾーンの五百旗頭 輝明が誕生した瞬間だった。

1970年代は、メールや携帯電話もなくインターネットも普及していなかった。そのため新聞社などの原稿や写真フィルムをいち早く手元に届くようにするためにバイク便を使って輸送していた。

その輸送を担っていた人々は、新聞社専属のプレスライダー(バイク便ライダー)と呼ばれ、いかに早く依頼された品を記者に届けるかを使命にしていた。ライダーたちは壮絶なテクニックを持っていた。

このプレスライダーたちが宣伝のためにバイクに小さな社旗を掲げて走っていた。

レッドゾーンは族のように威嚇するような大きな旛を振りかざす、俗にいう旗持はいない。

レッドゾーンの旗持とは、旛棒を取付、レッドゾーンの旛をなびかせながら先頭を走るバイクを指した。

レッドゾーンは最大の族集団である滝沢 章(たきざわ あきら)が率いる安芸爆走群とは水と油の関係だった。五百旗頭は1年後、旗持としてえびすこうに参加し検挙されることになる。

衝突

えべっさん(えびす講)には毎年、県内各地の暴走族やその周辺グループの少年数百人が集結した。

道路を占拠し爆竹を鳴らしたり騒音を撒き散らすため、苦情が続出し1999年、広島県警は、暴走族取り締まりとして過去最大規模の約七百人態勢で取り締まりを実行。

近辺一帯を午後十一時から翌日午前五時まで全面車両通行止めとするなど、規制を強化、最終的に述べ1400人の警察官を動員した。

えべっさんを引退式とするのが暴走族に浸透し、神社近くの歩行者天国で引退式と称する集会を開くのがならわしとなっていた。奇妙ないでたちの族が次々集まり平和な大通りが不気味な緊張に包まれて行く、レッドゾーンもその内の1グループだった。

歩行者天国になった大通りの真ん中で、高山の威勢のいい声が響き渡った。

「輪になれ!」

「おっす!.......」

この日レッドゾーンを引退する切り込み隊長の岩本 裕也を中心に円が組まれた。直接に高山が花束を渡しながら低くて太い声で言った。

「岩本......これまで一緒に走れて楽しかった、引退後は、その肝が据わった度胸で社会で活躍してくれ!」

岩本の目からレッドゾーンの切り込み隊長として、走ってきた思い出と言うエキスが雫としてあふれ出し、花束を握った右手を濡らしていった......

岩本は渾身の力をこめ言った。

「みんな!こんな俺と一緒に走ってくれてありがとう!」

みんなから大きな拍手が送られた次の瞬間、拡声器から大きな声が鳴り響いた!

「広島東警察署長から中央通りで立ち止まっている君たちに警告する!道路で立ち止まる行為は道路交通法違反となり君たちを検挙することになる、ただちに移動しなさい!」

それを聞いた旗持の五百旗頭は、舘で取り囲んだ機動隊員に向かって突っ込んだ!その他のウジ虫グループの鉄砲玉の小僧が突っ込んでいった。

指揮を取っていた伊丹 拓郎(いたみ たくろう)の声が響いた!

「検挙!検挙......!」

それを聞いた機動隊員の盾壁が狭まった。輪になって引退式をしていたレッドゾーンのメンバーは散り散りになって逃げだした、警告を無視するウジ虫たち、一瞬にして通りは騒然となった。罪名 道路交通法違反。暴走族が次々に抑えられていく、見物する多くの歩行者たち、もうこうなったら何が起きてもおかしくない......

いきがった族が物を投げ始めた。再び拡声器から声が響いた!

「警察官に物を投げるのは止めなさい!」

暴走族が投げつけてくるのは飲料水の缶や瓶、拡声器は断続的に鳴り響く、

「通行中の歩行者のみなさん、現在大変危険な状態ですので立ち止まることなく通行して下さい!ご協力をお願いします。思わぬ事故に巻き込まれてしまう恐れがありますので、できるだけ離れて下さい!」

忠告を無視して物を投げつけるウジ虫どもはエスカレートしていく......

伊丹は、心の中で叫んだ、「この糞ガキが......世の中、舐め腐って!」拡声器を握った。

「警官に物を投げてはいけない!検挙!検挙!」

機動隊の盾壁がいっせいに押し寄せ、もみ合いになった。ウジ虫が次々に取り押さえられていく.....県警は道交法違反(禁止行為)の疑いでこの夜、少年45人を逮捕した。その中に五百旗頭もいた。

道路交通法は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的としている法律である。

わかりやすく言えば、道路交通法は、交通の安全を確保するために定められた法律で、彼達45人は、20歳未満の少年であり注意を受けただけで物理的罰則もなく釈放された。

この事件を切っ掛けに取り締まりが強化され、広島市暴走族追放条例が全国で初めて広島市議会にて可決、(2002年4月1日に施行、罰則は5月1日から適用。)施行されることになる。

伊丹は、証拠として彼らが乗っている車両を押さえ、一人づつ職務質問をしていった。違法改造されたバイクの中にまったく改造されていないバイクを見つけた。真っ赤なNC36であった。

普通族はヘルメットを被らずハチマキを巻いて派手な刺繍(ししゅう)入りの特攻服で身を固め、暴走行為を繰り返している。

伊丹は驚いた。NC36にはヘルメットがぶら下がっていた。検挙した少年たちの前で伊丹は大きな声で言った。

「誰なら!このバイクの持ち主は......?」

五百旗頭が鋭いまなざしで言った。

「俺のNC36です!」

伊丹は言った。

「お前は暴走族じゃないんか!?」

五百旗頭は堂々と答えた。

「俺が所属しているのは、いかに速く走るか!ドラックレースを目的としたレッドゾーンという集まりで、自己表現する為に騒音を撒き散らし走ってるウジ虫どもとは違います!」

「なんじゃわりゃ~」

その言葉を聞き周りは騒然となった。どう見ても16歳以下と思われる、同じく検挙されていた"安芸爆走群"のパシ吉と呼ばれている少年がつかみかかってきた。次の瞬間、伊丹の大声が響き渡った!

「おどれら、ここをどこじゃとおもうちょんなら......静かにせえや!!!」

周りが静かになったのを見計い伊丹は言った。

「五百旗頭とか言ったのぅ、そこら辺の族とは違うようじゃが、公道で制限速度以上のスピードを出すこと、それと今日、公道での集会、立派な道交法違反じゃ!うっぷんを晴らす為に騒音を撒き散らすヤツとは違い、住民に迷惑をかけちょらん所だけは認めちゃるわ......」

これが、五百旗頭と伊丹、そしてパシ吉の出会いだった。全員、初犯であることから留置の必要を認められず翌日解放された。

解放された五百旗頭は早速、NC36で高山のアパートに向かった。駐輪場には初めて訪れたときと同じ、バイクが2台が止められていた。101号室の呼び鈴を押したが反応がない.......ちょうどシャワーを浴びていたらしく上半身裸で首にタオルを巻いた高山がドアを開けた。

「五百旗頭、大丈夫だったか!?伊丹さんは剛腕デカで有名だから心配したぞ......まぁ、入れ!何か飲むか?と言ってもビールしかないが、五百旗頭も、まだ未成年だがチョットくらいかまわないだろう。」

テレビからは昨晩のえびすこうのニュースが流れていた。

「俺、バイクを運転しなければいけないので、」

高山は「そうだったな!悪い悪い!」と言いながら自分のコップにビールをつぎ一気に飲み干した。

五百旗頭は明るく弾んだ声で言った。

「釘は刺されましたが、レッドゾーンの三ヶ条すごいっす!無改造のヘルメット付バイクを見て伊丹さん驚いていました。それより"安芸爆走群"のパシ吉という小僧どんなやつですか?」

高山は自慢げに笑った。

「そりゃそうだ!俺たちレッドゾーンは暴走族のウジ虫とは違うからな!それと"安芸爆走群"のパシ吉のことか?おそらくヤツは16歳になっていない、"安芸爆走群"のパシリとして滝沢にいいように利用されているだけだ。」

パシリとは使いっ走(ぱし)りの略で俗に、用事を命じられてあちこち使いに出されたり、買い物などに行かされたりすることで平たく言えば、あごで使われるヤツのことだ。高山はコップにビールを注ぎながら言った。

「それより五百旗頭、俺たちみんな逃げたのに、お前だけポリに向かっていって度胸あるやつだなぁ......」

「度胸じゃないっす、勝手に体が動いただけです。」

高山はビールを一気に飲み干した。又、何かを決断したように言った。

「お前、引退した岩本の後をついで、レッドゾーンの切り込み隊長にならないか?」

「入って1年たらずの俺がですか......?」

高山の目は真剣だった。

「お前ならできる!但しすぐにとは言わない、18歳になって大型免許を取ってからの話だ!」

レッドゾーンは走る順番が決まって、旗をなびかせ先頭を走るのが俗にいう旗持のバイク、切り込み隊長とはその後ろの2番手を走り、いざというとき先頭に躍り出てレッドゾーンを統率するバイクのことを言う、ちなみに高山(頭)は、隊の一番後ろを走り全員をガードすることになっている。

五百旗頭は、心地よいさわやかな風に吹かれているような気持ちだった。

「18歳になったらすぐに大型免許をとります!」

高山は、まんべんの微笑みを浮かべ言った。

「大型免許を取ったら、ZZR1100やVmax1200に乗る事ができるからな。頑張れよ!」

18歳になった五百旗頭は、普通自動二輪のときと同じように一発試験を受け4回目で取得した。高山に話すと「4回目とは、さすがだ!」と言って正式にレッドゾーンの切り込み隊長とし任命した。NC36のタンクに白い星のステッカーを貼り2番手を走った。

ある日隊を組んで走っていると"安芸爆走群"のウジ虫どもが騒音を撒き散らしながら前を走っていた。五百旗頭は1番手を走っていた旗持と交代し隊の先頭に立った。

全員フルスロットルの合図!五百旗頭の右手が前を刺した、風のごとく隊列はウジ虫どもを抜き去った......

派手な服装で、はちまきをしバイクを改造して走るウジ虫どもが、必死に追っかけてきたが敵ではなかった。そんなことがあってから巷で輝明は"流れ星の五百旗頭"と呼ばれるようになっていった......

2001年、海の向こうアメリカでは同時多発テロが発生、世界中にニュースが駆け巡っていた。この年レッドゾーンの頭であり20歳を迎えた頭の高山は、レッドゾーンを引退することを決意した。

五百旗頭は、えびすこうで引退式をしない!ことを伊丹と約束をしていた。頭の引退式としては質素な物だった。高山のアパートにレッドゾーンのバイクが集まった。エンジンを止めみんなヘルメットを脱いだ、五百旗頭が大きな声で号令をかけた。

「みんな!円になれ!!」

高山を中心に円が組まれた。

「今日をもって、我らレッドゾーンの頭を長年務めてもらった高山さんが引退することになった!些少では有るが花束を送り気持ちよく送り出したいと思う!」

五百旗頭は溢れ出る涙を押さえる事が出来なかった、花束を高山に渡すのが精一杯だった。幻燈画のように高山の脳裡には、今までの思い出が去来していた。高山は夜空を見上げた。声を振り絞るように高山が言った。

「みんなで走ってきた思い出は俺の宝物だ!俺からも些少では有るが贈り物がしたい!レッドゾーンの新頭にこのVmax1200に乗ってもらおうと思う。乗るのは、五百旗頭、お前だ!」

高山の一言は五百旗頭の思考回路を直撃した。今、現実に起こっていることが信じられない、あらゆる物の動きが止まった。高山の五百旗頭を呼ぶ声に我に返った。

「五百旗頭、これがVmax1200の鍵だ!後のことは、宜しくたのむ。みんなもいいな!!」

「おっす!!」

新レッドゾーンの頭、五百旗頭 輝明が誕生した瞬間だった。

Vmaxはどこまでもワイルドで逞しく、車重が300kg以上あり曲がるのにテクニックがいった。逆に直線番長と言うように加速に特化したバイクだった。

Vブーストという機能があり6000rpmを超えると1気筒に2つのキャブレターから吸気されるシステムで1980cccのV4エンジンは巨体を容赦なく加速させた。

ある日の夜、牛丼家の前を通りかかったとき、安芸爆走群でパシリをさせられているパシ吉が、両手いっぱいに牛丼の入った袋を抱えていた。パシ吉はあだ名で名前は、高橋 智吉(たかはし ともよし)と言う。

いいように使われているので、みんながパシ吉と呼んでいた。五百旗頭はパシ吉の横にVmaxを止めヘルメットを脱いだ。

「おい!パシ吉またウジ虫どものパシリか!?」

五百旗頭を見るなりパシ吉が言った。

「五百旗頭じゃねえか!」

相変わらず威勢だけはいい......笑いながら言ってやった。

「パシ吉、3つも歳上の俺に向かってタメ口はないだろうが......これでも今ではレッドゾーンの頭なんだぞ!」

パシ吉は両手いっぱいの牛丼の入った袋を持ち、子供がすねたみたいにうつむいた。

「おっ!今日はどうした?妙におとなしいじゃないか......」

五百旗頭は続けて言った。

「パシ吉よぅ、"安芸爆走群"でパシリをさせられながら、爆音を響かせ、みんなに迷惑をかけ走るのが、そんなに楽しいか!?それって、俺はここにいるんだ!と粋がっているだけじゃないのか?

おっと!これは伊丹さんのうけ売りだがなぁ......」

五百旗頭は、弟を見るような優しい視線でパシ吉を見た。うつむいたままパシ吉が何かを言った。

「聞こえないぞ、パシ吉!」

両手に持ち切れないほどの袋を抱えたパシ吉が声を振り絞って言った。

「ワシ、どこにも居場所がないんじゃ......ほいじゃけん(だから)"安芸爆走群"の滝沢さんに世話になっちょる、」

五百旗頭は人を見たら吼えまくる、野良犬が腹を見せたような気がした。

「パシ吉、よく言った!お前"安芸爆走群"を止めてレッドゾーンに入らないか?」

パシ吉が寂しそうに言った。

「そがなことをしたらワシ、滝沢さんに何されるかわからんけん......」

五百旗頭はパシ吉の肩をたたいた。

「パシ吉ょ、そがな事ぜんぜん心配せんでもエエ、俺と伊丹さんで滝沢に話をつけちゃる、そうじゃ!その牛丼、今から伊丹さんに連絡してパトで出前してもらう事にするわ!滝沢の野郎、鳩が豆鉄砲を食らったようにビックリするぞ!!」

五百旗頭は早速、携帯で伊丹に電話をかけた。2コールで伊丹は電話に出た。

「伊丹さんですか?夜分すいません五百旗頭です、実は折り入って伊丹さんにお願いがあり電話入れました。」

「なんなら?五百旗頭、ゆうてみいや!」

かすかではあるが、パシ吉にも携帯から漏れる伊丹の話声が聞き取れた。

「"安芸爆走群"のパシ吉(高橋 智吉)、憶えておられますか?滝沢にいいように使いパシリにされ、牛丼の入った袋を両手に持ち切れないほど下げていたのを見つけ電話しています。

そこで伊丹さんにお願いがあるのですが、この牛丼が入った袋をパトで滝沢に届けて頂き二度とパシ吉にかかわらないように首根っこを押さえてもらえないでしょうか?

ハイ!ハイ!......お忙しい事は十分承知しています......ハイ.......」

電話を切った五百旗頭が腹を抱え、大笑いしながらパシ吉に言った。

「パシ吉!今から伊丹さんが滝沢の野郎へ、この牛丼配達してくれるそうだ。

それから今後二度とパシ吉に、かかわらないよう引導を渡しちゃるわ!と言っておられた。その牛丼、取りにいくので店の人に預けておいてくれ!との事だ!」

五百旗頭の目に、今まで硬直していた顔の筋肉が緩み、見せた事のない安堵の色がよみがえるパシ吉が映った。

「パシ吉、いや智吉(ともよし)今からお前は自由だ!両手に持っている牛丼、店の人に早く預けてこい!」

智吉は全速力で牛丼屋に消えていった。

1分も経たないうちに満面の笑みを浮かべ息を切らし智吉が帰ってきた。五百旗頭は、タンデムシートの下フックからヘルメットを外し智吉に渡した。

「レッドゾーン三ヶ条、その1、ヘルメットは絶対に被る事!智吉、このヘルメットを被れ!」

五百旗頭はミラーにかけておいた、真っ黒いフルフェイスヘルメットを深くかぶりVmaxにまたがった。

黒いダミータンクの上には、水温計、エンジン回転計、右サイドに表示ランプが2列3段で設置してある。その右下にあるキーシリンダーにキーを差し込みONの位置にした。

2列並んだ左上、緑ニュートラルランプが点灯したのを確認し、右ハンドルについているセルスタータースイッチを押した。シュルルルとセルモーターが回りVmaxが響き渡る重低音で吠えた!

動かないように両足で車体を起こし、右ハンドルの前輪ブレーキをきつく握り智吉に言った。

「パシ吉、いや智吉、さぁ乗れ!今からレッドゾーンのメンバーに紹介する、振り落とされないようにしっかり捕まっているんだぞ!!」

いいようのないパワーですっ飛んで行くVmax、智吉は今まで味わったことのない安定した加速に酔いしれた。

山道を登っていく......五百旗頭は、黄金山の山頂にある水銀灯を中心にロータリになっている黄金山公園でVmaxを止めた。ここの小高い山は、昔、島だったということだが、周りは埋め立てられ今では痕跡をとどめない、すぐ上には電波塔が立っている。五百旗頭は切り込み隊長の 川柳 剛志(かわやなぎ たかし)に電話をした。

「川柳、夜分悪い!今からみんなを招集して黄金山の三春の滝桜まで来てくれないか?新メンバーを紹介したい!」

15分もしないうちに山道を登ってくる複数のエンジン音が聞こえ黄金山公園のロータリーにバイク群が現れた。五百旗頭が声を上げた。

「みんな、そのまま聞いてくれ!レッドゾーン新メンバーを紹介する、ここにいる高橋 智吉が俺たちと一緒に走ることになった!」

高橋 智吉?切り込み隊長の 川柳が声を上げた。

「お前、"安芸爆走群"のパシ吉じゃないか!五百旗頭さん、これはどういうことですか?」

五百旗頭は順を追って話した。

「少し前、2号線東雲(しののめ)の牛丼屋の前を通ったとき、こいつが滝沢にパシリを命じられ、両手いっぱいの牛丼が入った袋を抱えているのを見つけた。

こいつ、いつも粋がっているが俺も智吉の気持ちはわかる、そんなことで伊丹さんに相談した。伊丹さんは滝沢に話をつけてくれるといってくれた。滝沢の野郎、いまごろ伊丹さんに絞られているだろうよ......」

「ハイツ76はここか、」

伊丹は滝沢がたむろしている部屋の呼び鈴をおした。

「いつまで待たすんならパシ吉!」

滝沢は乱暴にドアを開けた。

「おぅ滝沢!牛丼、ワシが特別に出前しちゃったで、大人が未成年をこき使こうて、わりゃ大したもんじゃのう......」

五百旗頭が言った通り、滝沢は鳩が豆鉄砲をくらったように驚き目をタジタジさせ突っ立っていた。間髪を入れず伊丹が言った。

「刑法224条 未成年者略取及び誘拐!未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する!」

弁解するような照れ笑いをうかべ滝沢が言った。

「伊丹さん、待ってください。ワシャあ~誘拐などしちょりませんけん......」

「滝沢、わりゃ~なに眠たいことを言っちょんなら!未成年者を略取または誘拐した場合、身代金やわいせつ等の目的でなかったとしてもこの刑罰が適用されるんじゃ!」

滝沢が怯えきった声で言った。

「ほいじゃけん(だから)誘拐などしちょりませんけん......」

「滝沢!高橋 智吉を脅かし拘束し腐って、眠たいことを言うなとゆうちょろうが!!」

伊丹は、滝沢のえり首を掴み念書を渡した。

「今後一切、高橋 智吉に近づかんと、この念書にサインしたら今日は特別に許しゃるわ!」

滝沢は、あたふたと書いてあることも見ずにサインした。

「おう滝沢、ここに捺印を押してくれるかのぅ、拇印でもエエで......」

黄金山からは眼下に見える自動車工場の明かりが夜景を奇麗に彩っていた。川柳が言った。

「五百旗頭さん、パシ吉はバイクなんか持っていないでしょう。」

「川柳、パシ吉じゃない智吉だ!確かにこいつはバイクなんか持っていない、乗るのは俺のタンデムシートだ。」

そう言って五百旗頭は、バックレスト(背もたれ)に貼ってある黄色い星の下に、ひと回り小さな星のシールを貼った。

「智吉、今日からここがお前の指定席だ!この星がお前の星だ!!」

五百旗頭の携帯からCHEMISTRYのPIECES OF A DREAM(夢のカケラ)着メロが鳴り響いた。CHEMISTRYとは、男性デュオで化学反応という意味である。電話は伊丹からだった。

「ハイ!五百旗頭です。ハイ!ハイ!......ご苦労様でした! ハイ!......智吉に伝えておきます、有難うございました。」

五百旗頭は携帯を折りたたみ大きな声で言った。

「智吉、みんな聞いてくれ!今、伊丹さんから連絡があった、滝沢から今後一切、智吉に手を出さないとの念書を取ったそうだ!」

智吉は肩を震わせ、涙をぬぐうことなく泣いていた。智吉がひきしぼるように声を出した。

「ワシ......ワシ......生まれて人からこがに(こんなに)優しくされたこと無いですけん......」

五百旗頭は優しく智吉の肩を抱き寄せて言った。

「智吉、お前は今まで窓も開けず、暗い部屋に閉じこもっていた。これが自分のいる世界だと思い込んでいた、だが今からは自由だ、窓を開けて外を見てみろ!外は広いぞ!?川柳、智吉を俺のタンデムシートに乗せて走ってもいいよな?」

川柳が智吉の頭を強く叩いた。

「もちろん異論はありませんよ!智吉、お前は、今からレッドゾーンの仲間だ!」

五百旗頭の軽快な声が響いた。

「智吉、なに突っ立っているんだ!ヘルメットをかぶって早く後ろに乗れ!今から歓迎走行だ、みんな準備は良いか!!」

おっす!s 響き渡るエンジン音が黄金山公園から遠ざかって行った。

『PIECES OF A DREAM』
歌 : CHEMISTRY
作詞:藤本和則 作曲:麻生哲朗


リリース: 2001年

【ストーリー 1】 著: 脇屋 義直
【ストーリー 2】へ続く..


この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは、
関係ありません。

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