【blog小説】星の流れに エピソード 11

十一章 仕上げ

1.

2017年1月9日、ジャケットをまとい紺のリュックを背負った輝明が、JR福知山線伊丹駅の改札を抜けた。

陸橋を渡ると、後部ドアーを開けタクシーが1台止まっていた。 輝明はそそくさと乗り込み、運転手に池尻まで伝えた。

「池尻でっか?」

おばちゃん運転手だった。

「それにしてもエエ男やね! お客さんどこからきはったん? 飴ちゃんやろうか!」

話には聞いていたが豪快である。
おばちゃんは、料金メーターをリセットし走り始めた。

「ところで兄ちゃん、大阪にはいつまでいなはるん?」

「大阪のおばちゃんを味方にしたら千人力やで、それと大阪のおばちゃんにとって、亀沼恵美子(かめぬまえみこ)は師匠ですねん!」

「亀沼恵美子って、改修が終わった姫路城のように白く塗りたくってる、おばちゃんですよね? 自分は吉本興業の芸人さん大尊敬してるんですよ!」

「そうでっか! 顔に似合わず兄ちゃんも、おもろい事いうやん!」

そうこうしてるうちにタクシーは、K・T・Nフーズに到着した。

料金メーターは、3260円と表示している。

「兄ちゃんエエ男やから、3000円でエエわ!  ほな、きばってや!」

2. 

守衛所で管理棟は、モータープール右正面だと聞いた。プールらしきものは見当たらない、築20年以上、経っていると思われる3階建ての建物が見えた。

「あれかなぁ……」少々不安であったが輝明は、ガラス張りの玄関扉を開けた。

玄関を入ったら右側に内線電話があるので、302に電話するようにいわれていた。

「あっ! 名川工場長、ご無沙汰しております。五百旗頭です。

今、1階のロビーにいます。

管理棟プールの右側正面だと聞いたのですが、プールなど見当たらなく、違うのかな? と思ったのですが、この建物で、よろしいのですよね?」

「プール? 守衛なんといいました?」

「モータープールの右正面だと……」

受話器の向こうで、
名川の笑い声が聞こえる、

「大阪では、駐車場のことをモータープールというんです。

ここで間違いありません!

3階の32会議室が、プロジェクト部屋になっています。

みんなお待ちしています!

上がって来て下さい」

32会議室と書かれたプレートを見つけた。ドアーには、二十四の瞳プロジェクト室と張り紙がしてある。

ここで間違いない、輝明はノックをして、そーっと扉を開けた。

「よくぞ! 御無事で……」

久々に見るゆうこだった。
みんなテーブルから立ち上がり、拍手してくれている。

名川もいる。

「これ、みなさんでお召し上がりください」

そういうと輝明は、名川に土産に持ってきた『がんす』を手渡した。

がんすとは昭和初期、呉の小さな蒲鉾店で生まれた揚げかまぼこで、

「~でございます」という、
広島弁の敬語である。

「これわこれわ、おおきに!
みな喜びますわ!」

名川は、手渡された紙袋を高く持ち上げた。

「おい! 大丸、真鍋!

こいつら、商品開発しています。
気軽に使こうてやって下さい!」

巨漢の真鍋は、合うベルトが少ないのか、サスペンダーでクリーム色の作業ズボンを、吊り下げていた。

それに比べ大丸は細身で背が高く、銀縁の丸眼鏡をしたインテリ風だ、

以前調べた事があった、輝明の御先祖は、播磨(兵庫県)出身だった。

「大丸、真鍋さん、そして皆さん、始めまして、西島食品の五百旗頭です。

五百旗頭という漢字ですが、今まで誰にも、いおきべと、正しく呼ばれたことがありません。

祖先は、播磨の国の出身だったようです。500の兵を、まとめる旗頭をしていたことに由来し、五百旗頭との苗字みたいです。

姫路城築城にも、かかわったそうです。

そういった事もあり、みなさんと仕事をさせて、いただくのも何かの御縁だと思っています。

何卒、宜しく御願い致します!」

そういうと大丸、真鍋も含め全員に対し、深々と頭を下げた。

「五百旗頭さん、ほんまに何かの御縁ですわ、来はったらたこ焼きパーティーしような!と、みんなでいってましてん」

0・1トンの真鍋だった。

輝明は、みんなに御馳走しようと、広甘藍を持参していた。

「たこ焼きですか! 自分は、お好み焼きを焼くのが得意です。 皆さんに広島のお好み焼き食べてもらおうと、呉で栽培されている、広甘藍というキャベツを持ってきました」

名川は、食材と共に、食品開発調理場を、キープしていた。真鍋は巨漢をゆすりながら機用にたこ焼きを焼いて行く、

「外はカリッ! 中はとろーと、アツアツのうちに食べてや! レディーファーストや、ゆうこマドンナどうぞ!」

「見事なものですね!」と、輝明

「いやー 月3は、たこ焼きを焼いてますねん、冷え切ったビールに合うんですわ!」

ゆうこは、ハフハフといいながら食べている。

「やっぱ、使うたこで、決まりますなぁー 明石のたこですねん!」

「久しぶりに輝明が焼いた、肉玉そばが食べたいー」

ゆうこの甘えた声を聞き、餅田は面白くなさそうだ、

「じゃぁ、今から、焼かさせてもらいます。食べてもらえますか? ゆうこ、広甘藍をきざんでくれるかな?」

輝明の手さばきは見事だ、みんな目を皿のようにして見入っている……

1/4にカットし皿に乗せられ、お好み焼きふみちゃんの、肉玉そばが全員に配られた。トッピングは、シンプルに、オタフクソースと青海苔だけだ、

「ワテ、広島に親戚がおって、ちょくちょく広島風お好み焼き食べます。 せやけどこのキャベツは別物ですわ! こないな美味い、お好み焼き食べたこと、おまへん!」

「そうでんなぁ……
赤井さんのいうとおりや!」

調理加工担当の 石崎、山田、石川、山本、までもが口をそろえた。

広島風の『風』には、ひっかかるものがあったが、片付けながら輝明はいった。

「確かに長年修行した人が焼く、お好みは、美味いです。 ゆうこが、何気なく刻んだように、見えるキャベツちゃんと刻めるようになるまで、どれだけ時間がかかった事か……

広島のお好み焼きは職人技が必要で、家庭で同じ味は出せません、

誰もが楽しく手軽に自分で焼ける、大阪のお好み焼きこそ、本当の姿だと思っています」

「そやな! 美味ければよし! って、いうことですわ!」

額に汗を浮かべた真鍋だった。名川が、訓示するようにいった。

「エエか! ワシらが生産しようとしてる、USA1008は、職人技が必要なんや、

基は72年前、呉が母港だった駆逐艦雪風の肉じゃがが始まりや!」

「雪風って激戦の中、最後まで沈まへんかった駆逐艦ですわ!」

調味料調合担当で、ミリタリーオタクの、日村だった。 呉の大和ミュージアムに行くのが長年の夢である。

「日村のいうとおりや、詳しい事みんなにいわんかったが、ワシは神戸空襲の戦災孤児や、浄徳寺があるやろ? そこの鴇田住職に拾われ生かしてもろうた……

住職は、雪風で乗員の料理を拵えておられた。

その部下に西島食品の会長さんがおりはって五百旗頭さんが、雪風の肉じゃがの味を引き継いだ、ほんで進化させたUSA1008、ワシらが生産しようとしてる分けや、

それには、五百旗頭さんの脳みそに、入っとる技を機械に教え込まんといけへん、それが、ワシら二十四の瞳プロジェクト、いうわけなんや、やってやろうやないかい!」

「ここは、難波の底力、見せへんとあきまへんね!」

赤井が力強く拳を握った。

「大丸、真鍋! そんな分けでお前らは、今日からおなご先生(ゆうこ)のアシスタントや!」

「おなご先生……?」

急にいわれ、
大丸も真鍋もキョトンとしている。

「この度の生産は、AIを使います! 基本的なニューロネットワークプログラムは完成しています。

大丸 真鍋さん、
『全微分』憶えていますよね?」

「全微分でっか? 確かに大学で習いましてんけど……

会社に入って使こうたこと、ありまへん、あきまへん、忘れてしまいましたわ、大丸、お前どや?」

「ワシもさっぱりですわ」

ゆうこは、どこまで出来るのか知りたかった。

「高校で習う、微積は分かりますよね?」

「高校レベルでは、定積分でっしゃろ?

そのくらいは分かりますわ、大学で習う、偏微分、全微分、重積分は、あきまへん!」

真鍋の話を聞きながら、大丸も大きく頷いている。

AIで使う各ウエイト値算出には、全微分が必要である。こんなときに竈門部長がいてくれたらなぁ……

「二人とも、明日からAI理論と、全微分の講義を行います。 いいですね!」ゆうこが、おなご先生に覚醒した瞬間であった。

「何が起こったのだろう?」

餅田は大きく目を見開いた。

稼働まで猶予は半年だ、こうして二十四の瞳プロジェクトが動き始めた。

広島からプレートに並べた薄切り肉の面積測定の為、開発された二眼のスキャナーが送られてきた。

添え書きには、読込んだ画像を一体化するところまでと、概略のニューロウエイト値算出するプログラムが完成している旨が書いてあった。

どうやら残っているのは微調整をし、輝明のノウハウを数値化し、機械に教え込ませる作業だけだった。

大丸、真鍋も頭の回転が速い、AIに必要な全微分は理解した。

しかし概略は理解したが、いざ実践となるとまだまだだ……

無理もない、日本で初めてAI調理を試みようとしているのである。 そのような中、大丸も真鍋もよくやっている。

「おなご先生、五百旗頭さんのパラメーターまとめました!」

パラメーターとは、輝明の頭の中を数値化した表である。

「おなご先生! 五百旗頭さん、新選組の、『土方歳三』に似てはりますやん、

どうでっしゃろ?

副隊長と呼んでも、ええでっしゃろうか?」

ゆうこは、加奈子が昔、『としぞーう!』と読んでいたことを思い出した。

段取りは全て終わった。

後は実行あるのみだ!

速いもので、
カレンダーは3月に変わった。

丹波工場の特徴は、建屋中心に12m間隔で、大きな柱があり、屋根を突き抜けている。

そこから吊橋のように何十本ものワイヤーが伸び屋根を支えている。

つまり建屋内中心にしか柱がない、設備をレイアウトするのに、自由度が全然違う。 丹波工場には、ぞくぞく設備が搬入されてくる……

「凄いですね!」

建屋内部を覗いた副隊長、輝明の第一声であった。 屋内の中心にしか柱がなく、隅っこの人が豆粒のように見える。

明石海峡大橋を見た名川が思いついた構造だった。 伊丹工場から移転した設備は、いつでも稼働OKである。

ただ、東条時代の風評被害が尾を引き、
生産量は、全盛期の1/3であった。

西島食品で生産している肉じゃがオムレツN1008と同じ設備が、その横で稼動を待っている。

その、はす向かい斜め前にあるのが、米国向け肉じゃがオムレツ、USA1008設備である。

全稼働開始は、6月だ!

二十四の瞳プロジェクトメンバー全員設備に張り付いた。 一列に並んだ10台の高圧蒸気滅菌器は圧巻である。

その横には面積を測る2台のAI二眼スキャナーが鎮座している。

3.

ステンレスプレートに但馬牛を広げ、輝明は高圧蒸気滅菌器にセットした。

各工程に調理加工担当の赤井、石崎、山田、石川、山本 が散らばった

初めて高圧蒸気滅菌器を、目にする赤井が、高圧タンクを覗き込むようにいった。

「豪勢な装置やね……

これが高圧蒸気滅菌器でっか?」

「これから外気温、湿度に対し、細菌量7になる加熱温度・時間データーの収集を行います。

まずは、115℃で2分滅菌から始めます。完了したら細菌量を測定します」

おなご先生の目的は外気温、湿度の変化に対する高圧蒸気滅菌器の設定温度、時間に対する関数式が作りたいといっているのである。

「よぉ分かりまへんが……

どのくらいの、データー取りしまっか?」

そんな作業などしたことがない石川が単純に質問をした。

「そうですねぇー
1時間に3回、約1か月700サンプルは欲しいですね……」

「700もでっか!」

石川の想定外であった。
おなご先生は、さも当たり前のように、軽くいい放った。

「データーは多いほどいいです!
これから先春夏秋冬年4回データー取りを続けます!」

最大の壁は、高圧蒸気滅菌した但馬牛をAIスキヤナーで、面積測定し、厚みを算出し、

副隊長の調理作業を、動画で記録して時系列データー表にする。

「みんな容赦しないよ!」

「そんな、せっしょうな……」

去年までの ゆうことは、全くの別人だ、有言実行!

いうことはいうが、やることはやる。

サシが入っている和牛は、脂肪分が多く焼き時間が全然違う。

プレートに良質な脂肪が溶け出し、メイラード反応により最良の旨味成分となる。

デグラッセ効果は抜群だ!

余さず旨味をこさげ取り、出汁としてそれを野菜の煮込に使う。

不味いはずがない!

輝明副隊長は、なんちゃってトリュフバターを但馬牛にもみ込んだ。 肉の重さに対し、

副隊長が加えた、各種分量を記録していく、その数高圧蒸気滅菌器した700回、おなご先生は、作業の前後、滅菌数値を調べている。回数は倍の1400……

その姿を目の当たりにし、弱音を吐くヤツなど一人もいない、赤井達4人は、副隊長の動画を止めては、外気温・湿度に対し火力、焼き時間を、一覧表にコツコツと根気強く、記録していく、

こんな作業が1か月近く続いた……

「よし! これで最後700、大丸、真鍋、仕上げや! お前らの力を見せるばんや!」

高圧蒸気滅菌し、スキャナーで面積を測定すれば但馬牛に焼きを入れる加工までが全自動でできる。

一心不乱で彼たちは数値化していく…… 大丸は、今までにこんな真鍋を見た事がなかった。

「おなご先生、出来ましたわ!」

真鍋の声が響き渡った。

大丸は腕時計を一瞥した。

針は、PM9:15を回っていた。

「よっしゃー! 休憩や!」

そんな大丸の声をよそに、おなご先生は、休むことなく数値を調理装置に入力している。

「もう少しで終わります! 大丸、真鍋さん、気にしないで休んでいて下さい」

静かな空間にデーターを入力するキー音だけが鳴り響いている。 入力をすべて終えた ゆうこが、皆のいる現場休憩所に姿を現した。

衝立で仕切られ長テーブルが置かれ、周りをパイプ椅子が囲んでいる。

ボードに貼られた予定表より7日遅れているが、この作業が山場で、ここさえクリアーすれば、勢いよく作業が進むはずだ、

根を詰めた作業にみんな疲れてる……

「本当に遅くまでご苦労様、みんなが苦労して収集し数値化したデーターを全て打ち込みました!」

そうこうしている所へ、野菜部試作調理の仕込みが一段落した、副隊長がやってきた。

「仕込み準備も一段落しました。 後は具材に味が、染み込むまで30分待てば完成です。

これで量産数値化作業全て完了です!」

その言葉を聞き、腕捲くりをした赤井が、声高らかにいった。

「ほんならみんな! 30分休憩や!」

4.

輝明がステンレスプレートに但馬牛の細切れ肉を高く積み上げ、形をととのえ二眼の、スキャナーに通した。

「自動滅菌開始!」

副隊長の号令にて祈りを込め、赤井が緑の起動釦を押した。

薄焼き牛肉の自動調理が始まった。

スキャナーから送られたデーターに基づき、高圧蒸気滅菌器は、自動で116℃で1分40秒滅菌した。

すかさずおなご先生が突き刺し型温度計で肉の中心温度を測る。

高らかに、おなご先生の声が続く、

最上部温度87・2℃、

中心部温度64・2℃、

最下部温度41・6℃、

細菌量8、計算範囲である!

「焼きに入ります!」

副隊長の勇ましい声が響く……

高圧蒸気滅菌器から取り出されたプレートは、コンベアーに乗り、自動焼き工程に送られる。 みんなが表示されている設定温度を、祈るように見守っている。

プログラミングされた焼き設定値は、

178℃ 62秒だ、自動グリル装置から、いい香りが辺りに充満した。

このいい香りこそがメイラード反応である。自動グリル装置のデジタル表示がカウントダウンしていく……

残り10秒を切った所から、みんなでカウントダウンが始まった。

「10、9、8、7……0」焼の設定時間終了と共にコンベアーで運ばれた、プレートが搬出された。

おなご先生がすかさず温度測定をする。

最上部温度、91・2℃、

中心部温度、78.2℃、

最下部温度 67.6℃、

「蓋をし常温 10・2℃になるまで待てば完成です」

ゆうこが再度温度を測る。

37分後最上部温度が12℃まで下がった。

細菌量を測る。

自動生菌数測定装置の、コロニーカウント値を見つめ、いつまでも声を発しない……

「まさか……
あかんかったんとちゃいますよね?」

真鍋が恐る恐る声をかけた。

不安から大丸の顔もこわばっている。

面を上げた、おなご先生の頬が震えた。

「細菌量『0』滅菌完了です!
みんな! よく頑張りました!」

大丸と真鍋の歓声が上がったのは、同時だった。 ゆうこを含め、ハイタッチで喜びを表している、700ものデーター解析によるパラメーター作りの苦労が、実を結んだ!

冷静な表情で副隊長が、但馬牛の切れ端を口に含み、目を閉じて味を確かめている……

「どないでっか……?」

大柄な赤井が弱弱しい声でたずねた、

その他全員が静まり返り、固唾をのんで副隊長に視線があつまっている、

目を開け輝明が全員を見渡すようにいった。

「良いでしょう!」

「よっしゃーー
ワイら、やったんやなぁ!」

二十四の瞳、プロジェクトメンバーから、歓喜の声が上がった。

USA1008フロアーはお祭り騒ぎだ!みんな奇声を上げたり両手を突き上げたり、喜びを爆発させている。

誰ともなく手を叩き始め大拍手になった。全員の声は遠くにいる徹達に届けとばかり、丹波工場中に響き渡った。

「最大の山場である、牛肉加工は形になりました。 全ての調理パーツを組合わせ試食品USA1008を完成させましょう!」

そういうと輝明は、牛肉加工部、野菜調理部を混ぜあわせ薄焼き玉子を被せた。 トッピングはオタフクソースと青海苔である。

12の皿に試食品USA1008が、乗せられ休憩所のテーブルに並んだ姿は圧巻だ!

「量産化まで道半ばですが、峠は越えました。皆の努力の結晶、さぁ! 試食しましょう!」

副隊長の号令に真鍋が真っ先に口に運んだ。いつもにぎやかな、真鍋が押し黙っている、

「ワイ生まれてこんな美味い物、食べた事ありまへん……」

「大げさやなぁー そないなことあるかい!」と、大丸が口に放り込んだ。

「ほんまや!」

まるで漫才を見ているようである。赤井が唸った。

「副隊長参りましたわ、これ絶対に売れますわ!」

赤井の一言に、大きくみんな頷いている。

「輝明! これは凄すぎるよ!」と、ゆうこ、調味料調合担当の日村も大絶賛だ。

「ほんま、おなご先生のいう通りや!
どうしたんや? 餅田……」

そんな中、餅田だけは元気がない

「ワシ、風にあたってきますわ……」

4月4日、上弦見事な半月だ、

複雑な思いでベンチに腰かけ、餅田は夜空を見上げていた。

来週から、続々と新調理加工機器が運び込まれる。 赤井はテーブルの上にレイアウト図を広げた。

「石崎、山田、石川、山本、来週が勝負やで、電源工事は関電工さんにお願いしとる。頭の中に叩き込んでおくんや!」

4月22日までに、新規設備を設置し、稼働できる状態にしなければいけない、

大小納入されてくる機械は48台だ、赤井以下5名は、真新しいフロアーにケガかれたポイントへ、次々と運び込まれる設備を設置していく、

「石崎! もう少し右や!」

石崎が器用に鉄棒を使い、テコの原理で、機械の配置を微調整していく、

「よっしゃ! レベル合わせや!」

山田はスケールを装置と平行に、ピタリと合わせた。 赤井はヘルメットを反対に被り、レベラーをのぞき込んでいる。

「もう5mm上や!」

山本は、アンカーボルトを回し高さ調整する。

「赤井さん これでどうでっしゃろ?」

「よし山本・山田!

アンカー固定や!」

こうして全ての機械48台、予定通りに、設置が終わり電源が接続された。

電源を投入すれば、直ぐに稼働開始する。赤井たち全ての作業は完了した。

5.

藤木はUSA1008の商品化してくれる工場を、ロサンゼルス中探し回っていた。

どこも相手にしてくれなかった。

話を聞いてくれたとしても法外な費用を吹っ掛けられた。

特にメキシコとの国境が近い、大都市ロサンゼルスでは、不法入国者が多く貧富の格差が大きい、

USA1008の現地対応者探しに行き詰っていた、藤木の救世主は、黒人のマテオという男だった。

聡明で心優しいマテオと出会ったのは、四越のロサンゼルス拠点に3カ月出張したときであった。

マテオは、藤木の憧れていたUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の卒業生だった。

UCLAは過去卒業生から14人の、ノーベル賞受賞者を輩出し、世界的な名門大学である。

マテオは小さな田舎町、ロサンゼルスから北に約3時間半、カリフォルニア州のほぼ、真ん中、サンルイスオビスポ郡にある、人口約3万人の、小さなパソロブレスという町で生まれた。

町の名前は、オークの木の道を意味する、スペイン語に由来し、実際にオークの木が、自生する。

地元の人たちは親しみを込めパソと呼ぶ。父親は幼い頃に亡くなり、女手一つで自分、妹、弟 を、苦労して育ててくれた。

母親には頭が上がらない、友達の中にも、父がいない子もいたが、共通していえることは、貧乏だということだった。

例に漏れず肌の色が黒いということだけで、白人の子供たちから差別を受け続けた……

日本では、考えられないが米国では、生まれたらすぐに髪の毛、肌、瞳の色を確認する。

同じ人間だからマテオも暑ければ汗をかく、学校では眉を顰(ひそ)められ、

「黒人ってなんか気味悪くねぇ?」

洋服にマテオの汗がつくと、
「黒い滲みになる!」と、拒絶されいつもからかわれた。

マテオは、勉強することが好きだったし、将来、母を楽にさせてあげることが目標だった。

周りの奇異の目もどうってことなかった。そんなマテオの堂々とした態度に、クラスの仲間は面白くなかったみたいで、休憩時間は虐められ続けた。

「僕は負けない!」

そう心に決め勉学に励んだ、退避場所は決まって図書室、質素なランチを片手に本を読み続けた。

そんな中マテオを形成した1冊の本がある。

それは、新渡戸稲造(にとべいなぞう)が、100年前に書いた武士道だった。

『武士道』

ベトナムで布教活動していた宣教師が腹切りや、打ち首の野蛮な日本人に対し、上から目線で、崇高なキリスト教の教えを広めてやろうと、日本にやって来る所から話が始まる。

そんな考えを持って、日本に来たのだが、清潔温和で道徳が行き届いていた。

殺戮の戦国時代さえも泥棒は、数えられるほど少ない、

そんな日本に驚愕する。

キリスト教のような高爽な教がないのに、何故日本人には、素晴らしい道徳観念があるのか?

それは、古くから日本には、武士道という教えが有り、それにより築き上げられている事実を知る。

「武士道とは何だ!?」

宣教氏は武士道について、詳しく調べ始める。そこから、本の話が始まって行く……

武士道が持つ、とてつもない度量の大きさにマテオは詠嘆(えいたん)した。 米国には存在しない、文化であった。

彼の心の奥にある「僕は黒人だ!」という閉塞感を武士道精神は完全に打ち砕いた。

新渡戸稲造の書いた武士道は、彼の人生を180°変えたのである。

アメリカンドリーム、アメリカ合衆国における、成功の概念、均等に与えられる機会を活かし、勤勉と努力によって勝ち取る幸福追求、日本と違い『出る釘は伸ばす!』それが米国だ、

首席で卒業したマテオに対しUCLAは、授業料免除の特待生として迎い入れてくれた。

Show them, tell them, let them try, and give them compliments or they don't do anything

Discuss, listen to, approve, and trust on him. If not, man will not grow.

Follow his attitude with thankfulness and trust on him. If not, man will not bear fruit.

やってみせ、いって聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず

マテオは、敵国の連合艦隊司令長官、山本五十六(やまもといそろく)の座右の銘を胸に仕事に向き合った。

UCLAを卒業したマテオは、ロサンゼルスにある、大手商社に就職した。

そこで3年前、商談で藤木と出会った。

武士道を知ったマテオは、日本文化に興味を持ち、日本語を学習し、すっかり話せるようになっていた。

藤木がUCLAに憧れていたこともあり、自分が受けた黒人差別も包み隠さず話せる間柄となった。 日本人の藤木とは、親近感があり、初対面であったが個人的なことまで話せた。

すっかり打ち解けた藤木は、今でも決して忘れられない思い出をマテオに話した。

藤木はばあちゃん子で、いつも優しく接してくれた。 小学1年の誕生日、友達を招待したお誕生日会の事だった。

「今日は、とっておきの料理つくらないといけないねぇ!」と、ばあちゃんは張り切っていた。

藤木はどんな料理なのだろうと、浮き浮きだった。 テーブルの上には母さんが作ってくれた、鶏唐揚げ、スパゲッティー、ハンバーグ、クリームシチュー……

ふだん食べなれないご馳走の数々……

その横に、☆型のニンジン、□形のレンコン、△の椎茸、〇型の竹の子、結ばれたこンニャク 色んな形の野菜で作られた煮染めがあった。

その煮染めには、誰も手をつけなかった。友達が色んな誕生日プレゼントをくれた。

「そうだ! ばあちゃんのとっておきの馳走ってなんだろう!」

お誕生日会を抜け出し縁側にいる、ばあちゃんのところへ駆け寄った。

「ばあちゃん! とっておきの馳走って、なに!」

ばあちゃんの馳走は、あの色んな形をした野菜の煮染めだという。

「誕生日会なのに!」と、藤木は腹を立てふくれてしまった。

ばあちゃんは、ハイカラな物は作れない、

かわいい孫に精一杯の、真心をあげたかった。それが色んな形をした煮染めだったのである。

家を飛び出し友人と遊ぶのだが、

心が晴れない……

いつも優しくしてくれるばあちゃんに、ひどい事を言ったと子供なりに反省をし、家へ戻ってみると、ばあちゃんは、だれも手をつけなかった煮染めを、一人さみしく食べていた。

「こんなものじゃ、若い者には喜んでもらえないね……」

その姿を見て藤木は、なぜか涙が止まらなかった。

泣きながら藤木は、口いっぱい煮染めを詰め込んだ! そんな藤木にばあちゃんは、

「むりすることはないよ……」と、頭を優しくなでてくれた。

あれから40年以上経つが、決して藤木の記憶から消える事はない、

藤木はマテオに、愛情がこもった日本食、USA1008 米国向け肉じゃがオムレツを広めたい構想を熱く語った。

日本料理は、米国でも大人気だが、給料の半分以上、仕送りしているマテオにとって、田舎で暮らす家族に、高価な日本料理など、食べさせてあげる余裕はなかった。

「マテオ、本物の日本料理を食べて見ないと、僕の話は理解できないよね?」

日本食は人気でロサンゼルスに、たくさんの店があるが、ほとんどの店は朝鮮人や中国人が経営している、なんちゃって日本料理であった。

以前からこれが日本料理だと、米国人に思われることに藤木は侵害でならなかった。

「マテオ! 本物の日本料理を、ごちそうするよ! 今週末、家族全員ロスに呼んでもらえないだろうか?」

藤木は行きつけの、日本料理店に家族を招待した。 ロスでも大人気店であり、開店前から長蛇の列ができていた。

しばらくすると店が開店し、マテオ家族は、暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ!」

店員一同による気持ちの良い掛け声にマテオの家族は、少々戸惑っているようである。米国社会には、根強い黒人差別があるのも、事実である。

店に入ると冷たい視線がマテオ達、家族に向けられた。

「なんだ! 黒人の分際で!

こんな二つ星高級和食店に……」

いくら都会でも、まだまだ肌の色で差別する白人はたくさんいる。

この人たちは、同じ空間に存在している事を嫌がっているのである。 そのような空気の中、予約していたマテオたちは案内されるのを待っていた。

「こちらへどうぞ!」

周りの空気を吸い込むと味が、するようなどぎつい香水の匂いを撒き散らし、並んでいた、典型的な中年白人女性グループより先に案内されたのは、

予約していたマテオ家族達だった。

「なぜ! 黒人が私達より先に!!」

中年白人女性グループは怒り狂う……

肌の黒い人間は、全てにおいて後回しと疑わない人たちである。 怒り狂う中年女性グループは、店員を呼びつけた、

「ねぇ!ねぇ!ちょっと! これはどういう事?」

「少々お待ちくださいませ、すぐに確認してまいります!」

店員は、丁寧に対応し奥に戻っていった。そんな女性達を気にも留めない母は、

「こんな所に、来られるなんて夢みたい!」と、はしゃぎ、うつむく妹や弟のテンションを上げようと必死だった。

妹や弟にとって、こんな扱いをされることは、日常茶飯事なのである……

マテオは差別に負けることなく、

差別されている人を、助ける事が大事なんだと伝えたかったが、

いつかは分かってくれると思った。

戻ってきた店員は、中年白人女性グループと、マテオ達を一緒に案内したが、中年白人女性達は不満一杯だった。 一緒に案内されることが嫌でしかたないのだろう……

女性グループは店の中央にあるテーブルに案内され、マテオ家族はその奥にあるVIP個室に案内された。

部屋に入り、ビックリした!

全くの別空間だったからである。

一面ガラス張りの向こうには、自然に溶け込んだ日本庭園があり、大きな池には、優雅に泳ぐ錦鯉……

池に注ぎ落ちる小滝水の音、
自然と、一体となった日本庭園は、とにかく落ち着く、

マテオ家族にとって、こんな庭園を見るのは初めての経験なのだろう、呆然と優雅に泳ぐ錦鯉を眺めていた。

藤木は、案内してくれた店員にいった。

「すいません、今日は個室など予約していないのですけど……」

しばらくすると、ドアーがノックされ、マスターの斎藤氏が入ってきた。

「藤木さん! いつもお世話になっています。この度は不快な思いをさせ、大変申し訳ございませんでした。

今日は御友人、ご家族と、食事をされるということで、特別な個室を、用意させて頂きました。

私どもからのプレゼントです!

又、些少ですが、料理の方も最上級のものを用意させてもらいました」

日本語が分かるマテオは、感無量の表情をしている。 最後にマスターは、マテオ家族達に向けていった。

「Please have a good time. Mateo family!(どうぞ素敵な時間を、お過ごしください。マテオファミリー!)」

斎藤は、A5ランクの丹波牛のすき焼きを用意していた。 初めて見る幅広で薄く切られ、重箱に詰められ見事なサシの入った丹波牛である。

又、横の大皿には色とりどりの副菜、盛りつけも見事しかいいようがない、マテオ家族は、瞬き一つせず見惚れている。

「肉を生卵に、潜らせ食べるんだよ!」

藤木がすき焼きの食べ方を説明するのだが、米国に生卵を食べる文化はない、

すき焼きを含め和牛を食べた事のないマテオ家族にとって、初めての経験なのである。

「ご安心ください、生で食べても大丈夫な、卵ですから」

着物を着た女中の説明をよそに、みんな不審のまなざしで、ぎこちなく生卵を溶いている……

好き焼き鍋に牛脂を溶かし、丹波牛を女中が焼き始めた。 牛脂で焼かれサシの脂がとろける、食欲をそそる良い香りが部屋中にいきわたる……

濃厚の味ながらしつこくないのが、すき焼きである。 着物を着た女中が袖を持ち上げ、秘伝の割り下を回しかけた。

牛肉が身悶えるように煮えている。

食べるのは16歳になる妹のエマ、そして12歳の弟リアムからだ、適度に煮え上がった但馬牛が、溶き卵の入ったエマとリアムの小皿に取り分けられた。

「どうぞ、お召し上がりください」

割り下が浸しみ込んだ牛肉の匂い、食べた事のない生卵がそれに絡んでいる。

「おいしそう!」興味津々でリアムが、口に運んだ、

「Wow!!」

その言葉が全てを物語っていた。

「肉を食べるのに歯がいらないなんて、こんな美味しい食べ物、私、生まれて初めて食べた!」妹のエマだった。

「すごい!」陽気な母が小躍りしている。 一口食べ、目を閉じていたマテオが、口を開いた。

「甘辛いソースが絶妙だ、まるでバターが、口の中で溶けていく感じだ、これが牛肉とは思えない……」

「みなさん、これは和食の一品にしか過ぎません。 これが本物の和食です!

気に入ってもらえて光栄です」

そんなマテオに藤木は、話を切り出した。

「マテオに相談があるんだ……

USA肉じゃがオムレツ開発コード、USA1008、

来年米国で販売しようと、日本で製造準備が進んでいる。 完成品の形で米国に輸出しようとすると高額な関税がかかる、野菜調理部、牛肉加工部、薄焼き玉子部、調味部、各々の輸出を行い、ロスでそれらを1パッケージにし完成させる。

こうすることで、高額関税から逃れられる!

パッケージをしてくれるところを、さんざん探したんだけど、どこにも相手にされず、

困っているんだ、USA1008の味付けは、今日食べたすき焼きと、同じ調味分類で味は凄く似ている。

日本では、おふくろの味といって一般家庭で食べられているポピュラーな日本食なんだ、

是非とも全米に普及させたい!

マテオ、力を貸してもらえないだろうか?」マテオは、今食べたすき焼きの美味しさに感動している。

もちろん家族全員そうである。

「大歓迎だ! 僕は日本の武士道精神と、山本五十六を尊敬している。

UCLAでも教わらないことだ、

実はUCLAで黒人女優の、ガブリエル・ユニオンとは同じゼミだった。

それと超親日家で、大先輩映画監督のポール・シュレイダーもいる。

アメリカで食品を販売するための、FDA認証から販売企画まで、是非とも僕にやらせて欲しい!」

マテオと藤木は、両手でガッチリと強い握手を交わした。 マテオ家族は椅子から立ち上がり大きな拍手を送った。

「絶対に上手くいく!」

こうして藤木は、鬼に金棒の最強の力らを得たのである。

マテオが白羽の矢を立てたのが、ニコラスが経営する、15人足らずの零細企業だった。

ニコラスは白人だが、高校のとき黒人のマテオを唯一かばってくれた親友である。

「箱に詰込むだけだろう? それで数はどのくらいだ?」

「月に10000……
35セント/1パッケージ」

ニコラスは電卓を叩いた。

「1パッケージ1分弱か余裕だな? よし! このプロジェクトに乗ろう!」

FDAとは、日本の厚生労働省にあたる。米国での代理人は、マテオが引き受けてくれる事になった。

承認で一番困難なのは、商品ラベルの作成で、商品一品ずつ明示しなければいけない、ラベルには、正味内容量表記成分リストを、英語化する必要がある。

藤木は、すぐさまその事を輝明と ゆうこにメールした。

米国での状況はすみやかに、徹と名川にも伝えられた。 大丸と真鍋が成分分析装置を使い、USA1008のあらゆる成分を一覧表にした。

ラベルにのせるのは、上位8成分だ、成分ノミネートと英語化作業は、ゆうこが行った。ここは、管理栄養士の実力を見せる番である。

日本食は、米国でヘルシーというイメージが強い、USA1008の栄養学的視点から見たデーターも併記した。

「おなご先生! そんな事もできはるんでっか?」真鍋が目を丸くした。

そんな所へ品質担当の横永が、血相を変え飛び込んできた。

「おなご先生! 少し塩辛いと思うんやけど、分析してもらえまへんか?」

早速、ゆうこは成分分析器にかけた。

塩分濃度が1・98%と表示している……

既定の濃度は、人間がもっとも美味しいと感じる1%だ!

1%には分けがあり、人間は体内と同じ、塩分濃度を『美味い!』と感じる。

輝明の調合も0・8~1・4%の間にある。 明らかに塩分濃度が高い!

「塩分量が倍ですね!」それを聞いた横永は、現場に飛んで帰っていった、

「赤井さん! エライことですわ、
やはり、塩分濃度が高いです!」

二十四の瞳プロジェクト室の中で、いちばん若い横永が、調味料調合担当の餅田に質問した。

「餅田さん、
何ぞご存じありまへんか?」

「知らへんなぁー」

餅田が、憮然たる顔をしていった。

「おまえまさか、なにかやったんとちゃうやろうな?」

赤井は、疑いの目を餅田に向けた。

「なにかって、なんでっしゃろ?

かなわんなぁー 何か証拠でもあって、いってはるんでっか?」

みんなが沈黙し、重苦しい空気が漂っている……

「すいまへん!」という声に、全員が振り返った。

「自分が餅田さんにいわれ、調味料を加えました……」

急遽(きゅうきょ)応援で試作製造に加わっていた、入社4年目の伊藤だった。

「チッ!」餅田が舌打ちをした。

「伊藤! 黙ってろといったやろうが!」

赤井が餅田を上から睨みつけた。

「餅田!!!」

餅田が開き直っていった。

「そうや! ワシが隠し味、特別に調合してやったわ!」

「アホンダラ!!」

次の瞬間、日村の拳が、餅田の顔面にめり込み、背後の安全柵に吹っ飛んだ。

「なんでや!? おまえ! みんな努力しとったん、見てたやろうが!!」

日村は悔し涙で体を震わせ声を絞り出した。激しく柵に体を打ち付けられた餅田は、血の混じった唾を床に吐出しいった。

「途中から加わった副隊長に、ゆうこマドンナが嬉しそうにしてたんが、気に食わんかったんや!

ワシ、このプロジェクト止めますわ!」

次の瞬間、テーブルを強く叩く音がした。赤井だった。

「ワシらはなぁ、ただただ米国向け、USA1008の売り込みを成功させたい一心で、努力してきたんや!

路頭に迷っとったワシらに手を差し伸べてくれはったんは、西島さん達とちゃうんか?

せやさかい絶対に負けちゃぁいけへん!

会社を立て直すためにもUSA1008、絶対に成功させんとあかんのや!

そないなこともわからへんのか!」

「わからへんなぁ…… 元東条フーズという汚名が消える事はあらへんのや! みんなも、そういっとったやないか!」

「勝手にせぇ!」

赤井はそう吐き捨て、石崎にいった。

「試作のやり直しや!」

調理加工担当者たちが、まだ凍り付いている中、赤井達二人は作業を始めた。

6.

餅田は春風に吹かれながら、木製のベンチに腰掛け、丹波の山並みを一人眺めていた。

「どうしたんや? 餅田……
ここにおったんか、探したで!」

皆に、たこ焼きの差し入れを持ってきた、名川だった。

「聞ぃたで! お前やらかしたそうやな? 二十四の瞳プロジェクトを止めるって、いったそうやないか?

ほら、たこ焼きでも食って元気ださんかい!」

「しゃあないですよ、皆を裏切ったわけですから……」

餅田は投げやりにいった。

「しょうもない事で、依怙地になるな!」

呆れ顔の名川が疑問を口にした。

「せやけどほんまは、こないなことになると、思うてなかったんちゃうか?」

黙ったままの餅田に、名川が続ける……

「塩分濃度が、2%だったそうやないか? それと伊藤にいったそうやないか、製品としてまずくはない範囲やと。 副隊長の味付け

それほどじゃないって、いってやりたかったんちゃうか?

ところが品質担当の横永は大したもんや!

味見して、おかしいと感じ成分分析したら、2%やった。 ほいでこのざまや!

ちゃうか……?」

「たこ焼き、ごちそうさんでした。

もうすんだ事ですわ!」

空きトレーをゴミ箱の中に放り込み、餅田は立ち上がり、背筋を伸ばした。

座ったまま、餅田を見上げる名川にいった。

「おおきに工場長、こんな自分を心配してくれはって!」

そういいながら、立ち去ろうとした餅田が、振り返った。

「工場長ひとつ頼みがあります。

おなご先生、副隊長、みんなに申し訳なかったて…… そうワシが言うとったと、伝えて下さい」

名川はいった。

「そないなこと、自分で直接いうんやな! 餅田、リベンジやここに座れ!」

そういうと、立ち去ろうとしていた餅田を名川は呼び戻した。

「自分は、センスがある人間や、せやさかいこのプロジェクトメンバーに選んだ。

来週、五百旗頭さん、四越の藤木さんが、USA1008の現地協力してくれる、外人さんを連れてきはる。

餅田は英語が得意やったよな?

イベントを企画し、案内してもらおうと思う。 どないや? 餅田! 引き受けてくれるか?」

餅田は少しうるんだ目をし、名川を見つめている。

「工場長…… わし! プロジェクトを続けてもエエんですか?」

「エエも悪いもあるかい!!

ガンバらんかい!」

そういうと名川は、餅田の背中を力強く叩いた。

7.

10時間かけマテオは、関西国際空港に、降り立った。

大阪湾内泉州沖5kmに、造られた人工島は関空島と称されている。

近代的な街、それもゴミが落ちていない、無数の自動販売機には驚いた。 治安の悪いロサンゼルスではありえない事だ、藤木とマテオは、先月ロサンゼルスで分かれたばかりだ、

入国ゲートを通り抜けた、マテオに大きなプラカードが目に飛び込んだ。

『マテオさん、ようこそ日本へ!』

プラカードを持っていたのは藤木と餅田だった。

始めましてマテオさん、餅田です。

「ここから大阪の中心街難波まで、南海鉄道の特急ラピートで行きます」

車内清掃員が二列に整列し、列車の到着を待っている。

難波駅と関西空港駅では、到着後から発車までの限られた時間、車内清掃が行われている。

正確さとスピードが求められる作業である。鉄仮面のような面構えで、丸窓の青い車体が関西空港駅に滑り込んだ。

6両編成で座席は、全席指定の252席、

一礼すると彼たちは列車に乗りこみ、手際よく車内清掃をはじめた。 まったく無駄のない動きに、マテオは釘付けとなり様子を見ている……

何と彼たちは10分もしないうちに、全ての清掃作業を完了した。

車両から降り、整列し道具の確認 及び、点呼を行い一礼してホームを去った。

「侍がいた!」絶対に米国で目にする事はない、我々にとり普通のことだが、マテオにとって度肝を抜かれる事だった。

乗車案内がされマテオ達は、列車に乗り込んだ。 列車は発車し、すぐ人工島と陸地をつなぐ長い鉄橋を渡った。

座席に座り心地よく眠っている人々……

こんなことをしたら、間違いなく財布をすられてしまう、難波駅までは約35分、全てが信じられない! 寸分たがわず時刻どおり、運行されている。

マテオは日本の治安のよさ、鉄道の利便性、及び精確さに関心しきりだ、

さらにこの後、マテオを驚愕させる事件が、難波南海駅で起こることになる。

餅田は、マテオを歓迎するイベントを考えていた。 それには荷物が邪魔だ、

「マテオさん、ここで大きなボストンバック、HOTELまで配送してもらいましょう!」

荷物をあずけようとして、手持ちのポシェットがない事に気づく、

「そうだ! トイレを利用したとき、洗面台にポシェットを置き忘れた!」

マテオはすごく綺麗で用を足したら、水が自動で流れるわ、手を差し出せば蛇口から水が出るわで、ビックリしっぱなしで……

財布とパスポートを入れた、ポシェットを洗面台に置いた事を、すっかり忘れてしまったのである。

一刻を惜しむかのように餅田がいった。

「ワシ探してきますわ!」

細かくトイレの洗面台を見ても、ポシェットらしきものは、すでに見当たらない、色々さがした結果、ポシェットは、駅の落とし物あずかり所にあった。

受け取るには、本人のサインが必要との事、餅田は事情を話しマテオを、落とし物あずかり所まで連れて行った。

必要書類に記入し、無事ポシェットを受け取ることができたマテオは、渾身の笑顔を見せ、しかも完璧な日本語でいった。

「心から、日本の武士道精神に、感謝いたします!」

それもそうである、ロサンゼルスなら、

100%帰ってくることはない、

「なんや! マテオはん、日本語しゃべれるんでっか?」そういう餅田に対し藤木は、

「彼が理解できる日本語は、標準語だけですから!」と、冗談交じりでおどけた。

「自分マテオさんに日本を満喫して、もらおうと考えとりますねん。

会社の近く伊丹に、HOTELを用意しています。15分のところに、天然温泉湯があるんやけど、五百旗頭さん含め、今回のプロジェクト全メンバー 集合することになっています。

日本は温泉裸のつきあい、露天風呂で汗を流し、冷え切ったビールで歓迎会……

どうでっしゃろう!」

「餅田さん! それ最高ですね!! 米国には大勢で温泉に浸かると、いった文化ありませんから」

「それでは、大阪観光といきまっか!」

大阪城までタクシーで18分もあれば着く、餅田はマテオと藤木を案内した。

城の正面にある大手門をくぐった、戦災を免れ現存する門である。

「この柱は、婆娑羅(ばさら)継ぎという、釘を使わず組み立てられた木組みによる柱ですわ!

どないな事をして組んどるのか、不明でしてんけど、X線撮影で判明しました」

「木組み?」マテオは何故、釘を使わず接合するのか疑問に思った。

それには藤木が明解に答えた。

「日本は地震が多発する国で、釘を使って、ガッチリ組んでしまうと、崩壊してしまう、

木組みなら地震の揺れエネルギーを、自分が揺れる事により分散でき、崩壊から免れられるんだ。

『柔能く剛を制す!』柔らかく、しなやかな者こそが、かえって剛強な者に勝つことができる。 日本柔道の基本なんだ!」

マテオは、黒人が白人に打ち勝つヒントが、木組みにあるように思えた。

時計の針は、17:00になろうとしている。

「おっと! もうこないな時間や!

急がな、あかんですわ」

8.

3人が、温泉施設の暖簾をくぐったのは、18:00を回っていた。

マテオにとり他人と裸で風呂に入る事など、考えられない事であり覚悟がいった。

「ここは、武士道の国、日本なんだ……」

マテオは、覚悟を決めた。洗い場に入ると餅田がいった。

「マテオさん、長旅御苦労さんです。 背中を流しましょう!」マテオは意味が分からないようだ、藤木が要約した。

「Mochida is saying let's wash your back.餅田は背中を洗おうと、いっているんだよ!」

「汗がつくと服が汚れる!」など、散々差別を受けてきたマテオには、信じられない言葉だった。

「僕は、黒人だよ! いいの?」

「全く問題ありません!」

餅田と一緒に、藤木もサムアップした。

「みんな先に源泉かけ流し露天岩風呂、浸かってるはずですわ、自分達もいきましょう!」

そういうと餅田は、マテオと藤木を案内した。

「餅田! 遅いやないか!」

肩まで湯につかり、頭に手ぬぐいを乗せた赤井だった。

「そうや、そうや!

のぼせてしまうわ!」

餅田を殴り飛ばした日村が上機嫌にいった。

「藤木さん!

ご無沙汰しております!」

副隊長の輝明だった。

「マテオさんでっしゃろ? 早う浸かって、旅の疲れ癒したって下さい!」

顔の汗を拭きながら真鍋がいった。

「一緒に入ってもいいのですか?

僕は黒人ですよ……」

マテオは日本に来て、何回、同じフレーズを、いった事か、

「黒人それがどないしたん? 全く関係ないことですわ! ワイらは仲間や、

のぅ餅田!

そう伝えてや……」

これまた、上機嫌の名川だった。

地下1001mより、毎分410L、湧き出る源泉掛け流し、温度38度、温泉成分豊富な、高張性ナトリウム塩化物泉と炭酸泉の相性は抜群に良く、身体がポカポカする。

「何て爽快な気分なんだ!」

広い夜空の下ゆったりとした気分で、自然の恵みを味わう快感、隠し事なしで、何でも話せ打ち解けあえる裸と裸の関係とは、こういう事なのか!

日本人は、自然を崇拝している。かって黒人僕らもそうだったはずだ、

マテオは黒人差別の事など、大自然の大きさと比べたら小さなことに過ぎず、人間の小ささを痛感した。

これが武士道の国、日本の偉大さなんだ!

「おなご先生もお待ちや、これからお食事処でマテオさんの歓迎会するで、

冷え切ったビールで乾杯や!」

みんな、湯上りの色艶のいい顔している、名川の音頭でみんな浴衣に着替え、別館のお食事処に向かった。

ゆうこが先に来て、くつろいでいた。

「みんな遅かったじゃない! 一人で露天風呂に入るのもいいけど、みんなと入りたかったなぁ……」

「それ! ほんまでっか!?」

餅田が即座に反応した。

「冗談に決まっとるがな、鵜呑みにする奴があるかいな! そがな事より餅田、早よう乾杯せんかい!」

上機嫌に目を細め名川がいった。

「それでは、マテオさんWelcome to Japanですわ! では、USA1008の成功を祈りまして、乾杯!!」

「クゥー

風呂上がりのビールは最高やね!」

そう赤井がいい終わった後、餅田が立ち上がり、思いっきり低く頭を下げた。

「おなご先生、副隊長、みんな、申し訳ありませんでした!!」

餅田は、頭を下げ続けている……

名川がフォローした。

「そがな事もうええやないか?

のぅ、みんな! 餅田は、立派なプロジェクトメンバーや! ええよな? 赤井! 日村!」

「当り前やないですか! 今日の段取り、 御苦労やったな、餅田!」日村だった。

輝明は、全員が集まる機会に、報告しなくてはいけない、重要な事を心に秘めていた。

腹を決め輝明が立ち上がった。

「みなさんに、報告したいことがあります!」

副隊長が何を話すのだろうと、みんなの視線が輝明に集まった。

輝明はいきなり切り出した。

「実は、ここに来る3日前、親父が亡くなりました……」

糞親父といつも拒絶していた輝明が、悄然(しょうぜん)とうつむいている、

こらえきれず雫が畳に落ちた。

気が付けば、ゆうこは、輝明のもとに駆け寄りハグしていた。

そんなゆうこに、輝明が弱弱しくいった。

「親父とうとう、いなくなっちまったよ……」

笑顔を作ろうとしたが、また涙があふれだした。 ゆうこがゆっくりと一定のリズムで、背中を優しく叩く、

それは不思議と輝明の心を落ち着かせた。 叩かれるたびに病院での記憶が蘇る、標準語で話していた輝明が、広島弁で話し始めた。

「親にとって子供とは? 子供にとって親とは? と、いうことがよお分かった。

ガキの頃、ワシの夢は糞親父を探し出し、復習することじゃった。

金を無心する親父に、お袋が殴られて……」

輝明は、涙で言葉にならない、

「親父が毎日、お袋に金をせびって、

お袋をなぐって……

お袋、口からいっぱい、血を流して……

ワシ、お袋が死んだんじゃないかと思ぅて……」

施設で育てられ貴船原少女苑で過ごした、ゆうこも輝明の気持ちはよく分かる。

「親父が膵臓癌で、昏睡状態じゃと、九州の病院から、突然電話がかかってきて、ワシ、どがな顔して行きゃぁええんか、全然わからんで……

どうしょうか思ぅた。

病院に着いたら、あがに(あんなに)強かった親父がハゲ上がり、すごく小そうなって、チューブに繋がれベッドに寝ちょった。

その姿を見たら、復習したいと思い続けていた気持ちがのうなった……

親父に色んな事をやられてきたけど、その姿を見てワシ許そう思ぅた。

よう考えたら、ワシがいま存在しちょるんは、親父がおったからじゃけん…… これでワシも、天涯孤独になってしもうたわ!」

清々したように、そう輝明がいうと、

ゆうこは、急に厳しい顔をした。

「天涯孤独じゃないじゃん!

私がいるじゃん!

輝明は、まえ私にいったよね?

もっと俺に頼ってくれって!

今度は、私に頼ってよ!

ずっと死ぬまで一緒だよ!」

涙声だった、そういうと、ゆうこは輝明をきつく抱きしめた。

余りにも想像さえできない突然の展開に、真剣な顔をしてみんな静まりかえっている。輝明は、話を続けた……

「ワシは、この11月で、35歳になります、ゆうこは30歳になります。

ここに来る前、西島ゆうこから、五百旗頭ゆうこ にしてもらうよう徹社長に頼みました。 徹社長からは、

「忠則会長から引き継いだ、西島の名前を、閉ざすことはできん! と、キッパリ断わられました」

輝明はしばらく沈黙した……

「徹社長からは、『お前が五百旗頭から、西島になりゆうこと二人で、会社を継いでくれるのなら、こんなに嬉しい事はない!』と、いってもらいました。 ワシは五百旗頭から、西島になろうと決心しました」

あまりにも突然な話に、ゆうこが狼狽している。

「ウチ分らん!

ハッキリゆうてもらわんと分らん!」

ゆうこの目を刺し通すように、見つめながら輝明がいった。

「このプロジェクトも、6月で終わりじゃ! 終わったらずっとワシの、そばにおってくれんか? ハッキリいう!

ワシの奥さんになって欲しい!」

ゆうこは、しばし呆然としていたが、

「……ハイ」と、小さな声を出し、その場に泣き崩れた……

輝明は餅田の方にかぶりを向けた。

「餅田さん、ワシはこんなが、19歳のとき出会った。

あれからもう11年じゃ!

気付いたらワシは35歳、こんなは30歳、その間には色んなことがあった、二人の事、認めてもらえんじゃろうか?」

角度は45度、輝明は餅田に対し最敬礼の御辞儀を続けている……

ゆうこは、うずくまり体を震わせている。 沈黙を破ったのは名川だった。

「餅田! 五百旗頭さんがここまでいってくれはるんや、オノレも難波の男気、見せんかい!」

餅田は胸がじーんと熱くなり、涙が溢れるのをやっと我慢している。

「そうでんな工場長! もったいないお言葉ですわ、ワシ全身全霊で、応援させてもらいます!」

「餅田! ようゆうた!」

激賛する日村だった。

「こんな、めでたいことはない! USA1008も絶対にうまく行く、二人の門出と、USA1008の成功を祈って乾杯や!」

名川の音頭のもとに、大拍手が巻き起こりしばらく鳴りやまなかった。

「乾杯の前にみんな! 副隊長を胴上げや!」

赤井の音頭で輝明の体が宙に舞った。

9.

「広いですねぇ……」

工場を一目見た藤木の言葉だった。

大きな高圧タンクが一際目を引く、高圧蒸気滅菌器が並んでいる生産ラインがあった。

肉じゃがオムレツを生産する、USA1008とN1008ラインだ、

「よし! 試作生産や!」

赤井の号令のもと、プロジェクトメンバーが、それぞれ担当の調理加工ブロックに張り付いた。 赤井が、AIスキャナーに但馬牛プレートをセットした。

フル自動で、但馬牛が高圧蒸気滅菌器され、焼きが入り、特製のなんちゃってトリュフソースと混ぜ合わされ、牛肉加工部がレトルトパックされた。

「赤井さん! 野菜部もレトルト加工、完成しました!」

野菜調理部加工のコア作業である調味は、餅田が行った。

野菜調理部、牛肉加工部、薄焼き玉子部、調味部、レトルトブロックが、マテオと藤木の元へ差し出された。

「これら4つ米国に送ります。 ロスでこれらをパッケージングして下さい!」

藤木の説明に対し、マテオが力強く答えた。

「任せてください!」

そういうとマテオが手持ちのバックから、持参したデザイン中のパッケージを出した。

上部が黒、下部が黄色でデザインされ、黒を背景に金色の文字で、

『Meat and potatoes omrlette.(肉じゃがオムレツ)』と、商品名が書いてある。又、箱の中心には、丸く縁どられ、肉じゃがオムレツの写真が入るようになっている。

「黒人の黒と、黄色人種の黄色の、イメージカラーで、気品高く商品名は、金色にデザインして見ました。

みなさん如何ですかね?」

「黄・黒でっか! タイガースカラーでエエね!」熱狂的なタイガースファンの石川がイチオシした。

餅田が文字について提案した。

「捕捉を書き肉じゃがオムレツという言葉を、全面的に出したらどうでっしゃろう?」

「それはいい、アイデアですね!」

白い皿の上に乗った作りたてのUSA1008の香りを、マテオは確かめている。

「Nice appetizing smell!
(食欲を誘う良い香り!)」

ロスアンゼルスの、かん八で食べたすき焼きの香りがした。 発酵バターの芳醇な香りもする。

目を合わせた藤木が、「食べてみて?」と大きくうなずいた。 マテオは目を閉じ、確かめるようにUSA1008を口に運んだ、

なかなかコメントがない……

「How does it taste? Mr. Matteo.
(味はどうでっか? マテオさん)」

不安な目で思わず聞いた餅田に、マテオは答えた。

「Excellent!(素晴らしい!)
これがレトルトとは思えない、これに勝る、レトルト食品は、米国には存在しません!」

輝明は、N1008を米国人にも味わってもらいたかった。 作るのに苦労したけど、全く売れなかったN1008……

あの頃が、今では懐かしく思える。

輝明は、N1008について噛みしめながら話しだした。

「広島のお好み焼きをヒントに、開発したのが肉じゃがオムレツ、N1008です。しかし苦労し開発したN1008は、全く売れませんでした。

中小企業である西島食品は、倒産寸前まで追い込まれました。 その我々をクラウドファンディングで、救ってくれたのが米国だったのです。

東日本大震災でも真っ先に、支援を申し入れてくれたのも米国です。

我々は、受けた御恩を決して忘れません!」

そういうと輝明は、マテオに隣で生産している1008を差し出した。

「これが国内で売っている、肉じゃがオムレツN1008です。

違いは使っている食材が安価で、USA1008の1/3の価格です。 試食して感想を聞かせて下さい」

同じようにマテオは口に運んだ。

これも素晴らしい! 僕はこっちの方が、好きかもしれない、これも米国で販売しましょうよ!」

「ほんなら、USA1008と同じように、FDA承認取得、せぇへんといけませんね。

真鍋、成分分析や!」

ノリノリで大丸がいった。 クラウドファンディングの事は、藤木もよく知っているというか、この事を切っ掛けに、西島食品との、付き合いがスタートしたのである。

藤木は、一つ提案した。

「販売企画するマテオに頼みがある。 僕の友人が3年間、ニューヨークに住んでいた。

これら商品を米国民に、知ってもらうには、大々的なCMが必要だ、CMのバックミュージックに、ヤツの想いでの、日本の曲を使ってはもらえないだろうか?」

「全然問題ないよ! 何という曲?」

マテオは快諾してくれた。

「54年前、米国で大ヒットした、

『上を向いて歩こう』という曲なんだ!」

「上を向いて歩こう……?」54年前など、マテオは生まれていない、藤木は米国で違う名前でよばれていた事を思い出した。

「そうそう『SUKIYAKI』っていう、曲だ!」

「『SUKIYAKI』もちろん分かるさ! 今でも黒人の間では、好まれて歌われているんだ!

シンプルで僕も大好きな曲だ、Roger that.!(了解!)」

マテオは、大きくサムアップした。

早速、ゆうこ達が作成した、N1008の、FDA商品ラベルをマテオのもとに送った。

それから4週間後、西島食品に帰っていた輝明宛てにマテオからエアー便の小包が届いた。 箱の中には、米国で販売する完成した、N1008、USA1008のパッケージとともに、便箋がそえられていた。

N1008のパッケージデザインは上部が黄、下部が黒でデザインされ、黄色の背景に白で縁取られた赤文字で、

『Japanese Meat Omelets Mother's Taste(日本の肉じゃがオムレツ 母の味』と、書いてあり、中央には丸く縁取られ、作りたてで湯気が立ち上ったN1008……

食欲をそそる、写真が埋め込まれていた。箱の裏側には作り方の手順と共に、ゆうこ達が作成した、英文のFDA商品ラベルが印刷されていた。

何よりも藤木と輝明を驚かせたのは、FDA承認番号が入っていた事であった。

承認が下りるのに、通常平均で3か月はかかる。 さらに、感激させる言葉が赤文字で印刷されていた。

We will never forget the debt of gratitude we owe to the people of the United States. From all of us at Nishijima Foods(米国の皆さんの御恩は、決して忘れません。西島食品一同)

「よっしゃー!!」

香川の頬を涙が伝わっている。

購買部長の上田、製造部長の加藤、総務部長の沖田、経理部長の畑山、企画部長の森嶋、そして、食品開発部の竈門、秘書の加奈子、

誰となく抱き合い喜びを表している……

「とうとう、ここまで来ましたか、苦しかった、長かった、

みんな本当に、ありがとう!」

徹は、何か気の利いた事をいいたかったが、胸にこみ上げてきた喜びと興奮で、でてきたのは、感謝の言葉だけだった。

マテオからの便箋は、加奈子が翻訳し、輝明に手渡した、

エピロー

餅田が心に秘めていた構想を、みんなに語った。

「6月17日から『美しい日本をホテルが走る』JR西日本クルーズトレイン、

『TWILIGHT EXPRESS 瑞風(みずかぜ)』が、大阪―下関、運行開始なんですわ、

ワシらからの餞別として、副隊長とおなご先生が広島にいぬのに、乗車券プレゼントしたいんやけど、みんなどないやろか?」

「餅田、それ、めっちゃエエがな!」

赤井が真っ先に賛同した。

「ほんまや! ほんまや!」

全員あれこれいうまでもなく賛成した。

「しかし乗車券を入手するの、ごっつい競争率なんや……」

共感するように真鍋がいった。

「そうやわ!
乗車券入手するの宝くじに当たるくらい困難やとテレビで見たわ」

そんな困難な乗車券を、入手する作戦を、餅田が発表した。

「ワシら10人、職場にいんだら、各自9人以上に頼んでネット応募してもらう、

つまり100人が応募するわけや、

後は、当選するのを祈るだけや……」

マテオから送られてきた便箋と、FDA正式承認されたパッケージを携え、

輝明は、二十四の瞳プロジェクト室の扉をノックした。

「今日が最後ですね、副隊長!」

出迎えてくれたのは、餅田だった。

そばにいる赤井がいった。

「丹波工場、順調に稼働しとります。

すでに5000セット、ロスアンゼルスに送りました!」

ゆうこの出向も、今日で終わる。

輝明は早速、マテオからの伝言を読み上げた。

『Dear Mr.Teruaki』

みなさんお元気ですか? 僕が日本で体験した事は生涯忘れません。 それほど僕は、日本文化に感動しました。

僕の目標は、母、妹、弟を連れ、日本観光する事です。

餅田さん、そのときは宜しくお願いします。

とはいえ、なかなか実現しそうにもありません……

ロスでUSA1008、N1008、実験販売しました。

みなさん驚かないで下さい。

このまえ送ってもらった5000セット、なんと2時間で完売してしまいました!

それと藤木さん、お友達推薦のSUKIYAKIソング大好評です!

You Tubeとケーブルテレビで、CMを流したのですが、曲の問い合わせが多く、おかげで対応するのが毎日大変です。

パッケージング作業は、友人のニコラスに御願いしているのですが『この調子では人を増やすか機械化しなければ?』と、いっています。

名川工場長、正式に社長になられるのですよね? 僕からたっての御願いがあります。

N1008、米国で、食材仕入れから加工までおこなって、販売単価1/2の物が作れないでしょうか?

と、いうのも買って食べたいけど、購入することができない人が米国にはたくさんいるのです。

USA1008もN1008も、驚異的な売り上げをする事は、確実だと思います。

そんな中、安価な商品を作っても、利益につながらないことは理解しています。

社会の底辺で生活している人にも、食べてもらいたいのです……

そのためには僕もニコラスも全力で、協力する覚悟はできています。

名川社長、考えて頂ければ、こんなに喜ばしいことはありません。

最後に、おなご先生、副隊長、

ご結婚おめでとうございます。

新婚旅行は、是非ロスアンゼルスに来て下さい。 それと餅田さんも……

ニコラスも僕も全力でロスアンゼルス案内します。

Best regards

黙って一言一句、聞いていた赤井が、
震える声を絞りだした。

「おなご先生、副隊長、名川工場長……

ワシらやったんですよね?」

胸がじんとして、名川は的確な言葉が見つからない、

「みんな、よぉ頑張った! ほんま、ようやってくれた!

おおきに!

わいは、みんなを誇りに思う!」

横で聞いている日村は、感動のあまり思考回路が完全に停止している。

「ワシらの努力が形になったんや……」

嗚咽にかわり最後は言葉にならなかった。 冷静を取り戻し名川がいった。

「餅田! 例の物、おなご先生と副隊長に、渡さんかい!」

「明日から、

豪華クルーズトレイン TWILIGHT EXPRESS 瑞風が、大阪―下関間を走りますねん!

(大阪駅発 下関ゆき山陰経由 1泊2日)第1期申し込みをダメもとで、抽選応募しまくりました。最高倍率は、68倍やったそうです……

神様は見てはる!

8号車、ロイヤルツイン山陰コース下り、当たりましてん!」

餅田が捕捉した。

「兵庫の香住、山口の萩、途中下車して観光も組まれとるそうです。 それと各地の豪華料理で、もてなしてくれるみたいですわ、

広島へいぬのに、遠回りになりまっけど、下関駅から新下関まで行き、新幹線に乗ったら1時間……

あっ! という間に広島です。

おなご先生、副隊長、代金のほとんど、工場長と西島社長が工面してくれはりましたが、

ワテらプロジェクトメンバーからの、餞別の気持ち、キッチリ含まれとりますんで!」

「おい! 餅田! エエところやのに、がめつい難波の商人みたいなこというな!」

「ほんまや! ほんまや!」

日村の突っ込みに、みんなそろって笑いながら突っ込みを入れた。 餅田が切り返した。

「そろそろ、お時間がよろしいようで!」

眉を寄せ真剣な面持ちで餅田が続けた。

「今回のプロジェクト、ほんまに御苦労さんでした!」

そういって餅田の手から、モスグリーンに瑞風ロゴが入り、

『TWILIGHT EXPRESS 瑞風』と、金色の文字で書かれた乗車券が二人に手渡された。

名川が捕捉した。

「これは餅田が構想し、我々が根性で引き当てた、有志一同からのプレゼントです!」

「ありがとうみなさん!」

特に半年以上みんなとすごした、ゆうこには、色んなことが脳裏を駆け巡った。

胸を突き上げてくる、気持ちがいっぱいになり自然と涙が溢れてくる、

「少女時代、周りみんな敵で本当に辛かった。わたし、生まれてきて本当によかった!」

紛れもない、ゆうこの純粋な気持であった。

「世の中、敵がおらへんひとなどいまへん、成功する人は味方の多い人です。

辛気臭いですわ!

広島からここまで3時間もあれば、これるやないですか、

それと副隊長、おなご先生を泣かしたらワテら許しはしまへんで!

ねぇ、赤井さん!」

「せや、せや」

「もう一つ、二人に渡すものがありますねん」

そういうと名川は、厳かに紫の布につつまれた目録を二人に渡した。

「これ、徹社長から預かった、合同結婚式の出席者名簿ですねん!」

「合同結婚式? えぇっ……」

【出席者名簿】

竈門悦明・秋葉加奈子

五百旗頭輝明・西島ゆうこ

場所:比治山神社 日時:大安吉日

【出席者】

近藤吉行、西島忠則、西島徹、

西島千代子、西島和子、

村品孝蔵、丹波拓郎、浅田和孝、

生田博之、栗山浩美、飯塚正、

高山真司、藤木茂之、青木博之……

[西島食品代表]

上田和雄、加藤広和、沖田順三、

畑山巧、森嶋光宏、香川哲雄

[K・T・N フーズ]

名川敏一 以下、

赤井和久、石崎慎、山田武、石川拓馬、

山本良朗、餅田太洋、日村俊樹、

横永和也、大丸憲明、真鍋博文、

[竈門家・秋葉家 67名]

合計 97名、

「ゆうこ! 竈門部長と加奈子さん、
結婚するって知っていたのか?」

「もちのロン! 聞いていたよ!」

輝明には初耳だった、半信半疑で渡された名簿を見ている。

そんな輝明に名川がいった。

「まぁ、よろしいじゃないですか!
めでたいことですわ! のぅ! 赤井」

「ワテら広島まで、
行かせてもらいまっせ!」

「わし、広島に行ったら、絶対、大和ミュージアム行きますねん!

それと、駆逐艦雪風の錨、旧江田島海軍兵学校に飾られていますねん!」

ミリタリーオタクの日村だった。

6月17日(土)

快晴の大阪駅10番ホーム

「わぁーー 凄い人やわ!」

瑞風の雄姿を写真に収めようと、ホームは、人人で溢れかえっている、向かい側の11番ホームも写真撮影の人でいっぱいだ、ゆっくり流れるように、瑞風がこちらに向かってくる。

「TWILIGHT EXPRESS 瑞風が入線してまいりました。

みなさん拍手で、お出迎え下さい!」

「初めてお目にかかるけど、
すごいねんな!」

全員が口をそろえた。

「中も超豪華ですね!」

大きな窓から覗き、込み、関心しきりで目を輝かせる藤木だった。

瑞風専用の改札口から一足先に車両に乗り込んでいた、輝明もゆうこも、驚きの連続だった。

「ゆうこ…… 俺たち本当にこの列車、乗ってもいいんだよな!?」

豪華なソファーに腰を下ろし、大きな窓からホームの人波を眺めていた、ゆうこがいった。

「あれ! こっちに来るの、赤井さん達だよね?」

身長が190cm近い赤井は目立つ、輝明とゆうこは、みんなを見つけるや否や、乗降デッキまで出た。

「みなさーん!

本当に夢のようです!!」

各車両のクルーが右手を上げ、4号車の、列車長に乗客全員が乗車した合図を送った。

一礼し、各クルーが列車に乗り込む。

乗客が全員乗り込んだことを確認し、
発車前に車両のドアーを閉めるようだ、

「みなさん! お世話になりました。

それでは比治山神社で会いましょう!」

輝明と、ゆうこが深く御辞儀するのに合わせたかのように、静かにドアーが閉まった。

名川がいった。

「みんな! 出発式が行われる先頭車両まで戻るで!」

「すいまへん、通したってや!」

そういいながら、がたいの大きな赤井が、盾となり、みんなを先頭車両まで先導した。

「ほんまかなわんわ!! ぎょうさんの人やわ!」

石崎がいうように溢れんばかりの人だ、

なんとか全員、出発式が終了するまでに間に合った……

「TWILIGHT EXPRESS 瑞風の運行を記念いたしまして、テープカットです!」

「あれ! 一番右端のもじゃもじゃ頭の人、葉加瀬太郎とちゃいまっか?」

「せや! 石崎、そうやわ!」

駅員一同、関係者たちが一列に並び、小旗を手に持ち瑞風が発車するのを待っている。

再び、葉加瀬太郎の、瑞風ーMIZUKA ZEーがホームに流れ始めた……

「お待たせいたしました。 発車時刻になりました。新林(しんばやし)駅長、出発の合図よろしくおねがいします!」

10:18分、
瑞風は甲高い汽笛一声を放ち、
ホームをゆっくりと滑り出した……

ホームのあちらこちらから、絶え間なくシャッター音が聞こえる。

「お気を付けて、
いってらっしゃいませ!」

出発式に招待された子供たち、ホームに整列した駅員関係者たちが、瑞風の小旗を振り見送った。

「あれ、どしたんやろ? 8号車に副隊長たち見えまへんなぁ……」

日村がそういったやさき、最後部の展望車デッキから二人が大きく手を振るのが見えた。

二人はちぎれんばかりに、大きく手を振っている。

「ほな! お元気でーーー」

瑞風が視界から消えるまで、みんなも手を振り続けた。

二十四の瞳は、
達成感で満ちあふれていた。

マテオがいった、安価な肉じゃがオムレツ開発に向け、作業はいま始まろうとしていた。

JR西日本 TWILIGHT EXPRESS 瑞風

『上を向いて歩こう(SUKIYAKI)』
歌 : 坂本 九
作詞 : 永六輔・作曲:中村八大


リリース: 1963年

【最終ストーリー 11】 著: 脇 昌稔


この小説はフィクションです。

実在の人物や団体などとは、

関係ありません。

駆逐艦雪風・戦艦大和に関しては、

大和ミュージアム見学により執筆しました。

先の大戦で亡くなられた先人の方々及び、原爆被爆された方々、東日本大震災で被災された方々には、心より哀悼の誠を捧げます。

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